HatiとSköll
選んだ未来は、産声を上げたばかり
「うん、気に入って貰えて、良かったネ♪」
色々な生き物達に懐かれるHati。
そんな彼女の傍らで、其の様子を、眺めながら、Sköllは、『あははっ』と、面白そうに、軽やかな笑い声を上げた。
しかし、正直に言って、Hatiの心境は、其れ処では、無くなって居た。
此れ程の生命体達に囲まれ、自然セラピー効果に溢れた、“楽園の園”其の物を体現した中心の中に自分が居るとなれば、普通は喜ぶ物である。
だが、つい先刻までは、女神達ばかりに囲まれて、隔離された様な“祈りの塔”で1人、過ごして来た“月の御姫様”は、こんなに好かれた経験等、全く無い。
そんな風にして、ある意味、虚しくて、寂しくて、哀れまわれる様な環境の中で、育って来たHatiにとって、こんなにも好かれるのは、本当に本当に、とんでもない事なのだ。
「な、なわわわわ、なななな、なぅわぁあああああっっっ!?」
言葉に出来ない、戸惑いの悲鳴が上がる。
何とか其の輪の中心から逃げ出そうとするが、押し競饅頭の様に、ぎゅうぎゅうと、全方向から包囲され、詰め寄られて居ては、身動きが、全然取れ無い。
「あり?お気に召さなかった??」
「そ、そぉ、じゃ、な…ぁあああああっ、くてぇええええぃっっ!?!??」
分かって居るクセに、確信犯のSköllは、態とらしく、軽く首を傾げ、ケラケラと、笑いながら、問う。
まともに喋れ無くなり、あたふたと戸惑う悲鳴で、パニックの度合いを表現しながらも、何とか受け答え様とするHati。
喉を傷める所か、嗄らす勢いの大音量の悲鳴に、そろそろ聞いて居る方が耳障りに成って来たのか、はたまた其の混乱する姿を見るに見兼ねてかは、分からない。
此れまでのSköllの言動から分かる性格からすると、十中八九の確率で、後者では無く、前者の方が、非常に高いのは確かだ。
なので、Sköllは、此の侭、生き物達に構われ続けて居ると、気絶して卒倒してしまいそうな予感をさせるHatiに、救いの手を差し伸べる事にした。
「それじゃぁ……、」
パン、パン、パン
Sköllが3回、手を打つと、生物達は、Hatiから離れ、蜘蛛の子を散らす様に、解散して行った。
先程の騒ぎが、まるで、最初から、其処には、居なかったの如く、静まり返り、後には、もう、微かに漂う潮の匂いと、心地良い、波のさざめきだけが残る。
「………………。。。」
奇妙な光景を目の当たりにして、慌ただしい体験をして、今はもう、閑散とした状況に、Hatiは、またもや、呆然とした。
「あんなに、たっぷりと可愛がられても、駄目だなんて、困った贅沢者ダネ。」
ぼすっ…
「…………ぞよ?」
Hatiの背後に座り込んだSköllは、手を伸ばし、お腹に回した後、グイッと、抱き寄せた。
Hatiは、Sköllの、力強い腕に因って、背後から密着する様に、抱き締めらる形と成った。
「ねぇ、こっち向きなよ。」
Hatiの、女神、独特の柔らかい肢体を、確かめる様に、そして、甘い匂いを嗅ぐ様に、肩に顔を、埋めるSköll。
今し方の体験談に、付け加えてれば、当然、対極に位置する男神との出会いやスキンシップの経験だって、今更ながら、Sköllが初めての相手だ。
「む、無理ぞよ!」
Hatiは、先程とは比べ物に成らない位、一気に心拍数が上昇した事に、動揺しながらも、NOと答えた。
だけど、白昼堂々と、不意打ちのセクハラをして来るSköllに対して、抵抗して離れようとしても、金縛りにあったかの様に、指先の1つさえ、ピクリとも動かせない。
Sköllは、Hatiのお腹に回して居た両手の内、片方の手を使って、強引に顔を振り向かせる。
振り向かせた、顔色は、赤くて青い上に、最早、半泣き状態で、そんな表情豊かな顔を無防備に曝け出すHatiに、クスクスと、甘く愉快な響きの笑い声が、自然と、零れ落ちた。
其の侭、Sköllは、Hatiの前髪を、そっと、優しく、掻き上げる。
そして、ゆっくりと、顔を近付けて行き……、額と額を、ピッタリと合わせる。
其の瞬間、お互いの額が、共鳴し合う。
パァアアア……ッ!
其れに呼応する様に、お互いの額が光を発した。
ピタリと、くっ付けて居た額を、離し、相手の額が良く見える適度な距離まで、頭を戻す。
SköllはHatiの額を、HatiはSköllの額を、凝視する。
双方の額に光として浮かび上がったのは、“至高の存在”と交わし、心の証を立てた誓約の印。
Sköllの額には、太陽と十字架と狼の形を1つに纏めて模った紋様が、Hatiの瞳に映り込む。
Hatiの額には、月と十字架と狼の形を1つに纏めて模った紋様が、Sköllの瞳に映し出される。
似通った、2つの印。
些細な違いは、太陽か月かと言う点だけ。
「初めまして、“Hati”」
「初めまして、“Sköll”」
可笑しい。
もう、とっくに出会って居たのに…。
今、本当の意味で、初めて、出会えた。
不思議な感覚だ。
今の今まで、名前等、不必要で、意味を成さなかったのに。
今、初めて、お互いの名前を、知る事が出来た事に対する高揚感。
「此れから、宜しくネ。」
素っ気無い口調だったが、Sköllは、悠然と、そして満足気に、微笑んだ。
「此方こそ、ぞよ。」
自嘲気味に口端を釣り上げて、其れでも、何処か安心した様に、静かな笑みを返した。
This is the end.
(これでおしまい)