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新入生歓迎会

「おはよう諸君。今日は楽しい楽しい新入生歓迎会です。というわけで、早速移動しようか」


 いつになく楽しそうな鴇刀先生について行くと、着いたのは学校の敷地内にある林の中。


「もうすでに疲れたんだけど。一時間も歩かせるなら事前に教えてくれてもいいんじゃないですか?」


 息を切らせた物部くんが膝に手をつきながら不満を漏らす。


 サクラと暁くんも、慣れない山道を歩いたせいで上がった呼吸を整えている。


「篝くんは平気そうだね」


「こんなの散歩と変わらねえだろ。そういう童子も、全然息上がってねえな」


「私、体力には自信あるんだ」


「へえ。なかなかやるじゃねえか」


 にっと口角を持ち上げた篝くんの私を見る目が、ほんの少し柔らかくなった気がした。


「鴇刀先生、私たち肝心の新入生歓迎会の内容を聞かされてないんですけど」


「あー、言ってなかったっけ。君たちにはこれから目の前にある開けた場所で、禊をしてもらいます。本当なら滝に打たれてもらうところなんだけど、男女混合でそれをやるのは色々とあれだから。ほら、今なにかあると保護者が黙ってないじゃない」


 なるほど。確かに昨今はモンスターペアレントとか増えてるからな。


「やり方は簡単。あらかじめ地面に書いておいた円陣の中に入って合掌して目を閉じるだけ。禊が始まると悪鬼・妖怪の動きを止める時に使う青い清めの炎が周囲を囲む。知ってると思うけど、この炎は人間には効かないから火傷の心配はない。炎が消えれば禊は終わり」


「やる場所は校庭とかでも良かったんじゃないですか?」


「僕もそう思います」


 これからやることを説明されて真っ先に声をあげるサクラ。それに賛同する暁くん。


 二人の言葉を受けた鴇刀先生は、「まだまだだね」とその声に微かに厳しさを織り交ぜる。


「君たちはまだ神代でも神薙でもない、ただの新米神子だ。一人前になれば禊中に結界を張れるけど、君たちはまだ同時に複数のことができない。つまり禊中は丸腰だ。もしそこに悪鬼や妖怪が寄ってきたら? 校庭だった場合校内は大パニックだよ。まあ早々奇襲に遭うことはないと思うけど、念には念を入れてね。ってなわけで、早速始めようか。じゃあ最初にやりたい人ー?」


 分かってはいたけど、誰も手をあげない。


「最近の子は消極的だねえ。じゃあ暁くん、トップバッターよろしく」


「はい」


「頑張れよ、暁」


「あとで感想きかせてね」


 暁くんを見送る篝くんと物部くん。当然三人に不安や憂いの色はない。もちろんサクラにも。


 私はというと、気を抜けばため息が連発しそうなくらいには気が重かった。よりによって禊か。悪魔を退治するためには青い清めの炎ではなく赤い紅蓮の炎じゃないと効果がない。だから清めの炎に周囲を囲まれても熱くはないんだろうけど、禊自体は効きそうなんだよなあ。禊っていうのは穢れとかの悪いものを清める儀式だから、悪の権化みたいな悪魔にはばりばり効果ありそうだよね。


『その辺どうなの?』


『死にはしないが、陣の強さによっては多少苦痛を感じるかもしれないな』


『それはどれくらいの痛みなの?』


『たとえるなら、無数の針に刺されるような感じかな』


『それ多少じゃなくない?!』


『怖いのか?』


『……うん』


『分かった。僕に良い考えがある』


『えっ本当?』


『ああ』


『じゃあ、よろしく』


 そこで不意に肩をたたかれ、肩が跳ね上がった。


「カンナ、大丈夫?」


「うん。ちょっとボーっとしてた」


「そろそろ始まりそうよ」


 サクラの視線の先を追うと、暁くんがちょうど地面に描かれた複雑な円陣の中に入るところだった。両手を合わせて目を閉じれば、円陣から出た青い清めの炎が腰くらいの高さまで燃え上がる。


「あれ、本当に熱くないのか?」


「清めの炎は悪鬼と悪妖にしか効かないはずよ」


「知らない人からしたら、焼身自殺しようとしてるようにしか見えないだろうね」


 最初は勢いよく燃えていた清めの炎は、時間が経つにつれて火力が弱まってくる。禊が終わりに近づいている証拠だろう。


 背後から不意に着信音が聞こえて、「もしもし?」と電話に出た鴇刀先生の声が足音と共に少しずつ遠ざかる。


暁くんの禊はこのまま何事もなく終わる。私を含め、この場の誰もがそう信じていただろう。黒い影が視界を横切るまでは。


 シュッと目の前を横切った影は真っ直ぐに暁くんへと向かっていく。


「暁くん、危ない!」


 私が叫ぶのと同時に目を開けた暁くんは、迫りくる餓鬼に気付きすぐさまお面をつけた天狗の神様を顕現させた。けれど神様に指示を出す前に餓鬼の鋭い爪が暁くんの頬をかすめる。


「っ……」


 でも暁くんは怯まずに突風を発生させて餓鬼を弾き飛ばした。


 遠くに飛ばされた餓鬼は、背中をしたたかに地面に打ち付けて「ギィイ」と苦悶の声をあげる。


「まさか本当に奇襲に遭うとはね。噂をすればなんとやらってやつ?」


 のんびりとぼやく物部くんに「いってる場合か! 早く暁に加勢すんぞ」と鋭く突っ込み神様を顕現させた篝くんは、隣に現れた白い蛇に暁くんの元へいくよう指示を出す。


 そこでふと、血の匂いが鼻をついた。しかしこの場にいる誰も服に血はついていない。私も怪我はしていない。


『カンナ、朗報だ。次がくる』


『え、まだいるの?!』


『弱いやつほど群れるものだよ』


各自神様を顕現させて臨戦態勢に入ってはいるけれど、次にくるのは入学して間もない私たちがどうこうできるような相手じゃない。


「なによ、あれ……」


 空を見上げて呆然とした声を出すサクラ。


月を背に大きく跳躍した人型のそれは、白髪をなびかせながら上空から刀を手に舞い降りてくる。血の匂いをまき散らしながら。


 その姿が人に近いほど強いのは悪鬼・悪妖も変わらない。


「羅刹だよ」


 悪鬼の中でも上位に入る羅刹。その強さは人型に近い時点でお察しだ。


「あんなん、俺たちじゃどう頑張っても太刀打ちできねえだろ」


 絶望に濡れる篝くんを叱咤したのは、剣をその手に握ったサクラ。


「だからってなにもしなかったらあたしたちはここで死ぬだけよ」


「ってか鴇刀先生はどこいったわけ? こういう時のための担任じゃないの?」


 物部くんのいうことはもっともだ。電話に出るにしても、そんなに距離を空けなくても良いと思う。

「くるわよ。みんな、構えて!」


 サクラの言葉尻に、甲高い白刃同士がぶつかる音が重なる。羅刹に押し負けたサクラは、遠くに飛ばされた。


「サクラ!」


 振り返りたいけど、よそ見をしていたら冗談抜きに命が危うい。


 篝くんと物部くんは神様を羅刹の元に向かわせるけど、目にも止まらぬ太刀筋を浴びて神様は二柱とも一瞬にして煙となり消える。


「マジかよ」


「瞬殺じゃん」


 篝くんの頬には冷や汗が流れ、物部くんは皮肉をいいながもその唇は引きつっている。


 羅刹は血のように赤い目で私たちを認めると、大きく上に跳躍した。着地点には私たちがいる。


「物部、童子、下がれ!」


 鋭く叫んだ篝くんが羅刹の刀を受け止めようと一歩前に出る。


 もうダメだと思った矢先、突風が吹き羅刹は遠くに弾き飛ばされた。

「無事?」


 代わりに目の前に現れたのは涼しい顔をした鴇刀先生。


 羅刹は先生の友達だという緑髪の竜の神様が相手をしている。その傍らには暁くんとサクラがいる。良かった。先生の神様が一緒なら命の心配はなさそうだ。


「くるのが遅くないですか? あと少し遅かったら僕たち死んでましたよ」


 物部くんが毒ずくと、先生は「ごめんごめん」と平謝りする。


「悪鬼の気配がしたからすぐにこっちに向かおうとしたんだけど、雑魚に邪魔されたんだよ。それなりに数が多かったから遅くなった。それにしても、本当に禊中に襲撃に遭うとはね。これは新入生歓迎会どころじゃなくなってきたね」


「どういうことだよ?」


「悪鬼も悪妖も、仲間を呼び寄せるんだよ。だから一匹退治しても必ず次がくる」


 篝くんの問いに答える鴇刀先生に焦りの色はない。人型の悪鬼を前にしても怯まないということは、かなりの手練れである証拠だ。これまでも今日のような場面に数えきれないくらい立ち会ってきたに違いない。そして幾多の死線を潜り抜けてここに立っているのだろう。


「翡翠、五人を守ってもらえる? 余裕があったら理事長にこのことを伝えておいて」


「ああ」


 竜の神様、翡翠さんは浅く頷くと暁くんとサクラを連れて先生と交代でこっちにくる。


 非常事態だというのに鴇刀先生はむしろこの状況を楽しむかのように、唇には好戦的な笑みが浮かんでいる。うん、先生は絶対神薙だ。間違いない。


 餓鬼はいつの間にかいなくなっている。先生か竜の神様が退治したんだろう。


 羅刹と対峙した先生は、一瞬の内に羅刹との間合いを詰めると両手で握った刀を真横に走らせる。羅刹の両手がぼとりとその場に落ちた。羅刹の手にあった刀もからんと地面にぶつかる。


「グァアアアアア!」


 腕を切り落とされた羅刹の絶叫が耳をつんざく。痛みに怯んだ羅刹が後ろに飛び退こうとする前に、先生はその額に手のひらをあてると見せかけてお札を貼る。すると羅刹は一瞬にして灰になった。


「強すぎでしょ」


「瞬殺でしたね」


「鴇刀先生って何者かしら」


「神凪だったりしてな」


「ありえるね」


 でもなんだろう、この胸のざわつきは。


『カンナ、下を見てごらん』


『え、下?』


 彼にいわれた通り下を見ると、さっき先生に切り落とされた羅刹の手が一瞬にして全身を再生させた。お札を貼られた時に本体と離れていたから、効果が及ばなかったのかもしれない。先生は離れたところにいる。瞬間移動でもしない限り間に合わないだろう。竜の神様も私からは距離がある。幸運にも羅刹の一番近くにいるのは私だ。


 目をぎらつかせて飛びかかってくる羅刹。さて、どうしたものかな。


『マルファス、少し私と代わって』


『こういう時だけ名前を呼ぶんだね。怯ませればいいのかな』


『うん、よろしく』


 閉じた瞼を開けば、この体の支配権は彼に代わっている。自分の意思に反して口角が吊り上がる。目前まで迫っていた羅刹は、私の顔を見てぴたっと動きを止めた。みんなに背を向けているため、私の笑顔は羅刹にしか見えていない。


『なるほど、君は馬鹿ではないようだ。でも刃を向ける相手は選ばないとね』


「っ!」


 悪魔は人間以外をはじめとしたあらゆる生物に思念を伝達することができる。つまり私以外とも無言で意思疎通がとれるのだ。彼の声を聞き息を呑んだ羅刹が飛び退く前に素早く刀を奪い、首を浅く切りつける。ぴしゃりと頬に飛んだ血を手の甲で拭い微笑むと、羅刹は今度こそ後ろに飛び退いた。しかし逃げた先には先生がいる。これで完全に終わりだ。


『ありがとう、もういいよ』


『人型のくせにとんだ雑魚だったな』


 一つ瞬きをすれば、意識の交換は終了だ。


「みんな、けがはない?」


 手から再生した羅刹も一瞬で砂に変えた鴇刀先生は、のんびりとした足取りで歩いてくる。


「……なあ、今なにが起きた?」


 先生が一匹目の羅刹を倒した時以上に動揺する篝くんはこっちを見ている。


「ほら、体力には自信あるから私」


「いや今のはどう見ても体力は関係ねえだろ」


 そこで「まあまあ細かいことはいいじゃない」と話しに入ってきた鴇刀先生は、「それより童子さん」と自分の右頬を指さす。


「羅刹の血が飛んだのかな? 頬と手の甲、火傷してるよ。暁くんも刀が頬を掠ってたよね」


「あ、本当ですね」


「これくらい平気です」


「冷静だねー。とりあえず新入生歓迎会は中止。学校から迎えがくるまではここにいよう。翡翠、二人を治してあげて」


「ああ」


「うわー、グロッ。硫酸かけられたみたいだね」


 物部くんは私の頬をまじまじと興味深そうに観察している。こういうの平気なんだ。


 篝くんは「気休めにしかならねえかもしれねーけど、これ」と手拭いを渡してくれる。


「ありがとう」


清水(きよみず)を持ってこれば良かったですね」


「大丈夫だよ暁くん。見た目ほどひどくないから。暁くんこそ大丈夫?」


「はい。心配してくれてありがとうございます」


 清水とは消毒に使われる、神社で汲んできた水のことだ。


「治すからどけ」


 翡翠さんは私の手をとると、軽く観察してから傷の真上に手のひらをかざした。すると淡い光が生まれて、手のひらをどかすと出血が止まっていた。頬も同様に止血してくれる。しかしぐじゅぐじゅとした傷口は依然健在だ。


「ありがとうございます、翡翠さん」


「助けてやれなかったからな。せめてもの詫びだ。すぐに剥がすことになるだろうから、包帯は巻かないでおくぞ」


 この神様は根は優しいんだろうな。一瞬で私の傍を離れたから、未だに嫌われてるのは変わらないんだろうけど。でもほんの少しだけ仲良くなれた気がする。


暁くんの頬の傷は翡翠さんによって跡形もなく治癒した。


「ありがとうございます」


「ああ」


 それからほどなくして、理事長が合流した。


「新入生歓迎会で悪鬼の襲撃に遭うとは、災難だったねみんな。怪我はないかな?」


「「「「「はい」」」」」


「理事長、童子さんが頬と手の甲に怪我してます」


「それはいけない。みせてくれるかい?」


「はい」


 歩み寄ってきた理事長に左腕を突き出すと、「血が飛んだんだね。痛むだろう?」と労わってくれる。


「見た目ほどは痛くないので、大丈夫です」


「このレベルの深手だと、私が契約している神様を呼んでもこれ以上の治癒はできない。申し訳ないけど、学校に着くまで我慢してくれるかい?」


「はい」


 その後、理事長の転移の術で学校に戻った私たちはひとまず寮に帰らされた。私以外は。じゃあ私は今どこにいるのかというと、保健室のベッドだ。枕元にいるのが保健室の先生である篁シオリ先生だったら完璧だった。ベッドの両側は理事長と鴇刀先生に固められている。


「傷はまだ痛むかい?」


 にっこりと良い笑顔で怪我の心配をしてくれる理事長。


「篁先生のおかげでだいぶ良くなりました」


「それは良かった。さて童子さん、君にはいくつか聞きたいことがあるんだ」


「なんでしょうか?」


 それなりにでかい騒動が起きたから、やっぱり事情聴取は避けられないか。


「鴇刀くんからきみがお札を持っていると聞いたんだが、まだ手元にあったりする?」


「ありますよ」


「差し支えなければ見せてもらっても?」


「どうぞ」


 お札を受け取った理事長は、そこに書かれている文言に目を通しているようだ。


「これは友達からもらったという話だったね。その友達は、神薙だったりする?」


「そういう話は聞いたことないですね」


「そっか。その友達は、優しい人なんだね」


「はい。とても」


「そうか。そうそう、鴇刀くんが神薙に適性ありと判断したらそっちに転向してもらうという話だったと思うんだけど、さっきの騒動で君の神薙への転向が決まったよ」


「えっ」


 なにそれ聞いてない。


「神薙が五人がかりで相手する羅刹を前にしても全く動じなかったそうだね。そんな度胸のある子を神代にするにはもったいないよ」


「……分かりました」


 あの時も条件をのんだわけだし、ここでぐちぐちいっても仕方ない。大人しく先生たちの決定に従おう。


「それじゃあ私はそろそろ失礼するよ。お札は返すよ。くれぐれも無理はしないようにね」


「ありがとうございます」


「俺ももう行くね。さっきのことで処理しないといけない仕事が山積みだから」


「分かりました。先生、さっきは助けてくれてありがとうございました」


「どういたしまして。今日は早めに寝るように」


 鴇刀先生も理事長を追いかけるように、お父さんみたいな一言を残して出て行った。


『ねえ、結局いい考えってなんだったの?』


『羅刹だよ』


『まさか、マルファスが呼んだの?』


『ああ。おかげで禊は免れただろう?』


『……またお墓までもってく秘密が増えたね。でも結果的には助かったよ。ありがとう』


『礼なら体を明け渡してくれればいいよ』


『却下で』


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