第21話 巫術師 玄雨純の祝
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫術師、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。
中学2年生の神峰純は、こともあろうに雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれ、女神、玄雨純となった。
謎の女性、礫の店で、雫、純、春喜、その母親の忍が集まる。さて、どのような展開が待ち受けているのか。
■忍、驚く
「初対面の人も居るからねぇ、あたしが知ってる範囲で紹介させてもらうよぅ」
礫がそう言うと、雫は、「よしなに」と同意した。
「まず、こちらのご婦人は、東雲忍さん。こっちの東雲春喜のお母さんさぁ。たまたま、かぁ、必然か、今日、ここに来てたんだよぅ」
「忍です」
そいう言うと、忍は雫にお辞儀した。
「息子の春喜が、最近様子がおかしい、というか、妙な出かけ方をするので、礫さんに相談しに来てたんです」
「そういう訳さぁ。で、こいつが春喜。ぁあ、紹介不要だったねぇ」
忍は、口上を述べた娘の隣の娘が、くすりとしそうになり、すぐに恥ずかしそうに下を向いくのを認めた。
なんだか、ういういしい、娘さん、ね。珍しいわ。今どき、見た事ないわね。
忍はふと、春喜を見た。
! なんて失礼な!!
忍の頭を怒気が渦巻いた。
春喜は、その娘を、それこそ穴の空くほど見詰めていたからだ。
春喜の頭の中は、また、混乱の渦に包まれていた。
純、だよね。昨日、そう思った。そう聴いた。でも、改めて見ると、やっぱり年が全然違う。それに、すごく綺麗になってる。い、いや、純は前から綺麗だったけど、そういうのと違う、何と言うか。
春喜の思索は、強い視線ですっぱりと切り落とされた。おそるお視線を感じた方を見ると、母忍が怖い目で睨んでいた。
忍は、はぁ、と小さく息を吐くと、言った。
「すみません。息子が不躾なまねをして。年ごろの娘さんを、無遠慮にジロジロ見るなんて」
「母君。それは少々仕方ない事」
その後を雫が続けようとすると、礫の笑い声が遮った。
「ぅふふふふ。で、忍さん、今、大仰な物言いをした、この方が、『日の本の国の神』玄雨雫さんさぁ。神様だよぅ」
忍は少しばかりギョッとした。だが、すぐに元の平静さを取り戻した。
「それで、その隣の娘は、その雫さんのお弟子さんさぁ。ぁあ」
礫が言いよどむと、意を察して、雫が後を続けた。
「私の弟子で、『時の女神』玄雨純です」
礫が、やはりねぇ、という顔をした。
忍は、やはり少しばか驚いたが、先程より驚きは小さかった。少し慣れたのだろう。
「ああ、今日は驚く事ばかりですね。このお店に、神様が三人、あ、三柱も揃うなんて」
春喜は素早く忍の方を見た。
え、お袋、何言ってるの! 三柱って、二柱は判るけど、残り、一柱は。
そこまで考えて、春喜は思い至った。
まさか。
「自己紹介させていただくよぅ。あたしは白酉礫。表の稼業はこの店のオーナー。裏の稼業は鬼祓い師の口利き、繋ぎ。でも、本当の姿っていうので言えば、人の寿命を取り計らう神、まぁ、『死に神』さぁ」
■死に神の礫
礫はそう言うと、ふうっと煙草の煙を、細く吐き出した。
「東雲が、大層驚いてるねぇ。まぁ、代替わりしたら、教えるしきたりだから、知らないのも無理なぃけどねぇ」
そう言うと、礫は忍の方を見た。
「お父さんの日記、机の上に置いておいたの、私なの。春喜が読むように」
えっ!!
父同源の日記を、ふと読んだ事が春喜が礫を疑い始めた切っ掛けだった。
それってつまり。
「だから、さっき言ったろぅ? あたしと忍さんは仲良し何だよぅ」
「春喜に、鬼祓い師の東雲の家の最後の秘密を伝えるための、一芝居、だったのよ」
「だからぁ、後を付けさせて、人に鬼を憑けてるのを、『見せた』のさぁ」
礫はそこで煙草を吸うと、ふうっと、また細く吐き出した。
「だってそうだろぅ? あたしは人より相当速く動ける。空も飛べる。どうしてタクシーで行く必要があよぅ?」
そう言われて見れば、そうだった。都合よくつける事ができたのも、そういう事だったんだ。
春喜は手のひらで踊っていたのは、自分だったのだと、気がついた。
「東雲には、あたしが憑けた鬼を、見てもらう必要があるんだよぅ。東雲は、一度見れば、他の鬼との違いが判るようになるからねぇ。そのために見せていたのさぁ」
そういう訳だったのか。春喜は得心した。
「そこに、そこの『時の女神』がやって来て、少々面倒な展開になっちまった。まるであたしが、東雲をいじめてる悪人みたいな展開にねぇ」
「純を責めないでやって頂きたい。理由はおいおい説明する事になるが」
すうぅと目を細めると、礫は雫を見た。
「ぁあ、訳は判るよう。だけど、それを言うのはぁ」
「左様。順番が肝心なのです」
ぅふふ、と礫は笑った。
「玄雨は、察しが良いねぇ」
「伊達に永く生きており余せん故」
「忍さん、この『日の本の国の神』は、不老不死の巫女なんだよぅ」
その言葉に、忍は、こう応えた。
「まあ、じゃあ、礫さんとおんなじなのね。不老不死の死に神だもの」
春喜が、えっという顔をした。
「そうよ。お父さんが会った『礫』さんも、今、ここに居る礫さんも、同じ人なのよ」
そう言うと、忍は語り始めた。
「戦後、東雲の家は、礫さんの手伝いをする事になったの。礫さんが日本の偉い人と渡りをつけて、その口利きという形だけど、実際は、礫さんが鬼祓いを取り仕切っていたの。東雲家最後の秘密は、礫さんが『死に神』という事なのよ」
雫も純も、黙って聴いていた。二人にとっても、意外な展開だった。
「礫さんの『死に神』としての仕事は、悪人に鬼を憑けて、寿命を縮める事。でも、その悪人が改心したら、鬼を払う事」
「改心した悪人が、そのまま死んじゃぁ、目覚めが悪いからねぇ。それに、鬼を憑ける時、手心を加えたくないのさぁ」
「だから、鬼を払うのを、鬼祓い師に依頼していたのよ」
「それと、悪人の側にいると、善人なのに鬼に憑かれる可哀想なのも、居るからねぇ」
だから、どこに鬼に憑かれた人がいるか、正確に知っていたのか。
春喜は、自分の疑問が溶けて行くのを感じた。
だが、何かが引っかかった。
礫の方を向くと、春喜は尋ねた。その声音は真剣さを帯びていた。
「親父の、東雲の鬼祓い師の、鬼の集積の事、知ってたんですよね?」
礫が、忍の方を見た。そして春喜に目を向けた。その目には、後悔の色が浮かんでいた。
「ぁあ、知っていたよぅ。だから、同源には、休んでもらっていたんだよぅ。だけど、あいつは…」
「礫さんが悪いんじゃありません。あの人は、そういう人だったんです」
「そうは言っても、元締めが配下の者の気配りを怠るのは、不行き届きさぁ。同源には悪い事をしちまったよぅ」
「礫さん…」
春喜は、忍の目に涙が浮かんでいるのを認めた。その肩に、礫の手が優しく置かれていた。
「春喜。お父さんは、礫さんの依頼以外でも、鬼喰いをしていたの。鬼に憑かれた人を見つけると、鬼祓いをしていたのよ。そんなことをすれば、どうなるか、判っていたのに」
優しくて、真面目で、莫迦な人。
「東雲の鬼の集積は、休めば、少しずつだけど小さくなるのさぁ。あたしの過ちは、それを同源にはっきり言ってやらなかった事」
そう言うと、礫は春喜に視線を向けた。
「東雲ぇ。そういう訳だから、あたしの言うことは、ちゃあんと聞かないといけないよぅ。依頼以外で鬼を祓う時は、あたしが付けた鬼以外の鬼。そして、祓った鬼の数は、きちんと教えるんだよぅ。二度と過ちを繰り返さないためにねぇ」
■雫、語る
同源の話を聞いて、純は思った。
だから、鬼の痕跡を見つけたから、ボクの鬼を払おうと、やって来ようとしたんだ。ボクを助けようとして。
純は、自分の目頭が熱くなるのを感じた。そして、肩に手が置かれる感触を覚えた。
純がその方を見ると、雫が純の肩に手を置いていた。二人の目線が合うと、雫はゆっくりと頷いた。
「ここから先は、私がお話するのが良さそうに思います」
忍が雫を見た。
「ぁあ、玄雨が、春喜にしてあげた事を、教えてあげる番さぁ」
忍が礫を見た。
「忍さんの相談事、これから玄雨が教えてくれるよぅ」
礫は優しく忍に言った。
「雫さん、あの、先にボク、忍おばさんに自己紹介しないといけないと思うんです」
雫は、暫し思案したが、そうするが良いと応えた。
「あの、忍おばさん。姿形とか性別とか、その、相当変わっちゃってますけど、ボク、神峰純だったんです」
忍は、言っている意味が判らなくなった。
親戚筋で亡くなった中学二年生男子の名前が出て、さらに、目の前の年ごろの娘が、それが自分だったと言っているのだから。
しかも、その上、神様で。
忍の思考は混乱した。
「お袋。本当の事なんだ。あの、純、なんだよ」
忍は、視線を春喜に向けた。ほんとうかい?と忍の目が尋ねていた。
春喜は頷いた。
「ついこの間までは、中学二年生の年のだったんだけど、昨日会ったら、その、成長してて、驚いた。今でも、気持ちの整理がつかない」
忍は純の方を見た。
ああ、だから、ジロジロみてたのね。
「お袋。ジロジロ見ているよ」
純は、真っ赤になって、下を向いていた。
「あ、ごめんなさい。純ちゃん、でいいのかしら…」
純は下を向いたまま、「は、はい、いいです」とややしどろもどろに応えた。
その様子を、礫は羨ましそうに見ていた。
「私共が、春喜さんに行っておりましたのは、鬼の集積を、少しずつですが、取り除く行でございます」
良く透る声が、忍の耳に響いた。
「そのため、春喜さんには、当玄雨神社にお越しいただいておりました」
忍はその言葉の意味を理解した。
「そ、それじゃあ」
「春喜さんの寿命の問題は、ほぼ、解決しております」
忍は春喜を見た。春喜は頷いた。
今まで、忍の心の底で張りつめていた何かが、切れた。
手を口に当てて、涙を流している忍の姿が春喜の瞳に映った。
気丈に振る舞ってはいても、夫が早死にし、さらに息子もその運命にある、そしてそれは仕方ない事と、長年思っていたが、そうならなければ、そうならないで欲しいと、思っていた堤が切れた。
堤を切った涙は、しばらく止まらなかった。
静まり返った店に、忍の小さな嗚咽が暫く続いた。
すっ、とさりげなく、礫がおしぼりを忍に手渡した。
忍は涙を拭くと、姿勢を正した。
「息子の、春喜の、寿命の問題をご解決いただき、本当にありがとうございます」
そう言うと、深々と頭を下げた。
「神様二人がかりじゃないと、出来ない技だねぇ」
礫がそう言った。
「あたしも、鬼の集積を取り除けないかと、数代前の東雲に試したけれどぉ、上手くいかなかったんだよぅ。それに、下手に弄ると、大変な事になるからねぇ」
大変な事。
純は知っている。
溢れ出した鬼の集積の暴走。
日本中の霊脈を食い荒らし、世界を破滅させる。
そうなる未来を、純は食い止めた。
「まぁ、そうなっても、なんとか出来るとは思うけどねぇ、厄介な事には変わりないよぅ。手間がかかり過ぎる。第一、東雲が死んじまう。だから手出し出来なかったのさぁ」
え、あの鬼の集積の暴走をなんとか出来るって!
純は驚いた。尋ねてみたいと思ったが、今はその時では無いと感じた。
「玄雨のぉ、取り出した鬼の集積は、どうしてるんだぃ?」
「雫、とお呼びください。礫殿。取り出した鬼の集積は、ご神体に封じております」
「ご神体か。なるほどねぇ。だが、玄雨家当主の名を呼び捨てには出来ないよぅ」
「礫殿、当神社の事にお詳しいが、何故かお教え頂けまいか?」
「ぁあ、簡単な話だよぅ。あたしはあそこにいたからねぇ。玄雨朔ばあさんが当主の頃」
礫が懐かしそうに目を細めると、雫は、そうか、というように小さく頷いた。
「だが、その話は、後にした方が良いんじゃないのかぃ? 一番大事な話があるんだろぅ?」
「御座います」
「差し出がましいようだが、ここはあたしの店だよぅ。あたしに仕切らせてもらえないかぃ?」
雫はほんの僅か思案した後、首肯した。
「お任せ致しましょう。この事は、礫どの方が上手とお見受け致しました」
ぅふふ。と礫は笑った。
「さぁて、一番の本題だよぅ。忍さん、これからまた、驚くような話があるかもしれないよぅ」
■誠意
「まず、そこの娘、純さんに謝らないといけないねぇ」
礫は、そう言うと純に向かって頭を垂れた。
「知らぬ事とはいえ、迂闊な事を言っちまったよぅ」
純は、え? という顔をした。
礫はその様子を見て、雫に尋ねた。
「まだ、気付いていないのかぃ?」
その言葉で、純は気がついた。
春喜が危ないと、飛んだ先で、礫が言った言葉。
「惚れた男のために、やって来るなんざ、良い娘だねぇ」
ぼっ。一瞬で純の顔が真っ赤になった。
「ぅん。気付いてるようだねぇ。そうでないと、話が進まないよぅ」
そう言うと礫は春喜の方を向いた。
「さぁて、そうすると、後は東雲の気持ち次第、ぃやぁ、覚悟次第、という所かねぇ」
その前に、と、礫は忍野の方を向いた。
「忍さん、そこの純さん、どう思うか、素直な所を聴かせてくれないかぃ?」
忍は、礫の問いの深い意味をあえて考えず、見たままを言った。
「良い娘さんだと思います。今どき珍しい、純真な心の持ち主だと、見てすぐ判りました」
そう言うと、忍は、女神様に、そう言うのは失礼ですね。と言い添えた。
「だそうだ、東雲ぇ」
急に振られて、春喜は狼狽えた。
な、なんなんだ。この展開は!?
礫は、雫の方を見た。
「さぁて、肝心な質問をしようかねぇ。構わないよねぇ、玄雨のぉ」
雫は首肯すると、すっと春喜を見詰めた。
「頃合いかと存じます」
礫は忍、純、春喜の順に視線を動かした。
「東雲ぇ、あたしが質問するから、素直に答えるんだよぅ。誤魔化しは無しだ」
礫にしては、語尾が強い。
「約束するかぃ?」
春喜は、頷いた。混乱は収まっていた。
「じゃあ、答えてもらうよぉ。東雲ぇ、お前、この娘が好きだろぅ?」
春喜は、純を見た。
純も春喜を見た。
ごく僅かの間だった。
だが、二人には果てしない程、永く見詰め合っているように感じた。
純は、さっと、下を向いた。さらに赤くなっている。
ぱん。と音がした。
全員の視線が、音源に集中した。
音は、忍の合わせられた両手の平から発せらていた。
「春喜。お母さんからも、一言言い添えます。きちんと答えないと、一生後悔しますよ」
春喜は、再び純を見た。
意外にも、春喜の心は鎮まっていた。
状況的には、別の意味での絶体絶命の大ピンチであるにも関わらず。
純が、春喜にまっすぐに顔を向けた。
「ボ、ボクも知りたい。春お兄ちゃんが、ボクのコト、どう思ってるか」
そう一気に言うと、さらに真っ赤になって下を向いた。
「東雲ぇ、こんな素直な娘に誤魔化しをするようなら、お前、ろくな死に方しないよぅ」
恐ろしい物言いである。死に神に、ろくな死に方しない、などと言われるのは。
だが、春喜は動じなかった。肩の力を抜くと、純の方を向いて言った。
「純。子供の頃、初めて純に会った時、かわいい子だと思った。男の子と知って、ショックを受けた。もしかしたら、その時から、だったかもしれない。死んだと聞いて、とても悲しかった。そして、女神になって戻ってきて、もっと驚いた。俺のために、鬼除きをしてくれて、本当にありがとう。鬼除きが終り近くになってきて、自分の気持ちが判り始めた。急に成長して、混乱しちゃったけど、今はもう自分の気持ちがはっきり判る。純、おれ、純の事が好きだ。ずっと一緒に居たい」
春喜は、勇気をかき集めるように息を吸うと言った。
「おれと結婚してほしい」
店の中がしん、とした。
「東雲ぇ、何もそこまで言わなくても良いんだよぅ」
「いえ、当方はそうでなくてはならない事情が御座います」
礫の言葉の直後、雫が良く通る声で、言った。
「東雲春喜殿、鬼祓い師龍源殿、先の言、間違いないか、日の本の国の神として、伺いたい。ご返事や如何に」
春喜は、すっと背筋を伸ばすと、はっきりとした声で言った。
「純と結婚したいと言う先の言、間違い御座いません」
「その言葉、日の本の国の神、確と聞いた。純、返事はどうする?」
純は真っ赤になりながらも、顔を上げると、春喜を見詰めて答えた。
「玄雨純、お請け致します」
そう言うのが精いっぱいだった。純はすぐに下を向いた。
礫は忍が少し気掛かりになった。
「忍さん、急な展開だよぅ。大丈夫かぃ?」
「礫さん、正直戸惑ってます。良い娘さんなのは判ります。…でも、女神さまがウチのお嫁さんになるだなんて…」
「そりゃそうだよねぇ。まぁ、死に神がお嫁さんよりは、ずっとマシだと思うけどさぁ」
「礫さん、冗談が過ぎますよ」
忍の言葉に礫は、あははは、と陽気に笑った。
「ここらで、玄雨の事情とやらを話すと、忍さんも安心出来るんじゃないのかぃ?」
■嫁入りの段取り
雫は頷くと、話し始めた。
「まず、ことは神のこと。人の尺度では判りづらいことであると、ご承知置きください」
承知しました、と忍は答えた。
「『時の女神』である、この玄雨純は、人に戻り、春喜さんと結ばれます。その婚儀の前に、次の代の玄雨純に、神としての力を譲ります」
そう言うと、雫はずい、とその身を前に出した。
「ここが重要な点で御座います。次の代の玄雨純は、純と春喜さんの子供です。その子は、時を超えて、未来から今に来ております」
事を知る雫と純以外、驚きの表情を作った。
「永く生きているけれど、こういう事を聞くのは、初めてだよぅ」
「こ、子供って」
「み、未来から、その子は、もう、来てるんですか」
忍は、尋ねるでもなく言葉にしていた。
「左様。当方もその子が現れて初めて、事の次第を知ったのです」
礫は、左手を顎に添え、思案顔をする。
「なるほどねぇ。玄雨流巫術のしきたりに添えば、そういう事になるかねぇ」
そう礫は独りごちると、忍へ声をかけた。
「忍さん、お嫁さんに来るのは、もと女神さまの人間らしいよぅ」
忍は少し安堵した様子だったが、何かに気がついた。
「あ、あの。神峰純さんは男の子で、しかも死んでいて、人に戻ったら、戸籍とかどうなるんですか」
礫が心配するな、という顔をした。
「忍さん、その辺は神様だよぅ、何とでもなるのさぁ。いざとなれば、あたしのつてでも何とか出来るよぅ」
雫は微笑むと、忍に言った。
「玄雨純は戸籍上存在しないもの。ご心配はごもっともで御座います。神峰家には、まだ、話しを通しておりませんが、玄雨純は、一度米国国籍のジュン・ゴールドスミスとなり、そして、神峰家の養女に。すなわち再び神峰純となり、嫁ぐのが良いと考えております」
雫は純を見た。
「純。そうするのが、純の母君、桜さんも喜ばれる事と思う」
「し、雫さん」
純は頬が濡れているのに気がついた。涙が溢れていた。
ボクのために、そこまで考えていてくれたなんて。お母さんのことまで。
「ありがとうございます」
そう言うと、純はまた、下を向いた。泣き顔を見られたくないように。
「死に神が言うのも可笑しいが、目出度いねぇ。だが、役どころだよぅ。釘は刺させてもらうよぅ」
そう言うと、礫は少しばかり怖い目つきをすると春喜に言った。
「もし、この娘を泣かせたら」
間髪入れず、雫が言う。
「それは、こちらも同じです。礫殿」
「百片刻んで、治ったらまた刻む」
息子相手に物騒な事を言う礫に、母の忍が文句を言うかと思ったら、こう言った。
「春喜。東雲家のもう一つの約定を教えます。東雲家の女方は血のつながりがなくとも、息子よりも娘の幸せを重んじます。純ちゃんを泣かしたら、家の中に味方はいないと心得なさい」
うあ。親父が浮気とかしない訳だ。
「言い添えます。あの人が浮気などしなかったのは、そんな約定よりも、あの人の性分です」
「あははは。東雲の家には、浮気をすると、死に神に高い高いされるという家訓があるからねぇ」
「礫さんに、東京タワーの三倍の高さから落としてもらいます」
「それは、当方も同じです。もと女神となっても、純は我が眷族。かような事になれば、風で宇宙まで吹き飛ばします故。ああ、西洋の女神が核攻撃するとか言っている。流石にそれはやり過ぎだ」
礫がまるで今気付いたかのように言った。
「おやぁ、もう泣いてるぞ、東雲ぇ」
「う、嬉し泣きです。春お兄ちゃんを切り刻んだり、落っことしたりり、飛ばしたりしないでください。もちろん核攻撃も」
はぁっ、と息を吐き出すと、春喜は言った。
「女神に死に神、揚げ句にお袋まで全部敵に回すほど、おれは莫迦じゃありませんよ!」
「言うねぇ。東雲ぇ」
礫はそう言うと、あははは、と笑った。
釣られて忍も笑う。
雫も嬉しそうだ。
純は涙を拭うを、笑顔を造った。
春喜は思った。
やれやれ、やっかいな、いや目出度い事になったよ。親父。
■母、息子
「さぁて、大体のお話はこれにて終了、という所だねぇ」
礫は、そう言うと、煙草を吸った。
ふぅっと息を吐き出すと、左手をひらり、と上に向けた。
かちり、と音がして、ドアの鍵が開く。
「詳しい連絡は、玄雨から行くだろうさぁ。今日の集まりはお開きだよぅ」
春喜と忍は連れ立って帰っていった。
春喜は純と話をしたい雰囲気だったが、雫がそうはさせない気配を造ると、それを察した忍が帰るわよ、と声をかけた。
「神様同士の、何かお話があるんだと思うわ。あ、一つ言い忘れてたわ。礫さん、戦後からだけど、東雲の家の守り神でもあるのよ。特に女方のね」
帰り道、忍は春喜にそう言った。
「でも、思ったより早く、好いお嫁さんが見つかって良かったわ。東雲の嫁は、普通じゃ勤まらないもの」
「お袋、結婚する前に、東雲の鬼喰いの事、知ってたの?」
「知ってたわよ。知らずに結婚したら、詐欺でしょう。こんな途方もない大事な話」
「…そうか。だから、親父が死んでも、あんまり動揺しなかったのか」
「結婚する時から、覚悟してたからね。あの人が先に死ぬの。でも、女神さま達のおかげで、東雲の呪いが解けて、母さん、本当に嬉しいわ」
「やっぱり、あれは呪いだよね。鬼の集積」
「仕様がない呪い。鬼喰いは鬼を食うのが使命、だから」
鬼に憑かれた人を助けるのが使命。その結果、自分が早く死んでも仕方ない、そう思う、そういう莫迦な一族。
「お袋、親父の何処が気に入ったの?」
「そんなこと、普通、息子が母親に聞かないわよ? そうね、途方もないお人よしな所、かな」
やっぱりそうか。
と春喜は思った。
「東雲の呪いを解いてくれた女神様が、人に戻って、春喜のお嫁さんになってくれる」
きっ、と忍は春喜を睨んだ。
「泣かせたら、許されないわよ」
そう言うと、忍はにっこりと微笑んだ。
うわあ、睨まれるより怖いよ。
と、春喜は思った。
■神の密談
「さぁて、玄雨ぇ、あたしに聞きたい事があるんじゃないのかぃ?」
東雲親子が店を後にしてから、女神と死に神だけになった店内で、礫が聞いた。
「御座います、礫殿。ですがそのお話、できれば当神社で」
それを聞くと、礫がいかにも困った、というか、嫌そうな顔をした。
「玄雨神社にかぃ? 行きたくないねぇ。というか、行きづらいよぅ」
「何故故?」
「ぅ〜ん。あの神社を抜け出したからねぇ。不義理な元巫女としちゃぁ、帰りづらいのさぁ」
「それを罪、とお考えになる、と」
「そうだよぅ。神社に拾ってもらわなかったら、とっくに死んでただろうしねぇ。そこを抜け出しちまったんだから、恩を仇で返すようなもんじゃないかぁ」
それを聞いて、雫が礫に問うた。
「礫殿、神社にいた頃のお名前をお聞かせいただけまいか?」
「ひさしく思い出しもしない名前だねぇ。…朧、だったかねぇ」
雫から探し物をする気配がした。
純には判った。
あ、神社の書籍を検索してるんだ。
「玄雨朔お祖母様の弟子の朧さん。通いの薬の行商人と駆け落ちした、という見目麗しいと評判の巫女」
心底うんざりした顔を礫はした。
「ぁあ、それだよぅ。それがあたしさぁ」
「ならば。玄雨家当代当主、玄雨雫、朧殿のその罪、死に神としての働きをもって、許す事と致します」
えっ。
礫が驚いた。そして、更に驚いた。自分の両頬をつたう涙に気がついて。
あはははは。と礫は笑った。
「ぁあ、あの罪を許してもらう事が、こんなに嬉しいなんて、思っても見なかったよぅ」
雫は優しく言った。
「辛い思いをされたのですね」
はあ、と礫は胸の中の空気を吐き出した。
「自業自得さぁ。それに、あたしの罪はそれだけじゃあないからねぇ」
「ならば、それらの罪の禊のためにも、当神社にお越しいただきたいのですが」
「承知したよう。その話しぶりだと、今から行く、という段取りかぃ?」
「左様」
「ちょっと待っておくれ」
礫はそう言うと、カウンターの奥の部屋に入った。出てきた時には、両手に一升瓶を一本ずつ、計二本持っていた。
「話は長くなるよぅ。呑みながらで、かまないだろぅ?」
雫はにこりとすると、ご随意に、と承諾した。
「では、純」
純は、「空の穴」を成した。
三人は、玄雨神社に飛んだ。




