殉血の傷痕
来し方行く末
時を同じくして生まれ、皆の穢れを、一身に受け合った仲である男神は、女神の腕を引っ張り、立たせて、手を繋いだ侭、スタスタと迷う事無く、歩いて行く。
“祈りの塔”から出た瞬間、女神は引っ張られてるのにも関わらず、一瞬、立ち止まった。
息を呑んだ。
息を呑んだ御蔭で、悲鳴は、喉の奥で、押し潰された。
無残、残酷、悲惨、凄惨。
蹂躙、餌食、凌辱、殺戮。
征服、冒涜、反逆、破壊。
どの言葉も相応しい光景が、眼前に広がって居たからだ。
床に視線を落とせば、無数の血だまりと、肉や骨の破片。
恐る恐る、だが、ゆっくりと、続いて、壁や天井も、見回した。
何処を見ても、緋色の液体が、ブチ撒けられ、女神達の体の中に、詰まって居た内臓やら骨やらが、飛び散り、グチャグチャに散乱して居たからだ。
肉の破片。
血の悪臭。
骨の純白。
赤と白に塗り潰され、錆び付いた香りに包まれた月宮殿を、男神は意気揚々と上機嫌に突き進んで行く。
同じく、引っ張られて行く女神も、赤と白に彩られた世界に、素足で踏み入った。
まだ、全っ然、渇き切ってはいない、清新な血だまりに足を踏み浸せば、ビチャリッと音がした。
まだ、新鮮で、柔らかく、僅かに弾力の残る肉片に、足を踏み入れれば、グニャリと、へこんだ。
まだ、硬さが残る骨を、足で踏み潰せば、ポキポキと、軽快な音を立てて、更に小さく砕かれた。
「あッ……ぅ」
気持ち悪い。
気分が悪い。
冷や汗が滲み出る。
心臓が、ばくばくと割れる。
皆が、責め立てて居る様だ。
きりきり
ぎりぎり
首を絞められて、苦しめられてる感じだ。
殺されそうだ。
怖いよ。
恐い。
「大丈夫だよ。俺が居る。」
“祈りの塔”には、自分しか、居なかった。
世界から、隔絶された様に、ずっとずっと、孤独だった。
「此れからは、2人だよ。」
「2人…。」
男神が、前を見て居た顔を、此方に向ける。
独りぼっちでは無いと、遠回しに告げて来る。
ふっ、と僅かながらも、柔らかく歪む口から、発せられる言葉に、嘘は、微塵たりとも、含まれて無い。
此方を見つめて来る、宝石の冷たさ、太陽の熱さ、其のどちらからも縁遠く、感情の欠片等、全く感じ無い漆黒の瞳の眼差しに、偽りは、見当たら無い。
そんな彼に、手を引かれ続けて、“月宮殿”の最上階の屋上へと、足を踏み入れた。
「見える?」
「ぞよ?」
「あれが、“地球”だよ。」
様々な命の希望と、可能性を秘めた、青い星。
深い、吸い込まれそうな、青い水晶球の様に、綺麗に輝いて見える。
「気に入った?」
「……見た目は気に入ったぞよ。」
「ははっ。でも、降り立ったら、更に気に入ると思うよ。」
「本当ぞよか?」
「ま、結局は君次第だけれどね♪」
見惚れながらも、未知の領域へ足を踏み入れる事に少なからず、不安を感じる。
そんな女神の胸中を感じ取ったのか、其の背中を、男神が優しく、ポンポンと叩く。
「でも、保証してあげる。大丈夫だよ。君には、俺が居るんだから。」
男神は、クックッと喉を鳴らして、軽く身を折った。
其の両肩は、僅かながらも、小刻みに震えて居る。
そして、くしゃりと、顔を歪め、まるで無邪気な子供の様に笑う。
「あーぁ、楽しみだなぁ。」
そうして、より一層、楽し気に笑った。
And that's all…?
(それでおしまい…?)