第7話 巫術師 玄雨雫と宇宙
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫女、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。
中学2年生の神峰純は、こともあろうか雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれ、女神、玄雨純になった。
ある事件の結果、純はアリスと雫に何かしてあげられる事は無いかと、真剣に考えるようになった。
■アリス、メールを読む
米国から戻り、一段落した雫と純は、また修業を再開した。
片や米国のアリス。
雫は日本を離れられない事をしばらくの間嘆いたが、すぐに元のアリスに戻った。アリスには、嘆く暇など無いからだ。
世界をコントロールし、デザインするアリスの仕事はいつも山積みだ。
「いつかきっと、雫と一緒に暮らすんだから!」
それの怒りをエネルギーに変えたかのように、一連の事件の後始末で発生し多数のタスクを、それこそ、バリバリと音がするような勢いで片づけていく。
"You got mail from Jun"
アリスの神様専用PCから、合成音声が響き、純からメールが届いた事を知らせた。
「なんでメール?」
リンクで話せるのに〜。おかしな純くん。
メールを読んでアリスは得心した。
なんとなく顔がほころんでいく。
そうか〜〜。考えたな〜〜。視れたら良いな〜〜。雫と一緒に〜。
雫と一緒に。
はっ、とアリスは気付いた。
もしかしたら、純くん、あたしが落ち込んでるって、見抜いたのかも。
ちぇっ。
いい大人の女神を、思いやるなんて、なんて良い娘なの〜〜。本当なら百年は早いぞ〜〜〜。
アリスが言うと、百年は実時間の長さを示すように聞こえる。
アリスはそ目尻に浮かんだ涙をさっと拭った。素早く思考を巡らせると、PCの画面上に文面が浮かび上がった。アリスは送信ボタンを押した。
神様専用PCからポストに手紙を投函する音がして、メールが送信される。
ほんの僅か、アリスは、その音に聴き入った。
その後、アリスは仕事を再開すると、みるみるタスクが片づいていった。
■純の思惑
「あたしからのメールよ〜〜」
アリスが純に渡しただけあって、ローカライズもアリスの趣味仕様になっている純の神様専用PCから、アリスの声が聞こえた。
純は届いたアリスからのメールに目を通した。
「アリスさん、準備してくれる」
ちょっと心配だったけど、これで後はボクが修業して、出来るようになれば、準備は終了。
純は、思い返した。
「今、張り巡らした霊脈が輝いているはず。空から見れば、さぞ美しかろう」
霊脈を繋ぎ終った時、雫が言った言葉だ。
その光景を、純は、純は、アリスと雫の二人に、一緒に見せる方法を思いついたのだ。
一緒に、その美しい光景を視れば、きっと、アリスの、がっかりした、という言葉で表せない程の大きな落胆、数百年差が探し続けて、ようやく見つけて、一緒に米国に連れて行こうとしたら、呪いの所為で連れていけなくて、その呪いが解けて喜んだら、今度は雫が日本を離れたら、世界秩序のための霊脈が切れて、結局、雫は日本から離れられない、そのアリスの無念さ、哀しみ、それが少しでも薄められたら、そうできたら、と、純は考えたのだ。
その為に純には、イメージだけで気脈霊脈を操る力が必要だった。
純の修業に賭ける意気込みは、もともと高かったけれど、こういう事を成したい、という思いは、修業に対する気持ちをより真剣な物にしていた。
■無しの扇
稽古場の空気は、いつものように、しんと張りつめている。
雫に向かい合った純に、雫は言った。
「純。舞い、身体感覚での気脈霊脈の操作は、ほぼ習得した。今日から、心象を使っての気脈霊脈操作の段階に入る」
雫は、純の修業が新しい段階に入った事を伝えた。
心象、つまり、イメージを使って、気脈霊脈を操るという段階に純は到達したのだ。
雫は、扇を持たず、舞いを舞い始める前の型、ポーズを取った。
純が雫の手の辺りを視ていると、雫の指先から溢れた出た気脈が、扇の形になる。
「実体としての扇を持たず、気脈で扇を作り出す事を、『無しの扇』と言う」
と言うと、短い舞いを一差し舞う。
気脈の扇は、まるで実体があるかのように、純には視えた。
「やってみよ」
純の番だ。
雫と同じ型を決めると、気脈を操り、扇の形にする。
ここまでは、出来た。
だが、舞いを舞い始めると、扇の形は乱れ、扇から気脈を飛ばそうとすると、扇自体の気脈と混ざり、扇の一部が飛び去ってしまう。
難しい。
「純。難しいのは当たり前。心象での気脈霊脈操作の最終段階が、この『無しの扇』だから。この段階の到達点を示すため、視せて、やらせた」
こくり、と純は頷いた。
純の目が真剣だ。
もちろん、純は修業をいつも真面目にやる。だが、米国から帰ってから、修業の取り組みに、何か別の意気込みが加わっている、と雫は感じていた。
「まずは、気脈で作った扇の形を崩さずに、飛ばす所から始めよう」
純の修業は、続く。
気脈で作った扇を飛ばせるようになると、次は、ある程度離れた場所に飛ばした気脈で扇を作るという段階に、その次は、目の届かない所へ扇を飛ばし、そこで風の技を使うというものへと、純の修業は段階を進んでいく。
それは、雫が離れた場所に台風を作った舞いの基本とも言える段階。
そして、到達点と示した「無しの扇」を純は習得する。
雫は、純の会得見て取ると、「良くやった」と褒めた。
だが、純は嬉しそうにするものの、心の底から喜んではいなかった。いや、いられなかった。
ここは、ボクの目論みの、スタートポイントでしかないんだ。
純にとっては、心象での気脈霊脈操作は、必要な技だったが、それが、叶えたい到達点ではなかったのだから。
■純式、目合わせの術
「こっちの準備はできてるよ〜〜。純くん」
「はい、アリスさん。今から始めます」
純とアリスは、リンクでは無く、神様専用PCのチャット機能で会話していた。
雫には内緒にして、驚かせよう、というのが、純の作戦だったからだ。
リンクで話すと、自然と雫にも伝わってしまう。
純は女神になった時、雫が言った言葉を思い出していた。
「純、もしそれが、リンク越しでできたなら、視ているものを伝えられるやもしれぬ」
純の目論みはこれだった。
離れた相手に、純が視ているものを伝える。
その為には、心象での気脈霊脈操作の習得が必要だった。
純は、目に零脈を吸い込むと、その一部をそれを遠く離れたアリスの所に飛ばした。
「今、送りました。どうです? アリスさん」
「う〜〜ん。まだ変わらないわ〜〜」
少し立った後、アリスからのレスが来た。
「あ、純くん、見えてるものが変わってきた。ちょっと鏡の前に言ってくれる?」
純は鏡の前に行った。
「鏡に映ってる純くんが見える!」
純は、神様専用PCの前に戻ると、目の前に、「無しの扇」を作った。
「アリスさん、どう見えます?」
「目の前に、ぼおっと光ってる扇が浮いてる!」
「アリスさん、成功です!」
「やった〜〜〜! よーし、そしたら今度は、こっちの番ね。準備出来たら教えるねー!」
「はい、ボクもそれまでもっと良く視せられるように、修業続けます!」
■純、告げる
「本当に行くのか。確かめに」
雫は純から聞いた話しが信じられなかった。
宇宙は霊脈に満ちているはずだ、確かにそれは雫の仮説だった。
それを純がロケットで衛星軌道まで上がり、視てくるというのだ。
「アリスさんがロケットを用意してくれました。ボク、雫さんの代わりに確かめてきたいんです」
雫は日本を離れられない。
「視たものは、こうして、雫さんに伝えます」
純はアリスにした時と同じように、目から出した零脈を雫の目に繋いだ。
雫は視界が変わり、自分の顔が見えるのを視た。
「純!これは、あの時の」
純はまっすぐに頷いた。
「はい。女神になった時に出来た『目合わせの術』です」
だが、雫はこれが違っている事に気がついた。
あの時は、私の目を通して、純が視ていた。
これは、その逆だ。純の目を通して、私が視ている。
アリスに行ったのは、アリスに一時的に「視る」力を与えたものだ。
どちらとも違う。
「純、私に隠れて、この術の修業をしたな?」
純は、どきん、とした。
雫の目は、責めている目では無かった。どちらかと言うと、寂しそうだった。
「純、私は純の師匠だ。純が技の習得を望む時、一番力になりたいと、そう願っている」
この時初めて、純は雫の気持ちを考えていなかった事に気がついた。
「すみません。雫さんを驚かせようと思ったんです」
純は頭を下げた。
「だが」と雫は言った。
純は、怒られるのかと、思わずぎゅっと目を閉じた。
「ここまで技を究めた純の努力は、敬服する」
え、褒めてくれた?
「だが、次からは、私を仲間はずれにしないで欲しいな。純」
仲間はずれ、あ!
バレてる。
「この技を習得するには、相手が必要だ」
『そうだな、アリス』
『へっへっへ〜〜。さすが〜雫ぅ。バレちゃった〜〜。純くんを叱らないでね〜。雫。この子、宇宙から雫が巡らせた霊脈が輝いているのを、雫に見せたかったのよ〜。あたしと一緒に〜』
そうか。雫は思い至った。あの時言った事だ。それを純は。
『アリスさん。何もそこまでバラさなくたって』
『だって、雫が仲間はずれは嫌だって言うんだもの。あたしも仲間はずれにされたら嫌だもん。ね〜雫ぅ』
『ああ』と雫。
『だって、たった三人しかいないんだよ。あたし達〜』
女神は、この地球に三柱だけ。
敵わないなあ。この二人には。
何度目かの同じ感想を、純は思った。
「そういう訳です。ボクを宇宙に行かせてください」
純は、再び雫に頭を下げた。
「断る理由は無い」
雫はゆっくりと微笑むと、純を抱きしめた。
「とくとその目で、宇宙の霊脈と、私の巡らした日本の霊脈を、視て、伝えて欲しい。純」
純は、そっと雫の背に腕をまわした。
『あ〜、何二人で抱き合ってるのよ〜〜〜。アリスおかんむり〜〜』
そう言うアリスに、雫が爆弾を放った。
『今晩、純と「禊の儀」を行う。怒るなよ、アリス』
アリスの頭に雫が投げた爆弾が炸裂した。
み、禊の儀って!
『そうだ。神同士が互いの汚れを祓い合う儀。純の昇格の儀の後行ったもの』
それって、雫と純くんが、は、は、裸で、抱き合う! そ、そそ、それに!
アリスは、執務室の机の上のブランデーの瓶を手に取ろうと手を伸ばした。もちろん、床に叩きつける為だ。
『純の気脈を出来るだけ高めて、送りだしてやりたい。そちらに着いたら、アリスも純と「禊の儀」をして、神脈の状態で、純を宇宙に送りだして欲しい』
アリスの手がぴたっと止まった。雫の意図が伝わった。
『宇宙に行く、初めての巫術師。万全の状態で送りだしたい』
ふっと、アリスの気が優しくなる気配がリンク越しに伝わってきて、純はほっとした。
ボクのために、二人が喧嘩するなんてどうしよう、と思ってしまっていたから。
『判ったわ。雫。良く考えたら、純くんも女神だものね。当ったり前だったわ〜』
ちょっと言ってる事と行動のつじつまが合わない気がするが、照れ隠しだからしょうがない。
『純くん、雫とキスするの、許してあげる』
え!?
これには、純が驚いた。
『禊の儀の初め、口と口を合わせ、互いの内部の気脈を深く合わせる。昇格の儀の後、純に行ったのは、正確な意味では「禊の儀」ではないが、アリスと二人で、身体の外側から汚れを取り去ったから、同じくらいの効果があった』
『そうよ〜〜。それにあの時、あたしと雫が純くんにキスしたりしたら、イベント満載過ぎて、純くんオーバーヒートしちゃったんじゃないかと思うのよね〜」
確かにそうだった。
女神化する時の事を思い出すと、いや、思い返すまでも無く、イベント満載だった。
女神化決意するまでの出来事に、女神化に、吸血衝動、身体の違和感、思いだしても純は頭がくらくらするのを覚えた。
『じゃ、純くんをよろしくね〜。「今晩」雫、がんばって〜。純くんもね〜』
そう言うと、アリスはリンクでの会話からするっと抜けた。
最後に投げられたアリスからの爆弾で、二人とも真っ赤になって、固まった。
人生経験に於いては、アリスに百万日の長がある、のは相違ない。
■純、宇宙へ行く
「という訳で、これが純くんを宇宙に運ぶ宇宙船『コバンザメくん』で〜〜す」
出た、悪のりアリスさん。
と、純は思った。
雫と禊の儀が終り、翌日、純は米国のアリスの会社に着いた。
そこで、アリスは純に純が搭乗する宇宙船を見せた。そこで出たのが、先のアリスの台詞。
「あの〜〜、NASAとかから、普通のロケットで行くんじゃないですか?」
「純くん、そろそろ、丁寧な言い方、止めても良いのよ〜、というか止めてくれると、アリスお姉さん、嬉しいな〜。ま、雫は純くんの師匠だから、しょうがないだろうけど、同じ女神同士じゃない」
それに、とアリスはいきなり純を抱きしめた。
「あのね。あのメール読んだ時、ほんっとに嬉しかったのよお。ありがとう」
アリスさん。ボクの本当の狙い、雫さんと一緒にいられない思い、少しでも軽くしたいって事、気付いてたんだ。
ぱっとアリスは純から離れると、説明を続けた。
「普通の方法で宇宙に行くと、記録が残り過ぎて、良くないでしょう〜。ほら、誰かがあの搭乗員は誰だ、とか調べ始めたら」
あ、そうか。と純は思った。玄雨純は、人の歴史に存在しないもの、なんだ。
「まあ、なんとかできないコトは、このアリスお姉さんには、無いんだけど、でも、執務が増えるのは、ちょっとね〜」
それに、と、ぐっと顔を純に近づけると、続けた。
「こ〜んなにかわいい純くんを、米国空軍とか、NASAのむさい男どもの目に長時間晒すのは、お姉さん、ちょっと許せないのよ〜」
きょとん、とする純。
え、どういうコト?
「まあ、雫もそうだけど。あ、雫の方は男が寄ってこないかな。そういう時の雫、怖いから。でも、純くん、女の子になったばかりだから、男に言い寄られたら、困る、でしょ?」
あ。
確かに。純は前に米国に来た時の事を思いだして頷いた。
「あたしも、純くんが困るのは嫌だから、単独で宇宙に行けるようにしたの〜。そしたら正規の訓練とか全部パスできるし〜」
なるほど。
ん? 困るのは嫌って、アリスさんがボクを弄るのは良いの!
ちょっとむっとしたのが顔に出たのをアリスが先回り。
「あたしが純くんを困らせるのは、い・い・の。だって、想定範囲以内だし〜。純くんかわいいから〜♡」
は、なにソレ。
がっくりと型を落とす純。
だめだ、敵わない。
などという純のキモチはお構いなしに、アリスは説明を続けた。
「この『コバンザメくん』は、ウチの運搬用専用機でジェット飛行出来る限界の高度まで運ばれた後、切り離されて、後は、自動で衛星軌道まで上って、地球を周回して、太平洋にパラシュート降下するの〜。そこには、私のクルーザーが迎えに行ってるから〜」
自動って、ちょっと純は不安を覚えた。
「全部自動で、大丈夫、なんですか?」
「いやね〜。ウチの科学力知ってるでしょ? それにアポロが月に行った時に使ってたコンピュータなんて、今の電卓よりも低機能なのよ〜」
そうだったんだ!
「だ・か・ら、安心して、乗ってれば良いわ。雫の占いでも問題なしって出てるから〜」
あ、雫さん、心配して占ってくれたんだ。純は、出かけ際に言った、雫の言葉を思い出した。
めずらしく笑顔の雫だった。
「私も、純の目を通して視るのが楽しみだ。行ってこい、純」
■アリス、純を祝福する
「さあ、いらっしゃ〜い、純く〜〜ん」
ものすごく誤解されそうなシチュエーションで、アリスは純を呼んだ。
そこは、アリスの執務室があるフロアのアリスのプライベートエリアにあるアリスの寝室。
そこにある、天蓋付きのベッド、その上で全裸のアリスが両手を広げて、純を呼んでいる。純も裸だ。
そのシチュエーションだけで、もう純は真っ赤になった。
「ほらほら〜〜。雫からもしてもらったんでしょ。『禊の儀』」
それはそうだけど、なんか、もう、すごく恥ずかしいよぉ。
「そっちが来ないなら、こっちから行っちゃうぞ〜〜」
というと、アリスは純を抱きしめると、ベッドに押し倒した。
やっぱり、誤解を招くシチュエーションだよぉ!
アリスは、純の頬にキスすると、優しく言った。
「ありがとう。こんなこと思いついたのって、やっぱり」
アリスは、純を見詰めた。
「すみません。アリスさん。あんまりアリスさんが、その」
アリスは純の口に人さし指をあてて、その先を言うのを封じた。
「判ってるから〜」
そういうと、純をまた、抱きしめた。
「ありがとう」
■宇宙の霊脈
「衛星軌道に到達しました」
「コバンザメくん」の合成音声が、純にそう伝えた。
上昇中、純はずっと目を閉じていた。
合成音声の声を聞くと、アリスと雫に目合わせの術の霊脈を遠当ての術で、飛ばした。
一度、繋いでいるから、距離があっても、届いた。「道」ができているのだ。
純はゆっくりと目を開いた。
そこには。
満天の星空が輝いていた。大気に妨げられない、本当の星の光り。
アリスの会社で龍脈から巻き取った霊脈の流れを視た時と同じくらい荘厳で、美しい。
純は畏怖の念を抱いた。
ボクも女神だけど、神様がいるって、信じられる気がする。
そして、純は、宇宙を視た。
そこに現れたのは、その星々の荘厳な輝きとは違う、緩やかに近づいてくる、うすく青白い光。
霊脈だ。
雫さんが言った通りだった。
霊脈は、玄雨神社よりも薄いが、確かにある。
宇宙は霊脈の涸れた場所では無く、霊脈に満ちている。
そして、地球へ向かって流れている。
その様子は、「目合わせの術」を通して、雫とアリスも、視た。
『やはり、そうだったか』
雫のリンクの声が届く。
『良かったね〜雫ぅ。これで、ウチの科学力、十年は進んだよ〜。仮説を定理として、再構築するから〜』
純は思い出した。雫と初めてあった時に言った言葉。
「視れば、判る」
そういう事なんだ。
感慨に浸る純の耳に、「コバンザメくん」の合成音声が響いてくる。
「機体反転します」
機体が反転し、純の頭上に地球が現れた。
美しかった。視なくて、見ていても、美しかった。
そして視ると。
目を奪われた。
「コバンザメくん」は、丁度日本が夜になる時間帯に、日本上空で衛星軌道に到達するように、発射からすべて計画されていた。
夜の日本。
雫の巡らした霊脈が、日本を格子状に巡らされ、輝いていた。
きちんと、まるで碁盤の目のように水平、垂直に輝く霊脈の線。
僅かの乱れも無い。
そして、日本から、霊脈の波が広がっていくのを、純は視た。
人の心に安寧をもたらし、天変地異を抑制する、世界秩序の波。
争いを少なくしたいという雫の願いの波。
「思った通りだった。否。それ以上に美しい」
雫は初めて自分が編んだ霊脈の全貌を視た。
この心象を得た事は大きい。と雫は思った。
遠当ての術は、心象に因る。雫の巫術の精度は、格段に向上する事だろう。
『ありがとう、純。アリス、この光景を共に視る事が叶い、とても幸せだ』
アリスの目尻に本の少し涙が浮かんだ。
『なに言ってるのよぉ、雫ぅ。雫の為なら、アリスは何でもするんだから〜』
純も雫も、アリスが強がっているのが判った。
少し、しん、とした。
『純くん。ありがと。ちょっと、心が楽になったわ』
良かった。
二人のために、何か出来ないかと、真剣に考えた純。
その願いが叶った。
その時、純、雫、アリスの三人は、同じ幻視を見た。
アリス、雫、純の順番に横に並び、それぞれが手を繋ぎ、宇宙を浮遊して、まさに、今視ている地球を見下ろしている幻視を。
不思議な体験だった。
はっと意識が戻ると、純は宇宙船の中で宇宙服を着て、地球を視ている自分に戻った。
『い、今』
『見た、私も』
『あたしも、見た』
手を握っている感触さえ覚えている。
アリスは、感触の残る左手を、ぎゅっと右手で握った。
再び、アリスは同じ言葉を口にする。
「ありがとう。純くん」
その思いは、雫も同じだった。
望の日記を見つけたこと。そのことで、そこに綴られている望の雫を大切に思う心知る機会を与えてくれた事。「あと」の呪いを解く機会も同じだった。そして、『彦』の真相を教えてくれた事。
そして、今、雫が編んだ零脈を視せてくれた事。
純は、私に、いろんな、そして、多くの祝福をくれた。
「ありがとう。純」
雫もアリスと同じ、感謝の言葉を口にした。
■「コバンザメくん」地球周回
「コバンザメくん」は、軌道を進んでいく。
純が「目合わせの術」で、アリスに見せた内容は、アリスの視野イメージを読み取る装置を経由し、セキュリティ万全のファイブラインズ社のメインサーバに記録されていく。
地球の霊脈の状態の調査、という使命も、純は帯びていたのだ。
純のため、雫のため、そして未来への投資の為、やはりアリスは逞しい。
そうでなくては、世界をコントロールし、デザインする女神は勤まらない。
順調に進む「コバンザメくん」地球周回だった。
しかし。
それは、「コバンザメくん」がアフリカ上空に来た時に起こった。
純の視界では、まるで、地球が二重写しになっているように視えた。
その二つの重なった地球が少しずつズレていくと、ふっと元の視界に戻る。
何だったんだろう。
と純が思った時、突然、雫の緊張したリンクの声が響いた。
『運命の分岐点だ! アリス! 緊急事態だ! 私の占いが』
アリスの顔も強ばっていく。
『外れる』
雫のリンクの声が聞こえた途端、衝撃が純を遅い、純は宇宙に投げ出された。
回転しながらゆっくりと地球の引力に引かれる純が視たものは、「コバンザメくん」を貫く、アフリカの一点から噴水のように吹きだす巨大な霊脈だった。「コバンザメくん」は、デプリがぶつかったように破損し、変形していく。
緊急脱出ボタンから、アリスは指を放した。
後少し遅かったら、デプリが純の身体を貫いていた所だった。
そうアリスが思った時、純の目を通して、「コバンザメくん」が爆発するのが見えた。
間一髪だった。
アリスが安堵した時、純の宇宙服のステータス表示が変化した。
赤いアラートがアリスの顔を照す。アリスが緊張していく。
爆発の破片が純の宇宙服の船外活動用の移動機能を破壊し、純の宇宙服は衛星軌道に戻る事が出来なくなってしまったのだ。
緊急脱出時のベクトルから計算して、緊急回収シーケンスでも間に合わない。
このままでは、地球の引力に引かれ、大気圏で燃え尽きる。
「純!」「純くん!」
雫とアリスは、同時に叫んでいた。
純の視界の中で、次第に地球が大きくなっていく。




