死に沈む
星に背く罪の証は、時の彼方
地球の領域へ、足を踏み入れた瞬間の事だった。
カァァアアッ!
火を吹く様に、地球が発光した。
其の突然の眩しさ故に、女神は反射的に眼を閉じる。
視界が、全て、鮮烈で鋭角で、魔を切り裂く様な痛い光に染められて行く。
何も見えなく成った上、身を切り裂こうとする激しい光の激痛に、何も分からなくなる。
……――――余ヲ呼ビ醒マスノハ誰ゾ……!!
……――――余ノ世界ヲ穢ス不届キ者ハ誰ゾ……!!
……――――愛シノ御子ヲ闇ニ沈メタノハ誰ゾ……!!
……――――愛シノ御子ノ星ヲ屠ッタノハ誰ゾ……!!
「……ッ」
抑え込まれて居た怒気。
悲嘆に、うち震える声。
意識が呑み込まれ、無に帰すのかと、前のめりに、傾ぎ、倒れそうに成った女神。
直後、女神の華奢な体は2本の腕に、背後から守る様に、抱き締められる様にして、包み込まれた。
「煩いなぁ。」
己の世界以外の全てを切り裂かんと膨れ上がった刃の化生。
其の光の刃は、男神の体に触れる瞬間、赤い光に呑み込まれ、たちまち消えた。
光の刃が、男神の気の炎に焼かれて灰に成った…、とでも言うべき、一瞬の出来事。
ギッ……
悔しそうに、奥歯を強く噛み占める様な音が聞こえたかと思うと、再び、光の刃の嵐が襲い掛かって来る。
対抗する様に、男神の全身からは、強力な加護の光が溢れ出し、双方の光は、激突し合い、たちまち溶け合い融和する。
「全部、お前のせいだろ。」
そして、男神が女神を腕の中に閉じ込めた侭、ケロリと、平然と止めを刺す。
唸り呻く声を、光の刃として、発した存在を、問答無用に完全に黙らせ、見事、完敗させて見せた。
結果、攻撃が止み、静寂が訪れた。
しかし、見えない存在と、真っ直ぐ前を見据える男神の睨み合いは終わらない。
お互いに、少しも、譲らない。
闘気とも呼ぶべきオーラが、領域を、ビリビリと震えさせる。
そして……――――、
……カァァ!
「!?」
また、稲妻を帯びたかの様に、光が広がる。
女神は、反射的に目を閉じて、身を強張らせた。
一瞬の光。
一瞬の闇。
夢や幻の様な、一瞬。
周囲が、静けさに満ちた。
「相変わらず、甘っちょろい。」
そう言い、ケラケラと笑い出した男神の声が、耳に届く。
其れに誘われる様に、女神は、下ろして居た瞼を、持ち上げる。
そして、女神は絶句した。
何時の間にか、大樹とも言うに相応しい木の太くて丈夫な幹の上に立つ男神の隣に座り込んで居た。
小さく軽やかな薄紅色の花が満開に咲き乱れ、風に揺られながら舞い踊る花びら達に視界を埋め尽くされて居る。
男神の方を見ると、彼は、先程の戦いの余韻に浸って居た。
『勝った♪』と言わんばかりに胸を張り、満足気で、不敵な笑みを浮かべて居る。
「此処は……。」
「ん?地球の中だよ。」
女神は、呆然としながらも、現状把握の為、男神に答えを求める様に呟く。
対して、男神は、何とも無さげに、 あっけらかんと、直ぐに答えをくれた。
が、しかし、そうは言われても、実感が沸く筈も、納得する事も出来はしない。
だって、つい、先程まで、青い水晶球の様に、綺麗に輝いて居る地球を、外側から眺めて居たのだ。
なのに、もう其の中に自分達が入り込んで居ると言う男神の言葉に、混乱する中、男神と視線が絡まる。
相変わらず、感情の読めない…でも、不純物が、一切、見受けられ無い、不可思議な黒曜石の光に、惹き付けられ、目を逸らせない。
そんな中、微かに不穏な空気が漂い始める。
女神は、其れに気付いて、思わず、息を呑んだ。
視界の中で、男神が、唇を三日月の形に歪める。
「……――――離さない。」
「ぞよ?」
「俺は、君を、ずっと、離さない。」
不気味な引力でも宿って居るのかと思う程の漲った、力強い魅力に満ちた瞳で、告げる。
異様で謎で奇妙な、今までの話の流れとは、全く脈絡の無い、突飛過ぎる告白宣言を受けた女神は、只、ぼんやりと、男神を見つめ続ける。
此の男神と出会ってからと言うもの、散々な出来事に巻き込まれて来た御蔭か、多少の事では驚かなく成ってしまったのだろうか?
其れとも、言語中枢が、耐え切れず、ブッツリと切れてしまって、一言も、浮かんだり、喋ったり、出来無く成ってしまったのだろうか?
もし、前者なら、『慣れ』とは、全く持って、恐ろしいモノだ。
そして、逆に、後者だったのなら、早く復旧して欲しいモノだ。
「だから、頂戴?」
男らしくて、頼り甲斐のある指が、女神の繊細と呼ぶに相応しい頬に、添えられた。
「…何を、ぞよか?」
自分の頼りなく細い手とは、天と地程の違いを感じる感触を頬に感じながら、必死に声を絞り出す。
「君の全て。」
好き勝手な事を抜かすのは、彼の三日月形に歪んだ唇?
其れとも、何も感じさせてはくれない、漆黒の黒い瞳?
はたまた、深く深く潜った深層に在る、彼の内に秘めたる“モノ”の言い分?
男神の言葉から、逃げる様に、両耳を、両手で塞いだ。
何も見ては居ないと、暗示を掛ける様に、目を閉じた。
瞼裏に焼き付いて離れない光景を、否定する様に、頭を弱々しく左右に振った。
其れでも、緋色の血肉、純白の骨、新鮮な死の匂い、黒不浄の穢れに塗れた故郷の光景に、涙は零れた。
太陽の守護神として、“誓いの塔”に籠り、穢れの全てを、身に受け、浄化し続ける事を運命として枷を付けられた男神は、飽きれ果てて、故郷の全てを見限り、崩壊させた。
月の守護神として、“祈りの塔”に籠り、穢れの全てを、身に受け、浄化し続ける事を運命として枷を付けられた女神は、悲嘆に暮れ、疲れ果てて、嫌に成って、逃げ出す様に、男神の手を取った。
数多の犠牲は、男神の無感動な笑み1つで屠られる。
数多の穢れは、女神の無意味な落涙に蔓延り枯れる。
守護神の暴動。
神々の惨殺死。
故郷との離別。
知る者は、もう居ない。
語る者は、もう居ない。
看取る者も、もう居ない。
見守る者も、もう居ない。
しかし、神代の時代は、確かに、其処に在った。
彼と彼女の2人の“自由”の運命の礎として……。
同胞の屍を越えて生き往く、選択をした2人の姿が、“死した星”に、あった。
まぁ……、『あった』と言うのだから、既に、もう、完璧なまでに“過去形”なのだけれども。
けれども、確かに、存在したのだ。
疾っくに、死の底へと全てが沈み、終わり葬られたとしてもだ。
時間と呼ばれる時が、流れを刻み往く、其の中に、移り渡り、存在した太陽と月の神代時代。
其れは、運良く生き残った“地球”の時代を記す歴史なんぞには、絶対に語り継がれないモノだとしても……――――。。。
And that's all…?
(それでおしまい…?)




