第4話 巫術師 玄雨雫と儀
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫女、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。
中学2年生の神峰純は、こともあろうか雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれた。そして雫の弟子となった純は、神になるかという問いの中で、雫は『彦』について語り始める。
■『彦』
アリスの方を向くと、雫は、頼む、と言うように頷いた。アリスも頷き返す。
「もし、私が意識を失ったら、一滴を呼んでくれ」
アリスは、一言も言わず、もう一度頷いた。
「『彦』は、私の弟だ。二人で木登りしている時、私に初めての月のものが訪れた。出血したのだ。そばに『彦』がいた。腕の血管が見えた。噛みついていた」
雫の息が荒くなっていく。
「彦は慌てて、木から落ちた。そこから良く覚えていない。気がつくと、地面は血だらけでその中に、『彦』が倒れていて、私はその、その、『彦』の血を、舐めていた。そして気を失った」
肩で息をしながら、雫は下を向いた。そんな雫の左手をアリスは優しく握った。
「『彦』の死は、誤って木から落ちた為だと、大人たちは考えた。私は、初めての月のものが来たら、すぐに、この玄雨神社に入社する約定だった。だから、『彦』の弔いにも、出る事が出来なかった。大人たちに責められはしなかったが、『彦』に謝る事もできなかった」
アリスの握る手の上に、自分の右手を重ねた。
「一六堂で、お前が持った『彦』の鍬の刃は、『彦』が使っていたものだ。今思い出すと、お前は『彦』に似ているかもしれない。だから、多分」
熱が出たのね。アリスは、判った。
一滴の分析は恐ろしく正確だった。
「すまん、アリス。一滴を呼んでくれ。少し代わりたい。この後の事は言い含めてある」
アリスは、小さく頷くと、雫の右耳に口を寄せると、「一滴をここへ」と呟いた。
雫の首がこくり、と落ちると、雰囲気が変わって行く。すっと顔を上げると、造作は同じものの別人になっていた。
既に見ているアリスには、何でもないが、始めて見る純には何が起こったか判らない。
「初めまして。純さま。私は、雫さまが精神的に耐えられなくなった時の、危機回避のために用意された、『一滴』と申します。多重人格とは違いますが、そのようなもの、とお考え頂ければ宜しいかと存じます。まずこの度は、わが主、雫さまの『彦』のトラウマの解除にご助力頂き、ありがとうございます。これ以降は、『彦』の鍬と純さまを一度に見ても、発作は起さなくないましょう」
いったん、話を区切ると、一滴は続きを話し始めた。
「雫さまの例を上げるまでもなく、神となれば、そのような悲劇が起こる可能性がある、と御承知置きください」
一滴の言葉が、重み伴って純の心に響く。
「ただ、昔と違い、今は対処の方法もございます。このように」と、巫女装束の懐から、赤い液体の入った容器を取り出した。献血のパックに似ている。
「出血した場合、衝動が来る前に、あるいは来た時に、他を見ず、これを見れば、悲劇は防げます。ただ、中身は血ですので、飲んでいるさまは、人からは忌み嫌われます」
一滴は、アリスの方を向くと言った。
「純さま、雫さまのお話、私のお話、良く良くご吟味くださいませ。最後に一つ。『彦』の悲劇の衝撃で、それ以後、雫さまには月のものは訪れておりません」
そう言うと、一滴は一礼した。
「私のお役目はここまででございます。どうぞアリスさま」
一滴に促され、アリスは一滴を戻す言葉を言った。
「一滴、下がれ」
かくん、と一滴の首が下がる。すうっと元に戻ると、雫になっていた。
■純、決断する
「さて、純。まず一つ、吸血衝動の事。承知出来るか答えて頂きたい」
雫は、厳粛な口調で純に問うた。
純は、つばを飲み込んだ。真剣を喉元につきつけられたような問いだった。
純は自問自答した。
吸血衝動の悲劇。それを覚悟する。
ボクにそこまでの覚悟があるだろうか。でも、これに応えられないと、神にはなれないんだよね。
そんな事より、巫術も多分、終わりだろうし。きっと、雫さんとも、アリスさんとも二度と会えなくなるんだよね。
その言葉が心に沈んでいく。
純の心の底で、強い感情が沸き起こった。
そんなのは嫌だ!
純は覚悟を決めた。
「はい、衝動の件、承知しました」
いつの間にか、言葉遣いが変わっていた。数週間とは言え、雫と過ごした為かもしれない。
雫は、ふっと少し力を抜いた。だが、すぐに厳しい表情に戻った。
「次は、人としての神峰純は死に、女神となる。この事承知出来るか答えて頂きたい」
その前に、とアリスが口を開いた。
「吸血衝動以外の私の不都合の事、言ってないわね。あのね、純くん。私は雫と違って、不老不死じゃないから、いずれ死ぬのよ。でも、雫はあたしを、ここで会ったアリスと同じだと思ってくれる。どうしてだと思う?」
そう言えば、確かにおかしい。純は気がついた。
「簡単に言うと、生まれ変わって記憶を引き継いでいくの。これの問題はね、何度も何度も人生を繰り返すの。つらいのよ」
アリスは、繰り返される何かに胸が締めつけられたように、言葉を区切った。
「だから、どうしても、同じ仲間が欲しかった。同じ時間の長さで一緒に生きてくれる仲間が」
アリスは下を向くと、また、涙を流した。
「アリス」
雫は優しく、アリスの手を握った。
そして、純の方を向くと、厳しい口調で言った。
「人としての神峰純は死に、女神となる。承知出来るか返答願おう」
続けて、雫は言った。
「もう、父母、知り合いとは会えない。会ってももう他人と見られる。そういう覚悟があるか」
順は歯を噛みしめた。
だが、二つの問いの意味は両方とも同じだ。
神になるか、人に留まるか。
雫さんも、アリスさんも、ボクが知らなかったと後悔しないように、本当は言いたくない事を、苦しい過去の事を話してくれた。
本当は、ボクに神になって欲しいんだ。
でも、正直に、悪い事を教えてくれた。
ボク、この二人が大好きだ。
離れたくない。
純は父母の事を考えた。
ごめんなさい。お母さん、お父さん、ボクは人じゃなくなります。
今まで育ててくれて、ありがとう。
純は目が熱くなっているのに気がついた。すぐに、涙が溢れ流れた。
純は目を閉じた。
雫と、アリスは、その意味を察した。
だが、黙って、純が口を開くのを待った。
純が口を開いた。
「人として死に、神として生きます」
■神であること
やった〜と、アリスが諸手を挙げた。
「まだ、説明していない事がある。アリス」
ちぇ、という顔をして、アリスは黙った。
「神になると、行わねばならない事がある」
雫が重々しく言うと、アリスがいきなり、雫の言葉を遮って言い出した。
「あのね、雫が言うと、難しいから、私が簡単に言うね!純くんが女神になると、雫と純くんが私の愛人になるの!どう、いいでしょ!」
ぽかり。と雫がアリスの頭を叩く。
「あのな、アリス。正確に伝えないといけないだろ。かなり大事な事なんだぞ」
雫の首に抱きついて、アリスが言う。
「みてみて〜純くん。あたし達仲良しでしょ〜〜。そうじゃないと、どうなると思う〜〜?」
抱きつかれた雫は嫌そうだが、アリスが大事な事を言うと分かり、振りほどこうとはしない。
「もしよ、もし、あたしと雫が本気で喧嘩始めたら、どうなると思う?あたしは大統領や各国に核攻撃の指示を出して、世界中の軍隊使って、攻撃するわ。雫は巫術を最大限使うから、凄まじい気象災害、地震、天変地異が起こるでしょうね。巨大怪獣同士が、地球のあちこちで戦ってるようなになっちゃうわ。多分、人類は終りね」
純は、二人が怪獣の着ぐるみ来て、戦ってる姿を連想した。それはそれで楽しそうだが、実際の事を考えると、寒気がした。
アリスが先を言った。
「それにね、どっちが勝っても良い事ないの。雫がいなくなったら、天変地異は自動発動しちゃうし。あたしが死んだら、うちの会社崩壊するから、世界経済も数時間で崩壊して、物流や各国の政治調整機能が停止して、予定調和のない、泥沼の戦争状態になるわ。相打ちなら、その両方ね」
にっこり笑って、アリスが続けた。
「どう〜? すごいでしょう〜? だからそーならないよーに、あたしこんなに雫の事、好きなの〜♡」
首に抱きつく手の力が強くなって、雫がうげっという顔をした。
「やめろアリス。苦しい」
じっとその様を見ていた純だったが、ぷ、と拭きだした。
「ほんとに仲がいいんですね〜」
そう言うと、純は二人の首に抱きついた。
純は、少し真面目な顔をして、雫に聞いた。
「人としての神峰純は死んで、ボクの名前はどうなるんでしょう?」
雫があらかじめ決めていたように言った。
「神になった瞬間より、純の名前は、玄雨純となる」
雫は純の背中にそっと手を回した。
■昇格の儀
「ジャ〜〜〜ン! これが、ウチの会社で作った『純くん改造マシ〜ン』よ〜〜」
雫さんとアリスさんに付いて、御神体拝礼の間から、舞い舞台の観客席としても使う中庭の真ん中に、どうみても人体改造して怪人にするような機械がおいてあって、ボクがそれなんですか、ってアリスさんに聞いたら、そう言ったんだ。
まんまじゃん!
「アリス、きちんと説明してないと、純が不安になる」
って雫さんが言ったけど、アリスさんの悪ノリは止まらなくなってた。
「だって〜、人から女神に変わるんだもの。立派な『改造』じゃな〜〜い!」
なんだか、アリスさんの顔がマッドサイエンティストに見えてきた。
雫さんが、はあ、とため息をついた。
「アリス。私が説明するが良いか!」
一括されてアリスさん、急に説明を始めた。きっと説明する役を取られるのが嫌だったんだと思う。
「さっきも説明したけど、純くんの頭の中と、お腹の中にあるもう一人の純くんは、ほとんど眠ってるの。で、その純くんが本当の純くん。自分でも、ときどき、そう感じた事あるでしょ?」
ちょっと考えた。
ある。
二次性徴が始まった頃、なんとなく違和感があって、カウンセリングを受けたけど、性同一性障害、ってほどじゃなかったらしいけど。
「純くんの大部分は、男性のものだから、一般の性同一性障害とは違うんだよね〜。でね、この機械は、その眠ってる純くんを起す機械。どんな原理かは、ヒ・ミ・ツ。特許にも申請されていないウチの社のスーパーテクノロジーだから〜」
え、技術って特許申請しないと、拙いんじゃ。
って、そう言ったら、アリスさんがビックリする事教えてくれた。
「あのね。特許申請されたら、それはもう、普通の技術なの。そんなのいらない〜〜。ウチのラボは、公開されてる科学技術を年数で言ったら、少なく見ても、ざっと百年は進んでるのよ〜」
そこで、雫さんが、思い出したように言ったんだ。
「そう言えば、アリスが乗ってきた垂直離着陸機、あれは、良く落ちると評判の機体に似ていたが」
それを聞くとアリスさん、ますます嬉しそうにして、こう言った。
「嬉しい。良く聞いてくれました〜〜。好きよ〜雫ぅ」
雫さんが、バカが。と小さい声で言ったのに気付いてるのに、アリスさんは続けた。
「見た目はそっくりだけど、中身は全然違うあたし専用の最新鋭機。といっても、機体の重要箇所、アレだとローターとかプロペラ部分とかだけど、落ちないようになってまーす。だって、あたしが乗るんだもの。アレは、あたし専用機を紛れさせるために使えそうだと思ったから、ホンのちょぉっとゴリ押しして、こっちの米軍に配備したんだよ〜。アリス先見の明ありすぎ〜〜。これもぜーーんぶ」
ひと息すってから、アリスさん、こう言って雫さんに投げキスした。
「雫に会うためで〜す♡」
雫さんが、右手を額に当てて、うなだれてる。
ときどき雫さんがアリスさんを怒るの、だんだん分かってきた。
ありがた迷惑の国際版だよね。そんな言葉じゃ表せない規模の。
ああいう言い方されたら、雫さんが配備の原因で、そのために、配備反対とかで色々もめたのも、なんだか、バカみたいに思えてきちゃう。
「話が脱線してるぞ、いや、脱線させて済まない。続けて欲しい」
迂闊なコト言うと、アリスさんの自慢大会に燃料投下しちゃうって、雫さん、気がついで、催促する作戦に変えたみたい。
「わかったわ♡ 雫ぅ」
アリスさんの悪ノリは絶好調だよ。
「で、この機械に純くんが入って、私が、この」
と言って、いかにも自爆装置の自爆ボタン、みたいなボタンを指で指したんだ。
「純くん改造ボタンを押して待つ事、1時間。チーンて音がしたら、女神さまの純くんの出来上がり〜。あ、身体は今のままだけど、ええと」
というと、どこかと話しているみたいな感じでアリスさん黙ったんだ。でも、リンクの声は聞こえない。
雫さんが教えてくれた。
「あれは、アリスがサーバントリンクと話している時の癖だ。アリスのサーバントは、意識を共有している。例えるなら、スーパーコンピュータみたいなもの、と思えば良い」
ボクが初めに言った宇宙人、ていうの、あんまり変わらない気がしてきた。
「今、計算させたら、ざっと二週間くらいで、純くんの身体は、同年代の女の子とおんなじになるんだって〜〜。それとね〜。チンされた後は、男性機能、つまり精子を作る能力は、休眠状態になるから〜」
チンとか電子レンジでカップ麺作るみたいに言わないで欲しい。
レポートにアリスさんはいい人、とか書いたら、ダメだし食らった意味、だんだん分かってきた。
いい人なんだけど、どっか、おかしい。
って思ってたら、雫さんがこう言った。
「ああ、バカっぽくしてるのだが、純を緊張させない為の、アリスなりの配慮だ。遣りようは拙いが」
それ聞いて、なんだか、納得した。
アリスさんと雫さん、心底相手の事が分かってるんだな。絶対壊れない関係だから、ああいうドタバタできるんだ。
その仲間になるんだ。
と考えたら、ちょっと不安になった。
ボクの役どころ、ドコだろう。
ボクって、キャラ弱いって、良く友達から弄られてたけど。
ぞくってした。
この二人に弄られキャラとして確立しちゃったら。
そういう心を見透かしたのか、雫さんが言った。
「純、今なら、まだ、引き返せる」
優しい目でボクを見て、雫さんが言ってくれた。
「だが、私としては、やはり純に女神になって欲しい」
あれ? 雫さん耳がちょっと赤くなってる。
それ見たら、キャラ立てで悩んでた、ボクの心が静まった。
「よ〜し、純くん準備出来たよ〜〜。で、チンしたら、次は雫の出番だから〜」
あれ?
チンしたら、終りじゃないの?
「純、身体の女神化が終ると、身体の中でだが、初潮が起こる。吸血衝動が来る。それを少しの間、巫術で押し留める故、協力して欲しい。機械の中で暴れると、純が傷つく。それを抑えたい。血は、私とアリスの血を飲め。それで、昇格の儀は、終りだ」
思いだした。吸血衝動。覚悟してたけど、こんなに早く起こるんだ。
雫さんの言葉に、ボクはこくりと頷いた。
「純は、衝動が来ても、身体を動かさないようにする事だけ、考えてくれ。後は私とアリスが受け持つ」
と雫さんがはっきりとした口調で言うと、アリスさんも、同じくらいの真剣さ、なんだけど、いつもの口調で言った。
「大丈夫よ〜〜。絶対安全〜〜。あたしと雫が組んで、出来ないコトなんて、ほとんど無いんだから〜。大船どころか、最大級の巨大タンカーまとめて、でっかいいかだ作ったくらいの船に乗った気分でいてね〜〜」
ボクはアリスさんに促されて、その「純くん改造マシ〜ン」の中に入った。
「ぽちっとな〜〜」
アリスさんが悪ノリついでに、お約束な台詞を言って、ボタンを押した。
初めはなんでもなかったんだけど、頭の奥の方と、お腹の下の方がだんだん、温かくなってきた。
この感じ、何かに似てるな〜って思ってたら、雫さんが両手を付いて気脈をボクの足に送ったのに何となく近い気がした。
だんだん温かくなってくるのと反対に、その、睾丸の所が冷たくなっていくの分かる。
あれ? 機械の中にはいるのに、星空が見える。何故だろ。
寝ちゃって夢でも見てるのかな。
しばらく暗くなったと思ったら、真剣な顔のアリスさんが見えた。
そしてまた暗くなったと思ったら、ボクが入っている「純くん改造マシ〜ン」が見えた。
その内眠くなってきて、ボクは眠ってしまった。
「純くん。絶対上手く行くからね」
アリスは、心配そうに肩を震わせていた。
何度もチェックし、入念にテストを何度も繰り返した。だが、本番は一度きりだ。
不安になるのも無理はない。
「大丈夫だ。私と一滴で占った。必ず叶う」
そう言うと、雫はアリスの手を優しく握った。
チーン。
ほんとに間抜けな音がして、ボクは目を覚ました。
どくん。
心臓が大きく動いて、血液を押しだした。
目の前が真っ赤になってきた。
咽が渇いていく。
血、血、血。
血の事しか考えられない。
うわああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
大声がすると思ったら、自分の声だと後から気がついた。
「純は、衝動が来ても、身体を動かさないようにする事だけ、考えてくれ。後は私とアリスが受け持つ」
誰かの声がした。
目の前の赤味が少し、薄くなった。
咽の渇きが、少し減ってきた。
あれ、ボク、何してるんだろう。
「衝動が来ても、身体を動かさないようにする事だけ、考えてくれ」
また、声が聞こえた。
そうだ、身体を動かさないように。
そしたら、何かが動いて、星空が見えた。
「純、これを見ろ!」
「純くん、これを見てっ!」
視界の中に、何かが飛び込んできた。
どくん。
また、目の前が真っ赤に変わった。
咽が渇く。
血、血、血。
血の匂いがした。
匂いの方向へ。
声のした方へ。
何かを口に入れられた。
口の中に、暖い、鉄の味のする液体が入ってきた。
それを飲む。飲む。
少し、咽の渇きが収まったけど、まだ足りない。
あ、何かが口から離れた。
あ、だ、だめ、取り上げないで。
まだ足りない。咽が渇く。苦しい。
開けた口に、また、何かが入ってきた。
何か分からない。目の前が真っ赤で、分からない。
何かから、暖い液体が、さっきと同じ鉄の味のする液体が流れ込んできた。
飲む。飲む。飲む。
だんだん、咽の渇きが収まってきた。
目の前の赤味が薄くなっていく。
張りつめていた緊張が解けて、ボクは意識を失った。
意識を取り戻したら、ボクの視界の中に、ボクの顔をのぞき込む、雫さんと、アリスさんがいた。
アリスさんは、泣きそうな顔をしていた。
雫さんは、凄く怖い顔をしていた。
ボクが二人の顔に気付くと、アリスさんはもっと泣きそうな顔になった。
雫さんは、顔から力が抜けて、優しい表情になった。
「純、もう大丈夫だ」
雫さんが、そう言った。
「純くん、よかった。よかった」
アリスさんは本当に泣き出した。
ボクは起き上がろうとしたけど、身体が何処にあるか分からない。
目だけの存在になったみたいだ。
「未だ、身体に馴染んで無い。無理に動くな」
雫さんが言った。
「純くん。もう少ししたら、神経系の再構築を各器官が学習し終るから、少し待って」
アリスさんが待つように言ったけど、どういう意味か分からなかった。
「純、身体を動かさず、気脈を操ってみよ」
雫さんがそう言うから、やってみた。
身体が何となく何処にあるか分からない感じだったから、霊脈を見つけて、目から吸い込んだ。
そしたら。
画面が変わって、ボクを見詰めていた。
混乱した。
慌てて入ってきた霊脈を目から押しだした。
場面が変わって、元の視界に戻った。
「純くん、手を少し動かしてみて」
アリスさんが言うように、手を握ったり、放したりしてみた。
さっきより動かしてる感じがする。触った感じがする。
手を動かして、顔の前に持ってきた。握ったり、はなしたりする。
ちゃんと、そういうふうに、見えた。
だんだん、身体が何処にあるか、分かってきた。
足を動かして見た。動かしてるのが分かる。
手を動かして、上体を起した。
息をしているのが感じられた。
口の周りが、ぬるぬるしてる。
右手で拭ったら、手が真っ赤になった。血がついてた。
そうか、血を飲んだんだ。
「純、立てるか」
多分立てる。うんと頷いて、立ち上がった。
「純くん改造マシ〜ン」に入る時、服は全部脱いだから、裸だった。
目の前に、大きな鏡があった。舞いの稽古をする時のものだ。
そうか、ここは稽古場なんだ。
鏡に、ボクの裸が映っていた。
前と同じはずなのに、凄く違和感がある。
ボクが嫌な顔をしたのに気がついて、雫さんが言った。
「純は女神だ。故に、男性の身体に違和感がでる」
「ゆっくり、女の子の身体になっていくから、大丈夫よ」
アリスさんが、そう言ってくれて、ほっとした。
性同一性障害の人の気持ちが分かった気がした。
ボクは二人の方を向いて、こう言った。
「はじめまして。ボクは、玄雨純です。よろしくお願いします」
そう言って、お辞儀した。
アリスさんが抱きついてきた。雫さんもだ。
「いらっしゃい、純くん」
「良く来た。純」
その後、三人でお風呂に入った。みんなあちこち血だらけだったから。
初めて、アリスさんと雫さんの裸を見た、けど、変な気持ちにならなかった。
そうか、もうボクは女神なんだ。
霊脈が見えたから、つい、さっきのように、目に取り込んでみた。
そしたら、雫さんが驚いた声を出した。
「純、その目は」
また、場面が切り替わって、ボクの顔が見える。ボクの目が青白く燃えているように見えた。
「どうしたの、雫。純くんの目がどうかしたの?」
!
もしかしたら、ボクが見てるの、雫さんの視点?
手を上げて見た、鏡で見るのと反対側の手が上がる。少し前に出て、記憶している位置関係で、雫さんに触ろうとしたら、手が近づいてきた。
間違いない。
霊脈を目から吐き出した。おかしな表現だけど、そんな感じ。場面が変わって元に戻った。
「何が起こった、純?」
どう説明したら良いか考えたけど、見たままを言えばいいと思って、こう言った。
「霊脈を目に吸い込んだら、雫さんの目で、ボクの身体が見えました」
雫さんは、少し考えた後、こう言った。
「純は、半神の時でも、気脈霊脈が視えた。女神となれば、それ以上の事が視えるのは道理」
じっとボクの顔を見てから、こう言った。
「純は、『視る』を通じて『判る』を超え、『知る』になるやも知れぬ」
アリスさんがどういう事、と尋ねると、雫さんはこう答えた。
「私は占いで物事の行く末を『知る』が、純は『視る』だけで、ありのままの行く末を『知る』ことができるやもしれぬ」
はっとした顔で、アリスさんが言った。
「つまり、視ただけで、先の事が判るって事?」
「そうだ。このままの運命の条件が変わらないなら、という条件付きで、だが。『視れば、知る』だ」
「という事は、『運命の分岐点』も視えると言う事?」
「そうなるやも、知れぬ」
二人の話について行けなくなってるボクに気がついて、雫さんが、優しい顔でこう言ってくれて、安心した。
「アリスが帰ったら、本格的な修業に入る。その時、目について教えよう」
お風呂をでた後、大きなお布団に、三人で裸で寝て、雫さんがボクに抱きついて、「肌合わせの儀」を行った。
ボクの中の気脈の流れが前より早くなったのが感じられた。
待ってる間、アリスさんがボクの後ろからボクと雫さんの二人を合わせて抱きかかえるようにして抱きついてた。
気脈が早く動き始めると、アリスさんにも判るのか、温かい、って言ってた。
その後、ボクを間に挟んだ状態でアリスさんが雫さんにキスした。二人が熱愛状態になるんじゃっ…て、ボクは真っ赤になった。
ところが、男の子だった時、なんとなく、二人はそういう関係だったらと想像していたのと違って、全然Hな感じは無くて、なんて言ったら良いかな、優しくお互いの心の汚れを払っている感じがした。
そう言ったら、雫さんが、その通り、って言ってくれて、その後二人でボクにもしてくれた。身体の中の汚れたものがどんどんなくなっていって、意識がどんどん透明になるのが分かった。
気持ち良いとかじゃなくて、神聖な感じ。
気がついたら、ボクの身体が少し光って見えた。多分、そう視ているんだろうと思った。
「純、それが『神脈』だ。神の調子が良い時のみ現れる気脈だ」
と雫さんが教えてくれた。
あたしも見たいな〜、ってアリスさんが言ったから、もしかしたらと思って、霊脈をボクの目に吸い込んで、少し吐き出して、その霊脈をアリスさんの目に繋いでみた。
「あっ、みんな光ってる! 凄く綺麗」
ってアリスさんが言って、雫さんが驚いた。
「純、もしそれが、リンク越しでできたなら、視ているものを伝えられるやも知れぬ」
アリスさんは、初めて見る霊脈気脈それと神脈の世界を視て「羨ましいぞ〜、いつもこんな世界視てて〜」っ言って、いつもの調子で雫さんの首に抱きついたからものだから、二人に挟まれてるボクはこう言うしかなかった。
「苦しい、アリスさん! 助けて、雫さん!」
そしたら、雫さんが、ぷって拭きだして、そして、みんなで大笑いした。
こうしてボクは、女神、玄雨純になった。




