第12話 インタビュー
「バイバーイ」
「また明日ねー」
寿々菜は校門の前で手を振りながら友人と別れた。
寿々菜の通う北原高校はごくごく普通の・・・
いや、成績面と、ついでに言うと素行面でもあまり「良い」とは言いかねる高校だ。
公立高校だから特別に芸能コースなんてしゃれた物もない。
一応芸能人の寿々菜だが、門野に「必要があれば芸能コースのある私立に転校すればいい」
と言われ、普通の高校に進学した。
そして、今のところ放課後や休みの日だけでじゅうぶん仕事をこなせてしまえているので、
転校の「必要」もない。
高校に入学して半年。そしてデビューして早1年以上。
そろそろその「必要」な時期が来て欲しい・・・
そう思う反面、せっかくできた友達と別れたくない、という思いも頭ををよぎる。
中学時代ずっと、門野プロダクションに入る為に翻弄していた寿々菜の成績では、
入れる高校は限られていた。
それでも、北原高校の評判はよくはなかったので寿々菜も躊躇していたが、
いざ入学してみると、意外と居心地がよく、友達もたくさんできた。
みんな寿々菜のことを応援してくれている。
できればこのままこの高校を卒業したい。
でもって、仕事もいっぱいこなして有名になりたい!
・・・って無理かなあ?
そんな小さな悩みを人知れず抱えながら、家路につく。
が、悩んでいてもお腹は減る。
寿々菜は高校の裏にあるタコヤキ屋でタコヤキを買って近くの公園に入った。
小さな公園だから人目にもつかない。
寿々菜はベンチに座ると、いそいそとタコヤキの蓋を開けた。
仮にもアイドルが1人で公園でタコヤキを食べる・・・
という時点で、まだまだ寿々菜は芸能人としての自覚が足りないのかもしれない。
しかしそんな自由奔放さを好いてくれるファンも、少しだがいるのも事実。
寿々菜はタコヤキを口に入れた。
美味しい!!!
ここのタコヤキ、本当に美味しいんだよね!
和彦さんにも食べさせてあげたい!
・・・和彦さん、今頃何してるだろう?
仕事だよね?
景子さんも一緒かな?
もう一つ、タコヤキを口に入れる。
景子さんは、まさか自分が疑われてるとは思ってないだろう。
そりゃそうよね。景子さんが人殺しなんてするはずないもん。
そう・・・そうだ!景子さんの潔白を証明したい!
でも、そのためにはどうしたらいいだろう?
勘の良さは自分でもちょっと自信がある。
でも、推理とか、熟考とかは最も苦手とするところだ。
寿々菜はしばらくタコヤキに専念し、全て食べ終わって公園を出ると、
ようやく再び考え始めた。
Tホテルは昨日和彦さんと武上さんと行ったけど、手がかりはなさそうだった。
でも、真紀子さんが一緒にベッドに入ろうとしてた相手は水沼さん以外考えられない。
だけど、水沼さんにはアリバイが・・・
寿々菜は赤信号に引っ掛かり、横断歩道の前で足を停めた。
そういえば、この前の撮影も横断歩道の通行人役だったな。
あの時に水沼さんがホテルから出てくるのを見たんだ。
そして、あの時に感じた違和感。
あれは・・・
寿々菜は自分の考えを打ち消すように頭を振った。
と、横断歩道の向かいに本屋があるのに気づいた。
その壁に「雑誌M 本日入荷!」と書かれた紙が貼られている。
雑誌M?
どこかで聞いたことあるような・・・あ!
そうだ!事件の日に和彦さんがインタビューされるはずだった雑誌だ!
寿々菜は信号が青になると同時にその本屋へ向かって駆け出した。
本屋に入ると、雑誌Mが平積みされている。
これの来月号に和彦さんが載るはずだったのに・・・
お流れになっちゃうなんて、もったいない。
寿々菜は和彦の出ている雑誌は全てチェックしている。
だから雑誌Mに載るのが今回初めてだということもすぐにわかった。
もっとも、雑誌Mなんて今まで興味を持ったことはなかったが・・・
どんな雑誌なんだろう?
寿々菜は雑誌Mを手に取るとパラパラとめくってみた。
・・・え?何、この雑誌。
寿々菜は思わず固まった。
そこに書かれた文字は全て寿々菜の理解の範囲を超えていた。
「デフレスパイラルで・・・」
「日経平均株価が・・・」
「○○に対してTOBが行われ・・・」
「M&Aの結果・・・」
それがいわゆる「経済誌」ということくらいは、
寿々菜にもかろうじてわかった。
だが、そんなものにどうして和彦のインタビューが載る予定だったのかさっぱりわからない。
寿々菜は注意深く雑誌のページを進めた。
その中には、確かに著名人のインタビューコーナーのページがあった。
恐らく和彦も来月号のここに載る予定だったのだろう。
最近では、芸能界でも株やデイトレードに興味がある人は多い。
そういう人がここでインタビューされることもあるだろう。
しかし、KAZUファン暦6年の寿々菜の知る範囲では、
KAZUが経済に興味があるなんて話、聞いたことがない。
いや、KAZUがそう公表していないだけで、実は「和彦」はその手のことに詳しいかもしれない。
だが、寿々菜の印象では、KAZUは「アイドルはアイドルの範疇を超えない」という考えを
持っているように思う。
だからそれ以上の仕事もそれ以下の仕事もしない。
真紀子だってそれくらい分かっていたはずだ。
それなのに、どうして雑誌Mのインタビューなんてすることになったんだろう。
しかも、和彦の話では、インタビューは門野プロダクション側から持ちかけたと言う。
とまあ、ゴタクを並べれば切りがないが、
寿々菜はそんな深く考えたわけではなく、単に、
「KAZUと経済誌M」という組み合わせに激しく違和感を覚えただけだった。
これは!
これは、助手の出番だわ!
寿々菜は雑誌Mをカウンターに持って行き・・・
それが月間誌で意外と高いことに気づき、
裏表紙に書かれてある発行元の住所を頭に叩き込むと、
雑誌を元の場所に丁寧に置いて店を出たのだった。