第34話 巫術師 玄雨雫の恋
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫術師、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。
時は流れた。光の七つのお祝い。灯は純と会う。
■光と灯
「……お姉ちゃん……」
光は、現れた少女に向かって、言うとは無しに呟いていた。
現れた巫女装束の少女は、懐かしいような、嬉しいような、そして、少しだけ、切ない表情を浮かべると、こう言った。
「光。やっと会えた」
「……灯……」
光は、そう呟いた母純の顔を見た。
純は、両手で口を覆い、涙を流していた。
光は現れた少女の方に視線を戻した。
巫女装束の少女は、肩を震わせていた。
「ようやく、時が満ちました」
巫女装束の少女の目からも、涙が溢れ、その頬を濡らしていた。
「お母さん、灯は、お母さんに会えるまで、成長しました」
その声音は、何かを必死に我慢しているようだった。
「お母さん!!」
灯は顔をくしゃくしゃにすると、純に抱きついた。
「灯!」
純は膝を突き、灯を抱きしめた。
二人は固く抱き合った。
「……お姉ちゃん、あの人が、お姉ちゃんのお姉ちゃんなの?」
青樹が、光に尋ねた。
「……そう。あたしをずっと、守ってくれて、いつも見えないけど側にいる感じがした不思議なお姉ちゃん。お母さんお話してくれた、神様のお姉ちゃん」
灯と光の二人の心は繋がっていた。
灯は光を事故、怪我から守り、光は母に会えず哀しむ灯の心を慰めていた。
良かったね、お姉ちゃん、やっと……お母さんに会えたね。
■七つのお祝い
玄雨神社、舞い舞台前の境内に「空の穴」が成されるとすぐに、灯、純、春喜、忍、光、青樹の姿が現れた。
「久しぶりだ。純」
雫は舞い舞台から、優しい笑みを浮かべ純に声をかけた。
「雫さん、アリスさん、お久しぶりです」
雫の隣には、巫女装束に身を包んだアリスの姿があった。
「純くん、ホントに久しぶり〜」
約七年の年月は、セリスを大きく成長させていた。
セリスの身長は雫を抜き、一代前のアリスに近づいていた。
くるりとセリスに変わる。
「純お姉ちゃん! お久しぶりです!」
「セリスちゃん! 久しぶり! セリスちゃん、すっかり大きくなったのね。前のアリスさんみたいな美人になってきたわ」
すっとアリスに変わる。
「あたしの娘だから、当然よ。純くん、すっかりお母さんになったわね〜」
純、雫、アリスと挨拶が一通り終ると、東雲家当主春喜、鬼祓い師、鬼悔い、龍源は、丁寧に頭を下げると、口上を述べた。
「日の本の国の神、此度、我が娘の七つのお祝いを、御神社にて行うお誘い、誠に有り難う御座います」
「こちらこそ、我が眷族元時の女神、そして時の女神の妹と再会出来、とても喜んでいる」
春喜にとっては、ここは純ちゃんの怖い実家、という事ね。
忍はそう想った。
「お父さん、なんだか、変じゃない?」
青樹が光にそう言うと、光が耳打ちした。
「ここでね、お父さん、お母さんと結婚したの。で、神様に約束したんだって。破ると怖い目に遭う約束」
「ふーん。お父さんにも怖いコトがあるんだ」
「あるでしょ、お母さんとケンカしたら」
「あ、そうか」
光と青樹は、何かを想い出してくすりと笑った。
■祝いの舞い
「此度は、東雲家ご息女、光の七つのお祝いであると同時に、灯の七つのお祝い。祝いの舞いは、私とアリスが舞う事と致します」
舞い舞台の前には、六つの将椅という折畳みの椅子が置かれていた。
そこに、忍、春喜、純、灯、光、青樹の純に座る。
「灯」
雫はそう言うと、閉じた扇で目を指し示した。
灯は霊脈を目に吸い込むと、忍、春喜、光、青樹の四人に気脈霊脈を視る力を与えた。
結婚式の時もこうだったわね。
舞いを舞う雫とアリスを視ながら、忍はそう想った。
舞いを舞う二柱の神。社殿を貫く霊脈の柱。その柱を中心にして渦巻く霊脈の輝き。
霊脈の流れは、舞い舞台から溢れ出て、将椅に座る灯の元へと流れていく。
灯は巫術師。その霊脈を自然と取り込んでいた。
隣に居る光は、巫術師では無い。灯が過去に跳ぶ時、その力のすべてを灯に与えたからだ。
だが、極僅かだが、光も霊脈を吸い込んでいた。極自然に、呼吸するように。
■「空の穴」
「さて、純。面白いものを披露しよう」
祝いの舞いが終った後、雫が純に向かって言った。
中央に揃っていた雫とアリス。舞い舞台下手に雫が、上手にアリスが静かに移動する。
二人は手に「無しの扇」を形作った。
そして、ある舞いをゆっくりと舞い始めた。二人の舞いは完全に同調し、体躯の違い以外は、全く同じように見えた。
「……これって……」
純の良く知っている舞いだった。純はこの舞いを舞い、幾度か世界を救った。
雫とアリスの前に一つずつの「空の穴」が現れた。
霊脈の舞いを視せる為の力は、忍、春喜、光、青樹にも、「空の穴」を視せていた。
「二十四人の灯が『空の穴』を成すのを視た。その後気がついたのだ。一人で二つの『空の穴』を成すのは難しくとも、二人で二つの『空の穴』を成すのならば」
「あたし達でもできるんじゃないかって、ね。セリスにも手伝ってもらってるから、三人がかりなんだけどね〜」
「巫術師三人で、ようやく時の女神の技を会得出来た、という事だ」
「流石に習熟するまで随分時間がかかったのよ〜。でも、出来るようになったのよ。どう、純くん、すごいでしょ」
腰に手を当て、威張るアリス。
久しぶりに見る悪のりアリスに、純はクスリと笑いを漏らした。
「調子に乗り過ぎだ、アリス」
アリスが自分の前の漆黒の球体に入る。アリスと漆黒の球体は消え、雫の前に現れるアリス。
「……こういう仕組みだったんだ……」
幾度となく、純の「空の穴」で玄雨神社を訪れた事のある春喜。だが、その正体とも言うべき漆黒の球体と、移動の成り立ちをこの時初めて知って、思わず漏らした一言だった。
■灯の願い
「灯」
雫が灯に目配せした。
灯は将椅から立ち上がると、少し前に進み、座っている東雲家の方に向きを変えると、ぺこりとお辞儀をした。
なんとなく、とても照れ臭そうな感じがした。その様子を雫は見て取った。
「灯、私から言おう」
灯はほっとすると、雫の方を振り返った。雫は笑顔で返す。
純くんと会えるくらい成長しても、まだ、やっぱり小さい女の子ままなのね〜、灯ちゃん。自分から言い出すのは恥ずかしいのね。
アリスも微笑んでいる。
「東雲家の皆様。灯は純の娘。しかし、時の女神の代替わりが完全に終るまで、実の母と会えぬ定め。それが今日終りました。ついては、本日、灯を東雲家に泊めて頂けないでしょうか。灯の心からの願いなのです」
「わあ! 光、今日お姉ちゃんと一緒に寝る!」
光は将椅から飛び上がるように立ち上がると、そう声を上げた。立ち上がった勢いで振り袖が翻る。
「あ」
言った後すぐに、光は手を口に当てた。
「お姉ちゃんと一緒に寝るのは、お母さんだった」
それが、お姉ちゃんの願いだった。忘れてた。
「三人で、一緒に寝ましょ」
純が優しく声をかけた。
春喜は、頭をかきながら、こう思った。
一応、家長として、承知の旨、日の本の国の神に伝えないといけないんだよね。
なんか、お袋が目配せしてるの、そういうコトだろう。
春喜は軽く咳払いをすると、口を開いた。
「日の本の国の神の申し出、喜んで承ります」
「宜しく頼みます」
灯は純に抱きついた。そこに光も加わる。
その様子を見ていたアリスが雫に呟いた。
「雫、気がついた?」
「何を、だ? アリス」
「時の女神三人が抱き合ってる」
「良い祝いの席になった」
「ほんとだね」
じゃああたし達も! とアリスが両手を広げて雫に抱きつこうとすると、雫は素早くアリスの面前に扇を広げ、それを制した。
「抱きつく前に、言う事がある」
な、なによ、雫。良い感じだったのに。
「そろそろ、セリスの腕力が強くなってきた。頚にしがみつく時、力を緩めるよう言いつける」
え、何それ?
「気付いてなかったのかアリス。先代アリスの時、私は数回、頚の骨が外れて、死にかけた。不老不死で無くば、正に死んでいる所だったぞ」
と言うと、雫は頚をさする。
「まったく。美容の為と称して筋肉鍛え過ぎだアリス。あんな思いはこりごりだ」
「ごめん雫。じゃあ、前の代のあたしが抱きつくの嫌がってたのって……」
「それが理由だ。やっと判ったのか」
雫ははぁ、と溜息をついた。
「アリス、判った。そっとなら良いんだよね」
そう言い終わらない内に、アリスは雫に抱きついた。
雫さんもアリスさんも相変わらず、そう純は思った。
■アリスの疑惑
灯が現した「空の穴」で東雲家の人達と共に消えると、玄雨神社は急に静かになった。
「灯ちゃん、嬉しそうだったね」
「待ちに待った瞬間だ。純も嬉しそうだった」
「雫も純くんに会えて、嬉しかったみたいね〜」
「……そうだな」
「雫寂しそうね〜。灯ちゃんの代わりに、あたしが一緒に寝てあげようか〜?」
「ふん。要らぬ心配だ。明日には灯が帰ってくる」
「やっぱり寂しいんじゃない〜」
「うげ」
「あ、ごめん」
アリスが急に抱きついて、雫が苦しそうにすると、謝罪してアリスはすぐに離れた。
「まったく」
頚をさすりながら、雫は言った。
「じゃ、あたしも戻るわ。あと数年したら、対外執務も直接行う事になるから、いろいろ準備始めないとね〜」
「また、忙しくなるんだな。まあ、今でも忙しいようだが」
「寂しくなったら、呼んでね〜。アリスお姉さんが、ぱっと来ちゃうから〜」
「頚を絞めなければ歓迎する」
アリスは雫の頬にキスすると、舞い舞台上手奥にある固定化された「空の穴」に消えた。
雫は、ゆっくりと「空の穴」の舞いを舞う。
米国のアリスも、同じく「空の穴」の舞いを待っているはずだ。
「空の穴」を固定化する装置「合霊くん」に再び、「空の穴」がセットされた。
『純くんや灯ちゃんみたいにパッとは出来ないのが、残念だけど、ま、固定化した『空の穴』の充填には充分ね〜』
米国に戻ると、アリスは執務を開始した。
案件の重要度を確認し、優先順位を付け変える必要があるか、細かく検討する。
優先順位に変化があれば、それを細分化するサーバントに指示を出す。
そういう一連の作業をいくらか行った時、その集中を妨げる何かが頭を過った事に気がついた。
何か気にかかる。
アリスは長年の経験で、こういう頭を過る何かが、とても重要な示唆を含んでいると知っている。
アリスは執務を中断すると、その何かに意識を集中していった。
アリスの脳裏に、今日の祝いの席の純の様子が思い出された。
すっかり母となった純。
そして、それを娘のように見ている雫。
二人の姿が、アリスの心の中で重なった。
まさか、ね。
だが、西洋の女神は、突き止められる疑問をそのまま放置したりしない。
アリスは、すぐにあるサンプルと別のサンプルと照合をラボのサーバントに指示した。
報告はすぐに届いた。
アリスはさらに別のサンプルとあるサンプルの照合をラボのサーバントに指示する。
やはり結果はすぐに届いた。
だが、その結果は恐るべきものだった。
「明日、灯ちゃん戻ってから、三人で話した方が良さそうね」
アリスはぽつり、とそう呟くと、また執務に戻った。
■三柱会談
「ただいま! 雫さん!」
翌日、灯は境内に現れると、元気いっぱいに舞い舞台に登り、舞い舞台の雫に抱きついた。
灯の足下に風が舞っている。
「おかえり、灯」
雫も嬉しそうに微笑んだ。
灯が6年前、純に別れを告げてから、成長を止めていたのは、双子の妹の光と同じく時を刻む為、という事を雫は知っている。
灯が喜んでいるのは、母純との再会、そして、文字通り自分の半身とも言える光との邂逅、という事もある、と雫は思っている。
灯は二人の時の女神と再会を心待ちに、そして楽しみにして過ごしていたのだから。
灯はふわりと舞い舞台に降りた。
「これ、忍、ええと、おばあちゃんと、純お母さんからのお土産です!」
手に持っていた風呂敷包みを雫に手渡した。
「手料理です。ボクと光もお手伝いしました」
雫は舞い舞台に座り、風呂敷包みを床に置く。
雫が風呂敷を解くと、中から重箱、そして蓋を開けると、お節料理が現れた。
「美味しそうだ。随分手間がかかっただろう」
「雫さんに食べさせたいって、みんな張り切りました」
「アリスも呼んで宴、というのが良い流れだ」
「あたしなら、もう来てるわよ」
舞い舞台上手から、アリスの声が聞こえた。
二人はアリスの方を見る。
アリスの表情が硬いのに気がついた。
「宴、という訳には行かぬ、様子だな」
「大事な話があるの。宴はその後で、ね」
雫は重箱の蓋を閉めると、風呂敷を結び直した。
その間に、灯は座布団を三つ、持ってきた。
舞い舞台中央に、三柱の女神が座った。
■調査結果
「気になった事があったから、調査したの。その前に、雫に怒られるかも知れないから、先に言っておくね」
硬い表情のまま、アリスが話し出した。
「純くんの結婚式の時、参列者全員からこっそり遺伝子サンプルを取ったの。参列した人達は、純くんにとって大切な人。だから、万が一、何か合った時の用意、と思って」
「その事を怒る理由は無い。アリスが純の事を思って成した事故」
少しだけ、アリスの緊張が解けた。
「続けるね」
雫は静かに頷いた。
「灯ちゃんと純くんが親子関係にある、というのを調べたと同じように、純くんと雫の関係も調べたの」
雫の片方の眉が上がった。
「七五三の時の純くんと、雫の事が気になったのよ。調べたのは、少し気になったから」
灯は、アリスから雫の顔へと視線を動かした。
そして、母純の顔を思い浮かべた。
まさか。
その心根が顔に出た。それをアリスが読み取る。
「そうなの。二人が親子である確率はとても、いえ、極めて高いの」
雫は混乱した。
「私は、子を産んだ事は無い」
灯は黙って何かを考えている。
「まだ、話には続きがあるの」
雫は鋭い視線をアリスに向けた。その目にはアリスに対しての怒りは無かったが、理不尽に翻弄される自分の運命への怒りが含まれていた。
「純くんのお母さん、桜さんと雫の遺伝子の照合をしたの」
風が吹いて、玄雨神社を取り囲む木々の枝がそよぎ、その音が舞い舞台に小さく響いた。
「照合結果は、100%の一致」
「莫迦な!」
雫は立上がっていた。そして、自分がそんな事をした事に気付くと、「済まぬ」と言って座り直した。
「あたしも訳が判らない。でも……」
そう言うと、アリスは灯の方を見た。
「時の女神なら、何か別の事に気がつくんじゃないかって」
灯は黙っている。何かを必死に考えているように。
「……アリス。そのことに気がついて、黙っているのは辛かっただろう……」
アリスは、少しだけにこりと微笑んだ。
「物事には、タイミングが重要だからね」
とびきりの策士のアリスらしい言葉だった。
■事実
「『時』が、関わっていると思います」
考え込んでいた、灯が口を開いた。
「ボク、視てみます」
灯は霊脈を目に吸い込むと、雫を視た。
時の女神の視知の術だ。
だが、今回は未来では無く、過去を視ようとしている。
灯の姿が消えた。
雫は既視感を覚えた。
純が初めて視知の術を使った時に似ていたからだ。
その時も、純は一度消え、そしてすぐに現れた。
だが、灯が消えたままだった。
「灯……」
雫、アリスの二人の心に心配の凝りが出来ようとした時、灯の姿が戻った。
二人は貯めた息を吐き出した。
「視てきました。事の発端を。そして、それを成したのが誰かも」
灯の表情は硬かった。
「灯、……過去に翔んだのか?」
「はい、雫さん」
「やはり、純が一瞬消えた時も」
灯は首肯した。
「どういうこと、雫?」
「時の女神が『視知の術』で、過去を視る時、その過去に翔んでいるのではないかと、考えていた」
アリスも理解した。灯の姿が長く消えていた理由を。
「灯ちゃん、いつに戻ったの?」
「初めは雫さんが、帝と文の件で人払いをして、訴えた時」
雫とアリスの顔に、僅かだが驚きが広がった。
雫が帝に文を送った話。
それは、雫がまだ朝廷占い方の任に着いたばかりの頃の話。
役目上、少々嫌な目に遭った雫は、それを文に書き、帝に訴えたのだ。
恋の占いはしない。しなければ成らぬなら、お役を退くと。
帝は雫に事の次第を問いただそうと、人払いをした。
灯はその時に戻った、という。数百年前の時に。
「そこで、時が枝分かれしていました」
雫の顔に、まさか、という思い浮かび上がった。
■雫の恋
灯は雫に向かい、首肯すると、続きを語った。
「時の枝の一つは、この時。雫さんが、帝の求愛を断った時の線。もう一つは」
雫が静かにその先を言った。
「私が帝と結ばれた時の線……だね。灯」
「はい。その時の線では、雫さんは巫術師しての力、そして、不老不死の力を失い、人として死にます」
アリスが、はっとした顔になった。
「ちょっと待って。そしたら、その時の線のあたしは……」
「雫さんと出会う事はありません」
アリスの肩が下がった。
「……そんな……」
雫と出会わなかったら、あたし、昔のままじゃない。そんなの悲しい……。
哀しい定め。娘を取り殺す呪い。サーバントが死ぬ度に、心に穴が開いて行く。そして、やがてその悲しみは、人を人と思わないようにあたしを変えていく。
他の時の線の事とは言え、アリスはその時の線のアリスの事を想わずにはいられなかった。
「灯、話はまだ続きがあるんだね?」
アリスの心は、他の時の線の自分の事から引き戻された。現実的なアリスに戻った。
「時の線は、影響し合います。一つの時の線で、人として生きた玄雨雫は、もう一つの時の線に影響を与えました」
灯は少し言葉を区切ると、重大な事を告げるように話し出した。
「帝の求愛を断った雫さんの心に、人として生きたい、子を成したい、という思いが宿りました。ですが、雫さんはそれを封じました」
灯は雫の顔を見た。そうですよね、と灯は問いかけていた。
雫は判った。どうして自分が、恋が嫌いなのか、その理由を。
別の時の線の影響で生じた思いを封じる為、そのようになったのだと。
雫はゆっくりと頷いた。
「その封じた雫さんの思いを、この時の線で叶えようとしたものが、いたんです」
雫とアリスの顔に、明らかな驚きが広がっていった。
「消えた二十三人の灯が、それを成しました。灯達は、消えて無くなった訳じゃなかったんです。現身としては消えましたが、時の線を守る守護者として、時の狭間に、漂っているんです」
「どこにでも存在し、どこにも居ないもの、に成ったと言うんだね」
「はい。因果律では矛盾しますけど、時の女神の力の根源が、二十三の灯達なんです」
因果律では、未来の出来事が過去に影響を与える事は無い。
だが、巫術、そして、時の女神が関与するなら、未来の出来事は過去に影響を与える。
「ボクが時の狭間から、雫さんと帝が会っている時を視ていると、二十三の灯達が現れて、雫さんが産まれる少し前に行くと伝えてきたんです。ボクは一緒にその時に戻って、灯達が成した事を視ました」
まさか。
桜さんが、雫と同じ遺伝子を持っている理由って。
雫とアリスは固唾を呑んで灯を見詰めていた。
「二十三の灯達は、雫さんの双子の妹の受精卵を、桜さんのお母さんの胎内に移したんです。もう一人の雫さんとして、人として生きて、子を産み、そして、その子が、雫さんの元に訪れるように」
驚きの表情のまま、雫は呟いていた。
「私が純と出会ったのは、必然だった、という事か」




