第28話 巫術師 玄雨純と鬼
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫術師、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。
新たに玄雨純となった灯。礫の配下、鬼斬りの金白庚と鬼祓いを行う。
■異能
「まず、白猫の異能を説明しないとねぇ」
庚は、革製の黒いかばんから、良く切れそうな細身の鋏をとり出した。
「まぁ、鬼祓い師は全員、鬼が見える。見えないとどうしようもないからねぇ。それに加え、それぞれが異能を持ってる。お前の父親の東雲は『鬼食い』」
灯はこくん、と頷いた。
「で、白猫は、『鬼斬り』。文字通り、鬼を斬る事ができる。だけどねぇ、鬼は斬っても無くならない。だから、鬼を封じたり、喰ったりする者と一緒に仕事をする」
礫が説明する傍らで、庚は取り出した細身の鋏で、折り紙を切っていた。その動きは手早く正確で、手慣れた感じだった。
「灯は木札に鬼を封じる。だが、木札に封じられる鬼の量には限りがあるだろぅ? 今回のは、たぶんそれを超える。だから、鬼斬りに斬ってもらって、小分けにして封じてもらう、っていう寸法さぁ」
なるほど。
灯は今回の仕事の流れが理解出来た。
「ボクが鬼をとり出して、白猫さんがそれをいくつかに斬って、ボクがそれを木札に封じるんですね」
「そういう事だよぅ」
できた。
そういう小さい声が、灯の隣から聞こえた。
灯が庚を見ると、見事な切り紙細工が出来ていた。赤い薔薇の花だ。
「差し上げます」
灯が目を見開いてそれを見ていると、庚がそう言った。
「あ、ありがとうございます」
灯は頬を朱に染めながら、それを受け取った。大事そうに手に持っている。
「こいつの趣味なのさぁ。ここに来て、酒を呑みながら、切り紙細工するのがねぇ」
礫がそう言っていると、常人には聞き取れないほどの小さな音が、店の扉の外側から響いた。
礫と灯はそれを聞き取った。
「迎えが来たようだねぇ」
灯が首肯した。
あの黒塗りの車が来た。
■鬼斬り
「ただいま、雫さん」
「おかえり、灯」
その日、かなり遅く、灯は玄雨神社に戻ってきた。
雫は約束した通り、どんなに遅くなっても、灯を待っていた。
灯は今日、三度に渡る鬼を封じる行で、少し疲れていた。
だが、雫の顔を見ると、元気を取り戻した。だが、風呂に入り、食事をして、雫と一緒に床につくと、その日の事を話す事も無く、寝ついてしまった。
だが、だいたいの所は、リンクを通じ、雫には判っていた。
夜見に着いた黒塗りの車に、灯と庚が乗り込むと、例の男が扉を閉めた。
昨日と違い、灯を小さな女の子とは見ていない。
小さい女の子と見えても、鬼祓い師は異能。只ならぬ者、と心得たようだ。
だがまさか、時の女神だとは知る由も無い。
黒塗りの車が着いたのは、やはり豪邸。
そして、そこの広い洋室のベッドには、やはり老齢の男が臥せっていた。
昨日の男と同じように、憔悴し切っている。
「は、早く、鬼を…」
そういう声もか細い。
「では早速」
灯はそう言うと、男の胸元に木札を置いた。
一枚、二枚、三枚。
順に於いて行く。
灯の眼にも、男に憑いた鬼が木札三枚分と見て取れたからだ。
大きい鬼。
灯は、出がけに礫が言った言葉を思い出した。
「悪党が悪ければ悪いほど、憑ける鬼は大きくなるし、そいつの心根次第で、さらに大きく育つんだよぅ。あたしの見立てじゃぁ、木札三枚、って所だろうねぇ」
礫さんの見立ては、正確だ。
置いた木札を見て、庚がかばんから切り紙細工で使った鋏をとり出すと、左の手のひらの上に載せた。そして、その上に右の手のひらを重ねる。
庚の丸い眼がねの後ろの眼が、怪しい光を放ったように、灯には見えた。
庚は鋏を右手に持った。
鋏が気脈を帯びていた。
「これより鬼祓いの儀を執り行いまする」
灯は、扇をとり出すと、舞いを舞う。
すう、と男の上に鬼が滲み出した。
庚がそれを認めると、鋏を構えた。
切り紙細工をする時と同じ正確さで、鋏を持つ手を動かす。
しゃき、しゃき、しゃき。
だが、鋏は鬼に届いていない。
しかし、灯の眼には、鋏の形を成した気脈が、鬼を斬り、きっかり中心から三等分にするのが見えた。
灯はそれを一つずつ、丁寧に木札に封じていった。
水平に持った扇を下に下げる所作を三度繰り返す。
三等分された鬼は、順に木札に流れ込んでいった。
すっと、両足を揃えると、灯は両手で扇を閉じる。
「鬼祓いの儀、終りに御座います」
灯の寝顔を見ながら、雫は思っていた。
灯は、ここ数日でいろんな人と出会った。
人との出会いが、灯を成長させている。
ならば、礫殿の知り合い以外の人との出会いも、灯を成長させるに相違ない。
灯の心が強くなれば、純と会える日も近づく、と。
灯の枕元には、鬼斬り庚が切った薔薇の切り紙細工が置いてあった。
■三郎
礫が鬼祓いの手伝いを灯に頼んで三日目。
灯が、夜見に現れると、カウンターの中の男がすっとんきょうな声をあげた。
「うひゃあ。ほんとに人が現れた! おっどろいたぁ!」
男の隣の礫が、可笑しそうに苦笑した。
「サブ、お前の驚き方の方が、よっぽどだよぅ。灯が驚いてるじゃないかぁ」
サブと呼ばれた男は、スタジャンにリーゼント、痩せ形。身長は礫より低い。見るからに柄の悪いチンピラという風体だったが、どこか愛嬌があり、憎めない感じだった。きちんとした身なりをして、髪形を変えれば、意外と二枚目なのかも知れない。
サブは遠慮会釈無く、灯をジロジロ見た。
柄の悪いサブにジロジロ見られたが、灯は怖い感じはしなかった。愛嬌があるからだろう。が、なんとなく恥ずかしくなった。
「こらサブ。小さい女の子とは言え、女性をそうジロジロ見るもんじゃない。この子は神様なんだよぅ。バチがあたっても知らないよぅ」
そう言われて、サブは自分がジロジロ見ていた事に気がついたのか、ぱっと灯を見るのを止めると、礫の方を向いた。
「す、すいやせん。礫の姐さん。バ、バチ当たるのはご勘弁」
礫がにぃ、と笑った。
「どうするぅ、灯ぃ?」
「べ、別にバチなんて当てません。でも、ジロジロ見られるのは、その、嫌いです」
「女神さまに嫌われちゃったよぅ、サブ」
サブは、ひぃっという声をあげた。
礫さん、いったい、どういう紹介してるの、ボクのこと。
「ぁあぁ、お願いですから、高い高いとか、無しで、無しの方向で!!」
サブは両手を組み合わせると、正に神仏に祈るが如く、灯に懇願した。大げさにガクガク震えている。カウンターの向こうで灯には見えないが、きっと足もガクガクぶるぶるしているんだろう、と見て取れた。
あ、この人、何かしでかして、礫さんに高い高いされたんだ。よっぽど怖かったんだね。
ぽかり。
サブの頭を礫が叩いた。
「サブ、わざとやってるだろぅ。女神さまをからかうと、ホントにバチが当たるよぅ。それとも、もう一度、高い高いしてやろうかぁ?」
サブがまた、ひぃっ、という声をあげた。今度のはさっきのより、いちオクターブは高かった。
「す、すみません。すみません」
サブは米搗きバッタみたいにペコペコ頭を下げた。
「可愛い子だったから、つ、つい、えへへ」
礫はふっと、息を吐き出すと、しょうがないねぇ、という顔をした。
いたずら小僧を見る、母親のようだった。
「サブ、さっさと奥に行って、陰山の爺さんのサーバの裏帳簿、調べておいで。あの爺には、鬼を憑けない約定だが、悪事は別の形でお仕置きしないとねぇ」
「へ、へい。合点だぁ」
サブは時代掛かった台詞を言うと、カウンターの奥に駆け込んでいった。
「すまないねぇ。灯。あいつは悪い奴じゃあないんだが、こぅ、無邪気な奴でねぇ」
吃驚したかい?
と礫は尋ねた。
「ええと、今まで有った事の無い感じの人でしたから、…少し」
そうだろうねぇ、と礫は言った。
「あいつの名前は柳三郎。だからサブと呼んでる。鬼祓い師じゃなくて、この店の経理兼ハッカーなのさぁ」
え、今の人が経理!
その灯の考えが顔に出たのを見て、礫がたしなめる。
「人を見かけで判断しちゃいけないよぅ。ああ見えてもあいつは真面目なんだ。ちょっとばかし、常識が欠けているだけさぁ。その辺をあたしが再教育してる最中だけどねぇ」
死に神に再教育されてるって。
灯はサブと呼ばれていた人に、少しだけ同情した。
「店の前でボロボロになってたのを拾ったのさぁ。弱いくせに喧嘩でもしたんだろうねぇ。それからこの店の常連になって、経理の専門学校出たって言うから、経理を任せて、パソコン弄らせてたら、あちこちのサイトの裏口見つけたりしたから、便利に使ってるんだよぅ」
店の奥の方から声がした。
「姐さんに、便利に使われてまーす」
灯は吹き出した。
「なぁ、面白い奴だろぅ?」
どうしてサブさんは、高い高いされたんだろう。
灯は想像した。もし、この店の会計誤魔化したら…。
「ん? 灯、何考えてるぅ?」
「あの、サブ…さん、どうして高い高いされたんですか?」
「お約束だよぅ。店の金、こっそりちょろまかそうとしやがったからさぁ、って訳じゃない」
礫は、灯に近づくように手招きした。
灯が近づくと、小さな声で言った。
「あたしの尻を触りやがったのさぁ。その後、『つい、えへへ』と来やがった。ついで触るかぃ? カチンと来たから、高い高いしてやった」
灯は気がついた。心なし礫の頬に朱がさしているのを。
礫さん、意外とサブさん、気に入ってるみたい。
■死に神のハッキング
「姐さーん、ここの防壁固くて突破出来ませーん。助けてー」
店の奥からサブの能天気な声が響いてきた。
ふぅ、と息を吐きだすと、礫は奥に入っていった。
「ここなんスけど」
「ふぅん。ちょっとどきな、サブ」
「へい」
店の奥から、キーボードを叩く音が響いてくる。
極僅か、霊脈に乱れが生じた。
気になった灯は、カウンターの左奥から中に入ると、店の奥に入っていった。
カウンターの奥の部屋には、アルコール類の在庫が置かれ、壁際に机が置いて有る。その机にノートパソコンがあり、椅子に座った礫がそのキーボードを叩いていた。礫の後ろには、サブがいて、画面をのぞき込んでいる。
灯は視た。礫の手の先から気脈が伸び、キーボードを経由して、LANケーブルに流れ込んでいるのを。
「よぉし、開いたよぅ」
「毎回、姉さんの手際、何度視てもわけわからない程すばらしいっス」
「まぁ、判らないよぅ。死に神の技だからねぇ。後はなんとかなるだろぅ? サブ」
「へい、姐さん」
灯はカウンターから出ると、スツールに座った。礫がその前に立つ。
「礫さん、今の」
「視たのかい?」
灯はほんのちょっと、身を縮めた。
「はい。あの、悪かった…ですか?」
「言ったろう? お前が勝手に見て、覚える分にはあたしは気にしないってさぁ」
縮んだ灯の身体が、元に戻った。
「少しだけ、説明しようかねぇ。あれは陰山の爺のサーバまで気脈を伸ばして、データに直接触ったのさぁ。有線で繋がっているなら、あたしに侵入出来ないサーバは無いねぇ」
恐ろしい話である。死に神のハッカーだ。通信可能であれば、管理者権限を持っているのと同じだと、礫は言っているのである。
「巫術に、そんな使い方が有るなんて、知りませんでした」
「あると思えば、巫術はそう作用する、という理屈さぁ」
礫は手早くロンググラスにジュースを注ぐと、灯に差し出した。
その後、カウンターの上に、ダイスを三つ転がした。
その出目をじっと見詰める。
占いをしてる時の雫さんみたいだ。
そう灯は思った。
礫の目に、少し陰りがさした。
「灯、折角来てくれて悪いけど、暫く仕事はなさそうだよぅ。三日後…になりそうだねぇ。まぁ、遊びに来る分には構わないよぅ」
「どうしたんですか?」
「あんまり良い話じゃない。改心しないで、そのまま死んじまいそうなんだよぅ。鬼を憑けた悪党がねぇ。それが三日後、という事さぁ」
悪党とは言え、死んじまうのは嫌なものなんだよぅ。
ぼそり、と礫は言った。
優しい死に神。
灯はそう思った。
「あ、あの。来ても良いんでしたら、明日もまた、ボク来ます」
「なら、待ってるよぅ」
灯はジュースのお礼を言うと、「空の穴」を現し玄雨神社に戻った。
■玄雨神社
灯が早く帰ってきたので、雫と灯は三日振りに共に風呂に入り、食事をした。
その間中、灯は礫の事を離し続けた。
「礫さん、たぶん、サブさんのコト、好きなんだと思います」
一番の話題が、これだった。
ひとしきり灯の話が終った頃、雫が優しいが、きっぱりとした口調で言った。
「その事は、礫殿には言ってはいけない、灯。そういう事は自分で気がつくべき事。純の時もそうだったように」
灯はこくん、とだが、しっかりと頷いた。
「それに、こと恋にかけては、礫殿が上手だ。釈迦に説法だろう」
「そうですね。そうだと思います」
ほんの僅か頬を朱に染めた礫を、灯はかわいい、と思った。
『うふふ。ちょっと違うと思うよ〜』
リンク越しにアリスが話しけてきた。
『たぶんね〜、礫はそのサブ、って子の事、子供みたいに思ってるんだと思うよ。だから、今のままだと、恋には発展しないよ〜』
恋愛ではやはり豊富な経験を持つアリスがそう断言した。
そう言えば、確かにいたずらっ子とその母親みたいだった、と灯は思った。
『まあ、死に神の事だから、そのまま当てはまるとは限らないけどね〜』
そう言うと、アリスは会話から抜けた。執務に戻ったのだろう。
「それにしても、礫殿の巫術でのネットワークへの干渉、という技。興味深い」
あ、雫さん、やっぱりそこが気になるんだ。
「直接教えて頂きたいくらいのものだな。灯が覚えてこられたら、私にも教えて欲しい」
灯はちょっと嬉しくなった。雫の役に立てると思ったからだ。
翌日、灯は約束通り、夜見に遊びに行った。
■気脈式電算術
「よぅ、来たねぇ」
灯が姿を表すと、礫が陽気に声をかけてきた。
他に客はいないようだった。
「一応、定休日なのさぁ。まぁ、一応のねぇ」
礫は何か含みがある言い方をした。
「お座りよぅ」
灯はスツールに座った。
カウンターには、オレンジジュースが入ったロンググラスが置かれている。
礫に勧められ、灯はジュースを手に取った。
「雫さんが、気脈を使ったハッキンク、面白いって言ってました」
「ぅふふふ。そうかぃ。なら、玄雨が気脈式電算術を覚えたら、腕比べができるねぇ。あたしが侵入役で、玄雨が防御側。面白い勝負が出来そうだよぅ」
「気脈式電算術?」
「ぁあ、気脈を使ってコンピュータやネットワークに干渉する技を、そう呼んでるんだよぅ」
なるほど。すると、ボクが覚えて、雫さんが熟達したら、巫術玄雨流電算術ってなるんだ。
「あの、礫さんのその気脈式電算術って、コンピュータとかネットワークの知識はどれくらい必要なんですか?」
「直球だねぇ」
「す、すみません」
灯の頚をすくめる所作に、礫はちょっと微笑んだ。
かわいいねぇ。やはり、純ちゃんに似てるよぅ。会えないのは、酷だねぇ。
「まぁ、そこそこで大丈夫だよぅ。ウィンドサーフィンが出来る程度で充分さぁ」
「え? 専門知識とか要らないんですか?」
「ぁあ、実は邪魔なのさぁ」
どういうことだろう。
「コンピュータにプログラムを書くのは、実は陰陽師が式神の式を書くのと似てるんだよぅ」
陰陽師の式神。人型の紙に、気脈を送り、操る術。
人型の紙が行える技の範囲を、あらかじめ限定しておく事で、自律式の動作が可能となる。
一つの式で、複数の式神を現す事が可能。
自動発動する巫術の一種。
だから、私はあまり好きでは無い。
灯は純の記憶の中で、雫がそう言ったのを思い出した。
灯はもう一つの純の記憶を思い出した。
純の父、亮がとある映画を見た時に言った言葉だ。
「あの陰陽師が操ってる人型の紙、式神っていうの、まるで、クラスとインスタンスみたいだね。式がクラス、ああ、プログラムだね。で、実体化したのが、インスタンスで式神」
礫の言葉が、なんとなく腑に落ちた。
「人が成す事には、必ず思いが宿る。思いは霊脈と結びつく。ほんの僅かだけどねぇ」
「サーバまで気脈を伸ばして、その思いが宿った霊脈を操るんですか?」
「ぉ、察しが良いねぇ。流石は玄雨の弟子だよぅ。霊脈に尋ねたり、唆したりして、操るんだよぅ」
そこで、礫は煙草のようなものを取り出した。
「これは電子煙草だよぅ。お前に害はない。別に吸わなくても平気なんだけどねぇ、やっぱり手持ちぶさたなのさぁ」
電子煙草を咥えると、ふぅっと、煙を吐き出した。
やっぱり、礫さんはこっちの方が様になってるね。
「今の所、霊的な防衛をしてるサーバは無いからねぇ、侵入し放題さぁ」
世の中のサーバ管理者が聴いたら、泣き出しそうな事を礫がさらり言った。
後日談であるが、雫が玄雨流電算術を取りまとめると、アリスは限りなく素早くファイブラインズ社のサーバを防衛して欲しいと、雫に頼んだ。
アリスが礫を疑った訳では無い。だが、何事も完璧を期せるなら期したい、というのがアリスの性分だったからだ。
「それに、巫術の研究も進むしね!」
雫に頼む際、にっこり笑って、そうアリスは言い添えた。
まさか、その結果、ファイブラインズ社のサーバを使っての、礫と雫の気脈式電算術の勝負となってしまうのであるが、これも後の話である。
カウンター越しに礫は灯に話を続けた。
「コツは、かすかな思いが宿った霊脈を感じ取る事。これに通じれば、巫術師にも鬼が見えるようになるよぅ」
そう、礫が言った時、店の入り口に人の気配がした。
■大神命
「なんだ、今日は閉店かぁ。でも、まぁ気にしない」
扉の外から、そういう声が聞こえてきた。
『礫さん、誰か来たみたいです。扉、鍵かかってるんでしょ?』
『かかってるよぅ。でも、見ててご覧』
二人はダイスと木札の即席リンクで会話した。
礫が面白そうに目配せした。
かちゃり。
鍵を開けた気配も無いのに扉が開いて、一人の男の姿が現れた。
「あ、やっぱり礫さん居た。居留守はひどいなぁ」
「相変わらず、気ままに入ってくるねぇ、命ぉ」
すたすた歩いてくる足下からカラコロと音がした。
男はカウンターの近くまで来ると、灯に注意を向けた。
「その娘さんは? このお店に来るにしちゃ、かなり年が足りないと思うけど、まさか、礫さんの子供?」
礫は、あはははは、と笑った。
「命の空想力も大概だねぇ。今はあたしの庇護下だけど、そうじゃないよぅ。この子は灯。東雲の代わりに、少しの間『鬼祓い』を頼んでるのさぁ」
灯は身体の向きを変え、スツールを降りると、命、と呼ばれた男の人に向かってぺこりとお辞儀をした。
命は、身長178センチ、ジーンズにフライトジャケットというラフな恰好。少し無精髭が伸びている。年は二十台後半くらいだろうか。少し妙なのは、裸足に下駄履きだった。
命も灯にぺこり、とお辞儀する。
「人は見かけによらないって言うけど、こんな小さい娘さんが…」
灯の隣のスツールに腰を下ろした。灯もスツールに座り直した。
「礫さん、いつものください」
礫は手早く、ブランデーのオンザロックを作ると、命に渡した。
礫は、灯があまり緊張していないのを見て取った。
だいぶ、人見知りが治ってきたみたいだねぇ。
そして、小さく笑みを浮かべると、灯に言った。
「灯、こいつは、大神命。鬼祓い師だよぅ。出来の悪い、そうだねぇ、あたしの弟子、みたいなものかねぇ」
礫さんの弟子!?
灯は興味を覚えた。
命は、礫が煙草を吸っているのを見た。
「礫さん、子供の前で煙草吸っちゃあ、いけないんじゃない?」
「いけないねぇ」
と言うと、礫は、張ったばかりの「禁煙」という標語を指さした。
灯もその張り紙に今気がついた。
「これは、電子煙草さぁ。この子の保護者の言付けでねぇ」
礫はにぃっと微笑んだ。
「礫の姐さんに、節煙迫る保護者って、相当な者、ですね」
命、何かに気がついたのか、灯をちらりと見ると、礫に視線を戻した。
「この灯、ちゃん、どれくらいの異能なのか、興味があるんだけど」
灯は急にちゃん付けされて、ちょっと照れ臭くなった。僅かに頚をすくめる。
「おまえより、相当上、だねぇ」
礫は電子煙草を吸う。命はブランデーに少し口を付けると尋ねた。
「何桁くらい?」
礫が苦笑いする。
「ぁあ、だから物理屋は面倒なんだ。どうして、そうなんでも指数表記にしたがるんだよぅ。そうさねぇ、普通の人を一とすれば、命は千くらい。あたしは無量大数、だろう?」
「礫さんの異能っぷりは、それでも桁が足りないのは、よおく、承知してます」
「で、この娘も、無量大数、さぁ」
のんびりブランデーを飲んでいた命が、がたり、と音を立てて、立ち上がった。
「ま、まさか」
「あたしは、死に神、それは知ってるねぇ」
礫は、命の表情を面白そうに眺めると、ふぅっと細く煙を吐き出した。
「この世に死に神がいれば、他の神様がいるのも道理だろぅ。この灯は時の女神。その保護者は、不老不死の巫女、日の本の国の神、なんだよぅ」
命の顔から、少しばかり血の気が引いた。
「あ、あの、おれ、帰った方がいいのかな」
「来てしまったのは、命の運命だろぅ」
笑みを浮かべながら、礫が言った。
「おれの台詞、取られちゃった。居て良さそうだから、もう少し居ますよ」
命はまたスツールに座り、ブランデーに口を付けると、ぼそりと呟いた。
「ここに来たのが、おれの運命だから、もうしょうがない」
礫は視線を命から灯に向けた。
「灯、この命はねぇ、面白い経歴の持ち主なんだよぅ。まぁ、人としては、だけどねぇ」
「すみませんねぇ。死に神の礫さんの経歴に比べれば、どうせ1ピコメートルくらいの代物ですよ」
「違いないねぇ。命の実家はお寺で、そこの次男。それが何を思ったか、宇宙物理学を専攻して、大学卒業したら、バックパッカーになっちまったんだよぅ。今でも小銭が溜まると、あちこち出かけてるのさぁ」
物理屋って、そういう事だったんだ。
灯は納得した。
「あの、弟子、って」
「弟子と言うほどじゃないけどねぇ、まぁ、鬼祓い師としちゃ、意外と才能があるのさぁ。こいつもあたしと同じ『鬼解き』が使えるんだよぅ」
そこで礫、あそうか、という顔をした。
「そういや、まだ話してなかったねぇ。鬼喰いは、鬼を自分の身体に封じる。鬼封じは、子供に鬼を封じる。灯は、木札に鬼を封じるだろぅ?」
灯はこくりと頷いた。
「で、あたしは、封じたりしないで、鬼の思いを慰めて、消してしまうのさぁ」
灯は、目をぱちぱちさせた。
「あ、あの、雫さんも思いを解き放つ技を行うんですけど、それとは違うんですか」
灯は、純の記憶を思い出していた。
雫が、東雲の鬼の集積の思いを解き放った、来なかった未来の記憶。
「少し、いや、だいぶ違うかねぇ。鬼の思いを解き放つと、危ないからねぇ」




