壊れた断罪夢
悪夢の間の露の身の行方
梅
桃
菫
椿
「鬼物、滅スルベシ。」
水仙
山吹
撫子
鈴蘭
「外法ニ身ヲ堕トシタ汝、無ニ帰スベシ。」
馬酔木
菜の花
花水木
蓮華草
「“ルール”ニ背ク命ハ、浮カンデハ消エル泡沫タル事コソガ、正道。」
玉の如き、汗を数滴浮かべ、Hatiは、目を覚ます。
春の中、Hatiは、其処に、仰向けに、転がって居た。
真っ直ぐ見上げる空は、青く、深く透明に澄み渡って居る。
近くにあり、視界の端に映る、柳も、淡い緑色の花を長く垂れ流し、長閑に風に揺れて居た。
「(桜は、何処ぞよ?)」
体の奥底から、ギシリと深く軋む音がした。
手も足も、古びた人形の様にキリキリと軋んでは痛み、上手く動かせない。
そんな中で、頭の片隅で、呑気に思ったのは、常の者であれば、自分の所在位置を確かめようと思うのだろうが、Hatiは違った。
梅に始まり、椿、菫、山吹、水仙、蓮華草に、菜の花と、此の場所は、春爛漫に、咲き誇って居る。
…が、先割れしたハート型をした薄紅色の花びらが、1つも見当たらないし、風に乗って、何処から訪れる様子も、大空を自由に高く舞う姿も見受けられ無い。
ギシッ
ギシッ
と、柳とは逆の視界の端に映る人影らしきモノが、物音を立てて、近付いて来る。
だがしかし、Hatiは全身が細い糸の様な物でキリキリと、きつく締め付けられて痛い上に、首を横に倒し、其方を見遣ると言う簡単な身動きさえ出来無い。
「(此れは、最近、襲って来る白昼夢だぞよね。)」
悪夢の棲人が、自分を、亡き者にしようとして来る。
「(逃げなくちゃ、駄目ぞよ…。)」
でなければ、体がバラバラに千切れて、壊されてしまう。
「汝、死スベシ。」
「―――!!!」
選んだのは、逃走でもなく、抵抗でもなく、此処には無い、薄紅色の花と同じ色を持った愛しい彼の名を、声なき声で叫ぶ事だった。
ドォン!!!
ガシャゴコーーーーーンッ!!!!!!
重低音な轟音。
派手に硝子が割れる様な落下音。
目を見開いた。
そして、泣きそうになった。
仮想空間だった春爛漫が、無数の歯車へと姿を変えて崩れ去って逝く事がじゃない。
本物の現実世界が、かつての月の祈りの塔の内部だった驚きに因る事だって、勿論の事、違う。
理由は、たった1つ。
Hatiが、最も愛でる、嘘偽りのない、春の証である、“桜人”たる人物が、もう1度、目の前に桜の様に舞い降りて現れてくれた事、自体が…だ。
「あり?泣いてるの??」
「……Sköll」
「なぁに?」
「有難うぞよ。」
「泣かせた事が?」
「知らないのぞよか?嬉し泣きさせたら、お礼が貰えるのだぞよ。」
「へぇ…覚えとくよ。」
Hatiは、淡く笑って居た。
けれど、確かに涙を流しながら、泣いて居た。
もうすぐ、地球では、夜が明ける。
此処が地球だったなら、沈み往く月の光を浴びて、涙が水晶の様に光り輝いて居た事だろうと、Sköllは柄にもなく、ロマンティックな事を思った。
And that's all…?
(それでおしまい…?)




