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実戦練習

「じゃあ今日はこの広い校庭で実戦練習といこうか。やることは簡単。神様から借りた力を上手く運用するだけだ」


「先生ー、神様と仮契約すら済んでいない童子さんはどうするんですか?」


 物部くん、私が思ったことを代弁して聞いてくれるのはありがたいけど、笑いを隠しきれてないよ。


 形の良い眉を吊り上げて一歩前に出たサクラの肩に私は慌てて手を置いた。


「サクラ、大丈夫だから」


「いいえ、今のは聞き捨てならないわ」


 そこで会話に入ってきたのは、意外にも今日も金髪が眩しい篝くん。


「よほど自信があるらしいなあ、お前」


「えー? 誰もそんなこといってないけど」


「自分のことは棚に上げて真っ先に人のことを気にするくらい余裕ってことだろ?」


「ははっ想像力豊かだね」


「二人とも、けんかはやめましょう」


 やんわりと仲裁に入ったのは暁くん。おっとりした声色のせいか、物部くんと篝くんはすっかり毒気を抜かれたようで素直に口を閉じた。


「交流を深めるのは結構だけど、今授業中ね。次やったら校庭十周させるからそのつもりで」


 十周という言葉に、私たちは無言で首を縦に振るのだった。


「童子さんはどうするのって質問だけど、俺の友達の神様に相手してもらいます。気のいい神様だから、心配ご無用」


「ありがとうございます」


 鴇刀先生がいうとそこはかとなく不安になるのはなんでだろうか。


「じゃあまずは、余裕のよっちゃんな物部くんからどうぞ」


 うげっという顔をしながらも、物部くんは大人しく所定の位置についた。


 残りの四人はなにかあった時のために横から見える離れたところに待機。


 鴇刀先生はもしもの時にすぐ対処できるよう、私たちのすぐ近くに立っている。


「今回は悪妖と遭遇したと仮定して、前方に攻撃をしてみよう。種類や手法は問わない。好きなタイミングでどうぞ」


「じゃあいきます。顕現」


 物部くんの一声で、隣に大きな白い狐の神様が現れる。


 右手を払う仕草をすると、前方にいくつもの青い狐火が勢いよく飛んで行った。十メートルほど飛んだところで物部くんが手のひらを握り込む動作に合わせて狐火は消える。


「ありがとう。もう帰っていいよ」


 物部くんがお礼をいうと、白い狐の神様はすうっと空気に溶けるように消えた。


「神様の顕現、攻撃を繰り出すスピードともに速い。狐火の後処理もばっちり。いいね。次は篝くんいこうか」


「はい」


 物部くんと交代で位置に着いた篝くんは、微かに緊張感をにじませた表情をしている。


「いつでもいいよ」


「ふぅ……いきます。顕現」


 蜃気楼のような揺らめきのあとに、篝くんの隣に白い二メートルはありそうな蛇が現れる。


「頼んだぞ」


 そう一言呟いてから篝くんが人差し指を下から上に掲げると、校庭の土がぼこりと大きく盛り上がる。上に向けた人差し指を前に突き出すと、サッカーボールほどありそうな土の塊が前に飛んで行く。かなりの速さで飛んで行ったそれは、校庭のフェンスに当たって砕けた。


「ありがとな。またなにかあったら頼む」


 篝くんの言葉に蛇は一つ頷き、にょろりと前に進む。すると輪郭が朧気になり、二メートルほど歩いたところでその姿は見えなくなった。


「随分大きなのと仮契約したんだね。コントロールはばっちり。顕現がもう少し早ければいうことなしかな。次は右京さんね」


「分かりました」


 サクラが仮契約している狼の神様は何度か見たことがある。少し無愛想だけど、根は優しそうな神様だ。


「顕現」


 言葉尻に被せるようにしゅばっとサクラの横に現れた茶色い狼。神様と目を合わせてから、サクラは強く地面を蹴った。そして五メートルほど上に飛び上がり、手のひらから出てきた木刀を大きく地面に向かって振り下ろすと、音もなく華麗に着地。


「ありがとう。またよろしくね」


 サクラが狼をひと撫ですると、満足そうに目を細めてから空へと駆けて行った。


「体術派なんだね。剣道でもやってたのかな。顕現も武器の召喚も早かったし、攻撃のスピードも申し分ない。次は暁くんよろしく」


「はい」


 予想はしていたけど、やっぱり私が最後か。


「お楽しみは最後にとっておかないとね」


「鴇刀先生は覚ですか」


「まさか。長く生きてれば必然的に分かることも多くなるものだよ」


 長くって、鴇刀先生はどうみても二十代にしかみえない。まさかこれで四十代ですとか? ……ありえる。


「ほらほら、始まるよ。同級生の勇姿をしっかり見届けなさい」


「はい」


「暁くん、準備はできた?」


「はい。大丈夫です」


 暁くんが頷くと、鴇刀先生は「よろしい」といつもの薄っぺらい笑顔を浮かべる。


「じゃあ始めちゃって」


「顕現」


 その一言で空中から舞い降りてきた顔の上半分を覆うお面をつけた天狗の神様は、地面から数センチ浮いた状態で指示を待つように暁くんの顔を見る。


 視線を合わせて一つ頷いた暁くんは、左手をひらりと斜め上に向かって動かす。するとつむじ風のような突風が巻き起こり、枯葉や小石を巻き込みながら前方に進みやがて消えた。


「いつもありがとう。山へおかえり」


 天狗の神様は背中の羽をばさりと一度大きく羽ばたかせると、残像を残してその場から消えた。


「顕現も早いし、風をよくコントロールできてる。合格。じゃあ最後に童子さんいってみよう」


 憂鬱だと思いながら位置に着くと同時に、隣に頭から角の生えた緑色の髪を緩く結んだ男性が現れる。私は思わず男性を二度見した。


「竜の神様、ですか?」


「ああ」


 喋った! うわ、すごい! 鴇刀先生は友達っていってたけど、神様は仮契約か契約をしていないと呼び出せないから、絶対先生と契約を交わしてるよねこの神様。人型の神様なんて早々お目にかかれるものじゃない。その証拠に、遠くにいるみんなもこっちを見てざわついている。


「その子のためにちょっと力を貸してほしいんだ」


「断る」


 鴇刀先生の頼みを一も二もなく断る竜の神様。


 えっと思いながら竜の神様の方を向くと、すぅっとその金色の目が細められた。透明度の高い金色の奥には、見慣れた嫌悪の色が混ざっている。


「近付きたくもない」


 ひどい言われ様である。まあ臭いとかじゃないだけマシかな。


「これはまさかの展開だねえ。いくら嫌でも、食わず嫌いは良くないよ」


 先生がやんわりと諫めても、竜神様は頑なだった。


「この人間は普通じゃない」


「ぷっ普通じゃないってなにそれ。ウケる」


 堪えもせず盛大に吹き出す物部くん。


 篝くんはその肩に手を置き、「ちったあ言葉選べ」と笑い続ける物部くんに鋭い視線を向ける。


 暁くんが「校庭十周しますか?」と邪気のない笑顔でいうと二人は瞬時に大人しくなった。


 サクラは心配そうな眼差しで私を見ている。


 どうしよう、非常にいたたまれない。私はどうすればいいんだ?


「困ったねー。そいつが拒否するとは夢にも思わなかった。そこまで神様に嫌われてる子は初めて見たよ。前途多難ですこと」


「鴇刀先生、呑気なこといってないでどうすれば良いのか指示をください」


 困ったという割に全く困ってなさそうな声を出す鴇刀先生を急かすと、「そうだねえ」と腕を組む。


「ちなみに、なんでそこまで童子さんを拒絶するの?」


 鴇刀先生の問いに、竜の神様はすかさず答えた。


「俺だけじゃない。こいつは俺たちの間では嫌われ者として有名だ」


 それは事実だけど、なにもみんなの前で暴露しなくても……。


「分かった。ご足労かけて悪かったね」


 竜の神様は先生の一声で一瞬でその場から消えた。残像すら残さずに。


「それにしても、嫌われ者ねー。神社破りでもした? それともお賽銭泥棒とか」


「してません! 昔からこうなんです」


「それでよく神代目指そうと思ったね」


「人生なにが起こるか分かりませんから」


 そう、先のことなんて誰にも分からない。ある日突然悪魔憑きになったように、もしかしたらこの先急に神代になれる日がくるかもしれない。だから私は諦めない。


 そこで暁くんが小さく手をあげた。


「でも入試の時には実技のテストもありましたよね? 神様と契約していない状態でどうやって突破したんですか?」


「確かにそうだな」


 賛同するように頷く篝くん。


「その時は友達の力を借りたんだよ」


「友達? なにそれ」


 相変わらず棘があるというか嫌味っぽい言い方をする物部くんだけど、そんなのでへこむ私ではない。人から向けられる悪意にはそれなりに耐性があるつもりだ。


「定期的にお茶を飲む友達がいるんだよ。神社で働いてる人だから、色々教えてもらってなんとか乗り切ったんだ」


「いやいや、どう考えても無理でしょ。いくら人間に協力を得たところで神様の力が借りられなきゃ意味ないんだから」


「でも私は試験を突破して今ここにいる。それが答えだよ」


「一本取られたな、物部」


 篝くんがにやっと笑って物部くんを肘でつついた。


 小さく「うるさい」っていう物部くんの声が耳に届く。


「童子さん、参考までにその試験でやったのと同じことを今やってみてくれない?」


 鴇刀先生の提案に、私は「分かりました」と頷く。


 あの時は、茶飲み友達であるテンちゃんからもらったお札を使った。まだあったかな、と懐を探すとかさりと紙に触れる感触がする。良かった、まだ何枚かありそうだ。


「いきます」


「いつでもどうぞ」


 このお札は息を吹きかけてから目を閉じて脳内でイメージした光景を具現化することができる。つまりどれだけ具体的に想像できるかにかかっているのだ。大丈夫、あの時できたんだから今回もできるはずだ。


「燦燦と降りしきるは霖雨なりけり」


 人差し指と中指の間に挟んだお札を上空に向かって投げると、お札が空気に溶けて間もなく晴れていた空に厚い雲が垂れこめ、しとしとと雨が降り始めた。よし、成功だ!


「雨乞いか」


 空を見上げながらぽつりと呟く鴇刀先生。しばらく空模様を眺めたのち、にっこりとこっちを見た。


「合格。雨も降ってきたことだし、この授業はここまでにしようか。俺はちょっと急用ができたから、次は自習でよろしく。そうそう、明日は朝から新入生歓迎会があるからそのつもりで。いつも通り教室にいてくれればいいから」


 校庭に残された私たちは、暁くんの「これを機に仲を深めませんか?」という提案でみんなで教室に戻ることになった。物部くんは意外にも反対しなかった。


「新入生歓迎会って、なにやるのかしら」


 サクラの言ったことは、この場にいる誰もが思っていることだろう。


「普通じゃないものなのは確かだろうね」


「私もそう思う」


 物部くんの言葉に頷くと、篝くんが「まあここでごちゃごちゃ考えても仕方ねえだろ」と頭の後ろで手を組む。


「それもそうね。気楽にいきましょ」


 なんて呑気に構えていたことを、私たちは翌日後悔することになる。



* * *



コンコン。


 鴇刀が扉を理事長室の扉をノックすると、中から「どうぞ」という十六夜の声がする。


「失礼します」


 入室すると、十六夜は両手で持ったマグカップに口をつけていた。よく見る光景だ。


「またココアですか?」


「うん。それよりこんな時間にどうしたのかな? 今は授業中のはずだけど。君がサボるとも考えにくい」


「童子カンナのことで、少々お聞きしたいことがあります」


 十六夜はまるで「ああ、そのことか」と言わんばかりに静かに口角を引き上げる。その表情を見て鴇刀は確信した。十六夜は知っていながらあえて黙っていたのだと。


「入試で試験官だったのは十六夜さんですね」


「そうだよ。面白いよね、彼女。仮契約もしていないはずなのに、あのお札には確かに神力が込められていた」


「なにかご存知ですね?」


「いいや、詳細は知らないよ。でも彼女は神薙に適性があると思ったから入学させた」


 詳細は知らないということは、鴇刀がまだ知らないことを浅くは知っているということだ。


(本当にこの人は、無害そうな笑顔の裏でなにを考えているか分からない人だ)


「本人が希望している神代ではなく、神薙ですか」


「うん。そうそう、童子さんといえば面白いものがあるんだ。確かこの辺に……ああ、あった。これは彼女の入試の解答用紙なんだけどね」


 重厚な木の机の引き出しから取り出された一枚の紙には、マルとバツが半々くらいの割合で記入されている。点数は五十点。それに視線を落とした鴇刀は、すぐに気付いた。


「この一問目でバツになった「ソワカ」って、一昔前の神薙が使っていた祝詞に出てくるものですよね」


「そう。今は使っていないから、古参の神薙か掘り下げて調べた勤勉な者しか知らないはずだよ」


「五問目の答えに書いてある祝詞は、三年の後期で扱うものです」


「面白い間違え方をするよね。他の科目も全部その調子だよ。空欄は一つもない。それに全教科全て、計算したように合格ギリギリの五十点台なんだ。見る者が見ればすぐに分かるよ。彼女は極めて優秀な人間だと」


(本当は有能にもかかわらず、あえて馬鹿のフリをしているというわけか。これは掘ればまだまだ色々出てきそうだな)


「そういうわけだから鴇刀くん、彼女のこと、くれぐれもよろしく頼むよ」


 にっこりと浮かべられた柔らかな笑顔。しかし十六夜の本心は「童子カンナになにかあったら容赦しない」だ。しっかり指導・監督するよう釘を刺されている。


「しかと承りました」


「私もなにか分かったらその都度共有しよう」


(だからお前も収穫があったら共有しろってわけね)


「分かりました。話は変わりますが、明日の新入生歓迎会のことで……」


 話が終わり理事長室を出る頃には、鴇刀はすっかり気疲れしていた。

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