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第22話 死に神 白酉礫の語り

 齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫術師、玄雨雫。自称、日の本の国の神。

 そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。

 中学2年生の神峰純は、こともあろうに雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれ、女神、玄雨純となった。

 死に神の礫を玄雨神社に招いた雫。礫は如何な話を物語るのか。

玄雨(くろさめ)神社


 舞い舞台前の境内に、雫、純、礫の姿が現れた。

 礫がすうぅ、と境内の空気を吸った。

「久しぶりだねぇ」

 礫は純の方を向いた。

「『(くう)の穴』かぃ。習得出来る巫女が出てくるとは思ってもいなかったよぅ」

「礫殿、こちらへ」

 そう雫は礫を舞い舞台下手の稽古場に誘った。

「純、アリスを」

 純は頷くと、「空の穴」を成し、米国に飛んだ。

「もう一人、いや、一柱、加わるんだねぇ?」

「左様。西洋の女神、アリス・ゴールドスミスが参ります」

 雫は座布団とお膳を用意した。

 例によって、例のジュースが乗っているお膳が一つある。

 四柱の神様が座る座布団とその前の膳。それらは、向かい合い、東西南北の方角と一致するように置かれていた。

「ぅふふ。この配置は。すると、あたしの席はここだねぇ?」

「良くご存知で」

 そう言うと、礫は西側の座布団に向かった。

「玄雨は、ここ、だろぅ?」

「左様」

 礫は、北側の座布団を示していた。

「とすると、あの純という娘は、東側、となるかねぇ」

「ご明察」

 残る南側のお膳には、例のジュースが乗っている。

「火の神様が、西洋の女神さま、という事かぃ。気性が激しそうだねぇ」

 ぅん?

 そこで、礫はもう一つ、座布団があるのに気がついた。

 いつの間にか、巫女装束の小さい女の子が座布団を持って立っていた。

「これは、(あかり)。次の玄雨純、となるもので御座います」

「なるほどねぇ。これが東雲と純さんの娘、という訳だねぇ」

 灯は礫にぺこりとお辞儀をすると、東側の座布団の近くに持っていた座布団を置いて座った。

 すっ、と礫は灯を視た。

「これはこれは。その年で、もう巫術を極めたような気脈の流れじゃないかぃ」

「まったくです」

「灯、お前、改心する前のあたしに出会わなくて良かったよぅ。悪党の頃のあたしだったら、今ごろお前死んでるからねぇ」

 礫が物騒な事を言った。


「全員揃ったら、物語ってあげるよぅ。死に神にされた、罪人の話をさぁ」


■執務室


 純がアリスの執務室に現れると、アリスがなにやらいろいろと荷物をまとめている最中だった。

「ア、アリスさん。何してるんですか?」

 純に背を向けたまま、手を動かしつつアリスは言った。

「え? だってどうせ宴会になっちゃうんでしょ? その準備」

 これでよし、とアリスは振り返った。

「大体の流れはリンクで判ってるもの。お祝いしなくてどうするのよ」

 アリスはにっこりと微笑んだ。

 純は胸が熱くなった。

 照れ隠しに、執務室を見回す。

「代替わりしてから、執務室、ずいぶん変わりましたね」

「そうね〜。ま〜身長が違うし、セリスが遊んでいる間に、内側からサーバントリンク通じて執務したりするからね〜」

 アリスの執務室は、かつてのビジネス然とした感じから、まるでお遊戯室、と言った方が良い感じになっていたのだった。おもちゃや人形がそこここに陳列されている。

「純お姉ちゃん! 婚約!おめでとう!!」

 くるり、とセリスが出てきた。

「純お姉ちゃん、綺麗」

 純の顔が真っ赤になった。

「ありがとう。セリスちゃん」

 すっとアリスに戻る。

「ほんと、綺麗になっちゃって。恋する乙女は当社比3倍の美しさね〜」

「あ、アリスさん!」

「よ〜うやく弄れるわ〜。弄りたかった〜〜。弄り倒してあげるわよ〜〜」

 右手を口に当てると、きししし、とアリスは笑った。

 純はしゃがむと、アリスを抱きしめた。

神峰(かみね)家から、嫁ぐ算段、アリスさんも考えてくれたんでしょう」

「そう来たか。そうよ。もちろんじゃない」

 そう言うと、アリスは優しく純の背中に手を回した。

「純くんは、あたしの女神様なんだから」


■アリス、到着


 玄雨神社舞い舞台前の境内に、「空の穴」が現れ、アリスを連れた純が帰ってきた。

 純の手には、いくつかの紙のバッグがあった。

 二人が舞い舞台下手の稽古場に着く。

 礫は、意外そうな顔でアリスを見詰めていた。

 アリスも、意外そうな顔で礫を見詰めていた。

「名前からして、もっと背が高いのを、想像していたんだけどねぇ。小さいねぇ」

「雫と同じ時代の人なら、もっと背が低いんじゃないの」

 二人してほぼ同時に、そういう感想を言った。

「小さいのは、代替わりしたからよ。普通に背が伸びていくわよ」

「そうかぃ。あたしの背が高いのは、術で変化しているからさぁ。元々は推察どおりだよぅ」

 いきなり妙な雰囲気になったので、雫が紹介する役を買って出た。

「礫殿、こちらが、西洋の女神、アリス・ゴールドスミス。世界を支配している」

 アリスは、すっと座ると、きちんと三つ指着いて礼をした。

「先程は失礼致しました。アリス・ゴールドスミスです。この度は、純くんの婚約に際して、見事な手並み。誠に有り難う御座いました」

 そう言うと、頭を上げた。

 礫もすっとアリスの前に正座した。

「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。白酉(しらとり)(つぶて)、仔細あって死に神をやっております」

 礫もそう言うと、礼をした。頭をあげる。

「堅苦しいのは、苦手だねぇ。(さく)ばあさんを思い出すよぅ」

「あたしは、いつまででも、格式ばって喋れるわよ」

 どういう訳か、礫に対抗意識を持っているのか、アリスが妙な事を口にしていた。

「アリス、地が出ているぞ」

 二人が挨拶をしている間、純は持ってきた包みをそれぞれのお膳の近くに配置していたが、アリスの言った言葉に、思わず吹き出しそうになる。

「純くーん、幸せいっぱいで羨ましいから、思いっきり弄っちゃうからね〜」

 そんなアリスをさらっと無視して、雫が言った。

「さて、座の準備も整いました。こちらへ」

 そう言うと、礫を膳の方へと誘った。アリスも続く。

 並んでいるお膳を見て、アリスが文句を言った。

「なんでアリスの席が下座なのよ〜。不公平じゃない〜」

 それを聞いて、礫が言う。

「なんだぃ? 四神相応(しじんそうおう)を知らないのかぃ?」

 アリスが、何それ? という顔をした途端、くるりとセリスが出てきた。

「セリス知ってる。方角とそれを司る神様の配置!」

 礫がギョッとした顔をした。

「礫殿、こちらはセリス、先程のアリスの娘です。代替わりして、セリスの人格が消え、アリスになるはずでしたが」

「そのセリスが残った、という事かぃ。こっちの子は可愛いねぇ」

「ママ、北は玄武で水、南は朱雀で火、西は白虎で金、東は青竜で木。それで、玄雨神社は南向き建てられてるから、自然と上座は北側になるよ。雫師匠は水、純お姉ちゃんは木、ええと、礫さんは名前の通りだから金で、ママは火、って事になるの」

「娘の方が物知りだねぇ。あたしの名前の解釈もその通りだよぅ」

 五行で言う金は、西の方角、色は白、十二支では、申・酉、そして固いものを意味している。

 よって、白酉礫とは、それらを掛け合わせた名と言える。

 すっとアリスに戻った。

「ウチの娘は出来が良いの。それにあたしも思い出したわよ。本来なら死に神は北のはずが、西なのは金生水だからね」

 五行の相生という考え方の一つをアリスは披露した。金から水が生じるという考え方である。金属に水滴が凝結する所から考えられたと伝えられる。

「死に神としての名を決める時、本来死は水。だがそうすると、この神社との関わりを疑われるかも知れないからねぇ。それは避けたかったから、金生水をあてはめたのさぁ。母親も物知りだよぅ。」

「とーぜんよ!」

 アリスが胸を張る。

「けど、母親はあんまり可愛くないねぇ」

 アリスが思わず、なんだとー!という顔をした。

「すぐに顔に出さなければ、良い女なのに、もったいないよぅ」

 礫が流し目でそう言うと、アリスもそうかなー、という気になった。

「やはり、西洋の女神は、火の神様に相応しい気性だねぇ。さっき核攻撃とか言ったのは、お前だねぇ」

「そうよ」


■死に神


「ふぅ〜ん。とすると、今この世界で一番の悪党は、お前、という事になりそうだねぇ」

 礫の目が、怪しい光を帯びた。

「我、汝の罪を計れり」

 礫が低い声で、まるで呪文を詠唱するかのごとく言った。

「高い地位に有り、その働きを怠り、人民を休らえず、私欲に走る、それを悪党と我は認むる。我、死に神の役目を持って、悪党に鬼を憑ける者なり」

 場の空気が緊張した。霊脈の流れに揺らぎが生じている。

 灯の眼には、景色が暗くなったように見えた。

 灯が叫んだ。

「鬼が!」

 雫は咄嗟に、何が起こったか、何が起ころうとしているかを察した。

「礫殿、お待ち頂きたい」

 雫が礫を止めた。

 礫はアリスに鬼を憑けようとしていたのだ。

 その場の中では、灯のみが鬼を見詰めていた。東雲の直系が持つ、東雲の眼の力で。

「玄雨ぇ、何故止めるぅ」

 礫の両目は鬼火のように燃えていた。

「アリスは確かに気性が激しく、言い過ぎる所はありますが、決して、悪党の定義にはまる者では御座いません」

 いや、と雫の言葉を礫は遮った。

「この眼が、こいつを悪党と断じているよぅ」

 右手人さし指で、己の右目を指さし、礫が言った。

 雫の顎が引き締まった。

「ならば、今一度、良く見て頂きたい。アリス、心を開いて、見せるんだ」

 アリスは冷や汗を流していた。こんな思いをするのは、久しぶりだった。

 だてに死に神、と称している訳じゃ、なさそうね。

 死に神に心を開くって言うのはしゃくだけど、雫の言うことだから、そうするわよ。

 って、心を開くって、どうするのよ!!

 アリスがややパニックになろうとした時、セリスが言った。

 安寧の舞いを舞っていると思えばいいんだよ、ママ。

 ああ、そうか、とアリスは得心した。

 雫の舞いを心に描く。

 緊張が解けて行く。アリスの心は穏やかになっていった。

 その心象の変化を景色で言えば、荒れ狂う大海原から、穏やかな日の差す草原へ、という変化が生じた。

 礫は、じっ、とアリスを見詰めた。

「なるほど。玄雨の言う通りのようだねぇ」

 雫はふう、と溜めた息を吐き出した。

「だが、鬼を憑ける必要は無いが、こいつが悪党だった事には変わりない事も判ったよぅ」

 場が、ざわりとした。

「おまえ、相当人を殺してるねぇ」

 雫の顔が引き締まった。

 アリスは真っ青になった。

 雫は人の死を極端に嫌う。だから、あえて知らせなかった。雫に会う前の、昔のあたしがしてきた事。

「礫殿、人を殺した、という事であれば、この雫も同罪。政に関わり、時にそういう占いも致しました」

 雫は真剣に礫を見詰めていた。礫は雫を見、アリスを見た。

「玄雨の罪を計ったりしないよぅ。玄雨ぇ、そこのアリスさんが、よほど大切なんだねぇ。我が身を張って、死に神から防ごうとする、およそ出来る事じゃぁないよぅ」

「礫さん、アリスさんは、紛争が起こらないように、起さないように、世界を支配してるんです。みんな雫さんのために。世界の危機を救ったのだって、一度や二度じゃ無いんです!」

 純が叫んでいた。

 礫が純を見た。その目は優しかった。

「そうだねぇ。確かに、今は、その地位に相応しい働きをし、人民を休らえているようだよぅ」

 礫は雫に視線を向けた。

「玄雨ぇ。心配はいらないよぅ。こいつは改心した悪党だよぅ。有る意味じゃぁ、あたしとおんなじさぁ」

 流石に、と礫は続けた。

「リザの眼も、神様相手だと、罪を計りかねる事があるんだねぇ」

 だけど、と言うと、すい、と礫はアリスに近づいた。

「アリスさん、玄雨と出会えて、良かったねぇ。そうでないと、あんたが死に神になってた所だよぅ」

 そう言う礫の声音は、物悲しそうだった。

 そして、こう続けた。


「それじゃぁ、物語ろうかねぇ。死に神にされた罪人の話をさぁ」


(おぼろ)の物語


 一同が、それぞれの座に座ると、礫は語り始めた。


 玄雨朔が当主の時代、この神社に朧、という巫女がいたのさぁ。

 見目麗しいと評判になるほどの美貌で、数多の贔屓を付けていたんだよぅ。

 それが禍したんだ。

 朧は、己の美貌を止め置きたいと、不老になりたいと、こっそり、巫術書を読みあさったのさぁ。

 身体を弄くる巫術は、極めて高度。

 よって、朧は当時の玄雨流巫術をあらかた習得するに至ったのさぁ。

 そして、ある程度、不老の技を身に付けた、と朧は思ったんだよぅ。

 そうなると、もう、神社に用は無い。

 ひどい巫女だよぅ。拾って育ててもらった恩を忘れて、言い寄ってきた通いの薬の行商人と駆け落ちしちまったんだからねぇ。

 当然、罰が当たるのさぁ。

 言い寄ってきた行商人は、朧を騙して、売り飛ばそうという悪党一味の手下だったんだからねぇ。

 事が分かった時、朧は怒り狂ったねぇ。

 風や火を使って、悪党一味をほとんど皆殺しにしちまったんだよぅ。

 ぁあ、火は玄雨流でも禁忌の巫術だよぅ。扱いが難しいからねぇ。

 だが、怒り狂った朧はそんなこと気にやしなかったのさぁ。

 生き残ったのが、騙した張本人の薬の行商人。こいつがよりによって、近隣の寺に逃げ込んだんだよぅ。

 怒り狂った朧は、蔵に隠れた行商人に火を使い、蔵ごと焼き払っちまったのさぁ。

 流石にそこで、正気に返ると、己のしでかした事の大きさに気がついた。

 このままでは、神社に迷惑がかかる。その時になって、神社から受けた恩義を思い出したのさぁ。

 そこで、朧は事を全部、蛇神の所為にしちまう事にしたんだよぅ。

 風を使い、地面に大きな蛇の這った後を後から付けていってねぇ。

 それが終った後、朧は考えた。神社に戻れないものかとねぇ。身勝手だよねぇ。

 だが、どう考えても、神社には戻れない、と気付くのさぁ。

 気脈を読まれれば、嘘がばれるからねぇ。

 仕方なく、南の方に行く事になったのさぁ。

 これが、朧の駆け落ち話の裏側さぁ。


「京鹿子娘道成寺」

 純は小さく呟いていた。

 有名な舞踊の演目の一つ。比較的大きな演目のため、純は舞台で披露した事は無い。

 それを礫が聞いた。

「ぁあ、そういう演目が、あるらしぃねぇ。戦後、日本に戻ってきたら、似たような話があって、驚いたよぅ」


 京鹿子娘道成寺

 寺の者に恋慕した娘が蛇の化身となり、釣り鐘に隠れた寺の者を巻き付いて焼き殺した、という演目。

 悲恋の話である。


「悲恋、という所は似てるといやぁ、似てるねぇ。もっとも、惚れて駆け落ちした訳じゃぁない。切っ掛けにすぎなかったんだけどねぇ」

 そう言うと、礫は、持ってきた一升瓶を手に取った。

「まだ、話は続くよぅ。ここらで、あたしの罪に、献杯してくれないかぃ?」

 雫は碗に、純と灯とアリスはジュース、あ、アリスは例のジュースだけれども、そして、雫が一升瓶を取って、礫の碗に酒を注いだ。

「目出度い日に、すまないねぇ。これも死に神の(さが)だよぅ。祝いの席は、別に遣っておくれよぅ」

 礫がそう言った。

 だが、純は、目に涙を浮かべると、強い言葉を発した。

「そんなコト、ありません! 礫さんが、ああ言ってくれたから、春お兄ちゃんが、結婚したいって、言ってくれたんです。ボクの大切な恩人です!」

 雫は静かに頷いた。

 礫はすっと微笑んだ。

「あたしは、死に神でもあるけどさぁ、東雲の守り神でもあるんだよぅ。だから、お前が、東雲のお嫁さんになるなら、あたしが守るのは、当然なのさぁ。初めて見た時から、二人がこうなると読んでいたよぅ」

 灯は黙っていた。強い声を出した純に、少し驚いた風だったが、嬉しそうな気配だった。

 アリスは、じっとしていた。

 これが導入なら、そうとう、だよね。こんな話、人に聞かせるの、あたしならできないわ。

 気に入らない、と思っていた、いや、今でも気に入っていない、と思っている礫の事を、少しだけ、身近に感じた。

 アリスは、すっとコップを出した。

 静かに椀と椀、コップとコップ、椀とコップが接触する音がする。

「さて、その続きだけどねぇ」

 礫は再び語り始めた。


■生き血


 西海道、ぁあ、今の九州だねぇ、あたりまで、流れていったんだよぅ。

 そこで、気の優しい好い男がいてねぇ、厄介になったんだ。

 その内、夫婦(めおと)みたいになっちまったんだけど、年が経つ内、困った事になっちまった。

 あたしが何時まで経っても、若いままだったからさぁ。それ程年を取らなかったからねぇ。相手の男は年を取っていくのに。

 その内、あたしが魔物だと噂が立って、旅の修験僧があたしを祓おうとしやがった。

 あたしは、また、怒り狂ってねぇ。

 化け物呼ばわりされるのは、大嫌いなんだよぅ。

 その僧を、また、殺しちまったのさぁ。

 少々やり方が粗っぽかったから、たっぷり返り血を浴びちまった。

 顔についた血を拭おうとして、その血が、口に入った。

 そしたら、身体がざわり、としたんだよぅ。

 気脈を読んだら、何が起こったか判ったんだ。

 血を飲むと、若返ると。

 修業を積んだ術者の血を飲むと、その生き血を飲むと、若返ると、判ったんだよぅ。

 判った途端、その坊主の亡骸にむさぼり付いて、血を吸ってたのさぁ。

 その有り様に、男は畏れを成して逃げ出しちまった。

「化け物、だったのか」

 って言ってねぇ。

 若返った事と、若返る方法が判った事は嬉しかったけれど、その悲しそうな言葉は、ひどく胸に残っちまったよぅ。


■巫術


 そう言うと、礫は椀の酒を呑んだ。

「礫殿、一つお聞きしたい事が」

 尋ねた雫の方を向くと、礫は椀を置いた。そして、質問の中身を察した。

「ぁあ、どうして男と契ったのに、巫術が使えるか、だろぅ?」

「左様」

「身体を弄くる巫術を、ことに調べ考えていたから、気がついたんだよぅ。なぜ、玄雨流では、巫女は乙女でなければならないか」

 稽古場を照しているのは、巫術による霊脈が放つ光の珠。

 その光が、ゆらり、と揺らめいた。

「男と契ると、乙女では無くなる。だが、乙女でない事が、巫術を失う、あるいは、力が小さくなる原因じゃあ無いんだよぅ」

 礫はちびり、と椀の酒を呑んだ。

「契ると、子を産むだろう。子を産むために、己の持つ巫術の力が、そのためだけに使われるようになるんだよぅ。女の本能だねぇ」

 雫はその意味を悟った。

「すると」

「ぁあ、玄雨が思った通りさぁ。あたしは、子供が産めない。ぃや、産まないと、自分の身体を弄っちまったんだ。巫術でねぇ。それも、莫迦な事の一つさぁ。己の美貌を保つために、人の道を踏み外したんだよぅ」

 礫は、椀をお膳に戻した。

「さて、続きを語ろうかねぇ」


■アフリカの少女


 西海道から大陸に渡ったんだ。

 時折、良さそうな男を見つけたら、しばらく一緒に過ごす。

 すると、その内、若いままだと、また魔物扱いされる。

 術者がやって来て、祓おうとする。

 返り討ちにして、その生き血を飲む。

 そういう事を繰り返しながら、大陸を転々としたんだよぅ。

 ぁあ、後から気がついたら、シルクロードというのを、伝ってたんだねぇ。

 その間に、そこに伝わる巫術も取り込みながらねぇ。

 そして、流れ流れて、アフリカまで行ったんだよぅ。

 呼ばれてたのかも知れないねぇ。


 アフリカでも、同じようにしてたんだよぅ。

 ぁあ、その時には、変化の術が使えるようになってたからねぇ、その土地の人間の姿に化けてたのさぁ。

 それで、やぱり、魔物だと祓われる。

 少し違ったのが、悪党だから、鬼を憑ける、と、言われたんだよぅ。

 悪党なのはその通りさ。いったい何人の巫術師を殺してきたのか数え切れないよぅ。

 あたしと巫術師の争いの巻き添えで、村一つ滅んだ事もあるからねぇ。

 たぶん、その時世界で一番の悪党だったんだろうねぇ。

 鬼を憑ける、と言ってきたのは、リザという娘さぁ。

 挑みかかる時、自分の名を言ったからねぇ。リザと聞こえたのさぁ。

 そいつの居た村を滅ぼしちまったからねぇ。

 その村の巫術師との争いでねぇ。

 祓いに来ると知った時、先手を打ったのさぁ。

 どの道、血を飲もうと思ってたからねぇ。

 リザは、あたしが村を滅ぼした時、出かけてて居なかった。

 戻ってみたら、村が全滅してたから、さぞ驚いた事だろうねぇ。

 リザは村を滅ぼした者の気脈を読んで、あたしの所に来たんだよぅ。

 そして、さっき、あたしがアリスさんにしたように、罪を計り、鬼を付けようとした。

 あたしには、鬼は見えなかったけど、いやな術だとは判ったよぅ。

 素早く動いて、リザの頚に噛み付いて、血を吸った。

 これが拙かった。

 リザは、鬼を憑けるのと、己を餌にする二段構えだったんだよぅ。

 あたしが吸う、リザの血を通して、呪いを注ぎ込みやがった。


「死に神になる、呪いをねぇ」


■死に神の呪い


 あたしに屠られて、リザは死んだ。

 だけど、リザの気脈は、あたしに憑いた。

 それから、毎晩、恐ろしい夢を見るようになった。

 今まで殺してきた術者の立場で、あたしに殺される夢さぁ。

 起きると、酷く消耗してるのが判るんだよぅ。気脈が細っていくのが判るのさぁ。

 あたしは疲れ切った。

 なんとかこの苦しみから救われたいと、死のうとしたんだよぅ。

 それくらい、恐ろしい夢だったんだ。

 それくらい、酷い事をしてきたんだよぅ。

 だから、わざと人を襲って、斬られる事にした。

 すっぱりと頚を落とされた。

 良い腕前の者を選んで襲ったからねぇ。綺麗に斬ってくれたよぅ。

 これで楽になれると思ったねぇ。

 だがねぇ、そうはならなかったんだよぅ。

 斬った男は、ご丁寧に埋葬してくれた。

 野ざらしでも仕方のない、酷い悪党なのにねぇ。

 男が去った後、あたしは蘇った。

 地面からはい出て来てたんだ。そこで意識が戻ったのさぁ。

 地面の穴と泥だらけの身体を見て、埋められたと判った。

 斬られた頚の傷も無い。

 雷鳴が轟いて、雨が降り始めた。

 死なない、ぃや、死ねない、と悟った。

 気が狂いそうになったねぇ。


 そこに、リザが現れた。

 幽霊とかじゃない。あたしには実体があるように感じた。

 たぶん、憑いた気脈がそう見せてたんだろう。

 リザが何か言ってるか聞こえなかった。

 土砂降りの雨の音しか聞こえない。

 でも、何を言いたいかは伝わってきた。


 おまえは私に代わって、悪党を見つけて鬼を憑けろ。

 悪党が居なくなるまで、死ぬ事は許さぬ。

 ただし、直接殺す事は悪党に関わらず、これを禁ずる。

 この役目を受ければ、夢は見なくなる。

 承諾の印に、自分の目をえぐれ。

 目はすぐに治り、新たな眼となる。

 その眼は、悪党を見つける眼だ。

 死に神の眼だ。

 禁を破れば、その罪の分、また夢を見る事となる。


 とさぁ。

 あの夢を見ないんならと、目をえぐったよぅ。

 酷く痛かった。

 目はすぐに治った。リザの言う通りだった。


「こうして、あたしは死に神にされちまったのさぁ」

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