第2話 巫術師 玄雨雫の弟子
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫女、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。人ならぬ者。彼女もまた自称、西洋の女神。
中学2年生の神峰純は、こともあろうか雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれた。純の運命はどう変わって行くのか。
■始めの記録
この記録は、アリスさんに貰ったPCで書いてます。
あ、そうか、自己紹介を先に書かないといけなかったんだ。
ボクは、神峰純、中学2年生、男子。
雫さんの一六堂に入ったのがキッカケで、アリスさんと雫さんの声に出さない声、リンクっていうんだっけ、それが聞こえるからって、ボクに神の資格があるとかで、すごい展開になっちゃった。
雫さんは、数百年生きてて不老不死で、巫術っていう魔法みたいな力を持ってる人で、アリスさんは、世界経済を全部支配しているくらいの会社の社長さんなんだって。
二人とも人とは違うもので、神と称してるんだ。
う〜ん。自分で書いていても、ウソくさい。
でも、二人が口を動かさないで話しているの見てなかったら、そうだと思う。
「神になる資格を有するものだ」って雫さんに言われた後、雫さんが、「コード3のスケジュールなら、まず、ファイブラインズの専門の施設で、コイツ(ボクの事)の検査となる。なら、今から連れて行き、検査しろ。アリスが面接し、終ったなら、戻してくれ」って言ったっけ。
そしたら、アリスさんが、「面倒事は全部あたしに押し付けるんだから!」って怒ってたけど、雫さんが「疲れたから寝る。頼むぞ、アリス」って言って上の階に消えてったら、「もう、しょうがないか」ってすごく優しい声で言ってたっけ。
その後凄かったんだ。
いきなり黒い高級車に乗せられて、その次は米軍のヘリに乗って空港に着いたら、アリスさんの会社の専用機とかでアメリカに行って、空港に着いたらリムジンとかいう、長い車に乗って、アリスさん会社に行ったんだ。
すごく広い地平線が見えそうなくらい広い敷地に、沢山の平屋の施設があって、そこまでリムジンで行って、中に入って見たら、地下に五十フロアとかある建物でビックリした。
そこで、よく判んない、いろんな検査をされたんだ。
すごく怖かったけど、アリスさんが「絶対安全。普通の医療機関の安全基準が紙だったら、ここのは5メートルの鋼鉄の壁くらいだから」って言ってた。とにかく安全みたい。
あ、家の事や、学校の事が気になってアリスさんに聞いたら、学校にはアメリカに体験留学で、家には特別な才能のお子さんに政府が援助して、才能を伸ばすプログラムに参加して頂いている、って説明してくれるから大丈夫、ってアリスさんが教えてくれた。
アリスさんて優しいな。
■次の記録
記録が添削されて返ってきた。
表現が幼いとか、アリスさんは優しいとは何事かとか、添削の基準が変だと思う。
ボクの身辺調査の書類が送られてきて、どうやって調べたのか、ボクも覚えていないような事が沢山書かれてた。
アリスさんは、とても忙しいはずなのに、時間をかけてボクの面接をしてくれた。
いろいろ質問されたけれど、アリスさんが知りたい事は判らなかったみたいで、少しがっかりした様子に、ボクも少し悲しくなった。
やっぱりアリスさんは、いい人だと思う。
■その次の記録
やはり添削されて帰ってきた。
しかも、アリスさんをほめている箇所を重点的に。
どう考えても、おかしいよ。
ただ、自分でも初めの文章を読んで見ると、確かに文章が幼いと思う。
段々、良くなってきているのが判る。
どういう事か判んない。
アリスさんに聞くと、同調、っていう現象が起こっているのかもしれないと説明してくれた。
神の資質があると、近くにいるより大きな神の影響を受ける現象だそうだ。
アリスさんと雫さんが、一緒にいる時そういう現象が起こって、双方の弱点が補完されたんだと言う話。
アリスさんの欠点て何だったんだろう。
雫さんの欠点はそのままな気がする。あの人、言葉遣いが変だと思う。
■その次の記録
相当添削されて返ってきた。
添削の基準が少し判った。
アリスさんを褒めると、その箇所が添削される。
もう一つの添削箇所は、雫さんの欠点の事を書いた箇所から考えると、雫さんを褒めて、アリスさんの欠点を書くと、添削されない気がする。
試してみたいけど、どうしたら良いだろう。二人とも一緒にいた時間が短過ぎて、よく知らない。
判ってる範囲で書いてみる。
アリスさんは背が高くてかっこいいけれど、ボクがより小さく見えるから、一緒に写真を撮られるのは嬉しくない。
雫さんは、美人だと思う。
昨日で医学的な検査が終わり、今日から身体能力の検査が始まった。
正直、これが検査!? と思うほどのハードメニューで映画の海兵隊の人がやってるような感じ。
身体のあちこちが今でも痛い。
■その次の記録
添削されていない。添削基準は予想した通りだったと言う事みたい。
それと、もう一つ気がついた事。あれだけ運動したら、次の日は筋肉痛になるはずなのに、なっていない。
昨日の成績が戻ってきたけれど、余り良くない。
しょうがないよ、運動部じゃないんだから。
■その次の記録
昨日の成績を見せてもらって驚いた。
各機能の数値が平均20%以上アップしてた。
筋肉痛の事といい、普通こんな事は普通無い、と詳しくないボクでも分かる。
このレポートの添削も含めて検査だとしても、ボクの身体、あと考え方とかに変化が起こっている。
■最期のレポート
このレポートで終わりらしい。
読み直す事を進められた。
始めのレポートがとても恥ずかしい。
これが同調の効果なんだろうか。
今、背筋に寒気が走った。
ボクは人間じゃないの?
■純は誰が育てる?
リンクを通じて雫とアリスとは話し合った。
『送った検査結果読んでくれた〜、雫ぅ?』
『見た。アリス。驚いた』
『可能性はかなり高そうだよね〜』
『今までの神の資質についての仮説と食い違うのが、解せん』
『それなんだけど、医療検査で、意外な事が分かったの〜。添付資料の255ページを見て〜』
『悪い、アリス。添付資料までは目を通してなかった』
『だと思った〜。見た〜?』
『これは、間違い無いんだろうな。アリス』
『本当よ〜〜。数回に分けて検査した結果だから〜。仮説はそのままでいけそうね〜』
『うむ』
『問題は、どっちで育てるか、なんだけど〜』
『アリス。身辺調査のレポートで面白い事が出ている。この祖父の所』
『まあ、なんていう偶然なの。いや必然かも!』
『アリス。純は、私の弟子にした方が良いと思う』
『雫の判断に賛成〜〜〜! 明日、そっち帰ってもらうわね〜〜』
『判った。アリス。空港には私が迎えに行く』
『色々、準備が忙しくなるね〜〜』
『そっちの方は頼む。忙しいのに、すまん』
『雫ぅ。一言「アリス、愛してる」って言ってくれたら、アリス、張り切っちゃう〜!』
『バカ!言うか!』
『ちぇえ〜〜〜。じゃ「アリス、ありがとう」で妥協するわ〜』
『…アリス、ありがとう…」
『うわ〜〜〜い、アリス頑張っちゃうぞ〜〜〜』
■純、帰国する
純が渡米した順番の逆を辿って帰国すると、空港に雫が待っていた。
純とあった時と同じ、黒い髪をポニーテールにして、そこに真っ赤な櫛を刺し、白いセーター、黒いパンツ、薄い黄色のベルト、足袋を着け緑色の鼻緒の下駄を履いている。
「おかえり。純」
「ただいま、雫さん。アリスさんから話を聞きました。ボク、雫さんの弟子になるんですね」
雫は頷くと、順に質問した。
「ひとつ初めに聞いておく。アリスの方が良かったか?」
純は少し考えると、思い切って雫に聞いてみた。
「その前に教えてください。あのレポートの添削、雫さんがやってたんでしょう?」
雫はすっと微笑むと、はっきりした声で言った。
「正しい質問だ」
「えっ?」
もしかしたら叱られるんじゃないか、と思っていた純は驚いた声を出した。
「そう思うように誘導する添削だ。自分で気がついた事を確かめられるか、確かめた」
そう言うと、微かに微笑んだ。
その笑顔に励まされたのか、純は、正直に言う事に決めた。
「あの、正直に言います。アリスさんは優しいですけど、ボクは雫さんの弟子になりたいと思いました」
「何故だ?」
「あの、初めて遭った日、雫さんの事、とても綺麗だなって思ったんです」
雫は黙っている。
「それと、アリスさんが教えてくれました。雫さんの巫術って、舞うんですよね」
「そうだ。舞いを舞い、その舞いに気脈を乗せて操る技だ」
純は、また、少し考えた。
「あの、あの初めて遭った日、雫さん事、巫女さんみたいだって思ったんです。舞っている姿見てみたいと思ったんです」
雫は少し驚いた。確かに巫女に見えなくもないが、舞っている姿を見たいとは。本当に視えるようになるかも知れない。
だが、視えなければ。そこで雫は思考を打ち切って、純に告げた。
「判った。今この時より、神峰純は、玄雨雫の弟子だ」
純の顔に喜びが広がって行く。
雫は思った。こいつ本当に私の舞いが見たいんだな。顔には出さず、雫は心の中で微笑んだ。
『純く〜ん。雫のヤツ、喜んでるよ〜』
アリスがリンクで爆弾投げ込んだ!
『バカ!』
顔色変えず、雫がやり返す。
『うふふ。純くんをお願いね〜』
『無論だ』
二人のやり取りを聞いて、また、なんとなく純は嬉しくなった。
「行くぞ」
雫が黒い高級車に乗り込んで行く。純も続いて車に乗ると、車が動き出す。
「あの一六堂に行くんですよね」
「あそこは、引き払った」
意外な答えに、純は驚いた。
「え? じゃあ何処に行くんですか?」
すっと目を細めると、雫はとても真面目な顔で言った。
「玄雨神社。そこでしか、玄雨流巫術の修業はできぬ」
ふうと息を吐くと、窓の方を向いて続けた。
「あそこだと、アリスが来づらくなるが、仕方ない」
純は雫さん寂しそうだな、と思った。
『そんなコトないわよ〜』
リンク経由でアリスの声だ。
『近くの山丸ごと買い取って、ヘリポート建設予定で〜す。むしろ前より近くなるわよ〜』
『あの辺て、国有地で、しかも霊山だぞ!』
『何言ってるの雫。私の会社は合衆国のスポンサーで、日本のモノは米国のモノ、で、米国のモノはウチの会社のモノ、でもって、会社のモノはすべてこの、西洋の女神アリスのものよ〜』
相変わらずのアリス節だ。
『日の本の国の神としては哀しいぞ』
『はいはい、妥協点を提案してくださいな〜』
『国有地の件はそれでいい』
雫は一呼吸すると、続けた。
『ヘリポートを作る時、景観を崩さず、出来る限り樹齢の短い木を切るだけで済む場所を選んでもらいたい』
『了解よ〜。あとね〜車が通れる道路は必要でしょ? ヘリポートからの車道も造っておくから〜』
リンクでもぶっきらぼうに雫は言った。
『ああ、後は任せた』
言葉とは裏腹に、雫が嬉しそうなのが純には判った。
それにしても、なんだか、凄い会話を聞いた気がするぞ。
本当にこの人達、神様なんだ。
車が止まった。
すごい山の中だ。空気が張りつめていて、肌がピリピリする。
と、雫に続き、車から降りた純は思った。
雫は歩き始めた。
「ここからは歩きだ」
と言うと、スタスタと歩いて行く。道はかなりでこぼこしていて、歩き難い道なのに下駄履きで平地のようにすいすい進んで行く。
純も急いで雫の後を追った。雫は前を向いたまま、「離れると疲れるから、無理してでも着いて来い」と言った。
あ、同調か。それと、あのハードな検査はこの為だったんだ。
純は出来るだけ早く歩いた。
今になって純は気がついた。
「雫さん、荷物とか」
「ああ、先に運んである。アリスが手配した。抜かりはない」
きっと家のもの、運び出したんだ。
エッチな本の事を思いだして、純は赤くなった。
「そう言ったたぐいのものは、処分した」
え、心読まれてる? そう言えば、初めてお店に言った時も。
「その内、教える」
かなりの速度で歩いているが、雫のそばにいるためか、純は全く疲れない。
「弟子にするのに、一つ懸念があった」
相変わらず振り向きもせず、雫は言った。
「え?」
「純の祖父の記録を読んだ。祖父は日本舞踊の名取りだな」
純の息が少しだけ切れてきた。
「純は、その祖父に小さい頃、日本舞踊を学んでいる。かなり厳しく指導されたようだ」
だんだん、雫との距離が開いて行く。
「舞いは、小さい頃から始めないと、勘が養われない。中学二年生からでは間に合わない」
純の呼吸がぜえぜえというものに変わってきた。
「私は、純の祖父に感謝している」
純の歩きがかなり遅くなった。
「もう少しだ」
純の目の前に、急に景観が開けた。そこは境内だった。いつの間にか、神社の長い石段も上っていたのだ。
雫は振り返ると、純の目を見詰めて言った。
「ここが玄雨神社。私が巫術師に成った場所だ」
純を見る目は暖かった。
「着いたみたいね〜。ん〜〜」
アリスは自分の執務室で、伸びをした。
雫の不調の件と、純の面接などが仕事に割り込んだ為、働きづめだった。
「純くん。上手く視えるようになるといいな。お願いね。雫ぅ」
■純、修業する
翌日から純の修業が始まった。
玄雨神社には、舞い舞台があり、そこで稽古をするのだった。
きれいに拭き清められていて、とても数百年前のものとは思えなかった。
雫が基本的な足運びから初めて、色々な型を初めに示し、それを純がまねて動く。
小さい頃に祖父から日本舞踊の手ほどきを受けていた純は、始めこそ、上手く出来なかったが、次第に上手く出来るようになって行った。
「基本の型は重要だが、玄雨流巫術に於いては、始まりに過ぎない。舞踊を究める訳ではないからだ」
雫の言葉に、純は頷く。
「肝要なのは、舞いの動きに気脈を乗せる事。それとは別にもっと重要なことがある」
純を指導する時はいつも真剣な感じの雫だったが、この時は、特に真剣に言った。
「視えぬ者には、巫術は教えられない」
言っている意味が良く判らないが、大事な事なんだ、と純は思った。そう言えば、初めて会った時も、「視れば判る」と言って、喋ってもいないのに「真面目な中学二年生」と言い当てた。
「純。一つ話をしよう。純の前に私の弟子になった人の話だ」
意外だった。初めての弟子だと思っていた純はつい、聞いてしまった。
「その人は、神になったんですか?」
雫は首を振ると、少し哀しそうな顔をして話を続けた。
「その人は、私の師匠であり、初めての弟子だった。私の名がまだ『さき』だった頃の話だ」
■玄雨望
私は、十二になると、この玄雨神社で巫術の修業を始めた。
純より二つくらい下の年のころだ。
幸いな事に、舞いについては、玄雨神社に入る前に、手ほどきを受けていたので、それ程苦労せずにすんだ。
私の師匠は、玄雨望。その当時の神社の主だ。
とてもいい人だった。舞いに気脈を乗せて舞う姿は、凛々しく美しく、私は心酔した。
私と同じように神社には数名の娘がいたが、名前や顔など、もう良く覚えていない。
ある日、女だけの玄雨神社に、賊が押し入ってきた。金品を奪い、娘を陵辱する為だ。
賊の侵入に気付いた望は、彼らを巫術で退けるのではく、客としてもてなした。
上等な酒、料理を振る舞った。
そして、望自ら舞いを披露した。
だが、賊だと思うと、拍子をする手もすくむ。舞い始めたものの音が揃わず、舞いと音が噛み合わぬ。
望は、いつも通りの気持ちでいつも通りやりましょう、と言って、拍子の子、一人一人に話しかけたよ。
賊のいる客席に一礼し、もう一度舞い始めた時には、それ程乱れてはいなかった。
望の舞いは美しい。拍子の子達も、その舞いに魅せられ、賊の事を忘れ、夢中になった。
舞いと音が一つになり、いつも以上の出来栄えだった。
私は入ったばかりだったので、賊に料理や酒を振る舞う係だった。
何時襲われるかと、怖かった。アリスが笑いそうだな。
だが、望の舞いを視ていると、そんな怖さも消えて行った。
望は実に上手く気脈を操る。舞いと一体化して、それは天女が羽衣を着けて舞っているようだった。
賊はと視ると、望の舞いに魂まで魅せられたかのように魅入っていた。
その時は、人の気脈の判じ方は良く判らなかったが、賊の悪心が消えて行くのは見て取れた。
何しろ、涙を流しながら見ているのだから。
結局賊は何も取らず、誰も襲わず、帰って行った。
中には、押し入る時壊した戸などを、修理してくれるものや、女だけは危ないからと、番兵の役を買って出るものまで出てきたよ。
望は番兵の件は、やんわりと断った。
「あなたにも、待っている方がいらっしゃるのでしょう。そこに戻るのが、一番の幸せですよ」と。
もし、賊を巫術で退けていたら、賊は恨みを残し、神社も無事では済まなかっただろう。
また実際、帰った賊は義理堅く、あの神社を襲う事ならぬと、仲間内に口をきき、以後、玄雨神社を襲う賊はただの一人もいなくなった。
望の舞いに感動した私は、視えた気脈の事を望に話したよ。
すると、望は私に玄雨家の今までの巫術書と、望が書き記した巫術書がある書庫へ入る事を許してくれた。
「お前には視えるんだねぇ。私には視えないが。お前なら、この巫術、極められるかも知れぬ」
私は巫術の書物を読みあさった。
そして、気脈霊脈を操り、今の私が使う巫術の原形といったものを作り出した。
賊を追い払った手腕と、占いの腕を見込まれ、やがて望は朝廷に出入りするようになった。
禁裏に赴く時、望は私を伴って行ったよ。
夜遅く、私が気脈を操り、風を起す巫術を行っていた時だった。それを望が見てしまった。
望は、私に頭を下げ、それを教えて欲しいと頼んだのだ。
私は望に心酔していた故、すぐに教える事に決めた。
こうして、望は私の初めての弟子になった。
元から視えずとも気脈を操っていた望は、すぐに風の技をものにしたよ。
だが、あの人には視る目が無く、利く耳がなかった。
何故か、と聞くか。純。
視る目が無いとは、世間では目利きでないという意味で使う。
が、術師にとっては、気脈霊脈が見えないとは、手が見えずに物を掴もうとするのと同じ。
掴もうと思ってやみくもに手を動かしても、決して肝心のものは掴めない。
それどころか、余計なもの倒し、壊す。
そうしてあの人は自滅の道を進んだ。その力を与えたのは私だ。
朝廷に戦が迫ると、望は風の力を披露し、戦場での働きを願った。
私は唖然としたよ。
人を殺めず、咎めず、許す人だと信じていた望が、戦場で風の技を使うとなどと。
必死に止めたが、聞き入れてもらえなかった。
望は戦場で、数々の武勲を上げ、数多の褒美を貰ったよ。
だが、兵士側の顔を立て、公には、風の事は、天変地異のためとされた。
褒美は、占いの報償という扱いになった。
この働きで、望は更に朝廷との関わりを深め、政の中でも重いものを占うようになった。
玄雨神社は繁栄した。
だが私の心は暗かった。
何故、あれ程の人がこうも変わってしまったのか。力は人を狂わせるのか。
そう何度も自問自答したものだ。
新たな戦が起こった。
気脈の見えぬ望は近づく槍兵の姿を捉え切れず、投じた敵の槍に倒されてしまった。
その亡骸は、この神社の裏で眠っている。
今朝、純と一緒に合掌したのは、望の墓だったんだよ。
術師を失った朝廷側は動揺したが、なんとか兵力戦で巻き返したらしい。
朝廷は望が行っていた占い方をどうするかで、もめた。
玄雨家のこれまでの功績は大きい。
その一番弟子に白羽の矢が立った。
そう、つまり私だ。
だが、私は役に付くあたり、一つ条件を出した。
「術師を失う事は大きな痛手。術師は戦場で戦わず、事前の占いに力を注ぐが肝要」と。
望の働きを快く思っていなかった兵士方が賛同し、私は朝廷の占い方に任ぜられた。
そして、家督を継いだ事をもって、名を「さき」から「雫」へと変え、今の玄雨雫となった。
■雫の舞い
パチパチと弾けるたき火の前で、雫は語り終えた。
話しの途中に見せた悲しそうな表情は、師匠であり、弟子である玄雨望を悼んでのものだろうと、純は思った。
もし、ボクが視えなかったら、本当に教えられないんだ。ボクも教えてくださいとは言えない。そう純は思った。
「さて、ちょうど良い頃合いだ。かがり火を用意したら、舞うとしよう」
二人はかがり火を用意した。
純に見せる為の舞いだから、あらかじめ用意した機材で拍子を流す準備も整った。
「純、私が扇を前に差し出したら、拍子を」
そう言うと、雫はゆっくりと扇をとじたまま上に上げると、す、と前につき出した。
拍子が流れ始め、舞いが始まった。
流れるように動き、時には速く、時には緩やかに。
「綺麗だ」
純は思わず声に出していた。
空気がだんだんと張りつめて行くのが感じられた。
舞いが半ばになった頃、風が吹いて、満月が雲に隠れた。
さらに風が吹いて、かがり火が消えた。
真っ暗になった。都会とは違う、山奥の真の闇。
純は驚いた。漆黒の闇の中のはずなのに、舞いを舞う雫の姿だけは、浮いて青白くはっきりと視える。
舞台も客席も漆黒の闇に覆い尽くされている。
まるで、雫一人が宙に浮いて、舞いを舞っているようだ。
月が姿を現すと、さらに不思議な光景が現れた。
月明かりで、客席と舞台がおぼろに見えるようになった。
だが、純の目を見張らせたのは、舞っている雫の姿だった。
身体に、青白い光の帯をまとい、それが扇の先に流れて行く。
雫が扇を開き、風を起す所作をすると、その光が扇型に広がって行き、触れた木々をそよがせた。その光はやや緑がかって視えた。
舞いの最後になった。雫は扇を閉じると、扇の先で光の筋を作りだすと、それをそっと切り離し、純の方に流して行った。
光の帯は緩やかに純の方に流れて行く。
その美しさに純は見とれていたが、光が自分の頭上に来ると、立ち上がりその光を掴んだ。
途端、光の帯はさながら蛍が舞い散るかのごとく消え去った。
「視えたか」
純に尋ねるのではなく、自分に問うように雫は言った。
「視えました」
純は答えた。
「望さんの舞いを視た、雫さんの気持ちが分かりました。とても美しかった」
気がつけば、純は涙ぐんでいた。
「いいわね〜、羨ましいな」
アリスは執務室で、雫の声を聞くと、ちいさく微笑んだ。