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第28話 巫術師 玄雨純と鬼

 齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫術師、玄雨雫。自称、日の本の国の神。

 そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。

 新たに玄雨純となった灯。礫の配下、鬼斬りの金白庚と鬼祓いを行う。

■異能


「まず、白猫の異能を説明しないとねぇ」

 庚は、革製の黒いかばんから、良く切れそうな細身の鋏をとり出した。

「まぁ、鬼祓い師は全員、鬼が見える。見えないとどうしようもないからねぇ。それに加え、それぞれが異能を持ってる。お前の父親の東雲は『鬼食い』」

 灯はこくん、と頷いた。

「で、白猫は、『鬼斬り』。文字通り、鬼を斬る事ができる。だけどねぇ、鬼は斬っても無くならない。だから、鬼を封じたり、喰ったりする者と一緒に仕事をする」

 礫が説明する傍らで、庚は取り出した細身の鋏で、折り紙を切っていた。その動きは手早く正確で、手慣れた感じだった。

「灯は木札に鬼を封じる。だが、木札に封じられる鬼の量には限りがあるだろぅ? 今回のは、たぶんそれを超える。だから、鬼斬りに斬ってもらって、小分けにして封じてもらう、っていう寸法さぁ」

 なるほど。

 灯は今回の仕事の流れが理解出来た。

「ボクが鬼をとり出して、白猫さんがそれをいくつかに斬って、ボクがそれを木札に封じるんですね」

「そういう事だよぅ」

 できた。

 そういう小さい声が、灯の隣から聞こえた。

 灯が庚を見ると、見事な切り紙細工が出来ていた。赤い薔薇の花だ。

「差し上げます」

 灯が目を見開いてそれを見ていると、庚がそう言った。

「あ、ありがとうございます」

 灯は頬を朱に染めながら、それを受け取った。大事そうに手に持っている。

「こいつの趣味なのさぁ。ここに来て、酒を呑みながら、切り紙細工するのがねぇ」

 礫がそう言っていると、常人には聞き取れないほどの小さな音が、店の扉の外側から響いた。

 礫と灯はそれを聞き取った。

「迎えが来たようだねぇ」

 灯が首肯した。

 あの黒塗りの車が来た。


■鬼斬り


「ただいま、雫さん」

「おかえり、灯」

 その日、かなり遅く、灯は玄雨神社に戻ってきた。

 雫は約束した通り、どんなに遅くなっても、灯を待っていた。

 灯は今日、三度に渡る鬼を封じる行で、少し疲れていた。

 だが、雫の顔を見ると、元気を取り戻した。だが、風呂に入り、食事をして、雫と一緒に床につくと、その日の事を話す事も無く、寝ついてしまった。

 だが、だいたいの所は、リンクを通じ、雫には判っていた。


 夜見に着いた黒塗りの車に、灯と庚が乗り込むと、例の男が扉を閉めた。

 昨日と違い、灯を小さな女の子とは見ていない。

 小さい女の子と見えても、鬼祓い師は異能。只ならぬ者、と心得たようだ。

 だがまさか、時の女神だとは知る由も無い。

 黒塗りの車が着いたのは、やはり豪邸。

 そして、そこの広い洋室のベッドには、やはり老齢の男が臥せっていた。

 昨日の男と同じように、憔悴し切っている。

「は、早く、鬼を…」

 そういう声もか細い。

「では早速」

 灯はそう言うと、男の胸元に木札を置いた。

 一枚、二枚、三枚。

 順に於いて行く。

 灯の眼にも、男に憑いた鬼が木札三枚分と見て取れたからだ。

 大きい鬼。

 灯は、出がけに礫が言った言葉を思い出した。

「悪党が悪ければ悪いほど、憑ける鬼は大きくなるし、そいつの心根次第で、さらに大きく育つんだよぅ。あたしの見立てじゃぁ、木札三枚、って所だろうねぇ」

 礫さんの見立ては、正確だ。

 置いた木札を見て、庚がかばんから切り紙細工で使った鋏をとり出すと、左の手のひらの上に載せた。そして、その上に右の手のひらを重ねる。

 庚の丸い眼がねの後ろの眼が、怪しい光を放ったように、灯には見えた。

 庚は鋏を右手に持った。

 鋏が気脈を帯びていた。

「これより鬼祓いの儀を執り行いまする」

 灯は、扇をとり出すと、舞いを舞う。

 すう、と男の上に鬼が滲み出した。

 庚がそれを認めると、鋏を構えた。

 切り紙細工をする時と同じ正確さで、鋏を持つ手を動かす。

 しゃき、しゃき、しゃき。

 だが、鋏は鬼に届いていない。

 しかし、灯の眼には、鋏の形を成した気脈が、鬼を斬り、きっかり中心から三等分にするのが見えた。

 灯はそれを一つずつ、丁寧に木札に封じていった。

 水平に持った扇を下に下げる所作を三度繰り返す。

 三等分された鬼は、順に木札に流れ込んでいった。

 すっと、両足を揃えると、灯は両手で扇を閉じる。

「鬼祓いの儀、終りに御座います」


 灯の寝顔を見ながら、雫は思っていた。

 灯は、ここ数日でいろんな人と出会った。

 人との出会いが、灯を成長させている。

 ならば、礫殿の知り合い以外の人との出会いも、灯を成長させるに相違ない。

 灯の心が強くなれば、純と会える日も近づく、と。


 灯の枕元には、鬼斬り庚が切った薔薇の切り紙細工が置いてあった。


■三郎


 礫が鬼祓いの手伝いを灯に頼んで三日目。

 灯が、夜見に現れると、カウンターの中の男がすっとんきょうな声をあげた。

「うひゃあ。ほんとに人が現れた! おっどろいたぁ!」

 男の隣の礫が、可笑しそうに苦笑した。

「サブ、お前の驚き方の方が、よっぽどだよぅ。灯が驚いてるじゃないかぁ」

 サブと呼ばれた男は、スタジャンにリーゼント、痩せ形。身長は礫より低い。見るからに柄の悪いチンピラという風体だったが、どこか愛嬌があり、憎めない感じだった。きちんとした身なりをして、髪形を変えれば、意外と二枚目なのかも知れない。

 サブは遠慮会釈無く、灯をジロジロ見た。

 柄の悪いサブにジロジロ見られたが、灯は怖い感じはしなかった。愛嬌があるからだろう。が、なんとなく恥ずかしくなった。

「こらサブ。小さい女の子とは言え、女性をそうジロジロ見るもんじゃない。この子は神様なんだよぅ。バチがあたっても知らないよぅ」

 そう言われて、サブは自分がジロジロ見ていた事に気がついたのか、ぱっと灯を見るのを止めると、礫の方を向いた。

「す、すいやせん。礫の姐さん。バ、バチ当たるのはご勘弁」

 礫がにぃ、と笑った。

「どうするぅ、灯ぃ?」

「べ、別にバチなんて当てません。でも、ジロジロ見られるのは、その、嫌いです」

「女神さまに嫌われちゃったよぅ、サブ」

 サブは、ひぃっという声をあげた。

 礫さん、いったい、どういう紹介してるの、ボクのこと。

「ぁあぁ、お願いですから、高い高いとか、無しで、無しの方向で!!」

 サブは両手を組み合わせると、正に神仏に祈るが如く、灯に懇願した。大げさにガクガク震えている。カウンターの向こうで灯には見えないが、きっと足もガクガクぶるぶるしているんだろう、と見て取れた。

 あ、この人、何かしでかして、礫さんに高い高いされたんだ。よっぽど怖かったんだね。

 ぽかり。

 サブの頭を礫が叩いた。

「サブ、わざとやってるだろぅ。女神さまをからかうと、ホントにバチが当たるよぅ。それとも、もう一度、高い高いしてやろうかぁ?」

 サブがまた、ひぃっ、という声をあげた。今度のはさっきのより、いちオクターブは高かった。

「す、すみません。すみません」

 サブは米搗きバッタみたいにペコペコ頭を下げた。

「可愛い子だったから、つ、つい、えへへ」

 礫はふっと、息を吐き出すと、しょうがないねぇ、という顔をした。

 いたずら小僧を見る、母親のようだった。

「サブ、さっさと奥に行って、陰山の爺さんのサーバの裏帳簿、調べておいで。あの爺には、鬼を憑けない約定だが、悪事は別の形でお仕置きしないとねぇ」

「へ、へい。合点だぁ」

 サブは時代掛かった台詞を言うと、カウンターの奥に駆け込んでいった。

「すまないねぇ。灯。あいつは悪い奴じゃあないんだが、こぅ、無邪気な奴でねぇ」

 吃驚(びっくり)したかい?

 と礫は尋ねた。

「ええと、今まで有った事の無い感じの人でしたから、…少し」

 そうだろうねぇ、と礫は言った。

「あいつの名前は柳三郎。だからサブと呼んでる。鬼祓い師じゃなくて、この店の経理兼ハッカーなのさぁ」

 え、今の人が経理!

 その灯の考えが顔に出たのを見て、礫がたしなめる。

「人を見かけで判断しちゃいけないよぅ。ああ見えてもあいつは真面目なんだ。ちょっとばかし、常識が欠けているだけさぁ。その辺をあたしが再教育してる最中だけどねぇ」

 死に神に再教育されてるって。

 灯はサブと呼ばれていた人に、少しだけ同情した。

「店の前でボロボロになってたのを拾ったのさぁ。弱いくせに喧嘩でもしたんだろうねぇ。それからこの店の常連になって、経理の専門学校出たって言うから、経理を任せて、パソコン弄らせてたら、あちこちのサイトの裏口見つけたりしたから、便利に使ってるんだよぅ」

 店の奥の方から声がした。

「姐さんに、便利に使われてまーす」

 灯は吹き出した。

「なぁ、面白い奴だろぅ?」

 どうしてサブさんは、高い高いされたんだろう。

 灯は想像した。もし、この店の会計誤魔化したら…。

「ん? 灯、何考えてるぅ?」

「あの、サブ…さん、どうして高い高いされたんですか?」

「お約束だよぅ。店の金、こっそりちょろまかそうとしやがったからさぁ、って訳じゃない」

 礫は、灯に近づくように手招きした。

 灯が近づくと、小さな声で言った。

「あたしの尻を触りやがったのさぁ。その後、『つい、えへへ』と来やがった。ついで触るかぃ? カチンと来たから、高い高いしてやった」

 灯は気がついた。心なし礫の頬に朱がさしているのを。

 礫さん、意外とサブさん、気に入ってるみたい。


■死に神のハッキング


「姐さーん、ここの防壁固くて突破出来ませーん。助けてー」

 店の奥からサブの能天気な声が響いてきた。

 ふぅ、と息を吐きだすと、礫は奥に入っていった。

「ここなんスけど」

「ふぅん。ちょっとどきな、サブ」

「へい」

 店の奥から、キーボードを叩く音が響いてくる。

 極僅か、霊脈に乱れが生じた。

 気になった灯は、カウンターの左奥から中に入ると、店の奥に入っていった。

 カウンターの奥の部屋には、アルコール類の在庫が置かれ、壁際に机が置いて有る。その机にノートパソコンがあり、椅子に座った礫がそのキーボードを叩いていた。礫の後ろには、サブがいて、画面をのぞき込んでいる。

 灯は視た。礫の手の先から気脈が伸び、キーボードを経由して、LANケーブルに流れ込んでいるのを。

「よぉし、開いたよぅ」

「毎回、姉さんの手際、何度視てもわけわからない程すばらしいっス」

「まぁ、判らないよぅ。死に神の技だからねぇ。後はなんとかなるだろぅ? サブ」

「へい、姐さん」

 灯はカウンターから出ると、スツールに座った。礫がその前に立つ。

「礫さん、今の」

「視たのかい?」

 灯はほんのちょっと、身を縮めた。

「はい。あの、悪かった…ですか?」

「言ったろう? お前が勝手に見て、覚える分にはあたしは気にしないってさぁ」

 縮んだ灯の身体が、元に戻った。

「少しだけ、説明しようかねぇ。あれは陰山の爺のサーバまで気脈を伸ばして、データに直接触ったのさぁ。有線で繋がっているなら、あたしに侵入出来ないサーバは無いねぇ」

 恐ろしい話である。死に神のハッカーだ。通信可能であれば、管理者権限を持っているのと同じだと、礫は言っているのである。

「巫術に、そんな使い方が有るなんて、知りませんでした」

「あると思えば、巫術はそう作用する、という理屈さぁ」

 礫は手早くロンググラスにジュースを注ぐと、灯に差し出した。

 その後、カウンターの上に、ダイスを三つ転がした。

 その出目をじっと見詰める。

 占いをしてる時の雫さんみたいだ。

 そう灯は思った。

 礫の目に、少し陰りがさした。

「灯、折角来てくれて悪いけど、暫く仕事はなさそうだよぅ。三日後…になりそうだねぇ。まぁ、遊びに来る分には構わないよぅ」

「どうしたんですか?」

「あんまり良い話じゃない。改心しないで、そのまま死んじまいそうなんだよぅ。鬼を憑けた悪党がねぇ。それが三日後、という事さぁ」

 悪党とは言え、死んじまうのは嫌なものなんだよぅ。

 ぼそり、と礫は言った。

 優しい死に神。

 灯はそう思った。

「あ、あの。来ても良いんでしたら、明日もまた、ボク来ます」

「なら、待ってるよぅ」

 灯はジュースのお礼を言うと、「空の穴」を現し玄雨神社に戻った。


■玄雨神社


 灯が早く帰ってきたので、雫と灯は三日振りに共に風呂に入り、食事をした。

 その間中、灯は礫の事を離し続けた。

「礫さん、たぶん、サブさんのコト、好きなんだと思います」

 一番の話題が、これだった。

 ひとしきり灯の話が終った頃、雫が優しいが、きっぱりとした口調で言った。

「その事は、礫殿には言ってはいけない、灯。そういう事は自分で気がつくべき事。純の時もそうだったように」

 灯はこくん、とだが、しっかりと頷いた。

「それに、こと恋にかけては、礫殿が上手だ。釈迦に説法だろう」

「そうですね。そうだと思います」

 ほんの僅か頬を朱に染めた礫を、灯はかわいい、と思った。

『うふふ。ちょっと違うと思うよ〜』

 リンク越しにアリスが話しけてきた。

『たぶんね〜、礫はそのサブ、って子の事、子供みたいに思ってるんだと思うよ。だから、今のままだと、恋には発展しないよ〜』

 恋愛ではやはり豊富な経験を持つアリスがそう断言した。

 そう言えば、確かにいたずらっ子とその母親みたいだった、と灯は思った。

『まあ、死に神の事だから、そのまま当てはまるとは限らないけどね〜』

 そう言うと、アリスは会話から抜けた。執務に戻ったのだろう。

「それにしても、礫殿の巫術でのネットワークへの干渉、という技。興味深い」

 あ、雫さん、やっぱりそこが気になるんだ。

「直接教えて頂きたいくらいのものだな。灯が覚えてこられたら、私にも教えて欲しい」

 灯はちょっと嬉しくなった。雫の役に立てると思ったからだ。


 翌日、灯は約束通り、夜見に遊びに行った。


■気脈式電算術


「よぅ、来たねぇ」

 灯が姿を表すと、礫が陽気に声をかけてきた。

 他に客はいないようだった。

「一応、定休日なのさぁ。まぁ、一応のねぇ」

 礫は何か含みがある言い方をした。

「お座りよぅ」

 灯はスツールに座った。

 カウンターには、オレンジジュースが入ったロンググラスが置かれている。

 礫に勧められ、灯はジュースを手に取った。

「雫さんが、気脈を使ったハッキンク、面白いって言ってました」

「ぅふふふ。そうかぃ。なら、玄雨が気脈式電算術を覚えたら、腕比べができるねぇ。あたしが侵入役で、玄雨が防御側。面白い勝負が出来そうだよぅ」

「気脈式電算術?」

「ぁあ、気脈を使ってコンピュータやネットワークに干渉する技を、そう呼んでるんだよぅ」

 なるほど。すると、ボクが覚えて、雫さんが熟達したら、巫術玄雨流電算術ってなるんだ。

「あの、礫さんのその気脈式電算術って、コンピュータとかネットワークの知識はどれくらい必要なんですか?」

「直球だねぇ」

「す、すみません」

 灯の頚をすくめる所作に、礫はちょっと微笑んだ。

 かわいいねぇ。やはり、純ちゃんに似てるよぅ。会えないのは、酷だねぇ。

「まぁ、そこそこで大丈夫だよぅ。ウィンドサーフィンが出来る程度で充分さぁ」

「え? 専門知識とか要らないんですか?」

「ぁあ、実は邪魔なのさぁ」

 どういうことだろう。

「コンピュータにプログラムを書くのは、実は陰陽師(おんみょうじ)が式神の式を書くのと似てるんだよぅ」


 陰陽師の式神。人型の紙に、気脈を送り、操る術。

 人型の紙が行える技の範囲を、あらかじめ限定しておく事で、自律式の動作が可能となる。

 一つの式で、複数の式神を現す事が可能。

 自動発動する巫術の一種。

 だから、私はあまり好きでは無い。


 灯は純の記憶の中で、雫がそう言ったのを思い出した。

 灯はもう一つの純の記憶を思い出した。

 純の父、亮がとある映画を見た時に言った言葉だ。


「あの陰陽師が操ってる人型の紙、式神っていうの、まるで、クラスとインスタンスみたいだね。式がクラス、ああ、プログラムだね。で、実体化したのが、インスタンスで式神」


 礫の言葉が、なんとなく腑に落ちた。

「人が成す事には、必ず思いが宿る。思いは霊脈と結びつく。ほんの僅かだけどねぇ」

「サーバまで気脈を伸ばして、その思いが宿った霊脈を操るんですか?」

「ぉ、察しが良いねぇ。流石は玄雨の弟子だよぅ。霊脈に尋ねたり、唆したりして、操るんだよぅ」

 そこで、礫は煙草のようなものを取り出した。

「これは電子煙草だよぅ。お前に害はない。別に吸わなくても平気なんだけどねぇ、やっぱり手持ちぶさたなのさぁ」

 電子煙草を咥えると、ふぅっと、煙を吐き出した。

 やっぱり、礫さんはこっちの方が様になってるね。

「今の所、霊的な防衛をしてるサーバは無いからねぇ、侵入し放題さぁ」

 世の中のサーバ管理者が聴いたら、泣き出しそうな事を礫がさらり言った。


 後日談であるが、雫が玄雨流電算術を取りまとめると、アリスは限りなく素早くファイブラインズ社のサーバを防衛して欲しいと、雫に頼んだ。

 アリスが礫を疑った訳では無い。だが、何事も完璧を期せるなら期したい、というのがアリスの性分だったからだ。

「それに、巫術の研究も進むしね!」

 雫に頼む際、にっこり笑って、そうアリスは言い添えた。

 まさか、その結果、ファイブラインズ社のサーバを使っての、礫と雫の気脈式電算術の勝負となってしまうのであるが、これも後の話である。


 カウンター越しに礫は灯に話を続けた。

「コツは、かすかな思いが宿った霊脈を感じ取る事。これに通じれば、巫術師にも鬼が見えるようになるよぅ」

 そう、礫が言った時、店の入り口に人の気配がした。


大神(おおがみ)(みこと)


「なんだ、今日は閉店かぁ。でも、まぁ気にしない」

 扉の外から、そういう声が聞こえてきた。

『礫さん、誰か来たみたいです。扉、鍵かかってるんでしょ?』

『かかってるよぅ。でも、見ててご覧』

 二人はダイスと木札の即席リンクで会話した。

 礫が面白そうに目配せした。

 かちゃり。

 鍵を開けた気配も無いのに扉が開いて、一人の男の姿が現れた。

「あ、やっぱり礫さん居た。居留守はひどいなぁ」

「相変わらず、気ままに入ってくるねぇ、命ぉ」

 すたすた歩いてくる足下からカラコロと音がした。

 男はカウンターの近くまで来ると、灯に注意を向けた。

「その娘さんは? このお店に来るにしちゃ、かなり年が足りないと思うけど、まさか、礫さんの子供?」

 礫は、あはははは、と笑った。

「命の空想力も大概だねぇ。今はあたしの庇護下だけど、そうじゃないよぅ。この子は灯。東雲の代わりに、少しの間『鬼祓い』を頼んでるのさぁ」

 灯は身体の向きを変え、スツールを降りると、命、と呼ばれた男の人に向かってぺこりとお辞儀をした。

 命は、身長178センチ、ジーンズにフライトジャケットというラフな恰好。少し無精髭が伸びている。年は二十台後半くらいだろうか。少し妙なのは、裸足に下駄履きだった。

 命も灯にぺこり、とお辞儀する。

「人は見かけによらないって言うけど、こんな小さい娘さんが…」

 灯の隣のスツールに腰を下ろした。灯もスツールに座り直した。

「礫さん、いつものください」

 礫は手早く、ブランデーのオンザロックを作ると、命に渡した。

 礫は、灯があまり緊張していないのを見て取った。

 だいぶ、人見知りが治ってきたみたいだねぇ。

 そして、小さく笑みを浮かべると、灯に言った。

「灯、こいつは、大神命。鬼祓い師だよぅ。出来の悪い、そうだねぇ、あたしの弟子、みたいなものかねぇ」

 礫さんの弟子!?

 灯は興味を覚えた。

 命は、礫が煙草を吸っているのを見た。

「礫さん、子供の前で煙草吸っちゃあ、いけないんじゃない?」

「いけないねぇ」

 と言うと、礫は、張ったばかりの「禁煙」という標語を指さした。

 灯もその張り紙に今気がついた。

「これは、電子煙草さぁ。この子の保護者の言付けでねぇ」

 礫はにぃっと微笑んだ。 

「礫の姐さんに、節煙迫る保護者って、相当な者、ですね」

 命、何かに気がついたのか、灯をちらりと見ると、礫に視線を戻した。

「この灯、ちゃん、どれくらいの異能なのか、興味があるんだけど」

 灯は急にちゃん付けされて、ちょっと照れ臭くなった。僅かに頚をすくめる。

「おまえより、相当上、だねぇ」

 礫は電子煙草を吸う。命はブランデーに少し口を付けると尋ねた。

「何桁くらい?」

 礫が苦笑いする。

「ぁあ、だから物理屋は面倒なんだ。どうして、そうなんでも指数表記にしたがるんだよぅ。そうさねぇ、普通の人を一とすれば、命は千くらい。あたしは無量大数、だろう?」

「礫さんの異能っぷりは、それでも桁が足りないのは、よおく、承知してます」

「で、この娘も、無量大数、さぁ」

 のんびりブランデーを飲んでいた命が、がたり、と音を立てて、立ち上がった。

「ま、まさか」

「あたしは、死に神、それは知ってるねぇ」

 礫は、命の表情を面白そうに眺めると、ふぅっと細く煙を吐き出した。

「この世に死に神がいれば、他の神様がいるのも道理だろぅ。この灯は時の女神。その保護者は、不老不死の巫女、日の本の国の神、なんだよぅ」

 命の顔から、少しばかり血の気が引いた。

「あ、あの、おれ、帰った方がいいのかな」

「来てしまったのは、命の運命だろぅ」

 笑みを浮かべながら、礫が言った。

「おれの台詞、取られちゃった。居て良さそうだから、もう少し居ますよ」

 命はまたスツールに座り、ブランデーに口を付けると、ぼそりと呟いた。

「ここに来たのが、おれの運命だから、もうしょうがない」

 礫は視線を命から灯に向けた。

「灯、この命はねぇ、面白い経歴の持ち主なんだよぅ。まぁ、人としては、だけどねぇ」

「すみませんねぇ。死に神の礫さんの経歴に比べれば、どうせ1ピコメートルくらいの代物ですよ」

「違いないねぇ。命の実家はお寺で、そこの次男。それが何を思ったか、宇宙物理学を専攻して、大学卒業したら、バックパッカーになっちまったんだよぅ。今でも小銭が溜まると、あちこち出かけてるのさぁ」

 物理屋って、そういう事だったんだ。

 灯は納得した。

「あの、弟子、って」

「弟子と言うほどじゃないけどねぇ、まぁ、鬼祓い師としちゃ、意外と才能があるのさぁ。こいつもあたしと同じ『鬼解き』が使えるんだよぅ」

 そこで礫、あそうか、という顔をした。

「そういや、まだ話してなかったねぇ。鬼喰いは、鬼を自分の身体に封じる。鬼封じは、子供に鬼を封じる。灯は、木札に鬼を封じるだろぅ?」

 灯はこくりと頷いた。

「で、あたしは、封じたりしないで、鬼の思いを慰めて、消してしまうのさぁ」

 灯は、目をぱちぱちさせた。

「あ、あの、雫さんも思いを解き放つ技を行うんですけど、それとは違うんですか」

 灯は、純の記憶を思い出していた。

 雫が、東雲の鬼の集積の思いを解き放った、来なかった未来の記憶。


「少し、いや、だいぶ違うかねぇ。鬼の思いを解き放つと、危ないからねぇ」

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