プロローグ 『壊された幻想』
もしも、戦う以外の道があったなら、私はその世界線を生きたかった。
でも、この世界線はもう手遅れなのだ。私達、『子供』が戦うしかない。
そんな残酷な世界線を辿ってしまったこの物語は、『若き者』によって語る継がれる。
事の発端は4年前に遡る。
日本のある遺伝子研究所の爆破事件から全ては幕を開けた。
デルタ解放軍。彼らの爆破によって、遺伝子研究所から『特殊異能遺伝子』の盗難から、世界は揺るぎ始めた。
デルタ解放軍はその特殊遺伝子を使い、人々を魔獣へと変貌させていた。
それは世界中を脅かし、デルタ解放軍の名を世界に知らしめた出来事になった。
デルタ解放軍の目的は1つ、三角領域の解放だ。
かつて、太平洋の中心に現れた正三角形の島、『デルタ』彼らはそこで居住していたが、彼らは人々の手によって、迫害された。
デルタ島は封印され、今は誰も近づけない状況になっていた。
そんな事件から4年。分かったことは、”子供には異能遺伝子が能力を発揮しないこと。
遺伝子の上書きが、子供は出来ないということが判明したのだ。
デルタ解放軍は、特殊な武器を使って戦争を繰り返してきた。その成れの果てが今―。
「この、終焉都市を作り出した…」
見渡す限り瓦礫の山。廃墟都市と言う名が相応しいのかもしれない。
ビルは倒れ、至る所で黒煙が立ち上っている。
そんな廃墟都市に、人の影はほとんど残っていなかった。
「紫音、またここで感傷に浸ってるの?」
後ろから声をかけられて、力なく頷いた。
ここは、かつての東京。今はその面影も残っていないが。
ここは見晴らしがいいし、本部から近いし、都合外ので気分を変えるのにはぴったりだ。
「もう、戦うのが嫌になったんだよね」
「それ分かる。飽きたって言うか、いつ終わるのって感じ」
4年間にわたり続く、デルタ解放軍との戦い。政府反乱軍はもう消滅間近だ。
「梨華、あなたはここに残るの?デルタ解放軍との戦いの長期化、アメリカに逃げるって言うのも…」
「別に、私は紫音といたいし。なにしろ私は紫音を愛してるから」
戦友である坂江梨華はそう言って、私の額に口づけをした。
「私が紫音を守る。そして、紫音に守られる」
「私が梨華を守る。そして、梨華に守られる」
こんな世の中が早く終わればいいと、そう願っていた。
デルタ解放軍の殲滅。それが、政府反乱軍の目的だ。
「紫音、そろそろ休憩時間終わるよ」
梨華がそう言うので、私は立ち上がった。
いつかこの廃墟都市にも、かつての東京のような活気が戻るのだろうか。
いずれにせよ、戻すのは私達だ。
自分の黒い髪を見ながら、胸の痛みを抑える。
母がくれた黒髪、父がくれた水色の瞳。
二人ともデルタ解放軍の参謀、ウラノスによって殺害された。
「絶対…仇を取る」
ウラノスを殺す。いつからかそんな気持ちに駆られていた。
梨華と共に本部に戻り、コーヒーを口にする。ちなみにミーティング中だ。
「お前達に朗報だ」
奥の部屋からこの政府反乱軍の司令、鶴岡新造の声がする。
「朗報、世界が荒れてる時点でいい知らせもなにも無いって」
梨華がそう言いつつも、鶴岡から紙を受け取った。
どうやら、デルタ解放軍の参謀の一人、ガイアの死を知らせるものだった。
「もういいの。そんな情報、いらない。敵が死んだとかどうでもいいから」
私にとって欲しいものは1つ、ウラノスの出現情報なのだ。
「こいつらもいい加減だな。ギリシャ神話の神の名前を冠するなんて」
本当にいい加減にしてほしい、さっさとこの戦いを終わらせて―。
私は思った。この戦いが終わったところで、私が得るものとは何だろう。
もう親はいない。帰る家もない。唯一の生き甲斐は梨華といる時だけだ。
「紫音、後で話がある。指令室に来い」
私は何故か鶴岡に呼び出された。一体どういうことだろうか。
命令に背いた覚えはないが―。
とりあえず鶴岡に続いて、指令室へと向かった。
「なんですか、話とは?」
鶴岡は16歳の子供の前だというのにタバコを取り出した。
「あぁ、お前、何か悩んでるだろ?」
48歳の中年のおやじに私の気持ちが分かるというのか。
「別に、そんな大した悩みなんて…」
「悩みは、抱え込んでも何も得ないぞ?お前の悪い癖だ、全部自分の手で片付けようとするな」
私は私の癖の図星を突かれて、何も言えなくなる。
「ウラノスの…目撃情報はないんですか?」
それは、泣きそうで、今にもなにかに縋りつきたいという声だ。
「生憎な…奴は常にデルタ解放軍のボス、カオスと共に行動している。見つけるのも困難なわけだ」
私は視線を足元に落とした。今日もまた、無駄な時間が過ぎていくのだろうか。
「フッ…」
「鶴岡指令、何がおかしいんですか?」
「下げて上げるのが俺の悪い癖だ」
鶴岡指令はタバコの火を消して、私の方に近づいてきた。
「横浜だ。ウラノスを派遣調査員が目撃したらしい」
私の目に、希望の光が満ちたことだろう。親の仇を取るために、私は進むしかない。
「行ってこい、ただし、二つ俺から命令がある」
「はい、なんでしょうか」
鶴岡指令はもう一度、タバコを取り出して窓の方を向きながら吸い始めた。
「任務は梨華と二人だけで行え、お前のストレス軽減のためだ」
「それは…分かってますよ」
鶴岡指令の口から白い煙が吐きだされ、タバコ特有のにおいが微かにする。
「それと、勝てないと思ったらすぐに撤退しろ」
「それはもちろんです」
今まで通りに戦えということを、この指令は敢えて遠回しに行ってくる。
それもこの人の悪い癖だ。
「では、征ってきますね」
私は指令室を後にして、梨華を呼びに行った。
「全く…」
鶴岡はそう呟いて、タバコを机に叩きつけた。
「何故だ…なぜ子供に頼らなければ何も出来ないんだ!」
それは世の大人の代表的な叫びだ。
これが戦争だというなら大人が戦線に征くべきなのに、なぜあんな小さな子供に頼らなければいけないのか。
彼女らが戦う戦闘機、IS2100はAIを搭載した戦闘兵器だ。
そのAIに適合できる年齢は17歳まで。成人は使用不可。
この少子化社会になんて痛いところを突いてくるんだ。
「梨香子…」
鶴岡は守ることの出来なかった娘の名前を口にする。
「俺は…出来損ないだ」
鶴岡の涙は誰の目にも入ることは無い。
梨華の機体は全て白でコーティングされている。
「IS2100の機体。新品だぞ!」
「梨華は毎回戦闘機をボロボロにしちゃうもんね」
「それだけ頑張っているとほめてくれて構わないぞ」
私は梨華の綺麗な金色の髪を撫でる。
私の機体も格納庫から出される。梨華とは対照的に黒を基調とした機体だ。
「さて、そろそろ行こっか。ウラなんたらに逃げられる!」
梨華はそう言って早速機体に乗り込んだ。
人類が魔獣使いに対抗するために作った戦闘機。
それぞれの人体のパーツに会うように出来ている。
腕には『アーム』と呼ばれるパーツ。それぞれの武器が備え付けられている。
基本は剣と盾だ。梨華の場合は丸のこぎりみたいなのが装備されている。
足には空中飛行を可能とする、『反重力脚』と呼ばれるものが装着されている。
そして、背中と腹部を守るように鉄の装甲が体を覆う。
そして顔は龍の顔をモデルにしたヘルメットでできている。
ヘルメットというより、仮想現実を映し出す機械に近い。
ヘルメットの内側にあるモニターには映像が映し出される。
照準を捉え次第、腕の標準装備である自動照射銃が発砲する。
「一号機、準備完了」
目の前にあるモニターに街が映し出されていく。
右下には地図が映し出され、隣にオレンジ色の丸い円が映し出される。
隣に梨華がいるという印だ。
「あーあ~紫音、聞こえる?」
ヘルメットの左右に取り付けられているスピーカーから梨華の声がする。
「うん。さて、向かおっか」
このIS2100は意志をそのまま受け取って動く機械だ。さすがAI。
機械は光の粒子に呑まれて、光速で移動する。
向かうは横浜、倒すはウラノス。親の仇を確実に討つ。