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社会見学

 教室に着いてすぐみんなに鴇刀先生が神凪らしいと話すと、私がテンちゃんから話を聞いた時と同じように各々驚きを示した。


「羅刹を一人で瞬殺したから只者じゃねえとは思ったが、そんなに大物だったとはな」


 頭の後ろで手を組みながら感嘆する篝くん。


「神凪って確か、日本に数人しかいないのよね?」


「そう。神薙の中でも特別に強い人だげに与えられる称号」


 サクラの疑問にさらりと答える物部くん。


「神凪が担任になってくれるとは、僕たちは恵まれてますね」


 暁くんの言葉に「そうだよね」と賛同する。本当にその通りだと思う。なにせ神凪の実力や技術を、授業という名目で間近で見られるのだから。


 そこで「おはよう諸君」と話題の中心人物である鴇刀先生が現れた。


「先生、神凪だったんですね」


 サクラが事実確認のためにそう切り出すと、鴇刀先生は「そうだよ」と肯定した。


「なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ?」


「別に事前に教えておくような重大事項でもないでしょうよ。それより、」


 篝くんの疑問を軽く受け流した鴇刀先生は、もったいつけるように間を置く。


 なんだか嫌な予感がする。


「今日は一日社会見学に行くことになりました。君たちがここを卒業したら就くであろう神薙という職業がどんなものなのか、先にその目で見ておくのも悪くないでしょう。ということで、今回は二組に分けよーと思います。篝くん、右京さん、暁くんの三人と童子さん、物部くんの二人で。じゃあ早速移動しようか」


 あれよあれよという間にバスに乗せられた私たちは、広大な学校の敷地を出て一つの大きな建物の前に降り立った。和風の建物の門には、「神薙支部本館」という達筆な文字が躍る木の看板がかけられている。


 疑問を呈す間もなく、先生は堂々と門を開け放ち歩いて行ってしまう。早足であとを追うと、建物の前に二人の男性が立っていた。


「おっ、久遠と芥川さんが引き受けてくれたんだ」


 知り合いなのか、先生は親し気に二人に声をかける。


「新入りでもなんでもいいから今日一日新入生つけさせろって、無茶ぶりにもほどがあるだろ。せめて前日に連絡を入れるくらいはできたと思うんだが?」


 焦げ茶色の髪の男性が深い緑の目を眇めながら恨みがましそうに先生に詰め寄る。


 隣にいる黒髪で襟足だけ白の男性は、太陽を見上げながらピンクと黄緑の目を眩しそうに細めている。


 ここにいるってことは、二人とも神薙だよねきっと。


 少し待っていると、先生が私たちを手招きした。


「この二人が、今日君たちがついて回ることになる神薙です。茶髪の方が久遠アラタ、カラフルな目の方が芥川カヲル。篝くんたちが久遠、童子さんたちが芥川さんについてもらう。二人とも実力は確かだから、安心していいよ」


「「「「「……」」」」」


 顔を見なくても分かる。新入生は全員鴇刀先生に胡乱げな眼差しを向けていることだろう。先生が生き生きしてる時は大抵良くないことが起きると学習済みだからだ。今日も社会見学といってはいたけれど、言葉通りの平和なものでないことは確か。なにせ私たちがこれからついて回ることになるのは悪鬼・悪妖の退治・封印を生業とする神薙なのだから。


「それじゃあいってらっしゃーい」


 先生は後ろ手に手を振りながら建物の中に入って行った。必然的に取り残される今日が初対面の私たち。


「前から思ってたけど、あの人適当すぎじゃない? 教師って柄じゃないでしょどう考えても」


 鴇刀先生が消えて行った方向を眺めながらぼやく物部くん。


「その意見には激しく同意するよ。というわけで、今日一日よろしく物部くん」


「足だけは引っ張らないでよね」


「分かってるって」


 物部くんと軽口を叩いていると、視線を感じた。そっちを向けば、ピンクと黄緑の目がじっとこちらを凝視している。目が合っても、芥川さんは一向に口を開かない。


「あの、芥川さん?」


「名前」


「え?」


「なんていうの?」


 ああ、自己紹介しろってことね!


「私は童子カンナです」


「物部フジです」


「カンナとフジね。俺は芥川カヲル。よろしく」


 差し出された手を物部くん、私の順番で握り返すと、芥川さんはくるりと背を向けて建物に向かって歩き出す。


 サクラたちに手を振ってからその背中を追いかけると、辿り着いたのは更衣室だった。


「服、これに着替えて」


 手渡されたのは学ランっぽい服。今着てる制服だと目立つし怪我するからこっちに着替えろってことかな。言われた通り学ランに袖を通して更衣室を出ると、私と物部くんを順に見た芥川さんは「いいね。可愛い」と無表情で感想を述べてくれる。


 今のは褒められたと受け取っていいのかな? 芥川さんはずっと無表情だから感情が読み取りにくい。


「行くよ」


 芥川さんが運転席、私と物部くんは後部座席。発進した車は高速道路に入り、風を切るようにしてグングン速度を上げる。


「物部くん、これ制限速度大丈夫かな」


「余裕で超えてるね」


「神薙が乗る車は、任務にあたっている場合法定速度は無視できる」


「救急車とかと同じ扱いってことですか?」


 物部くんの言葉に、芥川さんは「そう」と頷く。


 この学校に入るために色々勉強はしたけど、こういう現場の知識は載ってなかったから勉強になる。


「もうすぐ着くよ」


 それから数分後に降り立ったのは、隣県にある一つの神社。芥川さんは迷いのない足取りで鳥居を潜る。


「物部くん、もしかしてこの境内にいるのかな?」


「恐らくね。でもこんな所でやり合ったら色々やばいと思うんだけど」


 階段を上りお賽銭箱の前に立った芥川さんは、お賽銭を投げ入れてから頭上にある鈴を鳴らす。そして二礼二拍手一礼でお参りを終えた。


「芥川さん、ここには一体何をしに?」


「お参りと挨拶。これからここの近くで仕事だから。勝手にきて土地を荒らされたら俺たちだって良い気はしないでしょ」


 なるほど、そういう意味合いでここに足を運んだんだ。芥川さんは礼儀正しい人なんだな。あと神様をすごく大切にしてる。


 再び車に乗って辿り着いたのは、さっきの神社からほど近い場所にある雑草が生い茂る空き地。周囲には数件の家が建ってはいるものの、人が住んでいる様子はない。心なしか辺り一帯の空気が淀んでいるように感じる。


「今日最初の仕事はここ。この辺には誰も住んでないはずなのに、頻繁に人影が目撃されてる。だから調査も兼ねて」


 ここにきた理由を教えてくれた芥川さんは、さっきまでののほほんとした顔とは打って変わって神薙らしい引き締まった表情で周囲を見渡している。


「物部くん、なにか感じる?」


「なにかいるなってのは分かるけど、どこになにがいるのかまでは分からない」


 それは私も同じだった。一体どうやって見つけ出すのだろうと思って見ていると、芥川さんは迷いのない足取りでひときわ大きな葉っぱの雑草に近付き、手のひらを翳す。すると手から禊の時に見た青い清めの炎が出て雑草を燃やし始める。と、そこで雑草から一つの人影が飛び出してきた。芥川さんは早口で何事かを呟き、神様を顕現させる間もなくその人影を灰に帰す。瞬きの間の出来事だった。


「次の場所へ行こう」


 振り返った芥川さんはそういうなりすたすたと歩き出す。


「あの、今退治したのって一体なんだったんですか?」


 隣に並びながら物部くんが訊ねると、芥川さんは歩きながら「芭蕉精」と答える。


「ばしょうのせい?」


 物部くんが今聞いたばかりの名前を繰り返すと、芥川さんは丁寧に教えてくれた。


「うん。芭蕉に宿った精霊が人型になって現れるんだけど、清めの炎が効くってことは悪妖である証拠だから。放っておいたら人を食べてたかもしれない」


「そんなに危ない妖怪なんですか?」


 気配からしてそこまで危険な妖怪には思えなかったけど。


「人に擬態してできることは計り知れない。人と交流して知恵をつけたら尚更厄介。さっきの芭蕉精はもしかしたらこの先も悪さはしなかったかもしれない。でも悪鬼や悪妖に絶対はない。悪とついてる時点で善良な存在でないのは確か。人間が襲われたり殺されてからじゃ遅い。後手に回らないために危険な芽を摘み取るのも、俺たち神薙の仕事だから」


 それは学校で授業を受けているだけでは知り得なかった、現場だからこそ聞ける重い言葉だった。


 その後も民家や河原、野原など事前に決められているという場所を回り、対象の悪妖がいれば退治する芥川さんにコバンザメの如くついて回った。芥川さんが強いのか悪妖が弱いのか、現場についてものの数分で悪妖の退治は終了し、次の現場へ直行を繰り返すこと数回。明らかに仕事をこなす時間よりも移動時間の方が多い。弾丸旅行よりも遥かに。


「芥川さん、お仕事っていつも移動時間が大半を占めているんですか?」


 運転中の芥川さんに聞いてみると、「そうだよ」というなんとも思っていなさそうな返事が返ってくる。


「かなり仕事の効率悪いですよね? エリアを分けたりとかしないんですか?」


「神薙は常に人手不足だからね。年々神子が減ってる影響で、なりても少なくなってる。だからこうして今いる人員で飛び回るしかない」


「でも神薙って神子養成学校を出ればほぼ自動的になれるんですよね? なのに人が足りないんですか?」


 物部くんの質問に、芥川さんは「うん」と浅く頷く。


「神代の仕事内容は人々の生活の手助け。雨が降らない地域があったらそこに行って雨乞いをするとか、凶作の所があったらそこを訪問して豊穣祈願をしたり原因を取り除いたり。命の心配はない平和で安全な仕事だから、辞める人は滅多にいない。でも神薙はいつどこでなにが起こるか分からない、常に死と隣り合わせの状態。だから神薙になっても怖気づいて辞めたり、強い妖怪と対峙してけがをして退職せざるを得ないやつがごまんといる。出入りの激しさが人手不足に直結してるんだよ」


 入学式の日に鴇刀先生から聞いた話よりもより詳しい神薙の現場事情。芥川さんは世間話をするような口ぶりで話したけど、その内容は決して明るいものじゃない。私と物部くんは揃って言葉が見つからなかった。


「神薙になって一年持つのは二割程度。逆に一年持つやつは早々辞めない。初めての仕事でそこそこ強いのとあたって怖くなって辞めるなんてザラにある。学校でも実習として何度か外で退治するけど、雑魚の雑魚みたいなのだから。神子なら卒業さえできれば誰もがなれるけど、それだけでやっていけるほど甘くない。辞めてくのは大抵神薙をなめてたり、給料目当てだったり、覚悟が足りないやつだね」


 神薙。世間では花形と呼ばれる仕事は、こんなに厳しい現実の上に成り立っているんだ。

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