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第31話 巫術師 玄雨純の服

 齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫術師、玄雨雫。自称、日の本の国の神。

 そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。

 灯は、スーパーソーラーストームが地球を襲うという未来を視た。そしてそこから戻ってきた。その禍の原因を視た灯。アリスはその情報の解析する。

■アリスのターン


 執務室に戻ったアリスは、ラボに試作1号機のデータの解析を指示し、スーパーソーラーストームが起こる時点での太陽周辺の情報を集めるように、情報担当のサーバントに指示を出した。作戦室のサーバントには、利用出来そうな衛星からの情報をキャッチ出来るように、あらゆる手段を講じるよう命じた。

 だが、これらはサーバントリンクを通じて行う事が出来る。

 アリスはラボに赴くと、「時の女神さまのご神託よ! 最大速度で解析なさい!」とサーバントリンク越しでは無く、肉声で激を飛ばした。

 「応!」とラボのサーバント全員から返事が返ってきた。拳を振り上げているものもいる。

 どのサーバントの目も鋭く輝いていた。

 時の女神がラボのサーバントに崇拝されているのは、間違いないようだ。

 これが、アリスが急いで会社に戻った本当の理由。

 兎に角、急いで解析するのが最大の重要事項なんだから。使えるものは、崇拝する心だって使うわよ。

 礫が聞いたら、悪党だねぇ、と言いそうな事をアリスは思った。

「段階的にでも、判った事は随時報告。事は一刻を争うのよ!」

 アリスの檄が再び飛んだ。


 アリスの激の効果は絶大で、次々とデータが解析されていった。

 小惑星の衝突が原因の可能性ありと確認されると、その小惑星を特定する作業に集約されていく。

 アリスは作戦室に陣取り、集められる限りの小惑星の軌道と、試作1号機に記録された小惑星のデータとを照合する作業を見守った。

 照合作業を行うサーバントはミスを避ける為数回交代した。だが、アリスは休まない。

 灯が視知の術で、スーパーソーラーストームを予知したのは初めの視知の術から十日後、と解析出来ている。

 時間はあまり無い。既に二日が過ぎていた。

 試作1号機からのデータを使い、小惑星の迎撃方法を雫とリンクで検討する。

『ダイダロスの時のように「空の穴」と「風」を使うのが確実だが』

『そうすると、灯ちゃんが』

『今回は大きな霊脈の移動は禁じ手だ』

 運命の分岐点を生じさせる霊脈の移動は、時の女神の代替わりを阻害する。

『そうなると、通常の方法となるけど、距離があり過ぎるわ』

 太陽までは遠い。通常の弾道兵器やロケット、遠隔操作を考えても、現実的では無い。

 アリスがそう考えていると、雫のリンクの声が脳裏に響いた。

『灯、もう大丈夫か。アリス、灯が目を覚ました』

『大丈夫。灯ちゃん』

『はい。すっかり元気です』

『今、アリスと策を練っている所だ。…だが』

『太陽は、遠いのよね』

 光速でも約8分かかる距離だ。

 アリスは、リンクに灯が鋭いが柔かい感じの光を発しているような印象を受けた。

『ボク、ひとつ方法を思いつきました』

 雫が同意する気配がアリスに伝わった。

 作戦室に、「空の穴」が現れるやいなや、灯が立っていた。

「アリスさん、ボクが宇宙服を着て、爆薬持って、小惑星にセット。そして戻る。『空の穴』を使えば、できると思います」

 アリスの目が大きく開き、顔が輝いた。

「確かに! 時の女神なら、距離は関係ないか! さすが、あたしの女神さま!」

 後は、どの小惑星か特定出来れば。

 実利的なアリスの心がそう考えた時。

「小惑星特定できました。モニターに出します!」

「灯ちゃん、視て!」

 アリスは、テーブル型PCに投影された、小惑星の現在位置を示す天体図と、その天体画像を灯に視るように、そう、視知の術で視るように言った。

 灯は目に霊脈を吸い込むと、モニターの画像を視た。

 灯はまた、宇宙にいた。

 そして、その小惑星が自分の側を通り過ぎ、太陽の表面に衝突するのを視た。

 灯の視点が作戦室に戻った。

 アリスが息を呑んで、灯を見詰めている。

 灯はアリスの方に身体向きを変えると、アリスの目を見詰めて、力強く頷いた。

 アリスは作戦室中央を向く。作戦室中の視点がアリスに集まる。アリスは見詰めるサーバント達に視線を走らせた。

「衝突する小惑星の最終確認終了。小惑星の質量と爆弾の設置箇所、太陽への衝突回避のリミットを計算!急いで!」

 アリスの号令で、作戦室にダイダロス衝突回避の作戦の時と同じ熱気が溢れた。

 アリスは灯の方を向くと、こう言った。

「灯ちゃん。今回は、灯ちゃんに作戦名、決めてもらおうかな」

「え、良いんですか?」

「たまにはね〜」

 灯はちょっと考え込んだ。そして考えた作戦名を口にした。

「作戦名は、時の女神救出大作戦です」

 灯はアリスに抱きついた。

「…ありがとう…アリスお母さん。ボク…産まれる事ができそうです」

 その言葉は小さい声音で、少しばかり震えていた。

 アリスも両手を灯の背中に回すと、優しく力を込めた。

「莫迦ね。灯ちゃんはあたしの娘で、あたしの女神さまじゃない。手助けするのは当然よ」

 アリスは、灯から離れると、サーバントリンクに作戦名を告げた。

『本作戦名を告げる。地球を太陽からのスーパーソーラーストームから救い、そして、時の女神の誕生を成就させる作戦の名は、「時の女神救出大作戦」よ!』

 アリスは、ラボのサーバント達が歓声を上げるのを、サーバントリンクを通じて感じていた。

「ラボのサーバント達が騒いでるわ。良い仕事してくれそうよ。灯ちゃん」

 崇拝する時の女神の為に、いつも以上の能力を発揮するとアリスは確信した。

「ラボのサーバントは、時の女神が着用する宇宙服を準備。自律式補助機能を含め、万全の用意!」


■雫の占い


『アリス、策を占った。妙な結果が出た』

 アリスがラボのサーバントに灯が着用する宇宙服の準備を命じた後だった。

『何? 妙な結果って』

『事は成る』

『…それだけ、じゃないのよね』

『結果として、というのが続く』

『…雫の占いにしては、曖昧、ね』

『ああ。私の占いは、一つの時の線の上のもの。時に乱れがあるなどすると、外れたりする』

『運命の分岐点、よね。でも、今回のは』

『そう。事は成る、結果として。妙な占いになった』

『雫、事は何時行うと良いと出た?』

『ダイダロスの時と同じ。ぎりぎりのタイミングで、だ』

 アリスは考え込んだ。

『雫、作戦決行時、灯ちゃんにご神体持っていってもらって。万が一、失敗しても、時を巻き戻せるように』

『承知した。私もそうした方が良いと思った所だ』


■ラボ


「灯ちゃん、ちょっとラボ、見学してみない?」

 灯は崇拝されている事を思い出し、少し恥ずかしくなった。しり込みする。

「灯ちゃんが直接来たら、ラボのサーバント達、もっと張り切ると思うから。いろんな意味で、灯ちゃんは今回の作戦の主役だから」

 アリスにそう言われ、灯はラボに行く事になった。


 ラボの天井は高く、その上の階から、中が見えるようになっていた。アリスはラボの全体像を見せる為、まず灯を上の階に連れて行った。灯は階下のラボを見た。

 SF映画にあるような地平線まで独立した各個人の作業スペースが続く部屋、みたいなのを灯は想像していた。

 だが、ラボは灯が想像していたのより、ずっとこじんまりとしていた。

「工作や加工などを行うのは別の階にあるの。ここから指示を送って、そこで作ったり検査したりするの。作業スペースは、各自気分で変えられるように、特に決まってないのよ」

 小型の端末があれば、どこでも仕事ができる環境が構築されており、フェイストゥフェイスのコミュニケーションが重視されている、という事のようだ。

 大小のテーブルが置かれ、それぞれがモニターにもなる。椅子も雑多にあちこちに置かれている。

 白衣を着た、おおよそ二十人程度の様々な人種の老若男女が、モニターを見たり、議論したりしている様子を灯は見た。

 部屋も白で、いや、ほとんど白に近い極薄い水色で統一されていた。近未来的なオフィスのイメージだった。

「アリスさん、あれ」

 灯が指さした先には、その近未来的なオフィスには場違いなものがあった。神棚だった。

「そうよ。あれが玄雨神社の社なの。あの中に、純くんと灯ちゃんの写真が祀ってあるの」

「あの、まさか、詣でる時、柏手叩いたりとか」

「もちろんよ。二礼二拍手一礼するわよ。神棚なんだから」

 うわ〜。ボクやお母さんの写真が祀られてて、そういうのすごく恥ずかしい。

 二礼二拍手一礼は、一般的な神社での参拝の作法である。

 灯が赤くなったが、そんな様子を気にせず、アリスはラボに行くと、エレベータに乗った。

「はやく、灯ちゃん」

 手招きするアリスに、灯は急いでエレベータに乗った。


■ベネット二世


 エレベータの扉が開いた。

 ラボの数人が、アリスに気がついた。

 だが、作業する手は止めない。今が緊急事態である事もそうだが、実利的なアリスが、社交辞令での時間ロスを嫌う事をすべてのサーバントは知っている。

 このまま、何も無ければ良いな。

 と、灯が思った矢先。

「注目。時の女神、二代目玄雨純こと、灯ちゃんが陣中見舞いに来ました!」

 さっと全員の視線が灯に集中した。

 うわ〜〜〜〜!! アリスさん、何てことするの! ボク恥ずかしい。

 全員が作業する手を止め、議論をやめ、灯に注目している。その目は、どれも敬意に満ちていた。

「ほら、灯ちゃん、ご挨拶、ご挨拶」

 アリスが小さい声で催促する。

 う゛〜〜〜。

 灯の中で、何かが切り替わった。

「アリスさんにご紹介頂きました。時の女神、二代目玄雨純の、灯です」

 灯はそう言うと、深々と頭を下げた。

「どうか、地球を救って、そして、ボクが産まれるのを助けてください。お願いします」

 灯が頭を上げた。

 全員が灯を見詰めていた。その目はどれも暖かった。そして、決意に満ちていた。

 音頭を取った訳でも、号令をかけた訳でも無いのに、ラボの全員が全く同じタイミングで、一礼した。

 灯は少し、胸が締めつけられるような、感じを覚えた。でも嬉しかった。

 一人の青年が、口を開いた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。地球を救うのは、当然の使命。ですが、時の女神は、真実の探究者の道しるべ。お力添えするのは、我々の喜びです」

「紹介するわ。この人はベネット二世。亡くなったベネットのお孫さんよ」

「祖父が、最期に雫さまと灯さまの舞いを見る事が出来ました。有り難う御座いました」

 そう言うと、ベネット二世は、深々と頭を下げた。

 頭を上げると、真剣な顔つきで、まるで神に誓うかのような厳粛な口調で言った。

「考えうる限り、ラボの総力を上げて、時の女神が着用する宇宙服を万全のものと致します」

「有り難う御座います。事を成すよう、尽力致します」

 そう言うと、灯は一礼した。


「じゃ、あたしと灯ちゃんは戻るわね。後はよろしく〜」

 そう言うと、アリスはひらひらと手を振って、エレベータに乗った。灯も続く。

 灯はエレベータの扉が閉まる時、一礼した。

 全く同じタイミングで、ラボのサーバント全員が一礼し、灯を見送った。

 扉が閉まると、灯はエレベータの壁にもたれ掛かった。

「ふぅ。もう、アリスさん、緊張しちゃったじゃないですかぁ」

 ちょっと頬を膨らませてる。

「良いご挨拶だったわよ。灯ちゃん」

 アリスは、灯をぎゅっと抱きしめた。

「これでサーバント達、とびっきりの宇宙服、作ってくれるわ。楽しみね」

 お母さんが、アリスさんに弄られたって言う気持ち、少し判った。

 でも。

 灯抱きしめたまま、アリスは言葉を続けた。まるで灯の心を読んだかのように。

「灯ちゃんを弄ったりしないわ。まだね〜」

 弄られるくらい、強くならないといけないんだ。

 そうしたら。

 その先を灯は考えるのを止めた。

 今は、事を成す。それだけ。


■宇宙服


『雫、灯ちゃん、ラボから連絡。プロト版の宇宙服が出来たって。インナーをそっちに持っていくから』

 灯がスーパーソーラーストームを視知の術で視てから、六日目の事だった。

 固定化された「空の穴」から、アリスが現れた。

 アリスにそのインナーを手渡され、灯はその両肩を摘んで眺めている。

「これ、宇宙服、なんですか?」

 灯の疑問も最もだった。手に持っているのは、ヘルメット以外、とても宇宙服には見えないモノだった。

 少し厚手の身体にフィットするスポーツウェア、ダイビングスーツ、といった感じだったからだ。

「今回の宇宙服、インナーとアウターに別れているの。インナーは宇宙飛行士の基本的な生命維持。アウターが船外活動や太陽からの放射を遮へいというもの」

 そこでアリスは小首をかしげると、そうね、と言った。

「全身密着型の超豪華下着と、その上に着る柔らか鎧、って感じかしら」

 ちょ、超豪華下着って。

「それって、つまり…」

「灯ちゃんの想像通りよ。裸の上に着用するのよ。皮膚に密着して皮膚呼吸や代謝と連動して、生命維持するの。ヘルメットを装着すれば、これ単体で普通の宇宙服に相当するわ」

 アリスはにこっと笑った。

「じゃ、早速着てみよう。アリスお母さんが着せてあげる。ちょっとコツがあるからね〜」

「あ、アリスさん。舞い舞台で着替えるのは、その、恥ずかしいです」

「言い忘れたわ。身体を濡らしてから着用するから、一度お風呂に入った方が良いわね」

 インナーを摘んだまま、灯は、複雑な表情を浮かべると、雫の方を向いた。

「アリスが、下着、などと言ったから、恥ずかしい気がするだけだ。ちょっと変わった宇宙服、と思えばいい」

 雫にそう促され、なんとなく飲み込めていないものの、灯はアリスと共に浴室に向かって行った。


「じゃ、灯ちゃん。身体濡らしたら、そのままで出てきて。インナーの背中から、着ぐるみを着る感じで入るの」

 灯が浴室から出てくると、アリスはてきぱきと指示を出し、灯にインナーを着せていった。

「これ、随分伸びるんですね。もっと着難いのかと思ってました」

 灯はインナーを装着し終った。所々、少しだがだぶついている所がある。

「第1段階終り。これから、フィッティングするから」

 アリスは持ってきたタブレット型端末のディスプレイに表示されているボタンに触った。

 インナーが収縮し、灯の身体に密着していく。

「ちょっと動いてみて。引っかかる所とかあったら教えて」

 灯は、気脈を操らず、短い舞いを舞った。

「ちょっと、左に上体をひねった時、ひっかかる感じがします」

 アリスは、タブレットでインナーの状態を確認した。

「ここね」

 アリスがタブレットのディスプレイにタッチすると、左脇のインナーの収縮が少し弱くなった。

「どう?」

 再び、灯が舞いを舞う。

「あ、引っかかり無くなりました」

 アリスは再び微笑んだ。優しい口調で灯に言う。

「ほんとはこの手続き、初めはラボでやる工程だったんだけど、灯ちゃんが恥ずかしいだろうと思って、こっちに持ってきたの」

 灯はラボでフィッティングや調整を行う自分の姿を想像した。

 確かに恥ずかしいかも。とくに、インナーの下が裸だって思うと。それに。身体の線とか。

 少し顔が赤らむのを覚えた。

 灯は、アリスの心遣いを嬉しく思った。

 アリスは、灯にヘルメットを手渡す。灯はそれを装着した。

「灯ちゃん、インナーの胸の所に、くぼみがあるでしょう」

 灯が胸の中央に触れた。

 確かにくぼんでる。

「そこにこれをセットして。インナーが起動するから」

 アリスは木札を灯に手渡した。

「これ、ボクの気脈が」

「そう。灯ちゃんの気脈を封じた木札。このインナー、アウターもそうだけど、巫術師、しかも時の女神専用の宇宙服なの。付けてみて」

 灯は胸のくぼみに木札をセットした。

 少し、暖くなった気がする。

 そして、灯はインナーに引かれている幾つかの身体に沿った線に、周りの霊脈が吸い込まれ、身体の表面に流れるのを感じた。

 両手を顔に近づけて視ると、手全体が霊脈で柔らかく光っているのが視えた。

「木札で起動するとは、アリスにしては折り込まれた祝だな」

 現れた雫がアリスに微笑んだ。

「『木』は、五行で動き始めを表す。だから起動するアイテムとしては最適でしょ。重大な作戦だからね〜。験も担ぐわよ」

「似合ってるよ。灯」

 雫にそう言われ、灯は少し赤くなった。

「さて、灯ちゃん、あんまり時間が無いから、これから、ラボに跳んで、宇宙服のテストをしたいの。いい?」

 時間が無い。その言葉に、灯の心が引き締まった。

「はい」

「ラボの入り口に、無しの扇を成した。アリス、人払いを」

 アリスはラボのサーバントに入り口から離れるように指示した。「空の穴」に触れると危険だからだ。

 アリスが頷くと、灯は舞う。

 いつもより、身体が軽い気がする。

 舞いながら、灯は思った。

 巫術師が周辺から霊脈を吸い込む作業を、装着したインナーが手伝っている。その効果だった。

 「(くう)の穴」が現れると、灯はアリスの手を取る。二人は「空の穴」に飛び込んだ。


■ベネット


 ラボのサーバント達は、アリスからの連絡で、時の女神が現れると知り、入り口を見詰めていた。

 そこに、宇宙服を着用した灯とアリスが現れる。

 ラボのサーバント達は、既に知っていた事とは言え、急に人が現れるという現象に、やはり驚くと共に、灯が着用したインナーが正しく動作しているのを見て、心地よい達成感を覚えていた。

「灯ちゃん、普通の人には霊脈見えないけど、流入量を視覚化してあるのよ。身体に沿った線が、流入量に応じて光るの。サーバント達、それを見て、上手くいっているって喜んでるわ」

 灯が何か言おうとする。ヘルメット越しの声はくぐもって遠くには聞こえずらい。

 アリスが端末を操作する。

「今、ヘルメットの中で点灯した所があるでしょ。そこを見てウィンクすると、スイッチを入れられるから。そしたら、外部スピーカーがオンになるわ」

 ヘルメット内側の下の方に、スピーカーのアイコンが光っていた。灯は、アリスが行った通りにした。

「聞こえますか」

「良く聞こえるわよ、灯ちゃん」

 灯はアリスに頷くと、自分を見詰めているサーバント達の方に顔を向けた。

「あ、あの。素敵な宇宙服をありがとうございます。これ着てると、術を行うのが、いつもよりとっても楽です」

 その言葉は、ラボ中に歓声と歓喜の渦を巻き起こした。

 向い合って、肩を叩き合って喜び合うサーバントや、両拳を握りしめガッツポーズを取るもの、拳を振り上げるものなど、様々だった。

「お褒めのお言葉、ありがとうございます。時の女神の役に立てて、皆、大きな喜びに包まれています」

 ベネット二世がお礼を述べた。

 アリスは微笑むと、灯に言った。

「巫術師が霊脈を吸い込むのをサポートしようと、みんなほとんど不眠不休だったのよ」

 すっと微笑みを消すと、アリスは次の指示を放つ。

「では、アウターのテストに移行します。灯ちゃん、アウターのテストは、装着したら、月軌道に跳んで、そこで行う事になるわ。そこでの各関節可動範囲、宇宙線の遮へい能力確認、宇宙空間での霊脈の確保のテストを行うの」

 ラボの中央に、高さ二メートル程のコンテナが進んできた。

 それが開くと、中にはハンガーに吊られた灯よりも一回り大きい、見た目は、そう、巫女装束の様なものが現れた。

「アウターよ。時の女神専用の」

 両手を腰に付けて、アリスが説明を始めた。

「始めは各種機能、例えば船外活動の移動装置とか、装備しようとしたの。でも、考えてみれば、時の女神が自分の術でそれらは行える。だから、そういうのは最低限のサポートに止め、むしろ、術の助けとなる装置、そちらに力を注いだの」

 ハンガーが回転し、アウターの背面が灯に見えるようになった。背面には、ご神体、つまり銅鏡に似た形のバックパックが備わっていた。

 アリスはアウターを見ながら説明を続けた。

「『空の穴』を固定している『合霊くん』の応用で、宇宙空間の霊脈を集めて、貯めておく装置を背面に付けたの。アウターが、宇宙空間から霊脈を集めて、インナーに供給する。これで、地上と同じか、それより楽に術が行えると思うわ」

 灯はバックパックに、ちょうどご神体が収まるくらいのくぼみがある事に、気がついた。

 アリスは灯の方を見た。

「基本的な各装置の設計は、亡くなったベネットが、その指示でほとんど終っていたから、後はそれを上手く組み合わせるだけだった」

 アリスの声音は淡々としていたが、どことなく暖かった。

「ベネットさん、宇宙空間での巫術師の活動を想定してたんですか」

「前に、純くんが乗った宇宙船が壊れたでしょ。宇宙服にもっとサポート機能があれば、あれ程、女神達を苦しめなくて良かったのに、って」

「祖父は、その研究を進めていました。巫術師の術の支援システムを」

 ベネット二世の目に、僅かに涙が浮かんだ。

「だからね、この宇宙服の名前だけは、『ベネット』なの」

 ベネット二世は、誇らしげなそして、少し祖父を悼む哀しみがまざった微笑みを浮かべた。

「じゃ、灯ちゃん。アウター装着よ」

 そう言うと、灯の手を取って、ラボ中央のアウターに歩いていく。

「アリスさん、あのくぼみ」

 灯は、アウター背面のバックパックのくぼみを指さした。

「この作戦の最終安全装置。あそこにご神体を格納して、万が一の時、灯ちゃんにやり直してもらう為の」

 灯の唇が薄くなった。

 もう、やり直すのは嫌だ。

 悲惨な未来を三度巻き戻した灯の心は、そう反応した。

 だけど、そうしなくちゃいけなくなったら。

 灯とアリスは、アウターの前に立った。

 きっと、ボクはそうする。それが時の女神の使命、だから。


(つぶて)式軽身の術


 ハンガーが回転し、アウターは再び、灯とアリスに正面を向けた。

「じゃ、アウターを開くわよ」

 アリスは、タブレット型端末を操作した。

 アウターのヘルメットが持ち上がり、人で言えば顎から(へそ)にかけて切れ目が現れ、開いていった。

 インナーは背中から着るが、アウターはお腹側から着る様になっていた。

「これ、なんだかんだで、50kgくらいあるから、ハンガーに吊った状態で着て、その状態で「空の穴」を成した方が良いと思うの。風で持ち上げてもいいけど、舞いながら風使うの、どうかなと思うから」

 灯はアリスのその言葉を聞きながら、アウターを眺めている内、頭の中で何かが連結するのを感じた。

「アリスさん、ちょっと試したい事、思いつきました」

 灯はそうアリスに告げると、無しの扇を形作る。そして短い舞いを舞う。「空の穴」の舞いに似ているが、少し違う。

 舞いの最中、インナーの身体に沿った線は、脈打つように強く輝いた。

 その舞いを見詰めるアリスは感じた。

 霊脈が渦巻いて灯ちゃんに吸い込まれて、アウターに注がれていくのを。

 灯は舞い終った。

 ほんとに疲れない。

 灯は無しの扇を消すと、アウターの正面に立ち、両手を開くと、柏手を打った。

 アリスには、柏手の瞬間、アウターが輝いたように視えた。


 ぎぃっ。

 ハンガーの接合部が微かな音を立てた。

「それ、本当なの!?」

 アリスはそう言うと、驚いたようにタブレット端末を持ったサーバントの方を向いた。

「…アウターの質量が、2kgになったって…」

 サーバントリンク経由で、タブレット端末を持ったサーバントが報告したのだ。

 アリスは灯へ顔を向けた。

「上手くいったみたいです」

「灯ちゃん、何をしたの?」

「あの…礫さんが行った、物を軽くする術。まねしてみたんです。インナー着てたら、できるかな、って思って」

 アリスがはっとした顔をしたと思ったら、急にあたりをきょろきょろ見回す。その目はちょっと怖い感じになっていた。

 アリスは、ふう、と息を吐き出した。まるで、騒音の中に居て、それが収まったように。

 そして肉声で言った。

「あのね。一度に話しかけるのは禁止、というかサーバントリンクの基礎でしょ。質問内容を同期させてよ。だいたい判るけど」

 灯はきょとん、としてアリスの様子を見ていた。

「あのね。灯ちゃんが何をしたか、みんな一斉に聞いてきたのよ。リンクで。普通、こんなコト無いんだけど。あたしが怒るから」

 それで、うるさそうな顔をしたんだ。

「説明します。少し長いからリンクの、高速ので」

 アリスの目の瞳孔が、少し開いた。

 きっと礫さんが行った質量を変化させる術の事とか、いろいろ説明してるんだ。

「という訳。詳しい原理は不明。また新しい研究テーマが出来たわね〜」

 数人が向い合い、手に持った端末を使い何か会話をしている様子がラボのあちらこちらで見られた。それがすっと収まった。

「アリスさま。アウターの仕様に、変更が必要なようです」

 ベネット二世が、アリスにそう告げた。

 アリスはベネット二世の目を見ると、やがて頷いた。

「なるほど〜。そうか〜」

 アリスは灯の方を向くと、トラブルを楽しむような顔をした。

「灯ちゃん、良いアクシデント。持ってく爆薬、それなりの質量だったんだけど、そっちも軽く出来るでしょ?」

「できると思います」

「するとね、それを持ち運ぶ為に、アウターの外骨格、つまり、灯ちゃんが軽く扱えるようにするための装置が付いてたんだけど、それ、要らなくなるの。それと、一番の懸念点が、解消されたの」

 そう言うと、アリスはアウターの手を指さした。

「重たいもの直接持つと、灯ちゃんの手に負担かかるから、手の所は、外側に、ロボットハンド付けてたんだけど、手の長さが長くなって、舞いを舞う時の妨げになるかも、っていう懸念点」

 灯がアウターの手を見ると、アリスが言うようにロボットの手が付いていて、その分、腕の長さが長くなっていた。

「ロボットアームや外骨格を外して、表面の防護布を裁縫し直すのに、3時間くらいだって。どうする?」

 アリスが灯に尋ねた。

 仕様変更に伴う、テスト開始まで待ち時間をアリスは灯に告げたのだった。

 その様子を見てみたい気もするけど、それより。

「一度、玄雨神社に戻って、さっきの術、雫さんに見せた方が良い気がします」

「そうよね。判った。あたしは、こっちに残るわ。みんなから、あれこれ提案とか相談とか出てくると思うのよね〜」

 アリスの言葉を聞く内、灯は悪い事をした気がしてきた。

「あ、あの。余計な事しちゃって、すみません」

「何言ってるの。良い方向に進んでるんだから、問題なしよ。それに、初テストの後、インナー、アウターとも、作り直す予定だったんだから。むしろ、インナーの性能が確認出来て、大成功なのよ」

 そう言って、アリスは灯に抱きついた。

「時の女神の成す事は、純くんの時もそうだったけど、その度に、ラボは大騒ぎになるの。いつもの事よ。心配無用なの」

 アリスは、ぱっと灯から離れた。

 灯は、雫が言った言葉を思い出した。

「純や灯の成す事は、新しい示唆に溢れている。常に学説が仮説であり、新しい真実の前に崩れ去る運命だと、事実を持って突きつけるからだ」

 灯はその意味が判った。

「皆さん、…あの」

 なんと言っていいか、灯が純巡していると、アリスが助け船を出した。

「よろしくお願いします、で良いのよ。謝る所じゃないんだから」

 アリスは微笑んで、灯に優しく言った。灯は小さく頷くと、「よろしくお願いします!」と元気な声を出した。

 「応!」という声が、ラボのあちこちで響いた。

「ボク、玄雨神社に戻ります」

 灯は「空の穴」を成すと、消えた。


「時の女神は、本当にラボのアイドルね」

 灯が消えた所を見ながら、アリスはそう、小さく呟いた。

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