プロローグ 狂人 桐谷京太
「—————ハァハァハァハァ、クソが!なんで俺がこんなことに!!」
場所は廃工場。息を撒き散らし、度々後ろを振り返りながら男は走っていた。
「待てって!本当に悪かった!知らなかったんだよ!あいつがお前の女だったんだって!!」
見えない追跡者に男はありったけの声を上げながら嘆願する。大粒の涙を垂らし、惨たらしく、醜態を晒しながら。
暗くて視界が不十分だったからか、男は転がる鉄パイプに足を取られ、その場に倒れ込む。
「痛って———————ッ!!待て!わかった!返す!あの女にはお前の元に戻れって伝えるから!だから助け——————「何もかもが遅いんだよ、お前」
耳元でそう囁くと、男は体を硬直させる。
「お前は彼女に。詩織に何をした?俺の目の前で——あの時——放課後に——お前は俺に何を見せてくれた?」
「お、俺は。なにも——————ッ!?」
工場内に鈍くそして軽い音を響かせると、その直後に男は苦痛の雄叫びをあげた。
「茶番はいらねぇんだよ。聞いてたか?俺はなにしたか聞いてんだ。次答えなかったら今度は小指だけじゃすまさねぇぞ?」
「え、えっと————ッしました‥‥」
「聞こえない。もしかしてお前はドMなのか?」
「レイプです!レイプをしました!!ごめんなさい!本当にごめんなさい!俺を、俺を助けてください!」
俺は一度舌を鳴らすと、今度は指ではなく腕全体を捻じ曲げる。男は嗚咽を漏らすとともに今までの比でない声量で絶叫した。
「違うだろ?お前は俺の見ていないところで詩織と会っていた。初めはラブレターを催した手紙で彼女を呼び出し、放課後教室で犯した。これが全ての始まりだろ?レイプなんて唐突なもんじゃねぇ、これは計画的な犯行だ。それにあの時の詩織は完全に目がお前にイッてた。女が男に完堕した時のそれだ」
もはや叫ぶ余力もないのか、男は体をビクつかせながら俺の話を聞いている。
「それからテメェは週に一度、二度と会う周期を増やし、詩織を調教していった。性欲を貪る獣にな。あれだけ純粋なアイツがたった数ヶ月でどうしてここまで堕ちたのか。あとは理由さえ聞ければいいんだが‥‥教えてくれるよなぁ?安藤武光」
肩に触れられ、名指しされたことによってコイツの恐怖心は掻き立てられた。あと少しでこいつは自供する。自分のやったことを。
「お、俺がどうして桐谷の彼女を犯したのかは、聞かないんですか?」
「お前の諸事情なんてどーでもいい。というかそれは後回しにしたってどうにでもなるからな。俺は聞きたいのは具体的にどんな方法で彼女をあそこまでにしたのか聞いている。勿論、嘘は通用しないからな?」
右手で首を掴み上げると、今度は首だ。そう暗黙の圧を送るように安藤の瞳を捉えた。
「待って、やめ、ほんとに死んじまうッ」
「正直に話せば俺はお前を救う。それは約束してやる」
慈愛の笑みを浮かべると、安藤はそれに縋るように俺の手を掴んだ。
「ほんと?ほんとに俺を助けてくれるのか!?」
言葉を交わさず一度頷くと、安藤は事の真実をベラベラと自供した。
「なるほど。つまりお前は彼女の家庭事情に漬け込んで、言うことを聞かなかったら弟がどうなっても知らないと脅したと」
俺は首を持ち上げてその場に宙ぶらりにさせると、安藤の呻き声を聴きながら握力を加えた。
「な、ん、で————助けて、くれるって、言ったのに————」
「助けるさ。救いようのない家畜以下のお前を今から俺が救ってやるんだ。しかしまさかとは思ったがそんな古典的な方法で堕とすとは思わなかった。母子家庭の環境の中、弟をあいつが1番近くで支えていたことを知っていての所業とは思えねぇよ安藤武光」
豚の名前を高らかにそう告げると、勢いよく力を込めて奴の首を消し飛ばした。首からは血飛沫をあげ、周りの工具に飛び散るほどに。掴み上げた頭をその場に投げ捨てると、俺は瞳を赤色は染め上げて天に告げた。
「蘇れ————安藤武光」
すると先ほどの血まみれになったコンクリートの床も、工具も、奴の死体も全てが無となってこの場から消え失せる。そして眩い光と共に目の前に現れたの生まれ変わった”安藤武光”だった。
「初めまして桐谷京太様、私の名前は安藤武光。年齢は17歳の高校2年生。趣味はゲームと渋谷でナンパ、性癖は——————」
「待て」
その場に平伏す男を片手で静止すると、安藤は開いていた口を閉じ、俺への忠誠を示す。
「かしこまりました」
「よし。これより命ずるはお前の名と、そして使命だ。明日からお前は学校では変わらず安藤武光として過ごすが、こうして俺と話すときは”サル”と呼ぶ。コードネームだ一度で覚えろ」
安藤は地に膝をつけながら俺の話に深く頷き、肯定の意を表している。
「了解です。それで使命とは?」
「お前に与える使命はこの男の監視だ」
そう言うと俺は一枚の写真を懐から取り出し、サルに渡す。
「この男の名は伊藤弘樹。お前と同じクラスに在籍している奴だ。貴様は明日からこの男の行動を観察し、一日一日報告を文書にして俺に報告せよ」
「了解しました。とて何故この男を狙われるのですか?」
「思い上がるな、貴様をまだ信頼を得ていない。此度の一件で精々俺の忠誠を示すことだ」
安藤を鋭い眼光で睨みつけると、俺は顎で去れと命令し、”元”安藤武光の家に帰らせた。
————フッフッフ。随分と頭が高くなったのではないか?京太よ。
「その声はあんたか死神」
————人を殺すのにも手慣れてきているな。いいぞ、それでこそ我が選んだ狂人よ。
「そんな話をしにきたのか?さっさと恒例のアレを済ませろ」
————フンッ。それと同時に可愛げもなくなっておるな。まぁいいそれでどうする?今回は何と取引をするのだ?
「血も今まで以上のものを与えた。人間性も腐った野郎だ。お前のお眼鏡にも合う傀儡だと思うが?」
————値切るか京太。全く小賢しくなったものだ。いいだろう、貴様には10dp与える。
「ならば10dp全てを身体能力に振れ。それで今回も終いだ」
————また身体能力か?たまには魅力や金に振ったらどうだ?貴様も己の性欲を満たしたかろう。
「それも悪くないが今の俺には他人を制圧する力が必要だ。俺の新時代を作る前に死んでしまっては意味がないからな」
————そうか、まぁ我はこの世界が混沌に落ちる様を見届けられたらそれで良い。精々我を楽しませろよ狂人桐谷京太。
「黙って見てろ死神。俺は俺のやりたいように自分の人生をぶち壊した奴らを地獄に堕とす」