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第19話 巫術師 玄雨純と娘

 齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫術師、玄雨雫。自称、日の本の国の神。

 そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。

 中学2年生の神峰純は、こともあろうに雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれ、女神、玄雨純となった。

 その純に新たな転機が訪れようとしていた。

■純の見た夢


 純は夢を見ていた。

 そして、それが夢だと自覚していた。

 何しろ、夢に自分が登場しており、それを客観的に見ているのだから。

 場所はいつもの玄雨神社舞い舞台。まるで、夢を見ている純は客席にいて、芝居を観ているような感じだと思った。

 時は稽古をしている最中、舞い舞台の純に、同じく舞い舞台の雫が言った。

「どうした、純?」

 舞い舞台の純はぼおっとしている。

 雫の声で、はっと我に返った舞い舞台の純は言った。

「あ、今、妙な幻覚を見ました」

 夢を見ている純は思った。ボクの夢の中のボクが、幻覚を見ている。なんて入れ子構造な夢なの。

「『コバンザメくん』で、アフリカの上空に来たら、宇宙船が爆発して、ボク、宇宙服で大気圏突入しちゃう幻覚」

 雫は黙って夢の中の純の言葉を聞いていた。

「それで、ボク、妙な巫術を使って、テレポートして助かっちゃうんです」

「テレポート?」

 雫は怪訝な顔をした。


「落下してる途中で、良く判らない巫術を使って、この舞い舞台前の境内に瞬間移動しちゃうんです」

 そんな巫術あります?

 と、純は尋ねるつもりも無く、言った。

 雫はすっと目を閉じると、何かを探すような気配を発した。

「ある」

 目を開けた雫は、そう言った。

「『(くう)の穴』という巫術だ。先先代の当主、玄雨(くろさめ)(さく)が記している。『黒き穴にて、気脈と気脈を結び、移ろう技』とある」

 舞い舞台の純は、怪訝な、それでいて真剣な顔をすると、何かを思い出すように、少し考え込んだ。

「たしか、こんな舞いだったと思うんです」

 そう言うと、舞い舞台の純は『空の穴』の舞いを舞った。

 境内に「空の穴」が現れる。

 舞い舞台の純は、自分の現したものに驚いた。それは雫も同じだった。

『今、執務室なんだけど、ここに何かあるような気配を感じるのよ。あたしには視えないんだけど』

 リンクでアリスが妙な事を言ってきた。

 舞い舞台の純は、目に吸い込んだ霊脈をアリスに送り、アリスに視る力を与えた。

『真っ黒な球体が、執務室の真ん中に浮いてる!』

 夢を見ている純は既視感を覚えた。

 これって、二度目に『空の穴』を現した時にそっくり。


 でも。

 「コバンザメくん」はアフリカの霊脈で爆発しちゃったのに、夢の中のボクは、それを幻覚だって。

 それに、ボクが体験した事を、夢の中のボクは、夢だと思ってる。

 まるで、二つの世界のボクがもう片方を夢に見ているみたい。


「純、どうした、純!」

 あれ、雫さんの顔が近くにある。どうしたの?

「ボ、ボク」

「春喜を送った後、急に倒れたのだ」

 雫は純の気脈を探った。特に何も無さそうだと判じ、安堵した。

 夢の中から、急に時間が進んだように、純は感じた。

 そうだ。春お兄ちゃんの東雲の鬼の集積を取り除く技を行って、送って戻った後だった。

 今の夢。

「あの、雫さん。今、妙な夢を見ました」

 純はついさっきまで見ていた夢の事を雫に話した。

 話す内、安堵していたはずの雫の目に厳しいものが宿り始めた。

 純が話し終った。

 雫はゆっくりと頷くと、リンクでアリスに言った。

『アリス、何か起こりそうだ。瑞兆(ずいちょう)か凶兆か分からぬが、時に関わる何かが起こる、可能性が高い』


同源(どうげん)の日記


 一六堂で純と別れた後、春喜は漢方薬局兼自宅の福寿堂に戻った。

 東雲の鬼の集積を取り除く儀式は、一六堂で春喜と純が合流し、そこから「空の穴」で玄雨神社に向かい、「鬼除きの術」を行い、純が春喜を一六堂に送る、という流れで行われていた。

 「空の穴」で人が急に消えるのを、他の人に見咎められないために、一六堂を丁度、玄雨神社行きの駅のように使っていたのだった。

 既に五度の「鬼除き」が行われ、春喜が持つ東雲の鬼の集積はかなり少なくなってきている。もう後数回行えば、鬼の集積はほとんどなくなる、と春喜は感じていた。

 その事は、東雲の鬼祓い師が抱える寿命の問題を解決する。

 東雲の鬼祓い師は、その鬼の集積の副作用で超常的な傷の回復力を持つ反面、寿命が短いという問題を抱えていた。それが解決する、という事を意味している。

 春喜はその事自体は嬉しいと感じる。それは春喜の亡き父、先代鬼祓い師である同源の願いでもあったからだ。


 だが、春喜は素直に喜べない自分がいる事に気付いていた。

 あと数回、「鬼除き」を行えば、もう純と会う事は無くなる。

 おかしいな。純は十三歳で、自分は二十一歳。年齢差があり過ぎるし、それに、あの保護者が付いているのに。会えなくなるのを寂しがるなんて。

 春喜は、玄雨神社で見た日の本の国の神、玄雨雫を思い出した。

 一分の隙も無く、その身に近寄りがたい雰囲気を纏っている雫の姿を。

 でも、それでも。

 純と会えなくなるのは、寂しい、と春喜は感じていた。

 だが、その理由を考えるのを春喜は止めた。

 春喜を悩ましていたのは、純と会えなくなる、という事の他に、もう一つあったからだ。

 自室に戻った春喜は、机の上に父同源の日記のノートを開いた。手書きである。春喜と違い、同源はあまりパソコンを使わなかったためだ。

 それは、幸いした。

 もし、同源がパソコンに日記を記していたら、パスワードロックされ、容易に読む事は出来なかっただろう。もちろん、コンピュータに詳しい春喜なら、パスワードを回避して、HDDの中身を読み出す事は出来たかも知れない。それでも、わざわざそうしなくては、見る事はできない。

 ふと、父の日記に目を留めた春喜は、何気なく読み始め、気になる事を見つけたのだから。


 開いたページを見詰める春喜。

 やはり、おかしい。

 何度目かの思いを、春喜は抱いた。

 純と会えなくなる、というある意味あやふやで、そっとしておきたい問題から目をそらす意味でも、その疑問点を考える事は都合が良かった。

 現実的な問題だったからだ。


 なぜ、鬼祓い師の繋ぎである白酉(しらとり)(つぶて)は、鬼がいつ、何処に現れるか、何処に憑かれた人がいるかを、これ程正確に知っているのか。

 鬼祓い師は、いつ、どこに行くか礫から指示されていたのだ。

 それは、鬼の動向を知っていないと出来ない技だ。

 だが、鬼は自然に現れる。

 天気予報よりも、予測が難しいはずだ。


 同源も、同じ疑問を持った事が日記に記されていた。

 だが、その疑問は、突然、記載されなくなっている。

 記載されなくなった初めの日、同源は礫の事を「おっかないお姐さん」と記載している。


 日付からすると、礫が同源と会ったのは、今からざっと四半世紀前の事。

 それなのに、春喜が会った礫は二十代半ば、どう年をとっていると見ても二十台後半の女性。

 ふと、玄雨雫の事を思い出した。不老不死の巫女。

 世の中に、そうそう不老不死の人外がごろごろしてる訳も無いし、もしかしたら、礫という名を継いでいるのかも知れない、と春喜は考えた。


 だが、それにしても、初めの疑問、なぜ正確に鬼の動向を礫は把握しているのかという疑問は残る。

 それと、東雲の鬼祓い師、鬼喰いであった先代、父同源が、「おっかないお姐さん」と称するとは。

 鬼喰いの治癒能力は尋常では無い。

 もし、マシンガンで撃たれたとしたら、撃たれた所から次から次へと傷が治癒し、相手が弾切れを起す頃には、傷がすべて治っている、という代物なのだ。

 一代前の礫は、ただ者では無い、と春喜は思った。

 もしかしたら、当代の礫も。


■雨の夜


 純が不思議な夢を見た日の夜、雫と純が夕餉を済ませた頃、雨が降り始めた。

 境内の砂利に激しく当たる雨粒。強い降りだった。時折、稲光が境内を照す。

 山奥の玄雨神社の夜は暗い。稲光が消えると、その光と対照的に漆黒の闇が訪れる。

 何度目かの稲光の後、雫は妙な気脈が境内にあるのに気がついた。

 稲光が境内を照すと、そこに、二才くらいの女児が倒れているのを雫は見つけた。

 純もそれに気がついた。

 幼女はぐったりとして動かない。何も身に付けていない体は雨に打たれ、ずぶ濡れになっていた。


 明らかに異変である。

 だが、雫と純は神隠しは承知している。

 雫は、すばやくその幼女の気脈を探った。

 弱っている。良くない。

 雫は扇を一振りすると、風の技でその幼女を自分の元に運ぶと、抱きかかえた。

「純、この子を風呂に入なくては。体が冷え切っている」


 二人はその幼女を風呂に入れ、体を暖めると、来客用の部屋に布団を敷き、寝巻きを着せ、寝かせた。

 風呂に入っている最中、幼女は少し意識を取り戻したが、すぐに眠りに落ちた。

 その僅かな間、幼女は「お母さん」と小さく呟いていた。

 その瞳には、純の姿が映っていた。

 雫はその言葉を聞き逃さなかった。


 深夜。

 雨は上がり、境内からコオロギの音がかすかに聞こえてくる。もう少し秋が深まれば、鳴かなくなる。鳴き収めのような()が、広がっていた。

 雫の間の隣にある自分の部屋で寝ている純は、違和感を覚えて目を覚ました。

 何か暖いものが、ボクの布団の中にいる?

 純が目を凝らすと、その暖いものは、あの幼女である事が分かった。幼女は眠っていた。

 いつの間に、ボクの布団に入ったんだろう。

 純はなんとなく、その幼女を元の来客用の部屋に戻すより、一緒に寝てあげたい、という思いを抱いた。

 そっとその幼女を抱きかかえる形に体の向きを変えると、純は再び眠りに落ちていった。

 純が眠りに落ちた後、幼女は再び「お母さん」と小さく呟いた。


■純の変化(へんげ)


 翌朝、雫は舞い舞台下手の稽古場に行くと、純が来ていない事に気がついた。

 普段なら、雫と同じくらいの時間に目を覚まし、舞い舞台下手の稽古場に純は居るのだが、珍しい事もあるものだ、と雫は思った。

 雫が純の気脈を探ると、眠っていると判った。


「純、入るぞ」

 雫が純の部屋に入ると、丁度純が目を覚ました所だった。

「雫さん、すみません。寝坊しちゃいました」

 そう言いながら布団から上体を起した純の姿を見た雫の顔に、驚愕の表情が広がっていった。

「どうしたんですか? 雫さん」

 雫の表情が純の心を騒めかせた。

 雫さんが驚くなんて。一体何?

「純。鏡で己が姿を見よ」

 純は布団から出ると、部屋に置いてある全身が映る姿見に自分の姿を映した。純の顔にも驚きが広がっていった。

「し、雫さん、これって」

 雫は頷くと、閉じた扇で純の布団を指し示した。

「変化したのは、純だけでは無い。その子もだ」

 純が上体を起した時、純の布団の中にいた幼女もその姿を露にしていた。いや、もはや幼女とは言えない。少女はまだ眠っていた。


 昨日、二才くらいの幼女の姿だった娘が、今は六歳程に成長していた。

 そして、雫の瞳に映る純の姿も、十三歳の少女の姿から十八歳の女性の姿に変わっていた。


■親子


『検査結果を言うわ。驚かないでね』

 純とその少女を、詳しく調べたいというアリスの言葉で、米国のアリスのラボに居た。

 純は検査用の服から、来てきた巫女装束に戻っていた。その隣にはあの少女が、やはり検査用の服から、巫女装束を着て、純の巫女装束にしがみついている。少女の着ている巫女装束は、セリスのもを借りていた。

 アリスは、純と玄雨神社にいる雫に、肉声とリンクで説明を始めた。

『この子と純くんの遺伝子検査の結果、男性の方の純くんとは、特に取り立てて関係は無さそう』

 一度、アリスは言葉を区切った。そして、純から少女へと視線を動かした。

『でも、女性の方の純くんとは親子関係にある、という検査結果になったわ』

 純は、元は二卵性双生児で、男児の方が女児を取り込んだ形。その女性の方、つまり女神である玄雨純と、純にしがみついている少女が親子関係にあるというのだ。

『どういうことなの、雫。アリス、混乱してるよ〜』

 ようやく普段のアリスのお気楽モードが顔を出してきた。

 白衣を着ているその姿は、まるでちびっ子マッドサイエンティストが、発明の失敗で頭を抱えているようだ。

「何か教えてくれると、良いんだけどな〜」

 アリスがその少女に尋ねた。身長的にはだいたい同じくらいだが、雰囲気でアリスの方がずっと大きく見える。

 少女はさっと純の後ろに隠れた。

 アリスがにっこりと微笑むと、純の後ろから顔を出した。

「あ、(あかり)。あたしの名前」

「灯ちゃんか〜。それで〜?」

 少女はまた、さっと純の後ろに隠れてしまった。

 純は少女が困惑しているのを感じ取った。純は少女の方を向くと、しゃがんで少女と目の高さを合わせた。

 すると、少女が小さい声で言った。

「他のこと、判らない」

 灯と名乗った少女は、純の顔を見た。純も少女を見詰めた。

「お母さん」

 どういう訳か、純には少女が言ったその言葉がすっと胸に落ちた。


 産んでもいない自分の娘。しかし、遺伝的に親子関係にあり、その娘は自分の事を「お母さん」と呼ぶ。

 なんとなく、それが腑に落ちる自分。

 純は、昇格の儀の前に、本当の性別は女性だ、と告げられた時と同じくらい、混乱していた。


■玄雨神社


『こちらで、説明した方が良いだろう』

 雫のその言葉で、純、アリス、灯と名乗った少女は、「空の穴」で玄雨神社に移ろった。

 座布団が用意されているが、誰も座ろうとはしない。雫も立っている。

 いつもなら、雫の名推理をせがむアリスが、今回は戸惑っている雰囲気を醸し出していた。

 昨日雫がリンクで言った言葉が気になっていたからだ。

『アリス、何か起こりそうだ。瑞兆か凶兆か分からぬが、時に関わる何かが起こる、可能性が高い』

 それと、純の姿の変化を、どう弄ったものかと、純巡していたのだった。

 ちょっと、状況が状況だけに、純くん、すっかり美少女になっちゃったわね〜、とか言いづらいんだよね〜。それに、いきなりお母さんと呼ぶ娘が現れちゃったりとか〜。これまたイベント満載で、どこから弄り出したら良いのか、アリスさんも困っちゃうよ〜。

 そんなアリスの心の声がリンクに漏れた。

 場の空気が柔らかいものに変わった。

 純が吹き出しそうになり、雫もちょっと笑いかけている。

 ただ一人、灯と名乗った少女だけが、まるで迷子から母親の元に戻った子供のように、純の衣装を掴んで放さない。 

 雫は、灯を視た。

「この子は、巫術師だ。おそらく、生まれついての」

 その言葉で、純もアリスも灯を視た。

「ホントだ〜。霊脈吸い込んでる〜」

 アリスが視たまんまのコトを言った。

「今朝、この子を視た時、もっと驚くようなものが視えた。純」

 雫はそう言うと、閉じた扇で自分の目を指し示した。

 純は察した。純は目に霊脈を吸い込むと、それを雫の目に繋ぎ、そしてまた目に霊脈を吸い込むと、アリスの目に繋いだ。

 雫の視たものが、純経由でアリスにも伝わる経路が出来上がった。

「こういうものだ」

 雫が目を閉じると、二人の視る景色が変わった。それが純とアリスの二人の視野に現れた。


 純が布団から上体を起した後、露になった灯の姿。

 その(へそ)のあたりから霊脈の管のような流れがあり、その流れは渦巻く霊脈の円盤へと繋がっていた。円盤の直径は、灯の身長の半分くらいの大きさだった。

 まるで、渦巻く円盤から霊脈を臍を通して取り入れているように視えた。

 灯が目を覚ますと、円盤は消えた。

 雫は目を開いた。純とアリスの見える景色が、玄雨神社に戻った。


「これって」

 純は渦巻く霊脈の円盤が、それに似ている事に気がついた。

「そうだ。まるで胎盤だ」

 アリスも同じ感想を抱いた。

 胎盤。胎児が母体と物質交換を行うための円板状の組織塊。

「雫、もしかして、灯ちゃんが急に成長したのって」

「おそらくアリスの推理通り。霊脈の胎盤が、灯を成長させたのだろう」

 雫はそう言うと、純の方を見た。

「そして、その影響で、純もまた、成長した」

「それって、遺伝的に親子なのと何か関係あるの? 雫」

 雫は暫く考え込んだ。

 すこしばかり、雫からいまいましそうな気配がした。

「雫ぅ〜。何イライラしてるの〜。さっさと話しちゃったゃった方が、気が楽になるよ〜」

 ふう、雫は息を吐来出した。

「アリスはお見通しだな。それにしても」

 純は、少し不安になった。

 し、雫さん、ボクの事で不機嫌になってる。な、なんで。

 灯が泣き出した。その気持ちが灯に伝わったのだ。

 純は慌ててしゃがむと、灯を抱きしめた。途端に灯は泣きやんだ。

 この子、体は6才くらいだけど、心はまだ赤ちゃんと同じくらいなんだ。

 純は灯を抱きしめる手に、優しさを込めた。手のひらから気脈を送る。玄雨純の祝福だ。

 灯が笑顔になった。また、小さい声で「お母さん」と言った。

「雫ぅ。あんまり推理披露先延ばしにすると、純くんも不安になっちゃうよ」

 雫は細く息を吸い込むと、静かに吐き出すと言った。


「この灯は、次の玄雨純になるものだ」


 暫しの静寂の後、え〜っ、という純の驚きの声で、玄雨神社舞い舞台の空気が振動した。


■時の女神


「つまり、純くんの代替わりってこと?」

 アリスのその言葉に、雫は頷いた。

 アリスは、少し考え込んだ。物悲しい雰囲気がにじみ出る。

「純くんが死んで、この灯ちゃんが純くんになるの?」

 アリスは自分の代替わりを想い、純の事を案じた。

「どうやら、事はそう簡単では無いようだ」

 もちろん、と言って、雫はアリスの瞳を見詰めた。

「アリスの代替わりが、簡単な事、と言っている訳では無い」

 ふうっと息を吐き出すと、アリスは微笑んだ。

「分かってるわよ〜。気にしなくて大丈夫。あ、気にしてくれてありがとう、雫」

 雫は静かに微笑むと、灯の方を向いた。

「この子は、灯は、未来から来た。純に瑞兆を、世界に祝福を与えるために」

 雫は、純の方を向いた。

「今回の出来事が、瑞兆か凶兆か占った。瑞兆と出た」

 アリスはなんとなく、事の流れを察した。

 だから、まだ産んでもいない娘が現れた、という事ね。

「前の鬼の話も『時』が絡んだ事だったわね〜。次の代の子が未来から来るなんて、『時』ととても関係があるのね〜」

 そう言うと、アリスははっと気がついた顔になった。

「あたしは、西洋の女神。雫は日の本の国の神。二つ名があるけど、純くんはまだだったわ」

 雫はアリスが何を言うか察した。

「純くんの二つ名は、『時の女神』! どお!!」

 雫は満足そうに頷いた。

「アリスの意匠の趣味にしては、めずらしく素晴らしい出来栄えだ」

 少しアリスがむっとした。頬を膨らませている。

「雫ぅ〜。あたしのネーミングセンスはいつも最高ですぅ〜〜」

 その様子を見ていた純が、ふっと吹き出しそうになった。

 だが、純の所作は可愛らしさより、女らしさの比重が高くなっていた。

「なによ〜、純くん。すっかり色っぽくなっちゃって〜。このこの〜。で、いったいどんな相手を射止めたのかな〜? 灯ちゃんの父親は誰〜?」

 その一言が、雫の眉間にしわを寄せた。

「それも占った」

 そう言うと、雫は黙り込んだ。

「大事なことじゃない。教えてよ〜。雫ぅ〜」

 アリスが雫にせがむと、雫は重い口を開こうとした。


 その時。


「言っちゃ、ダメーーーー!!!」


 その声は、純の隣から発せられていた。

 今にも泣きそうな灯が真っ赤になって、絶叫していたのだ。

「灯ちゃん?」

 純が灯の方を向く。灯が純を見る。

 灯は、崩れ落ちるように倒れた。


■禁忌


「純の代替わりは、おそらくこうだと、思う」

 気を失った灯を純の部屋に寝かせた後、三人は舞い舞台に戻ると、座布団に座った。

「占いの結果を含めた私の推論だが」

 雫は純と灯がアリスの元に行っている間に、占いを行っていた。

 雫が話し始めた。

「まず、産んでいない娘が突然現れた。これは未来から来たと、判る」

 アリスと純は頷いた。

「玄雨流巫術師は、乙女でなくてはならない。おそらく、純の神の資質も、同じと思う」

 子供を産んだボクは、もう巫術師、そして女神では無くなってるということ。

 純は理解した。

「そして、灯は時を超えて現れた。とすれば、次の『時の女神』であることは必定」

 アリスは気がついた。

「でも、灯ちゃんには記憶が無いし、リンクも出来てない」

 雫は同意するように頷くと、話を続けた。

「未来で産まれた純の子が、過去に戻り、結ばれる前の純から記憶と神の資質を受け継ぐ。そして、記憶と神の資質を与えた純は、神から人に戻る。そして人として結ばれる」

 そう言うと、雫は黙った。

 純も、アリスも判った。

 何故、灯が叫んだのか。その理由を。

 もし、純が今、その相手を知れば、未来が書き変わる。事によっては灯は産まれない。

 時の女神の代替わりは、極めてデリケートなものだった。

「おそらく、灯は父親と会う事は出来ないのだろう。一つの禁忌だ」

 アリスはなんとなく判った。

 同じ記憶を持つもう一人の自分。それが自分の娘。その娘は父親の事を、父親と思うのか。それとも、以前の記憶で恋人と夫と思うのか。

 あたしの代替わりの方がシンプルだわ〜。

 死んじゃってから、記憶と人格が移るからね。

 あ、代替わりしない雫が一番シンプルか。

 と、アリスが思っている内、純が急に立ち上がった。

「どうした純!」

 雫の問いに純は答えず、無しの扇を形作ると「空の穴」の舞いを舞う。

 境内に「空の穴」現れ、純はそこに駆け込んだ。


 何事が起こったのか、と雫とアリスが順の消えた境内を見詰めていると、背後で人の気配がした。

 二人が振り返ると、そこには、寝かせたはずの灯が立っていた。

「お母さん、お父さん」

 灯は小さくそう呟いた。

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