第20話 巫術師 玄雨純の心
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫術師、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。
中学2年生の神峰純は、こともあろうに雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれ、女神、玄雨純となった。
その純に新たな転機が訪れようとしていた。
そして、純の幼なじみの東雲春喜の身にも。
■礫
春喜は、礫の後を付けていた。
どうして、礫が鬼について正確な情報を得ているのか、それが知りたかったからだ。
春喜には、それがとても重要な気がしてならなかった。
礫は、表の稼業として、繁華街で夜見という名の飲み屋と言うには上品で、ではバーか、というとそうでもなく、ましてやスナックというものでもない、店をやっている。
繁華街の裏通りに面するビルの地下に夜見はあり、裏通りから直接店に入れるようになっている。
店の入り口には、「予約不可、何時開いて、何時閉まるか店主の気分次第」と書いてあるボードが掲げてある。
客に来るな、と言わんばかりの店構えと言える。
春喜が礫を見張ろうと、夜見のあるビルの近くに来ると、礫が店を出て裏通りに現れたた所だった。
礫は身長は172センチの痩身。黒いシックなドレスを身に付けている。スリットから時折、網タイツに包まれた足が見え隠れする。髪は長く、烏の濡れ羽色とはかくあるべしと言うほど黒い。切れ長の目が色っぽい。
だが、春喜の脳裏には、おっかないお姐さんという父の言葉が蘇ってきていた。
そして、春喜は礫の後を付けた。
礫がタクシーを降りると、そこは雑木林に囲まれた豪邸の近くだった。
高い塀に、ガードマン然とした男が、如何にも歩哨という雰囲気で立っている。
少し離れた所で、春喜はタクシーを降りると、雑木林の中から礫の様子を窺った。
礫は、その豪邸に入るでも無く、はやり少し遠くから、家の様子を見ているようだった。
黒塗りの高級車が、高い塀の中に中に入る。ロータリーに着くと、家の主人らしき、老齢の男が車から降り、エントランスに入っていくのを礫は見ていた。
春喜も、その様子を雑木林の中から見詰めていた。
男が家に入ったのを認めると、礫は、家の側に、少しだけ近づいた。
すると。
春喜は、急にあたりが暗くなったように感じた。
豪邸の上空に、それが現れたのを、春喜は見た。東雲の眼で。鬼を見る眼で。
真っ黒な、漆黒の球体。だが、中心が青白く、いや青黒く揺らいでいる。
鬼だ。
春喜は、一つの事に気がついて、凍りついた。
現れた鬼、その鬼から細い線が伸びていて、それが、礫の手と繋がっている事に。
まるで、その線を通じて、礫が鬼を操っているように見えた。
礫が手のひらを下に向けると、鬼はその豪邸の中に静かに沈み込んでいった。
ざわりとする感覚を春喜は覚えた。
春喜は悟った。
鬼が憑いたのだ。あの高級車で帰宅した老齢の男に。
礫は、人に鬼を憑けている!
春喜が立ちすくんでいるその時、声が聞こえた。
「そこに居るのは判ってるんだよぅ。東雲ぇ」
春喜は屋敷の方から、声のする方に視線を動かした。
視線の先には、礫が居た。ついさっきまで、屋敷と春喜の中間にいたはずの礫が。
礫はまっすぐに春喜のいる方を見ていた。
目と目が合った。
春喜の背筋にゾクリとする感覚が走った。
まるで、子供の頃のかくれんぼで、鬼に見つかったかのような。それも本物の鬼に。
「説明してやるから、出ておいでぇ」
礫の声は、あだっぽく響いたが、春喜の心には、さながら死に神の歌声のように聞こえた。
■春喜、危機一髪
「いつまで隠れてるつもりだぃ? 東雲ぇ」
礫は春喜を見据えたまま、再び、出てくるように促した。
だが、春喜は出て行く事が出来なかった。頭が混乱していたからだ。
鬼祓い師の繋ぎをしている礫が、人に鬼を憑けている。
そして、その動きは尋常ならざる速さ。
その上、見張っているのを発見されて、声をかけられている。
このシチュエーションは、絶体絶命のパターン1だ!
かつて純が思ったのと似たような事を春喜は思った。
見つかったのなら隠れていても仕方ない、と半ば春喜が観念した時。
「来ないなら、こっちから行ってあげようかぁ?」
という声がした。
春喜の隣から。
はっ、と声の方を向くと、いつの間にか、礫が春喜の隣に居た。
雑木林の下草が、僅かに風で揺らいでいる。まるで、礫が高速で移動した名残のように。
礫を見る春喜の目が、脅えの色を帯びた。まるで化け物を見るように。
礫は、その目の色を見て取ると、嫌いなものを見つけたような表情を造った。
「そういう目で見られるのは、好きじゃないんだよぅ。東雲だって、大概人外じゃないかぃ?」
礫の目に、微かな殺意の光が宿った。それを感じ取った春喜は、パニックに襲われた。
そして、やってはいけないと平素なら思う事をしてしまった。
「ひ、人に鬼を憑けるなんて。化け物の所業じゃないか!」
言ってしまってから、気がつく。
しまった。これは死亡フラグだ!
春喜が思った途端、事態はその方向に動き始めた。
礫の目の殺意の光が大きくなった。
「化け物、と呼ばれるのは、そんな目で見られるより、もっと嫌いなんだよ!」
礫が怒気を放った。反射的に春喜は逃げ出そうとした。
だが。
体が動かなかった。
腰が抜けた訳でも、足が震えて動かない訳でも無かった。
力を込めても、びくとも動かない。まるで見えない何かに包まれているように。
「誰が主人か、よぉく躾ける必要が有りそうだねぇ。東雲ぇ」
春喜は、逃げ出そうと、ありったけの力を込めた。東雲の鬼祓い師は、鬼の集積の副作用で、常人より遥かに力が強い。だが、その力を込めても、体はびくとも動かなかった。いや、正確には極僅かしか動かす事が出来なかった。
「お前の力じゃ抜け出せないよぅ」
礫はハンドバッグから煙草を採り出すと、火をつけて吸い始めた。
「躾けるったって、別に痛めつけようって訳じゃあない、少し話を聞いてもらうだけさぁ」
ふうっと細長く煙草の煙を吐き出す。
尋常ならざる事態に、春喜の目には、その煙がドラゴンが吐き出す炎に見えた。
逃げ出さなくては、その思いに、春喜は再度、体を動かそうとする。
恐怖で、筋肉の力を抑制しているリミッターが外れた。火事場の馬鹿力だ。
だが、それは危険な行為だった。
「無理に動くと、皮膚が裂けて、骨が折れちゃうよぅ。東雲ぇ」
礫の言った通りになった。
春喜の皮膚は避け、いくつかの骨が折れ、筋が断裂した。
そうならないよう、本能にはリミッターが設けられているのだから。
激痛に、春喜の顔が歪んだ。
■純、現わる
「春お兄ちゃんを離して!」
突然、声が響いた。
礫はぎょっとして、その方向を見た。
あたしに気取られずに現れるなんてねぇ。
すうと、礫は目を細めた。
春喜も見た。声の主を。
巫女装束の娘。純だ。…でも…顔立ち、姿が、違ってる…まるで急に成長したみたいに。
だけど、俺の事を春お兄ちゃんと呼ぶのは、純だけだ。
考えづらい結論だったが、すでに常人一生分の怪異に出合った春喜は、その尋常ならざる結論を受け入れた。
姿が変わってるけど、あれは純だ。
そう認識するや、春喜は叫んでいた。
「純! 逃げろ! 危ない!」
礫が、やや嫌そうに、視線を純から春喜に戻した。
「春お兄ちゃんを連れて逃げる!」
純が叫んだ。
礫は、また純の方を見た。
その様子は、どうにもうんざりした感じになっていた。
「これじゃあまるで、あたしが悪人、みたいじゃないかぃ?」
礫は煙草を吸うと、また、ふうぅっ、と細く吐き出した。
「おい、そこの娘ぇ。お前も只者じゃないのは、よぉく判ったよぅ。別に東雲に危害を加えてる訳じゃあない。そんなに憤るんじゃないよぅ」
ふうぅ、と息を吐き出すと、ちょっとばかり羨ましそうな目で純を見た。
「惚れた男のために、やって来るなんざ、良い娘だねぇ」
え!?
礫の言葉に、純は動転した。
惚れた男って!?
その様子を見て、礫は言葉を続けようとした。
なんだい、気付いてなかったのかい? と。
そしてその先には、次の言葉が発せられる筈だった。
ちいっ、野暮な事をしちまった、と。
だが、それらの言葉が発せられる事は無かった。
別の声が、それを制したからだ。
「そこまでにしていただこう」
別の方角から、良く通る澄んだ声が響いてきた。
純、春喜、そして礫が声の方を見ると、そこには玄雨雫が立っていた。
礫は、じっ、と雫を見た。いや、視た。
そして言った。
「お前、玄雨の者だねぇ」
そして、少しの間思案すると、雫に尋ねた。
「お前の名を、教えちゃくれないかぃ?」
良く透る声が返事をした。
「私の名は、玄雨雫。そこの娘は、私の弟子だ」
礫が珍しいものを見るような、それでいて、まるで、旧知の友を見い出したような、うっすらとした笑みを浮かべた。
「そうかぃ。なら、お前が『日の本の国の神』だねぇ?」
雫が返事をする前に、礫が先に言った。
「ぅふふふ。今日は実に面白い日だよぅ。東雲ぇ、もう術は解いた。動けるよぅ。東雲なら、もう傷は治ってるだろう?」
そう言うと、礫は春喜の方に体を向けた。
「どうしてあたしが鬼を憑けているか、ちゃあんと説明してやるから、店においで」
礫は雫の方に体の向きを戻した。
「玄雨のぉ。お前とも話す事がありそうだねぇ。その娘といっしょに店においでぇ。店が何処かは、東雲が知ってるよぅ。何時が良いかは、お前なら判るだろう?」
その言葉を聞いた時、礫の姿は消えていた。
礫が居たあたりに向かって、小さな風が起こっている。
「雫さん、あの人」
純が問うと、雫は扇を空に向けた。
そこには、光る球体があった。球体はやがて雲に隠れ見えなくなった。
■雫、釘を刺す
「春お兄ちゃん!」
純は、春喜の側に行こうとした。だが、その間に雫が回り込んできた。
「純、今はだめだ。あの娘が心配している」
え、灯ちゃんが。
純の足が止まった。
「春喜と話がある。純はそこで待て」
雫は素早く動くと、春喜に近づいた。
「日の本の国の神。…やっぱり純、なんですね。それに、礫さんが言った…」
雫は、まるで純に聞かせないためのように扇を広げると、言った。
「そうだ、純だ」
雫は頷いた。
「春喜の都合の良い時、その店に行くが良い。その時、私たちも行く」
雫は春喜の目を見据えた。
「だが、残りの質問は、今は答えられない」
雫はきっ、と春喜を睨むと、小さく言った。
「鬼除きはまだ続く。だが」
そう言う雫の目に、さながら先程の礫のように殺意の光が宿った。
「婚儀が済むまで、手出しは許さぬ」
え、何だって!?
春喜が混乱している内、雫は純の側に行くと、帰るぞ、と言った。
「春喜なら、もう傷は治癒している。流石は東雲の鬼喰いだ」
雫の言葉に、純は安堵した。だが、まだ春喜の側に行きたいとも、思っていた。
「帰るぞ、純。灯が、とても心配している」
雫が優しくそう言うと、純は灯の事が心配になった。
また、泣いてたらどうしよう。
純は雫に首肯すると、「空の穴」を成した。二人は消えた。
一人残された春喜が、小さく呟いた。
「純」
その後、春喜は、どうやって家に帰ろうか、と思案した。
なにしろ、少々、血だらけだったからだ。
「厄介な事に巻き込まれたみたいだよ。親父」
春喜はそう言うと、空を見上げた。
既に日は暮れ、あたりは暗くなり始めていた。
■玄雨神社
「もう! だいたいはリンクで判ってるけど、ちゃんと説明してくれないと、アリスのけ者で怒っちゃうぞ!」
境内に雫と純の姿が現れると、心配を誤魔化したいアリスが、偽の怒りをぶつけてきた。
「わっ」
急にアリスがバランスを崩した。脇を走る灯に押しのけられたからだ。灯は舞い舞台から飛び降りると、純に抱きついて来た。
純は境内に倒れそうになった。咄嗟に雫が風の技で押し留める。
「もう、灯ちゃん、突き飛ばさなくったって、いいじゃない!」
ちょっとばかり、アリスの偽の怒りに本物がまざりつつあった。普段、アリスを突き飛ばす人など居ない。いや、核兵器を有する超大国の首長でさえ、そんな事は恐ろし過ぎて、とても出来たものでは無い。
「ご、ごめんなさい。アリスさん」
しがみついて放さない灯に変わって、純が謝った。
灯は純の顔を見ると、アリスの方に顔を向けた。
「ご…ごめんなさい…あ…アリスさん」
ぺこり、と頭を下げた。
「しょうがないわね〜〜」
ちょっと怒り過ぎたかもと、アリスは照れ隠しに頭を掻く。
「で、何があったのよ〜、リンクだと、ところどころしか判らないから、気になってしょうがないよ〜〜雫ぅ〜〜」
ドタバタの間に、舞い舞台に戻っていた雫に、アリスは尋ねた。
雫はすっと、座布団に座った。
純も灯をだき抱えたまま、舞い舞台に戻った。
雫は灯を視た。灯の周りに気脈の流れが出来ていた。
どうやら、軽身の術を使い、その身を軽くし、純がだき抱えやすいようにしている
そう雫は視て取った。
「ボ、ボクも教えて欲しいです。雫さん、一体どうやって、あそこに現れたんです!?」
純は灯を抱えたまま、座布団に座った。雫は純の方を見た。
「私も純に尋ねたい事がある。だが、それは最後に聴かせてもらう事として」
そう言うと、雫は灯を見た。
「どうやって行ったか、だが」
灯は、少し恥ずかしそうにした後、話した。
「灯、『空の穴』を作って、押し出したの」
純は驚いた。
灯ちゃんが「空の穴」を造ったって! そ、それに、雫さんだけで「空の穴」を抜けさせたって!
「空の穴」は造った術者と一緒でないと、他のものは危険だと、皆考えていた。
「あたしも驚いちゃった。灯ちゃんが急に『お母さんが、お母さんが!』って言ったと思ったら、雫の手を引いて境内に降りて、『空の穴』を作っちゃって、その中に、雫を押し込んじゃったんだから」
そう言った後、アリスはニヤリとした。
「あたし、視ちゃった。灯ちゃんが雫押し出す時、雫の背中に灯ちゃんの気脈がくっついてるの」
雫が、ほう、という顔をした。
「良く視ていたな、アリス」
ふん、と心なしアリスの鼻の穴が大きくなった。
「このアリスさまに、抜かりは無いのよ〜〜〜」
「では、アリス殿、その原理をご説明願おうか」
途端にアリスのふんぞり返った雰囲気は砕け散った。
雫ぅ、判っててやってるでしょ〜〜そこは雫の役割でしょ〜〜。
ぷっ。
純と灯が吹き出した。きっ、とアリスが二人を睨む。灯がぎゅっと、純に抱きついた。
「大丈夫。アリスさん、怒ったふりしてるだけだから。ほんとは優しい人なんだよ」
純は灯に優しく言った。
ほんとう?という顔で、灯は純を見た。純がこくんと頷くのを見て、灯のしがみつく力が緩んだ。
「なんだか、今日は調子が狂うなぁ〜」
またアリスが頭を掻く。
さて、と雫が言った。
「灯が押し出した原理はまたの機会として」
アリスがなんだとー!という顔をした。散々弄っといて後回しかよ!とも書いて有った。
「アリス、向こうに着くと、鬼祓い師の繋ぎの礫、という女性が、春喜に術をかけ、身動きできなくしていた。どうやら両者には誤解が有ったようだ。春喜は怪我をしていたが、礫、さんが術を解いた時には、回復していた」
アリスは頷いた。
「うん。その辺は、なんとなくリンク越しに判った。その後よね。妙なのは」
雫も頷いた。
「礫さんは、私を見て、玄雨の者だと判じた。そして、私が名を名乗ると『日の本の国の神』と断じた」
その上、と雫は続けた。
「おそらく『飛翔の術』を遣い、その場を去った」
「飛翔の術?」
純の質問に、雫が答えた。
「空を飛ぶ術だ。扱いが難しく、その上、あれは、玄雨流と少し違う」
「あの光る球体が、そうだったんですか?」
「身の回りの空気ごと、空を飛ぶ術だ。高速で移動するため、周りの空気との摩擦で、光って見える」
「でも、あの人、舞ってませんでした」
「そうだ。そこが違う。だが」
音がした気がする。そう、雫は言った。
そう言えば、と純も続けた。
「カン、という高い音がした気がしました」
「巫術の発動は、歌舞楽曲が用いられる事が多い。玄雨流は舞う。音を使う巫術が有ってもおかしくは無い」
めずらしく二人の話を黙って聞いていたアリスが、ここでようやく口を挟んだ。
「その、礫、という人とは、じっくり話をする必要がありそうね」
雫と純は、アリスの提案に肯首した。
「春喜がその礫さんの店に行く時、一緒に行く事になるだろう」
それより、と雫は純の方を見て言った。純の身を案じる気配が漂っていた。
「どうして、あそこに跳んだ?」
純は一瞬、頭が真っ白になった。それに気付いた灯が純の顔を見詰めた。
「灯、純が自分で気がつくのなら、問題はないだろう?」
灯は、雫の方を見詰めると、こくんと頷いた。そしてまた純を見詰めた。
純はどう言ったら良いか、逡巡していた。だが、やはり、ありのままを言った方が良いと、判断した。
「…痛みを感じたんです。そしたら、春お兄ちゃんの姿が浮かんだんです。きっと、春お兄ちゃんが危ないって、危ない目にあってるって、そしたら、そしたら…」
「『空の穴』を現して、春喜の所に飛んでいた、という事だね」
雫は優しく、純に言った。
どうして痛みを感じたか。どうして春喜の姿が浮かんだか。やがて純の心はその原因にたどり着いた。その真相に巡り合った。
純は灯を見た。純の顔には、そうなの?と書いてあった。
灯はまた、こくんと頷いた。
純は不思議な感覚に囚われた。歓喜に包まれているようで、あやふやな、足下がおぼつかないような感覚。
アリスがふうっと息を吐き出した。
「気がついちゃったのね」
アリスは雫を見た。
いつの間に占いをしたのか、舞扇を仕舞いながら、雫は言った。
「おそらく、礫さんの店を訪ねる時、事が収まるのだろう」
■夜見
翌日の夜、春喜は夜見を訪れた。
なぜか、その日が良いように感じたからだ。
裏通りから、店に続く階段を下りていくと、どうやらやっているようだった。
ドアを開けて中に入る。
4人掛けのテーブルが2つ。店の奥ににカウンターがあり、その向こうに礫が立っていた。礫と向かい合う形で、カウンター席に座っている女性の後ろ姿が、春喜の目に入った。
え?
「ぃよぅ。東雲ぇ。お前も実に良いタイミングで来たもんじゃないかぃ」
礫が陽気に声をかけた。カウンター席の女性が振り返った。
品の良い紺の上着にパンツルック、髪はショートカット、落ち着いた雰囲気の、見た目30代終りの頃に見える女性だった。
「お、お袋、どうして、ここに」
「ぅふふふ。あたしと忍さんは、仲良しなんだよぅ。知らなかったろぅ?」
東雲忍は、少しきつい目つきをすると、息子に言った。
「あたしの知らない所で、何かやってたみたいね。今日は、そのことを相談しに、礫さんの所に来てみたら、春喜が来るなんて」
忍は、はあ、と息を吐き出した。
「これじゃあ、直接聴くのと同じじゃないの」
春喜は目を白黒させるしかなかった。
…考えてみれば、親父は鬼祓い師の事も鬼喰いの事もお袋に隠してない、繋ぎの礫さんの事を知っていても当然、だけど、仲良しって。
春喜が思索を巡らせている内に、礫は半透明のプラスチックで出来た賽子三つを、カウンターの上に投じた。さながらカジノのディーラーの様だった。
「そろそろ、だねぇ」
賽の目を読んで、礫が言った。
「忍さん、これからぁ、少ぉしばかり驚くような事が起こるよぅ。ま、危ない事は無いから、心配はいらないよぅ」
「礫さんと一緒ですもの。心配無いと、良く承知していますよ」
忍は微笑んで、礫に応えた。
お、お袋。その言い方だと、まるで礫さんが、正義の味方か何か何かみたいじゃないか。
人に、鬼を憑けていたのに。
「ほぉら、始まった」
礫は、店の中央を視た。つられて春喜と忍もそこを見る。
だが、二人には何も見えなかった。
その時は。
だが、すぐに、現れたものを見る。
巫女装束の娘が二人。
忍は目を見張った。
突然、誰もいなかった空間に、人が現れたのだから。
「驚くな、という方が無理だよねぇ。出て来たのは悪い人じゃないよぅ。同類の神様さぁ」
礫は面白そうにそう言うと、煙草の煙をふぅっと、細く吹き出した。
現れた二人の娘の内、明らかに格が上、と思われる方が良く透る声で言った。
「この度はお招きいただき、ありがとう存じます。礫どの」
「とんでもないよぅ。まぁ、何時来るかは、こっちも占って知ってたからねぇ。他の客はいないさぁ」
そう言うと、礫はひらりと左手を返した。かちゃり、と店の入り口の鍵がかかる音がした。
「さぁて、役者も揃った所で、話を始めようじゃなぃかぁ」




