終わりの後に
「今見ている世界をなかったことにして目覚めなおすことができるんだ」
僕は友人にそう話していた。その友人は「何を言ってるんだコイツは?」って言うような顔で僕を見ていた。
まぁ、確かにそういう顔をするだろう。だが、僕は実際にそれができるのだ。
僕は昔からそうやって都合の悪い過去を消し去って生きてきた。
しかし何でまた今日、このことを友人に話してしまったのだろうか。信じて貰えるはずないのに。
それでも僕は喋り続ける。
「どうしようもない失敗をしてしまった時、僕は世界を作り直すんだ。警察に追われるようになった時なんかは助かったよ。本当に」
友人はますます怪訝な顔をする。
本来の僕は無口なほうで、こういった冗談めいたことを言うキャラじゃないことは僕自身でも良くわかっていた。
あぁ、失敗したな。
そう思った僕は、柏手を打つように両手を叩いて眼をつぶった。
それが、世界をなかったことにする動作だった。
聞こえていた音が遠くなり、肌の感覚が捩れていく。今回も無事成功したようだ。
そして僕は新しい世界で目を覚ます。布団の中で軽く伸びをした。
気持ちのいい朝だった。
僕が目覚めたと同時に、妻が電話の子機を持って寝室に入ってきた。
「ねえ、あなた、○○大学のZ博士から電話がきているんだけど……」
「Z博士?」
僕にはまったく心当たりがなかった。○○大学というのも聞いたことがない。
「なんだか切羽詰まった様子で、あなたと話したいと言っているの。電話、代わってくださる?」
そう言って妻は保留中の子機を手渡してくる。
新しい世界で目覚めたばかりで頭がクラクラするが、電話には出ることにした。妻から子機を受け取って保留を解除して耳に当てる。
「もしもし! もしもし!」
早速興奮した男の声が耳に飛び込んできて、僕は面食らった。錯乱一歩手前と言っていいような状態だ。
「何か……僕に御用ですか?」
僕は相手を刺激しないように、落ち着いた声でそう訊ねる。
「これ以上世界を簡単にリセットしてはいけない! あなたは自分が何をしているのかわかっているのか? こんなことを続けていたら、いずれ『奴等』に見つかってしまうぞ! キミ自信のためにも、もうリセットはするんじゃあない!」
矢継ぎ早にZ博士はそう言った。そうして世界をリセットする危険性を延々と話続けている。なかなか話が終わりそうにない。
僕は面倒になってきた。せっかく気持ちよく目覚めたのに、朝っぱらからこんなことを聞かされたんじゃ気分が滅入ってくる。
なので、僕はちょっとした嫌がらせをしてみることにした。
「じゃあ、あんたが電話をかけてきたこの世界をリセットしてやるよ」
僕はZ博士の声を遮るようにそう言った。
電話の向こうでZ博士が絶句するのがわかった。可哀想なほどに狼狽しているのが沈黙から伝わってくる。
「冗談だよ。世界をリセットする? そんなことできるわけないじゃないか」
僕はそう言って笑うが、すでに電話は切られていた。
電話を持ってきた妻が心配そうな顔で僕を見ている。
なんだかまた失敗したみたいだ。
「うーん、悪いな。消えてくれ」
そう言って僕は両手をパンと叩いた。
そして僕は目覚めた。闇の中でいつもの見慣れた天井がぼんやりと見えた。ベッドの上でモゾモゾと体を動かす。
どうやら本当に目覚めたらしい。記憶の統合性が取れていて、何より現実感がしっかりとしている。
面白い、変な夢を見ていた。夢の中で僕は知らない友人や、知らない妻を持つ世界で生きていた。しかし、僕の意思ひとつで簡単に世界をリセットしてしまうのだ。
僕は夢の記憶が鮮明なうちに、その内容をメモにとろうとした。
その時、充電していたスマホが鳴りだした。
時刻は深夜3時近くだ。こんな時間に電話をかけてくる非常識な相手を僕は知らない。
僕は背筋が薄ら寒くなるのを感じながら、スマホを手に取った。