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第11話 疑惑

武上が運転する車の中の後部座席で、寿々菜はずっと俯いたままだった。


「寿々菜。俺も武上もお前が犯人だなんて思ってないって」

「はい・・・」

「ただ、犯行が可能だったかどうか、って話してるだけだ」

「はい・・・」


和彦は寿々菜の横で、ため息をついた。


「・・・なんか食って帰るか」

「え?」

「夕飯は食ったけどな。デザートだ」

「・・・」



もしかして、和彦さん、私を慰めてくれてるのかな?


寿々菜はドキドキしだした。


そうだ。あの「KAZU」がこうやって私の横に座ってるってことだけでもすごいのに、

私に話しかけてくれたり、しかも慰めてくれたり・・・

「KAZU」のファンは全国に数え切れないくらいいるのに、

私ってなんて幸せ者なんだろう!



「はい!ケーキがいいです!」

「・・・なんだ、急に元気になったな。おい、武上、Fテレビにやってくれ」

「俺、運転手じゃないんだけど」


武上がバックミラーで和彦を睨む。


「殺人事件の調査に協力してやってるだろ」


協力と言えるのかどうかは別として・・・


「なんでFテレビなんだ」

「俺、今から仕事なんだよ」

「今から!?もう11時だぞ」

「12時からドラマ撮りだ。それまで下のカフェでケーキ食おうな、寿々菜」

「はい!」


寿々菜の笑顔には、武上も弱い。

仕方なくハンドルを切る。


「でも、10分で人を殺すって可能でしょうか?」

「お。なんだまた急に」

「いえ・・・だって、私と景子さんがいたのって、1階のロビーですよ?

そこからエレベーターで23階まで上がって、真紀子さんを殺して、また1階に戻る・・・

10分でできるでしょうか?」

「そうですね・・・」


武上も眉をひそめて考える。


物理的に不可能ではない。

だが、エレベーターの来るタイミングが少しでもずれると難しいだろう。

ましてや、どこぞの殺し屋じゃあるまいし、人を殺して10分やそこらでで平然と元の場所に戻ってくるなんてできるとは思えない。

他にも難しい点はある。


「人をナイフで刺せば返り血を浴びる。着替える時間も必要ですね」

「ドラマみたいに、コートをかぶって刺して、そのコートを捨てちゃえば・・・」

「寿々菜、お前、誰の味方なんだ」

「あ、いえ、なんとなく・・・」

「確かにその可能性もあります。でも事件の日のホテルとその周辺のゴミは徹底的に調べましたが、

何も証拠になるような物はありませんでした。ナイフに指紋もありませんでしたし」

「そうですか」


景子はそんな荷物も持っていなかった。


なんだ、やっぱり景子さんは犯人なんかじゃないじゃない!

私だって!


「寿々菜と景子、共犯説は・・・」

「和彦さん。まだそれ言ってるんですか」

「可能性、だって」

「そうなると、根本的に全てひっくり返りますね。でも、僕は寿々菜さんが犯人だとは思えません」

「それって武上の個人的な感想で、証拠になんねーだろ」

「・・・」

「寿々菜。お前本当に水沼の愛人とかじゃないだろうな?」

「ち、違います!私が好きなのは和彦さんです!」


言ってから真っ赤になったが遅い。

でも当の和彦はまるで気に留めず「そっか」と頷くだけ。

言われ慣れてるのだろう。


一方、武上としては・・・当然面白くない。


「んじゃ、景子と水沼が愛人ってのは?」


和彦としては「寿々菜じゃないなら」という程度で言ってみただけだったが、

寿々菜は過剰に反応した。


「そんなことあり得ません!だって、景子さんと真紀子さんて同期で仲良しなんですよ!?」

「だからって、景子と水沼が愛人同士じゃないとは言えないだろ」

「そんな・・・」

「そうですよ。寿々菜さん」

「え?」


武上の思わぬ援護に、寿々菜のみならず和彦も驚いた。


「僕もその可能性がないとは思いません。今、他の刑事が聞き込みにあたってます」

「そんな!!」


武上が寿々菜に景子のアリバイ確認をしたのは、

そういう考えがあってのことだ。

まだ証拠は何もない。

だが、もし本当に愛人関係なら、二人でいるところを見たという目撃者がいてもおかしくない。



寿々菜は再び俯き、膝の上で両手を握った。


景子さんが、水沼さんの愛人で、真紀子さんを殺した・・・?


そんなのはおよそ現実的ではない気がする。

10分での殺人劇と言うのも、ドラマじゃあるまいし無理がある。

でも・・・少なくとも、水沼のアリバイほど完璧ではない。



それに・・・



寿々菜は頭を振った。


違う!あれは私の勘違いだ!



そんな寿々菜を和彦はじっと見ていた。






翌日。

景子に無理を言ってスケジュールを空けてもらった和彦は再び昨日と同じ場所にいた。

Tホテルだ。


だが、いかにアイドルと言えど、刑事の武上のように簡単に殺人事件現場を見せてもらう訳にはいかない。

そうなると、この目立つ顔は返って邪魔なだけだ。

和彦はキャップを目深にかぶり色の薄いサングラスをしていた。


自分のマネージャーである景子に疑いがかかるのは、和彦とて面白くない。

それに、寿々菜が落ち込んでいるのを見るのも、何故か面白くない。


こんなくだらない探偵ごっこはさっさと終わりにしよう。

仕事だって立て込んでるんだ。

もうすぐ御園探偵の撮影もある。


そう。

本当に忙しい。


真紀子が殺されたのが、オフの日で正直助かった。

唯一突発で入っていた雑誌Mのインタビューもお流れになった。


あれが忙しい日なら、一気にスケジュールが狂い、こんな風に1人で出歩ける時間はもう何日ももらえなかっただろう。

それに、景子の敏腕さには舌を巻くものがある。

和彦がスケジュールを安心してこなせるように全てに置いて段取りが完璧で、

真紀子からは当然なんの引き継ぎもなかったはずなのに、

和彦の全てを把握しているかのように、和彦に何の負担も感じさせない。


あんなマネージャー、なかなかいない。

それを手放さない為にも、早く解決しなければ!



和彦は正面玄関のタクシーとシャトルバスを見渡した。

タクシーは、ホテルが提携しているのか、全て同じ会社のタクシーだ。

もし事件の日に水沼を乗せていれば、聞き込みですぐに分かるかもしれない。

当然警察もそれは行っただろう。


シャトルバスは・・・


和彦は、シャトルバスの行き先を見た。

行き先はT駅、もしくはもう少し先の大きな駅のみ。

S駅はない。

まあ、あったとしても1時間かかることに変わりない。



1時間。

S駅とTホテルの間の移動時間だ。

これを短縮できれば、水沼が1時半から2時の間に真紀子を殺し、2時15分にS駅にいることが可能だ。

最短で15分。

最長でも45分。


ヘリでも使わないと無理だろう。


和彦は何の手がかりもないまま、Tホテルの周りを歩いてみた。

まさかヘリポートがあるとも思えないが、思わぬ移動手段が落ちてるかもしれない。



Tホテルは東京とは思えないほど緑豊かな環境にある。

実際、他県との境界はすぐそこだ。

交通の便はお世辞にもいいとは言いがたいが、

取り合えず小さいながらにT駅はすぐ近くにあるし、

タクシーやシャトルバスも充実している。


ホテルとしては普通のホテルだが、

都会の喧騒を嫌う客からは人気がある。


このホテルのスイートでインタビューが行われる予定だった。


・・・どうしてこのホテルだったんだ?


スイートは確かに豪華だったが、都心のホテルでも似たような部屋はいくらでもある。

外での写真撮影を予定していた訳でもない。

それなのに、どうして・・・


その考えの行き着く先は、どうしても「水沼のアリバイ作り」である。


和彦としては、水沼犯人説を捨てきれない。

動機がある。

ベッドの掛け布団の件もある。


敢えてS駅から遠いTホテルに真紀子がいるように仕向け、真紀子を殺した後、

なんらかの手段でS駅に45分ほどで移動する。


この「なんらかの手段」さえ分かれば・・・



和彦はいつの間にか、ホテルの裏手まで歩いていた。

正面玄関のちょうど反対側だ。


Tホテルはなかなかいいホテルだとは思うが、

「裏側」は所詮こんなものか、と和彦はため息が漏れた。


残飯を入れたゴミ箱やリネン類が所狭しと積み上げられ、

その隅で休憩中らしき従業員が煙草を吸っている。

和彦にも気がついたようだが、「こっちは休憩中なんだ」と言わんばかりに無視を決め込む始末。


ま、確かに俺も客じゃないし。


と気に留めず、和彦は足を進めた。


その時、目の前に小道が姿を現した。

人一人が通れるくらいの本当に狭い道だ。

それは山を登って行っている。


ホテルの裏に、どうしてこんな道が・・・



和彦は、誘われるようにその道に足を踏み入れた。





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