第13話 証言
雑誌Mの発行元の住所を、頭に叩き込んだ、
と、言うのは正確な表現ではなかった。
雑誌M自体はその存在すら寿々菜は知らなかったが、
発行している出版社は、アイドル系の雑誌も出している大手出版社で、
寿々菜もよく知っている所だった。
いや、よく知っているどころではない。
寿々菜がデビューする時、「今月の新人!」というコーナーで寿々菜を取り上げてくれた雑誌の出版社だったのだ。
お陰で寿々菜は住所に頼ることなく、その出版社に辿り着くことができた。
そして、大きな大きなロビーに気後れしながらも、
受付で寿々菜にインタビューしてくれた記者を呼び出してくれるように頼んだ。
確かあの男の人、高橋さんって言ったなあ。
覚えててくれてるかな?
覚えていないだろう。
何も「高橋さん」が悪いわけじゃない。
毎月毎月「今月の新人!」にインタビューしていれば、
そんな1年以上も前に一度インタビューしただけの駆け出しアイドル・・・しかも未だにパッとしない・・・のことなんて覚えていろと言う方が、無理である。
案の定、「高橋さん」は、ボサボサした頭を掻きながら、
「白木寿々菜?スゥ?はて、誰だっけ?」と思いながらロビーに現れた。
が。
「ああ!君か!」
寿々菜を見た高橋は、ポンと手を打った。
「高橋さん!覚えてくれてたんですね!」
「当たり前だろ、君みたいな・・・かわいい子」
本当は「面白い子」と言いたかったのを瞬時に「かわいい子」に置き換えられたのは、
長年、アイドル誌に携わった高橋だからこそできた技だろう。
「嬉しいです!」
「ああ・・・うん。印象的だったからね」
寿々菜のインタビューの際、水着姿をワンカット載せたいから水着を持参してくるように、
と高橋は言ったのだが、寿々菜が持ってきたのはなんとスクール水着だった。
しかも、本当に中学校の授業で使っていた物らしく、
ご丁寧に胸の部分に「白木」と言う手書きのゼッケンまで縫いつけられていた。
もっとも、「これはある意味いけるかも!」という高橋の直感で、
さすがにゼッケンは外したが、スクール水着姿の寿々菜が雑誌に載ることになった。
まあ、「いけた」かどうかは定かではない。
「久しぶりだね。頑張ってるみたいじゃないか。今日はどうしたの?」
「はい、あの。雑誌Mの方にお会いしたいんですが」
「雑誌M!?」
高橋の声が1オクターブ上がる。
「寿々菜ちゃん、雑誌Mってどんな雑誌か知ってるの?」
「はい。なんだか難しい雑誌ですよね」
「そう、経済誌だよ?」
「はい。あの、そこにうちの事務所のKAZUさんが載ることになってたんですけど・・・」
あ。
どうしよう。
なんて言うか考えてなかった!
まさか、殺人事件の調査で、なんて言えないし・・・
えっと、ええっと・・・
「あ、あの、ちょっとこっちの事情でお流れになっちゃって、それでお詫びを・・・」
「寿々菜ちゃんが?」
「はい!」
「ふーん・・・なんか、やらしいこと要求されてるとか?」
「ち、違います!私が自分からお詫びに来たんです!」
「インタビューが流れるなんて、よくあることだから気にしなくていいよ。
ましてや、自分を差し出すなんて・・・」
「だから違いますって!お願いです、担当者の方と会わせてください!」
高橋は腕を組んだ。
人の良い高橋だ。寿々菜を疑った訳ではない。
本当に寿々菜が「自分の体でお詫びを」とか言い出さないか心配しているのだ。
「いや・・・心配ないか。わかった、ちょっとここで待ってて」
高橋は思いついたようにそう言うと、エレベーターの中へ消えた。
そして10分後。
再び降りてきたエレベーターの中から、1人の人物が現れた。
「お待たせしました。白木寿々菜さんですか?」
「は、はい!」
「はじめまして。畠山です」
「ははははじめまして」
寿々菜は慌ててロビーのソファから立ち上がり、「気をつけ!」をした。
その人物は、相手に無意識にそうさせてしまう雰囲気を持っていた。
さすが、経済誌の記者、と言うか・・・
さっきのボサボサの高橋とは雲泥の差である。
いや、それ以前に性別が違う。
ビジネススーツを完璧に着こなし、
膝より少しだけ上のスカートの裾からは綺麗な細い足が伸びている。
髪はきっちりと後ろでまとめ、化粧は薄いが抜け目ない。
眼鏡の奥の瞳は少し冷たい印象を与える。
「知的美人」の金型だ。
「あの。先日は、うちの事務所の和彦さ・・・あ、KAZUのインタビューが流れてしまい、申し訳ありませんでした・・・」
言いながら、寿々菜は照れた。
『うちの事務所のKAZU』だって!
私ってば、いつの間にかこんなにKAZUに近い人間になってる!!
寿々菜の勘違いはさて置き。
その言葉を聞いた畠山女史は眉をひそめた。
「白木さんは・・・タレント?」
「はい!スゥって言います」
「この前の件なら、そちらの門野社長から既にお詫び頂いてるわ。あなたみたいな一介のタレントが、
わざわざ謝り来る必要はないと思うけど?」
す、鋭い。
寿々菜はひるんだ。
だが!ここで引き下がる訳にはいかない!
「お聞きしたいことがありまして!」
「聞きたいこと?」
畠山女史が眼鏡を直す。
「はい。KAZUのインタビューは、うちから話があったんですよね?」
「そうよ。自分のところのタレントが経済にも興味あるってことをアピールしたいってね」
「そうですか・・・。そのお話は誰からありましたか?」
「ええっと・・・確か、水沼さんて言う女性よ・・・あら?確かあの日亡くなったのって、
その水沼さんて方じゃなかったかしら」
「・・・はい」
やっぱり真紀子さんが進めてた話なんだ。
じゃあ、その理由は真紀子さんしか知らない訳で・・・
無駄足だったかな、と寿々菜は落ち込んだ。
さすがの畠山女史も、たださえでも幼く見える寿々菜がしょんぼりしているのを不憫に思ったのか、付け加えた。
「残念だったわね。私は結局お会いできなかったけど、電話だとしっかりした印象のマネージャーさんだったのに」
「はい。ありがとうございます」
「時間と場所の確認を何度もされたわ。KAZUさんはスケジュールが詰まってるからって」
「・・・え」
寿々菜は顔を上げた。
「あの日はKAZUの仕事はあのインタビュー一本だったんですけど」
「そうなの?でも、録音じゃあ・・・」
「録音?」
「ええ。うちの会社は、インタビューとかの時間や場所に関する電話は、録音してあるの。
万が一行き違いがあったりした時に、『あっちがこう言った』『そっちがそう言った』なんて
水掛け論にならないためにね」
「じゃあ、真紀子さん・・・えっと水沼さんとのやり取りも録音してあるんですか?」
「ええ。消してなければまだ残ってるはずよ」
「聞かせてもらえませんか!?」
聞いてどうする、とか考えていた訳ではない。
でも、もしかしたら真紀子が雑誌Mにインタビューをしてほしいと依頼した理由が分かるかもしれない。
畠山女史はさすがに少し迷惑そうにしたが、
そんなことに全く気づかない寿々菜の勢いに負けた。
「これだわ。よかった、消えてなかった」
「ありがとうございます!」
「ここで聞く?」
「はい!」
寿々菜はアナログな小型テープを電話にセットし、再生ボタンを押した。
しばらくの静寂の後・・・
「はい。雑誌Mの担当デスクです」
「こんにちは。私、門野プロダクションの水沼と申します。畠山さんは・・・」
プチ。
寿々菜は停止ボタンを押した。
「あら。もういいの?」
「はい・・・」
それ以上、聞く必要はなかった。
寿々菜はテープを貰い、重い足を引きずりながら出版社を後にした。