第18話 巫術師 玄雨雫と外
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫術師、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。
中学2年生の神峰純は、こともあろうに雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれ、女神、玄雨純になった。
これはその番外編。何が出るかは、読んでからのお楽しみ。
■西洋の女神誕生譚
本編では語られていない、大きなエピソード。
アリスがいかにして西洋の女神になったのか。
それを、アリスの記憶を読む事の出来るセリスに物語って頂く趣向にございます。
こんにちは、セリスです。
初めに、セリス、言わないといけない事があります。
ママの記憶の中、セリス立ち入り禁止、って所があって、そこは読めません。
だから、ちょと、継ぎはぎだらけの、物語です。
はじめに、ママが女神になったのは、ママが熱を出して、ママのママが看病してた時です。
その時は、あたしより小さかったみたいです。
ママのお家は、ヨーロッパにあって、大きなお屋敷に住んでたみたいです。
ん〜とね。昔のママの記憶、ところどころくっついちゃったりしてる所があって、少し前後がずれてるかも知れないです。
ごめんなさい。
なんとなく、フランスの大きなワインを作ってる所とかかも、知れないです。
そうでないかも、知れないです。
あ、はっきりと読めたのは、ママの初めてのサーバントのこと。
やっぱり女神になって、その、ママに、、が、来た時、ママ付きの召使いの女の人に噛みついて、血を吸いました。
その女の人が、ママの初めてのサーバントです。
それ以来、ママは、その、、になると、その人の血を吸ってたので、他のサーバントは出来ませんでした。
セリス、もし、雫師匠が、弟の彦さんの血を吸って、彦さんが死ななかったら、彦さんが雫師匠のサーバントになって、もしかしたら、不老不死じゃなくて、ママと同じ生まれ変わって記憶を引き継ぐものになったのかなって思います。
でも、違うかも知れません。
次にはっきり読めたところだと、お祖母ちゃんになったママが死んで、孫娘さんが、次のアリスになったとき。
あ、あのね。ママ、アリスって言ってるけど、ママの初めの名前、違うみたい。
アリスっていうのは、ママのママの名前、みたいなの。
それ知った時、ママ、ママのママの事。好きだったんだな、って思いました。
えっと、で、その孫娘さんがママになったとき、困ったことになったの。
自分の娘が急に変なこと言い出したって、その娘のお父さんは思って、悪魔が憑いたって、殺そうとしたの。
孫娘の母親は、ママの娘だったから、何が起こったか、ママから聞いて、知ってたんだけど。
そして、ママを守ろうとして、ママの娘は、ママになった娘のお父さんに殺されちゃったの。
ここも、セリス立ち入り禁止が多くて、良く読めない所が多いんだけど、その後、そのお父さん、屋敷に火を付けて、自分も焼け死んだみたい。
ママは、サーバントに屋敷から連れ出されて、助かったんですけど。
この後、ママすごく落ち込んで、その父親をサーバントにしておけば、娘も死ななくて良かったのにって、凄く泣いたみたいです。
この時から、ママの生き方が変わったの。
それまでは、わりとひっそりと生きてたんだけど、自分と自分の家族を守るにはどうしたら良いかって、考えて、サーバントを増やすことにしたんだって。
それまでは、サーバントは一人だけだったみたい。サーバントの寿命って、人と同じだから、そのサーバントが死んだら、次のサーバントになる人の血をママが吸うというのをしばらく繰り返してたみたい。
それで、サーバントを増やし始めたら、へんな事が起こったんです。
あのサーバントリンクというの、それが起こったの。
あのね、サーバントもサーバントリンクを通して、サーバント同士で女神同士みたいにお話出来ます。
で、ママ考えたの。
ヨーロッパって、良く戦争が起こるから、どこの国とどこの国が戦争しそうかとか、先に分かったら、危なくない所に逃げるのが簡単だって。
それで、ママは何世代もかけて、だんだんと各国の重要な人をサーバントにしていったの。
どうやってサーバントにしたかは、セリス分かりません。だって、ほとんどセリス立ち入り禁止なの。
そしたらね、危なくなったら逃げるんじゃなくて、戦争自体、ママが支配出来るって事に、ママ気がついたの。
昔だから、今みたいに無線も、インターネットも無い時代に、それ以上のサーバントリンクをママは持ってたから、お金もうけの情報も、軍事情報も簡単に手に入れて、すぐに他のサーバントに指示すること、できたんです。
で、そう言うことを繰り返す内に、気がついたら、ママ、西洋の女神になってました。
でも、ママの心は寂しかったの。
生まれ変わって、長生きするけど、親しくなった人、みんな死んでっちゃうし。
だから、同じ仲間を探したの。
日本の巻物に、巫女さんの絵で、扇を振ってる絵が描いてあって、馬とか人とかが飛ばされてるのをママ見つけたの。日本語で何か文字が掻いてあったんだけど、読めなくて、読める人、探すのママ苦労したみたい。
そしたら、不老不死の巫女って書いてあったんだって分かったの。
ママ凄く喜んで、ぜったい見つけるって。
それから、ママがどうしたかは、ママや雫師匠がお話した通りです。
この巻物の絵、雫師匠の師匠で初めての弟子の、玄雨望さんの事と、雫師匠の事が混ざっているって雫師匠が言ってました。
望さんが風の技で、敵軍を追い払った事って、その当時の朝廷の最重要機密だったみたいで、うっかり話しただけで、とっても厳しく罰せられたんだって。
でも、人の口にとは立てられぬ、っていうとおり、ずいぶん時が経ってから、巻物が描かれて、それが日本から流出して、ママの目に留まった、という事みたい。
運命って不思議だな、ってセリス思います。
あ、セリスからひとつだけ。
みんなで話してる時の言葉は、日本語です。
ママ、雫師匠に会いに行く時、とても日本のこと勉強したの。
だって、もし会って、仲間だと分かっても、嫌われたら嫌だって。
だから、いっぱい勉強して、日本語や日本の礼儀作法とか覚えて、それから雫師匠に会いにいったの。
ママ、努力家なの。
あ、もう一つあった。
太平洋戦争の時、ママ、雫師匠に京都にいるように言ったんだって。
そこは絶対安全だからって。
でも、その心配、いらなかったみたい。
後から、雫師匠の巫術の力とか不老不死の力をコンピュータ使ってシミュレーションしたら、核武装した第七艦隊が総攻撃しても、雫師匠、全部防げるっていう答えになったみたい。
さすが雫師匠、凄いです。
あ、そうか。
太平洋戦争中、雫師匠、体調すごく悪かったって聞いた。
人がいっぱい死んだものね。
やっぱり、雫師匠、京都にいて良かったんだと、セリス思います。
ごめんなさい。説明不足のところがありました。
サーバントの寿命、雫師匠と出会ってから、ママ、不老不死の研究を初めて、その成果でサーバントの寿命を延ばす事に成功したみたいです。
雫師匠みたいな長生きにはならないけど、普通の人よりはずっと長生きになってます。
ただ、ママ自身はあまり不老不死に興味ないみたい。あ、不老には興味あるけど、不死は興味ないというのが、正しい言い方かな。
ママ、不死と同じだからかな。
■朱の山の桜(完全版)
この物語は、神峰純の父亮と、母桜の出会いの物語。
本編中、「朱の山の桜」として書かれた内容を補い、繋いだもの。
亮が地元を歩いていると、バンド仲間で、亮の事をアニキと慕う、小川幸一、通称コウが、いつもどおりのパンクロックスタイルで、誰かと話しているのを見かけた。
ただ話しているのとは、どうも様子が違う事に亮は気がついた。
話しているのは、いかにも品の良さそうな二十歳前の女性で、しかも、その女性はそうとう困っている様子だった。
その女性を見て、亮は気がついた。
あ、あの娘、ウチに習い事に来る良いとこのお嬢さんと同じタイプだ。
亮の父、神峰巌は、日本舞踊の名取りで、会を開き、おけいこ事として、日舞を教えている。そこに習いに来る良家のお嬢さんと同じタイプと、亮は視て取ったのだ。
あ〜。コウのヤツ、相手がそうとうビビってるのに全く気付いてない。ナンパのつもりなんだろうが、あんなに身長差があって、上からトンガリ頭に睨まれて、そうとう怖い、ってビビってるのがアリアリだよ。
コウは、壁に手を突いていて、その下にその女性がいるのである。ぱっと見るとカツアゲしているの図、まんまである。
亮は、はあ、と溜息を付くと、コウの所に近づいていった。
ここで亮が、コウと同じくパンクロックスタイルならば、カツアゲの増援が来たの図、となる所になるが、亮は普通の服装だ。亮の母親の葵は、亮の父巌と同じくらい、というよりそれ以上に礼儀作法にうるさい。趣味は趣味、平素は平素、そのけじめははっきりつけるように、というのが葵の躾の一つだった。
近づいて来た亮にコウが気がついた。
「あ、亮のアニキ」
「オマエ、この娘、ビビらせてどうする?」
え?という顔のコウ。
「や、綺麗な娘だから、ダメ元と思って声かけたんスけど」
ちょっと小声になると、コウは亮に尋ねた。
「ビビらせちゃってます?」
亮はちょっと諭すように言った。
「相当、な。この娘、親父のトコに習い来るタイプだ。お前じゃ手に余るぞ」
そういう亮の顔は、少々うんざり、といった様子だった。
コウは亮の家庭の事情などを思い出すと、あ、そうか、という顔をした。そして女性の方にすまなそうに向き直る。
「あ、怖がらせちゃったみたいでゴメンなさいっス」
そう言うとコウは、その女性にペコリと頭を下げると、頭を掻きながら歩き去っていった。
コウがさっさとその場を後にしたのは、ビビった女性が悲鳴でも上げようものなら、事態は一変、うんざりする厄介事になってしまう、という思いをした事を反すうしたからだった。いつの世も、まず人は見かけで判断する。まったく、いろんな意味で残念な事である。
コウが歩き去っていくと、その女性は、ほっ、と息を吐き出した。
やはり、相当怖かったのだろう。
もうお分かりかと思われるが、この女性こそ後に純の母となる、桜である。
純に似て、美形、というと順番が逆だが、そういう人だ。
ただ、尖ったタイプではなく、おっとりとした雰囲気を漂わせており、真面目そうな感じ。
この辺りが純に遺伝したのであろう。
「怖い思いさせてゴメン。あ、あいつとは、パンクロック仲間。あいつも悪いヤツじゃないんだけど、その、君みたいなタイプを良く知らないから」
多少でも、桜の気分を和ませようと、亮が言った言葉に、桜は小さな疑問を持ったが、桜的状況では、不良が絡んできたのを追い払ってくれた良い人、というシチュエーションとなるので、礼を言う。
「あ、ありがとうございます」
お辞儀をして、顔を上げた桜の顔には、こう書いてあった。
私みたいなタイプって?
「あ〜、気にしないで。その、君、多分、日本舞踊か茶道か書道とかやってる家の娘さんか、そういう習い事してるでしょ。だから、パンクロックとかやってる男とかに耐性あんまりないんじゃないか、って思って、あいつに声かけた」
え、どうして分かるの?
桜は茶道、書道を嗜む。亮の見立て通りのまさに良家のお嬢さんである。
習い事の事を言い当てられて、桜は驚いた顔になった。
で、亮に興味を持った。何かのフラグが立ちつつある。
「じゃ、オレ、用事あるから」
桜が亮に興味を持っているのが、ありありな状況にも関わらず、亮は歩き出そうとする。後に職場の人間に、少々変人と言わせる片鱗が伺われる。簡単に言うと、自分のアンテナが向いていない状況では相当、ニブい。
「あの」
そう言うと、桜は亮の服を摘んでいた。
亮が振り返る。
桜は自分の行動に驚いていた、が、良く判らない気持ちと好奇心と、状況的にもそうした方が良いという、理屈が後押しして、こう言った。
「お礼をさせてください。それと、どうして習い事のコト、分かったか、知りたいです」
こうして、亮と桜は近くにある喫茶店に入る事となった。
喫茶店に入ると、桜は珈琲を注文した。桜は亮に、桜に何にしますか、と尋ねると、キミと同じものをと言った。
とてもさりげない亮の心遣いに、桜の亮に対する好感度は上がった。
葵の躾の賜物である。
「あ、あの」
話しづらそうにしている桜が口を開いたが、こういう男性と二人だけで喫茶店に入った事という経験の少ない桜はその後が続かない。
「ああ、ウチの親父が日舞の名取りで、おけいこ事教えてて、君がそのおおけいこ習いに来てる人達の雰囲気に似てたから。後は想像」
珈琲が運ばれてきた。
亮は手を出そうとしない。
桜がどうぞ、と言うと。いうと初めてカップに手を付けようとする。桜も珈琲カップを手に持つと、少し遅れて亮がカップを持つ。
話し方は、乱暴だけど、所作は整ってる。
そう、桜は感じた。
「あ、そう言えば、まだ自己紹介とか、してなかった。おれ、神峰亮」
「あ、私、朱山桜です。朱色の朱と山、桜の木の桜と書きます」
「ふ〜ん。綺麗な名前だね」
さりげなく名前を褒められて、桜は少し赤くなった。
だが、亮がそういう効果を期待して言ったのでは無い事は、彼の心象が現している。
桜の名前を聞いた時に、夕日に朱に染まる山、そして、そこに映えている満開の桜。
そういうイメージが沸き立ち、それをそのまま口にしただけだったのだから。
あれ?
桜は気がついた。急に亮がそわそわし始めたのを。
「あ、あの、おれ、急用を思い出した。悪いけど、先に出る。お勘定払っとくから」
「そ、それじゃお礼になりません」
それじゃあ、と桜は急いで自分の電話番号を亮に手渡した。
「あの、ちゃんとお礼したいです。都合の良い時、教えてください」
「ああ」
桜の言葉をちゃんと聞いているのかいないのか、亮は頭の中の大事なものがかき消えないように、とでもするように、勘定を払うと、喫茶店を飛び出していった。
「変な人」
そういう桜の口元は、小さく綻んでいた。
翌日、桜の携帯に亮からの電話が入った。当時、携帯はそれ程普及していなかったが、桜を心配する桜の両親が持たせたものだった。
亮は、聴かせたい曲があると、桜を呼び出した。半ば強引な誘いだった。
桜は、特に用事も無かったので、それに応じた。
おそらく、少々の用事なら、亮の方を優先した事だろう。だが、世の中、そう言う訳にもいかない用事もある。
ある意味、ここが運命の分岐点だった。
昨日二人で入った喫茶店に桜が行くと、既に亮は待っていて、桜を見つけると、待ちわびたように手を振っていた。
桜はふっと、力が抜けた。
初めてのデートなのに、何か変。それとも、意識してるの、私だけなのかな。
桜が席に付くと、亮はいきなり、イヤホンを桜に渡した。
「なあ、これ、聞いて、早く!」
言葉は乱暴だが、丁寧にイヤホンを桜に渡す亮の目は、少年のように輝いていた。
やっぱり変なひと。
くすっと桜は笑ってしまう。
桜がイヤホンを装着すると、亮はカセットプレイヤーの再生ボタンを押した。
桜の耳に、聞きなれない曲が流れて来た。
桜は初め、パンクロックをやっていると聞いたので、そういう曲が流れてくるものと思った。
だが、流れて来たのは、静かで、穏やかな曲だった。
桜は目を閉じた。
ある情景が浮かんできた。
春の日の夕暮れ。朱に染まる山。
その山に生えている、大きな一本の桜。
満開の花を咲かせ、夕焼けに染まる空を背景に溶け込んでいる。
そういう情景。
しばらくすると、少し、曲の調子が変わった。
まるでカメラが桜の木を中心に回り込んだみたいに、情景が変わった。
180度カメラが回り込んで、夕焼けに染まってない空が背景になった。
夕焼けに溶け込んでいた満開の桜が、青から朱色に変わろうとするグラデーションの空を背景に、浮き立ってくる。
上が朱、下が藍色のグラデーションの空を背景に、朱に染まる満開の桜が、美しく対比する。
やがて完全に日が暮れて、真っ暗になると、星が瞬いてきた。
しん、とする。
そこで曲が終った。
桜は、目を開けると、自分の目に涙が溜まっているのを感じた。
目の前では、亮がじっと見詰めている。
桜は慌てて、目に溜まった涙をハンカチでふき取った。
照れ隠しもあって、急いで言う。
「き、綺麗な曲ですね。夕焼けに染まった山の桜の木、そんな情景が浮かびました」
亮が驚いていた。もう少し驚いたら口をぱくぱくさせる段階の一歩前くらいに。
「あ、そ、それ、そういうイメージで作った曲」
ちょっと間を空けた後、亮は曲のタイトルを言った。
「『朱の山の桜』それがその曲の名前」
この言葉は、桜と亮の両方に、別々の化学変化をもたらした。
桜は、気がついた。
朱の山の桜って、私の名前と同じ。それって。そんな曲を作って、会いたいって。
桜の結婚前の名前は、朱山桜。朱の山の桜だ。
他方の亮も気がついた。
全く考え無しに行動していた事を。
桜の名前を聞いて、曲のイメージが降ってきた。もう、いても立ってもいられなくなり、慌てて家に戻ると、PCに向かって曲を打ち込み始め、それに没頭して、曲を作り上げると、すぐに桜に電話をかけ、会う約束をすると、飛び出していったのだ。
初めて会った女性の名前にインスピレーションを受けて、その曲を作って、一番にその人に聞かせる。
これ、もう、ラブコメの鉄板告白パターンじゃねえか。
だが、亮は純粋にこの曲のイメージを与えてくれた桜に、聴かせたい、と思って行動しただけだった。
と、思っていた。
曲を聴かせる相手なら、他にも音楽仲間は沢山いる。
なぜ、この娘に一番先に聴かせたかったんだろう。
「あの」
二人同時に声を出した。
亮が、多分、ありったけの勇気をかき集めて、言った。
「また、会ってください。…その、俺と付き合ってください」
「はい」
桜は小さく言うと、頷いた。亮が問う前に、答えは決まっていた。
桜の頬は、朱に染まった。
亮はほっとすると、徹夜の疲れがどっと出てきた。
その後二人は、次に会う約束をすると、別れた。
家に帰った亮は、泥のように眠った。
それから、毎晩、桜に電話するようになって、電話代が高いと母の葵に叱られた。
「朱の山の桜」は、時代と共に、カセットテープからCDーRに、今は携帯ミュージックプレイヤーに入っている桜のお気に入りの曲となっていた。
この曲が二人の結婚披露宴で使われた、という事は言うまでも無いだろう。
■雫さんはカエル好き
これは、純の昇格の儀の翌日のお話。
純は雫が寝起きしている部屋、通称雫の間で、雫の骨董品を見せて貰っていた。
雫の間は、歴代玄雨家当主の部屋である。
骨董品とは言っても、雫は、自分が骨董趣味とは思ってはいない。
良い品を永く愛でる雫が、年を重ねる内に、自然とその品が骨董品となってしまっただけの事と、思っている。
だが、古い良い品を好む事も事実であり、特に江戸時代の良い品を見つけると、ついつい蒐集してしまうのも、また事実。
やはり骨董趣味と言って良いのでは無いだろうか。
多くの品は、別の部屋に仕舞ってあるが、雫が特に気に入った品は、この雫の間に置かれている。
雫の間は十二畳程の広さで、漆塗りの文机、和箪笥などが置かれている。
文机の上には、雫の神様専用のノートPCが置かれているが、違和感が無いようにと、これも漆塗りとなっている。
床の間には、降り龍の水墨画の掛け軸。よく見ると、下の方に水の聖獣である玄武がおり、その首を持ち上げ、まるで龍を迎え入れているかのよう。
書名に雫とある所を見ると、雫自身の作らしい。
「良く出来た品は、心地よい」
と、言いながら、雫は和箪笥の上に置かれた寄木細工の小箱を一指指ですっと触った。
純は、心持ち雫の頬に朱が差したように思えた。
ふと見ると、文机の上のPCの側に、小さなカエルの焼き物が置いてあるのを認めた。
そう言えば、雫さんの舞扇にも、ストラップみたいに木彫りの小さなカエルがついてる、と純は思い出した。
「雫さん、もしかして、カエル、好きなんですか?」
純のその言葉に、雫はびくっと反応した。
「な、なぜそう思う?」
「だって、雫さんの舞扇にもカエルが付いてるし、一六堂の飾り棚の上にもカエルの置物が沢山有ったし、ここにもカエルの焼き物とか」
雫はちょっと顔を赤らめると、ぼそっと言った。
「す、好きだ」
「やっぱり!」
「へ、変かな」
「ちょっと意外だな、と思いましたけど、でも、ボクも小さいカエルの飾り物、好きです。本物はちょっと、ですけど」
「そうか」
そう言うと、雫は少しばかり安堵した様子になった。
「そーんな雫にプレゼントォ〜〜〜!!」
廊下からアリスの声がしたかと思うと、がらっと障子が開く。そこには、カエルの着ぐるみのような繋ぎの寝巻きを着たアリスが両手を広げ立っていた。手に包みを持っている。
純と雫は、あんぐりと口を開けて、アリスの様子を眺めていた。
「あ、アリスさん、そのカッコ」
「いーでしょー。コレ! ちゃんと雫と純くんの分もあるからね〜♡」
アリスは雫の間に入るやいなや、素早く手に持つ包みを二人に押し付けた。
「開けて見て見て〜」
早速開ける純。中にはアリスが着ているのと同じデザインのカエルの寝巻きが入っていた。
「コレかわいいですね。アリスさん」
「ね〜〜、良いでしょう〜〜!! 雫のカエル好きは、前から知ってたから、この機会に二人にプレゼントって準備してたの〜〜」
「し、知ったのか。アリス…」
雫はやや恥ずかしそうに、そう言った。
「バレバレよ〜〜。雫の事なら、アリスは何だって知ってるんだから〜♡」
雫も包みを開け、中のカエルの寝巻きの肩を摘んで、広げた。サイズも雫にぴったりのようだ。
純は気がついた。やや恥ずかしそうにしているものの、雫がその品を気に入ったのを。摘んでいる手の様子が、先程、寄木細工の小箱を触った時と同じように、愛おしそうにしているのを。
暫し逡巡してから、雫は小さい声で言った。
「あ、ありがとう。アリス」
雫の感謝の言葉に、アリスは喜色満面になった。が、それも雫の次の言葉を聞くまでだった。
「だが、でかいカエルはかわいくないぞ、アリス」
そ、そんな、雫ぅ〜〜! デカイって。な、何よ。た、確かに二人に比べると、あたしはデカイわよ。
有頂天からたたき落とされて、アリスはおろおろし始めた。
し、雫さん、照れ隠しに、アリスさん弄ってる!
アリスが少し泣きそうな顔になったのを見て、雫は言った。
「だが、アリスのは例外だ」
それを聞くや、アリスは再び喜色満面に戻った。いや、前以上にその顔は輝いていた。
ぱあっ、という効果音が聞こえてきそうだ。
「ね、ね。二人ともソレ着てみて、みて〜〜」
二人が巫女装束から、アリスがプレゼントしたカエルの寝巻きに着替えると、女神のカエル三姉妹が出来上がった。
「今晩は、これ着て、パジャマパーティーよ〜〜」
アリスの嬉しそうな声が、玄雨神社雫の間の空気を振動させた。
後に、セリスに代替わりしたアリスのカエル姿の破壊力が絶大な事は、言うまでも無いだろう。




