攻略レベル35 「欲の魔女」
死の世界。それは人間という領域を越え、悪魔と呼ばれし生命体が生きる空間であり、一つの国である。
黒一色に染め上げられたその世界には現実世界と同じように暮らす家もあれば悪魔達が集う商店もある。
その中でも中央に位置し、一際目立つ城は他の建物に比べて禍々しい存在感を放ち、城下に住む悪魔達からは一目置かれるものだった。
死者に審判を下し、悪魔達を束ねる絶対的な王ににして京太に力を与えた存在。
死神が荘厳な装飾によって飾られた玉座の間に君臨していた。
「して、どうであったルナ?桐谷京太の適正はしかとその目で見てきたか?」
「はい主人様。仰られた通りハデスは十分我々と同族になりうる資質を備えています」
頭を垂れ、跪いていたのは死神の腹心にしてハデスの管理者、悪魔公ルナ=カルステンであった。
「流石は我が主人様。そのご慧眼に感服いたします」
「奴は己の復讐心を満たすためならば手段は選ばない、今回のようにな。ただの人間ならば自ら好んで人の眼球など口には入れまい。あれは本当の狂人だ」
「嬉しそう‥‥ですね」
「当たり前だろう?いつものように馬鹿な理由で命を捨てた若輩者がまた来たかと思ったが、飛んだ豊作だった。あれは我輩を怠惰から解放してくれようぞ」
表情のない骸骨をフードから見せると、死神はカタカタと骨を鳴らしながら無い髭を撫でた。
「だが今回は縛りをつけたとは言え少々簡単すぎたか。悪魔も取り憑いてない《《ただ》》の人間、それも頭の弱い学生風情だ。あやつには退屈だったかもしれんな」
「ハデスは今まで闇の力を応用的に使えるようになるまで訓練させてきました。今回もその一つに過ぎません。そこまで苦慮なされる必要はないかと」
「確かに‥‥だが今回の件で充分わかった。あやつは闇の力をもう十分使いこなしている。それに昨日授けた権能も入れれば下級悪魔はおろか、上級悪魔とも相当に戦えるであろう」
現実世界にも悪魔は存在している。魔が刺したという言葉があるように実際悪魔の囁きによって人間は時に己の利己心を制御できず欲のまま行動してしまう。
それこそ人間が悪魔に身を捧げる瞬間だ。悪知恵を働かせ、他人を陥れようとする純粋の悪魔。他人と自分を比べ、過剰な劣等感から生じる嫉妬の悪魔。下半身の疼きのままに行動し、理性を乱して一心に異性を貪る性愛の悪魔など種類を上げたらキリがない。
目に見えない存在。それを現実世界ではオカルトとか都市伝説とかに揶揄されてはいるものの、確かに悪魔はそこに存在している。
ただ例外として悪魔の存在を認識できる人間もいる。特殊なケースだが主人様からコンタクト取るのは恐らくハデスが初めてだろう。
中には滾る欲望を制し、己の悪魔を飼い慣らす人間も存在しているのだ。そう、例えば《《彼女》》のように。
「死神さーん?随分とご自身の契約者を買っているようだけれど、上級悪魔は言い過ぎではなくて?私の中の懐疑欲が疼いてるんですけどー」
「その声はカエデか。いつ帰った?」
「今日は平日なのでフツーに学校ですよ?私こう見えて生徒会長なんでぇ多忙なんですー(笑)」
「そのふざけた喋り方はやめなさいと言っているでしょう?主人様の御前よ」
腕を組み、あからさまに威圧感を漂わせながら一喝するとカエデは目を細める。
「やだぁルナさんったら。勝手に思い込んで激オコプンプン丸とか私の苛虐欲を刺激する真似やめてくれなーい?死神さんとはただのお友達、利害が一致するから一緒にいるだけで貴方と同じで心酔しているわけじゃないのー。わかって?」
「まぁそういうことだルナ、多少の無礼は許してやれ。それで今日は何用だ?先の様子からしてハデスのことを聞いていたようだが」
「ピンポーンその通り。最近巷で噂の死神さんお気に入りの子について尋ねておきたいことがあったのよー」
肩にかかった金髪を左手で持ち上げ、クルクルと回しながら彼女は妖艶な笑みを浮かべる。
「ハデス?だっけ?大層なお名前つけてもらったところで悪いんだけどさ。その子、私のモノにしてもいいわよね?」
舌で口周りを舐めると、彼女は死神とそしてルナの表情を伺った。
「馬鹿言わないで頂戴、その子は私の管轄よ?いつから私は貴方の命令に従う犬になったのかしら。主人様に勝手な口を聞くだけでなく成すことにまで干渉するというのであれば、今ここで貴方を消してあげてもいいのよ」
左手に禍々しい漆黒の光を纏うと、カエデに向けて鋭い眼光と共に殺気を見せた。
「もう。だからそうやってすぐ私の苛虐欲を刺激するのやめてって言ってるでしょ?私が貴方に勝てないこと知っていてやってるの考えると、ついで憤怒欲も湧き上がってくるわね」
そんな交戦に否定的な言葉とは裏腹に、カエデは地に爪先を立てて闇の力を顕現させるとルナに向かい合う。
「でもでも?気に入らない貴方の泣き顔が見られるというのなら、興味欲が刺激されるくらいには気になっちゃうわよね?」
「やめろ2人とも、この場でその力を行使するなど滑稽のなにものでもない。それにルナ。此奴は曲がりなりにも我々の成就達成のために貢献してくれている。つまらん感情で計画を頓挫させる気か?」
唇を噛みながら静かに力を抑えると、ルナは再び死神の元へ戻り跪いた。
「申し訳ございません、こんな小娘の言葉に心を乱すとは私もまだまだ未熟です」
ルナの挑発に乗ろうとしたカナデを制するように死神が片手を出すと、首を横に振った。
「問おう、欲の魔女カエデよ。貴様がハデスを狙う理由はなんだ?」
「そんなの簡単な事よ。私が彼とセックスしたいから」
本来ならば彼女の言い放ったセリフはこの場にいる人間を黙らせるほどのインパクトを持つものなのだが。その言葉の意味は死の世界に生きる住民ならば即座に理解できた。
悪魔と干渉している人間同士の性交は互いの闇の力を流し込む儀式だ。ただこれは先に肉欲を満たした片方、つまり先に”イッた”人間が”イカされた”人間によって力全てを体に取り込まれてしまうという強引な方法だ。
「死神さんから権能を授けられ、直接闇の力を注がれてる子なんでしょ?そんな私の欲を満たしてくれる存在を逃すわけないでしょう?」
「つまり貴様はその力を求めるが故に彼を喰らうのか?もはや現実世界において貴様の右に並ぶものなどいないというのに」
「現実世界ではなんて言う枕言葉はいらないの」
その場で立ち聞きするルナに笑顔で一瞥すると、再び死神に向き合った。
「それに私って強欲なの。食欲も性欲も睡眠欲もあらゆる欲が人並みの100倍私の体を疼かせちゃうしね。死神さん?貴方ですら殺せてしまう力を手に入れた時、初めて私の”欲が”満たされると思うの」
「———ふっ。いいだろう、我は止めん。貴様の思うようにすればよい」
「はーい、ありがとうございまーす。あ!ルナさんは出てこないでね?これはわーたーしーと、あの子の勝負だから」
ルナは沈黙を続ける。それを肯定と捉えたカエデは静かに自身を闇に溶け込ませると、現実世界へ帰還した。