攻略レベル5「欲の魔女」l
私、金川愛莉は才能に恵まれている。
それを自覚したのは小学4年生の頃だった。
自分が普通だと思って描いた絵はコンクールで入賞したり、毎月行われるテストでも一度として満点を逃したことがなかった。
頭に浮かんだのを描いただけ、黒板に書かれたのを記憶しただけ。ただそれだけのことなのに先生やクラスメイトのみんなは私を褒める。
私ができることを何でみんなはできないのだろう?
そんな疑問を抱えてから解決するのはすぐだった。私が興味本位で両親に尋ねた時、2人は教えてくれたからだ。
“お母さんとお父さんの子だから”
嫌味とか慢心とかなく2人は私にそう答えた。
この世界には親ガチャと呼ばれる言葉があるらしい。何を基準としているのか知らないが、金銭的な面と両親の才能を持って判断するというのであればやはり私は恵まれているのかもしれない。
でも親ガチャなんて言葉を考えた輩はきっと頭が快適な人なんだろう。結婚も恋愛も自由にさせてくれない今の環境はただの苦痛でしかないというのに。
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もうすぐ夏がやってくる。
蝉の声が鬱陶しくなり、ギラギラと太陽が照らす天気の下で俺は汗を垂らして学校グラウンドを走っていた。
今俺は学校行事のマラソン大会に参加していた。基本的に俺は体を動かすことが好きではない。アウトドア派かインドア派かと聞かれれば手を挙げて俺はインドア絶対主義を主張する。
そもそもこんな真夏日に走らせるとか罰ゲームだ。
「はぁはぁ————んで?この後どーするよ?」
隣で並走する痩せ型の男が声を掛ける。
「打ち上げ?いかねぇよ。家に直帰、これに限る」
「相変わらず可愛くねぇなお前。別に誰もお前が来てほしくないなんて思ってないぜ?」
「来てほしいとも思われてないはずだ。なら行かなくても大して変わんない。やっぱ家に直帰、これに限る」
京太の消極的な態度にため息を吐きつつも、諦めることなく勧誘を続けた。
「別につまらないって思ったら帰ればいいからさ。行こうぜ?俺はお前に来てほしいんだよ」
しつこい宗教勧誘に匹敵する勢いで俺にパリピへの招待状を送りつけてくるこの男は木原護。クラスいや、学校きっての陽キャ代表だ。
「いや‥‥行かなくても気まずいのが目に見えるんだが‥‥‥」
「大丈夫だって。なんなら俺、お前の隣にずっと居てやるからさ?口数が少ないだけで本当はすげぇ面白い奴なんだってみんなに知ってほしいんだよ」
俺と対照の世界を生きるこの男は”面白い奴”なんていう保証のかけらもない言葉で近寄ってくる。
教室じゃ毎度話しかけんなオーラ出してんのにこれじゃ意味がない。
こうなったら仕方ない——————奥の手だ。
体内の闇の力を25%使用、時間停止を行使。
心の中で唱えると、世界は一時的に時計の針の動きを止めた。
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「今年のマラソン大会、優勝は2年生の桐谷京太君です!」
‥‥‥しくじった。
思ったより時間が止まって、歩いてもゴールに着いちゃったから、ゴール手前で昼寝したらこの様だ。
寝相か?転がってゴールしたのか?よく分からんが起きたら表彰台に乗せられてた。
こんな俺鈍感TUEEE主人公的な展開は求めていない。
「陸上部やサッカー部と体力自慢のエースがいる中、他を寄せ付けないぶっちぎりのタイム。何か部活には入っているのですか?」
二の腕に放送委員会と書かれた襷を付けた女子生徒が俺にマイクを向けた。
「ぶ、部活は入ってません。帰宅部‥‥です」
「体育会系部活の皆さん!こんなところに金の卵が紛れ込んでいました!勧誘するなら今しかない!そうですね?」
「え?あ、はぁ」
何がそうですねだ。同意を求める相手間違ってんだろ。
ふと視線を全校生徒が集まる下段に向けると、体つきのいい男子生徒が鼻息荒らして俺を見ていた。
マラソン大会優勝=今日の主役となってしまった俺は成り行き上仕方なく打ち上げに参加させられていた。
会場は学校の体育館。組み立てテーブルをありったけ並べてそこにはあらゆるパーティ料理が揃っていた。
主役と言っても参加していればいいのだと思い。陰でやり過ごそうと思ったのだが、生徒会の先輩に身柄を確保され、俺は体育館のステージに配置された主役席に座っていた。
ご丁寧に手作りの王冠と”今日の主役”という襷を付きで。
「随分と顔を青くなされていますね」
声をかけてきたのは隣に座る見覚えのある女子。確か名前は—————
「こうしてお話しするのは初めてですよね?私は2年A組の金川愛莉。生徒会の書記を務めさせてもらってます」
金川愛莉————聞いたことがある。確か毎回学期末の試験で満点を取り続け、俺の学年で主席入学を果たした学校内じゃ名の知れたネームドキャラだったか。
ならばあまり悪目立ちしない方がいいな。ここは自己紹介だけして穏便にすまそう。
「こちらこそ初めてまして。2年B組の桐谷京太です」
はい話は終了。これにて解散—————
「運動は得意なのですか?」
「‥‥いえ、意味もなくただ走るのが好きなだけでして」
「な、なるほど。そうなんですね」
ちょっと引いてるし。まぁ印象が悪くなる分にはいいか。
「金川さーん!これから進行の準備するから来てくれなーい?」
すると機材が並ぶ近くで先輩らしき人がこちらに手を振っていた。
「すみません桐谷君。またあとでお話ししましょう」
そう言って彼女は先から離れると自身の仕事を全うしに向かった。
やれやれ、ようやくこれで落ち着けるな。ならばさっさとこの場から抜けるか。一時でも参加してやったんだ、文句を言われるのなら呪死させてやる。
決意を固めると、俺はそーっと席を立って入り口に向かおうとステージの階段を降りる。
「あれあれあれ?どこに行かれるんです?」
俺の行方を阻むように、その先には金髪の美少女が立ち塞がっていた。
腕に生徒会長という称号を刻んで。