第17話 巫術師 玄雨純と禍
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫女、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。
中学2年生の神峰純は、こともあろうか雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれ、女神、玄雨純になった。
鬼祓い師との邂逅の後、事態は思わぬ方向に転がっていく。
■鬼について話す
「雫ぅ。どうして気脈、霊脈が視えるのに、『鬼』は視えないんだろうね〜」
同源達が帰った後、女神三柱は「鬼」について話し合った。
しばらく目を閉じ、腕組みをして思案した後、雫はこう言った。
「もしかすると、視えているのかも知れない。だから、視えないのかも知れない」
純はぽかんとした。
アリスは、雫の禅問答の答えを知りたくて、先を急かした。
「説明してよ〜。朔曾お祖母様の時みたいな、戻れるけど、戻れない、なのはアリスちょっと苦手だよ〜」
雫は、ちょっと考えると、言い直した。
「先に、『鬼』の正体の仮説を説明したい」
鬼の正体!
いきなり中心的な話しが来た。純はちょっと驚いた。
もう、今日はどれくらいビックリしたらいいの、ボク。
「同源さんは、『鬼』は、人の気持ちが凝ったもの、と言った。おそらく、人の気持ちと霊脈が結びついたもの、仮にそれを『鬼脈』と呼ぶとして、その『鬼脈』が集まったものが、『鬼』ではないかと思う」
まだ純が飲み込めていないのを視て取ると、雫は別の例えをした。
「アフリカの太鼓は、人に会いたい、という思いに霊脈が集まったもの。例えば、『鬼』に取り憑かれて寿命が縮んだ人は、助かりたい、死にたくない、という気落ちが強くなる。その気持ちに、霊脈が結びついたとすれば、取り憑かれた人が亡くなった後、『鬼』が大きくなるのも判る」
アフリカの太鼓。
衛星軌道を回る純を見つけ、蓄えた霊脈を放出した。人に会いたいばかりに、純に禍をもたらした哀しい太鼓。
思いと霊脈が結びついたもの。
それが「鬼」
雫の話が、純の胸に落ちた。
「今の『鬼脈』の仮説を元に考えると、巫術師には、『鬼脈』は、ただの霊脈と視える」
「そっか〜。だから、視えている、訳か〜。でも、見分けは付かないから、視えないってコトね〜」
たぶん、と雫は続きを話した。
「おそらく、『東雲の眼』は思いを宿した霊脈を視る眼、という事になるだろう。だから見える」
例えるなら、巫術師は、好感度のセンサーで、「鬼」も霊脈も同じに拾ってしまう。だから区別出来ない。
東雲の眼は、「鬼」専用のセンサー、あるいは、専用のフィルター処理が実装されている装置、という事になる。
雫が語る「鬼」の事を聞きながら、純はなんとなく不安な気持ちになった。
多分、アフリカの太鼓の事を思い出したからだろう。その所為で、死にそうになったから。
だが、この純の不安は的中する。災厄という形で。
■災厄
「純。空が変だ。妙な霊脈が視える」
それは同源達が帰って数日後の事だった。
舞い舞台から空を見上げた雫が言った言葉だった。
雫の言葉で、純も舞い舞台から空を視た。
純にも霊脈の固まりが視えた。
だが、霊脈の固まりだが、色が違う。青白い霊脈と異なり、漆黒の巨大な渦。
周りの霊脈が吸い込まれていくと、霊脈の色がみるみる漆黒に染まって行く。
地鳴りのような低いうねりの音が響いている。
アリスの会社で聞いた龍脈の流れる音よりもはるかに激しい。荒々しい。
雫は扇を振ると、気脈を漆黒の霊脈の固まりに飛ばした。
雫の気脈は途中で黒く替わり、漆黒の渦に飲み込まれていく。
雫は痛そうに胸を抑えた。
「雫さん!」
純が駆け寄った。雫は脂汗をかいていた。
純もこの事態がただならぬ事だと知った。
「今、私の気脈があれに飲み込まれる直前、死にたくない、という思いが伝わってきた。そして気脈が飲み込まれた時、胸に痛みを覚えた」
純にも、空の漆黒の渦の正体が分かった。
「あれは、『鬼脈』の固まり。つまり『鬼』」
巫術師が視ても、違いが分かるほどの高密度で大量の「鬼脈」の固まり。「鬼」
空の「鬼」を純が視ていると。
それが二重写しになっているように視えた。
この感覚は。
「雫さん、運命の分岐点です!」
雫は純の言葉を聞くと、再び、そらの「鬼」に顔を向けた。
「巨大な霊脈。しかも、ほかの霊脈を吸い込んでいる。それが、分岐点が起こった理由」
顔を純に戻すと、純の異常に気がついた。純の目の焦点がおかしい。瞳孔が開いている。
「純、どうした! 純!」
雫が純の両肩を掴み、やさしく揺さぶりながら、気脈を流し込むと、純は正気に戻った。
「雫さん。二つの『未来』が視えました」
■鬼のもたらす先
純が視たのは、二つの未来の断片。
一つ未来では、雫が死んでいた。
「鬼」が霊脈を吸い込み続け、雫の気脈をすべて吸い取り、死なせる未来。
雫の死で、安寧の霊脈は千切れ、すべてが鬼に飲み込まれる。
世界は、混乱と狂気に支配される未来の様子。
もう一つの未来は、「鬼」から思いを分離して、元の霊脈に戻した未来。
「あと」の呪い、アフリカの太鼓の思いを解き放った巫術。
それを使い、「思い」を解放する。
だが、「鬼」の膨大な霊脈に絡みついた「思い」は、巨大な霊脈の爆発を引き起こす。
雫の編んだ安寧の霊脈は引きちぎれ、世界は、混乱と狂気に支配される未来。
そして、鬼が消えた後、残る同源の死体。
純を罵る春喜。お前が三回忌法要に来なければ、こんな事にならなかったのに、と。
鬼に負けても、鬼を解き放っても、世界の安寧は壊れる。
純の話しに、雫は再び上空の「鬼」を視る。
「打つ手は、無いか」
そして、純に顔を向けると、こう言った。
「今は」
少し間を空けて、「今では」と言った。
純は、雫が何を言っているのか、その意味がしみ込んで来るのを感じた。
「あ、あの、雫さん」
「もう、それしか、無い」
「できるかどうか、判りません」
「だが、やる事はできる」
リンクの声で、アリスとセリスが言った。
『純くん、これは純くんにしかできない事よ』
『純お姉ちゃん。セリスも怖い。でも、セリス純お姉ちゃんを信じる』
純は泣きそうになった。
「純。『時』を選べ。お前の目なら、良い時を視れる」
そう言うと、雫は純を抱きしめた。まるで、これが最期かのように。
純は、両頬に涙が流れるのを感じた。
すると。
さっきまで聞こえていた、地鳴りの音が聞こえなくなった。
しんと静まり返る静寂な世界。
まるで時が止まったようだ。
そう、純は感じた。
「雫さん、やってみます。やります」
時が動き出したかのように、また地鳴りが戻ってきた。
雫は純を離すと、静かに頷いた。
純は「無しの扇」を作ると、「空の穴」の舞いを舞い、「空の穴」を現した。
舞い舞台前の境内に現れる「空の穴」。
もう片方は、「鬼」の側に浮いていた。
そして。
純はもう一差し舞った。
「空の穴」の形状が球体から平面に、漆黒の球体から、反射の無い漆黒の円形の鏡に変化した。
「空の門」だ。
神隠しに遭った玄雨朔を呼び寄せ、元の「時」に返した「空の門」。
「鬼」の側に浮いている「空の穴」も、やはり、同じく「空の門」と化している。
さらに、純は扇を振った。
「鬼」の側の「空の門」が、「鬼」の中に入っていく。他の霊脈とは違い、形を崩さない。
純は、雫の方を向いた。
「雫さん、できることをやって来ます」
そう言うと、「空の門」に飛び込んだ。
■時の流れ
「鬼」は「運命の分岐点」を生じさせるほどの霊脈。
巨大な霊脈は神隠しを起す。
その時、「空の門」があれば、「時」を超える。
玄雨朔のように。
「空の門」に飛び込んだ純は、「時」の流れの中にいた。
「時」を遡っている事が判る。
過去の世界の記憶が、純の「視知」の術を行わせる目を通して、視えた。
「鬼」の出現する瞬間を視た。
少し遡ると、鬼祓いで、鬼喰いを行った同源が、その鬼を封じた後、それと同化しようとするのを視た。
少し遡ると、同源の言葉が聞こえてきた。
「鬼の力は、呪いと同じだ。呪いは鬼喰いが進む程、強くなる。力を受け継がせる事なく、私が死ねば、封じた鬼が溢れ出す。だが、春喜に力を継承させ、春喜に私と同じ思いをさせたくない。不老不死になれば、この呪いは、私一人で背負っていける」
決意と共に、同源が哀しんでいるのが伝わってくる。
巨大な「鬼」は東雲家、鬼喰いが蓄えてきた、数百年に渡る「鬼」の集積だった。
遡ると、女神たちと同源、春喜の邂逅が視えた。
もし、ここで、雫が不老不死を「鬼」が原因だと伝えなければ。
純は、その先の「時」を「視知」の術で視た。
だが、同源が純を見て、鬼と同化しているのを見取る。
結果、雫が伝えずとも、女神となった秘密を、同源は推察する。
結果は同じとなる。
少し遡る。
純は、ここがぎりぎりの「時」だと知る。
純が、ここだ、と思った時。
目の前に、「空の門」が現れた。純はその中に吸い込まれた。
■そして、今の「時の線」
そして、純は気がついた。
「月影くん」、純の生理までの予測時間を表示するブレスレットが、321時間という数字を表示していた。
急がないと!
純は行動する。
何としても、女神と鬼祓い師の邂逅を阻止する為に。
そして、一度に三度、「空の穴」の舞いを舞う。
一度目は、今いる場所と、出口は玄雨神社階段下の文や荷を受け取る為の小屋の前に。小屋に編まれた雫の気脈を印として。
二度目は、同じく小屋の神社より石段に近い位置の少し上に。出口は、神峰家、室内舞い舞台に、自分の位牌に封じた自分の気脈を印として。
三度目は、同じく神峰家、室内舞い舞台に、出口はいつもの玄雨神社、舞い舞台前の境内に。
そして、純は目の前の「空の穴」飛び込む。
小屋の前に出ると、少し先に同源と春喜の背中が見える。
扇を振り、小屋上空の「空の穴」を二人の前に動かす。と同時に、二人の服を掴み「空の穴」に押し込む。
純は同源と春喜と共に神峰家の室内舞い舞台に出る。すぐに既に現れている「空の穴」に飛び込む。
同源と春喜は、何が起こったか、判らなかった。
さっきまで、玄雨神社の石段近くまで来ていて、誰かに背中を押されたと思ったら、別の場所にいる。
同源には、ここがどこか判らなかった。
春喜は、動揺が収まってくると、どこか判った。
「親父、ここ、神峰の家の舞い舞台だ」
その言葉が同源の胸にしみ込む。
「追い返されたみたいだな。会う事を拒まれた」
少し春喜は考えると、口を開いた。
「親父、俺、会わない方が良い気がしてきた」
同源も頷いた。
「そうだな。私もそう思う」
鬼喰いも、大概人外だが、人を一瞬で移動させるなど、人外と言うより神の所業だ。
そんなものにうっかり触ったら。
それこそ、触らぬ神に祟り無し、だ。
春喜は舞い舞台を見渡した。
それにしても、ここにいるって事は、やっぱり玄雨純は、神峰純なんじゃないか。
そう思って、ふと、春喜は足下を見ると、自分の立っている場所の近くに、やや小さめの足跡を見つけた。
まるで、足袋で地面に降りて、そのまま舞い舞台に立ったような、足跡を。
それをしばらく春喜は見ていた。
そうする内、触らぬ神に祟り無し、という点では、似たような問題に直面している事に気がついた。
「あのさ、親父。土足で舞い舞台に居たら、桜おばさん、怒るんじゃないか」
同源も気がついた。
普段はおっとりしているが、桜さんは怒ると怖い。前に春喜から亮さんが漏らしているのを聞いた事がある。
「まずい! 靴を脱いで掃除だ、春喜」
■三柱、会談する
純の話が終った。
やはり語り終えたのは、玄雨神社の舞い舞台。いつものように座布団を敷いて三柱が座っている。
ラボから戻る時、アリスも一緒に付いて来たからだ。
皆、しばらく押し黙っていると、アリスが口を開いた。
「なんにしても、さ。今回もダイダロスの時みたいに、純くんの大活躍で世界は救われた、ってコトなんだよね」
アリスにしては、歯切れが悪い。
「その、『鬼』が発生しちゃった『時の線』は、どうなっちゃったんだろう」
やはり、そこが心配になる。
雫が目を開け、組んでいた腕を解くと、言った。
「どれかの不幸な未来になったか、『時の線』自体が消えてしまったか」
どうなったかは、判らない。
誰もがそう思った。
「だが、今回の事で、『鬼』の正体。それに派生して『鬼祓い師』『鬼喰い』という事が判った」
雫は純の顔を見た。
「それだけでも大手柄だ。純」
その時、雫は何かに気がついた。
「その鬼が発生した『時の線』は、もしかしたら、今のこの『時の線』かも知れない」
「え!」
アリスが驚いた声を出した。
純には同じ時間で繋がっている記憶があるので、雫の話はすとんと胸に落ちる。
「もし、単に過去に戻っただけなら、『空の門』を超えた純と、元からいる純の二人の純がいる事になる」
アリスが純に顔を向けた。
「しかし、純は一人だ。純が過去に遡ると共に、今の『時の線』も巻き戻り、新たにやり直す事ができた、と考えるのが、妥当な答えだと思う」
アリスがちょっと考えて言った。
「純くんの精神だけが移動した、とも考えられるけど、朔曾お祖母様はその人本人が現れたものね」
雫が頷いた。
「それに、『鬼』は運命の分岐点を生じさせるほどの霊脈を蓄えていた。時を巻き戻す力は、そこから生じても不思議は無い、と思う」
東雲家の鬼喰いが、数百年にわたって蓄え続けた「鬼」の集積。
巫術は、時を遡って作用する事がある、と雫は考えている。
風の技を使う少し前に風が起こったり、純に教えている時、教える少し前に使える兆候が現れたり、巫術と時は、密接に関わり合っている。
雫はそう考えるが、未だ、その原理にたどり着いていない。
雫の思索をアリスの一言が止めた。
「それにしても、どうして同源さんは『鬼』になっちゃったのかな~?」
確かに。純もそう思った。
雫は純の話を聞いて、心当たりがあった。
「アリス、純、同化した時の事、思い出して欲しい。同化した『鬼』は、嫌なものだったか?」
純は短い時間だが、一生懸命思い出そうとして、そして気がついた。
「違う感じがした。ボクがチアノーゼで死にそうになったのを『助けたい』って、そういう感じがした」
「私も、今思い返してみると、『死なないで』という気持ちが、伝わってきた気がする」
もしかしたら、あれは「あと」の思いだったのかも知れない。雫はそう思った。
「あたしは、良く覚えていないなぁ」
セリスがリンクの声で言った。
『ママ、あたし、知ってるよ。ママの記憶で、立ち入り禁止じゃないトコ、見て回った時、見つけたの』
「なんだ、アリス。立ち入り禁止というのは」
「あはは。ホラ、セリスはまだ未成年でしょ〜。あたしの人生経験だと、ホラ、18禁な所も、あはは」
記憶のペアレンタルコントロール。純はそう思った。やっぱりアリスさん、セリスちゃんのお母さんなんだな。
それだけじゃないんだろう、アリス。と雫は思った。セリスは口が軽い。
『それで、ママが小さい頃、すごく熱を出して、そしたらママのママがすごく心配して、この子を助けて、って看護してた時』
アリスがはっとした顔をした。
「思い出した。その時、同化したんだ」
雫が頷いた。
「我々が同化した『鬼』は、人の想いが凝った霊脈。だが、『助けたい』という思いが凝ったもの。だが同源が同化したのは『死にたくない』という思いが凝ったもの。おそらく、その違い、だろう」
雫は少し間を空けて、悪い夢から覚めてほっとしたように言った。
「いずれにしても、誰も死なず、誰も不幸にならずに済んだ」
「前に雫が『彦』で、熱を出した時、一滴、純くんが死んだら、一滴でも手に負えないコトになるって占ってたけど、ホントだね~」
純は動揺した。
『彦』の鍬を返しに一六堂へ二度目に行った時の話しだと、すぐに判った。
「な、なんでそんな占いを」
「いや~、純くんと雫が会わなければ、雫『彦』の発作起さないから、さっくり純くん暗殺しちゃおうかと」
「アリス!」
「アリスさん!」
腹黒アリスの発言に、雫と純は思わず叫んでしまった。
「いーじゃない、結局、そうしなかったんだしさー」
それを、さらりと躱す腹黒アリスだったが、何かに気付いた風な顔に変わった。
「ん? という事は、世界を救ったのは、一滴?」
三人揃ってゾクリ、とした。
雫は、自分の内側で、一滴のくすくす笑いを聞いた気がした。
その後、女神達は、東雲家の鬼喰いが蓄えた、「鬼」の集積について話し合った。
純の時を遡った記憶によると、力を継承させることなく鬼喰いが死ぬと、集めた鬼が溢れ出すと。
そうすると、同じ災厄が訪れるかも知れない。
それに、巻き戻る前の別の未来の同源も言っているに、そろそろ、「鬼喰い」による鬼祓いは、限界に来ている。
人という器に封じ切れる以上の「鬼」が集積されつつある。
雫は思案した。
「木札に、霊脈を編んで封じ、それに『鬼封じ』を行ってもらい、それを玄雨神社に送ってもらう。こちらで、『鬼』から『思い』を分離して、解放する。元『鬼』だった霊脈は、おそらく荒ぶっているだろう。しばらく、『ご神体』に封じて、鎮まるのを待つ、というのが良かろう」
『ご神体』というのは、朔が宝物殿に仕舞った銅鏡である。大量の霊脈を封じる事ができる、携帯霊脈運搬装置。
でも、と純は思った。
それだけじゃ、蓄えた「鬼」の集積は無くならない。
そう純が考えておる時、雫は二つの占いをしていた。
「もう一つ」
雫はそう言うと、雫は純の方を向いた。
「純、東雲春喜が力を継承したら、彼から鬼を少し抜き出して、木札に封じる事を行ってもらいたい」
純は、既視感を覚えた。そうだ、アリスさんの代替わりで、セリスちゃんが消えるって聞いた時みたいだ。
「女神にも、抗えぬ運命がある」
再び、純は雫の口から、同じ言葉を聞いた。
「東雲道元、同源は、しばらく後、春喜に力を継承させ、そして」
純はもう言わないで、というように固く目を閉じた。
雫は続きを言うのを止めた。
「占った結果だ。鬼祓いの方法と『鬼』の集積から鬼を減らす方法を説明する時、私も一緒に行く」
雫は、その日がいつかも、占っていたようだった。
■邂逅
「礫さん、じゃあ、今日は『仕事』は無いんですね」
春喜、鬼祓い師としての名は龍源。開祖の名を継いだ。
電話の相手は、白酉礫。二十台半ばの女性。鬼祓いの仕事の窓口、繋ぎだ。
だが、同源は、この礫の事をおっかないお姉さんと言っていたらしい。
「ぁあ、無いよぅ」
やや気だるそうな、それでいて妙にあだっぽい声が響いてくる。
そう言うと、礫は電話を切った。発信音が春喜の電話に残る。
今日は日曜か、亮おじさん、いるかな。
そう春喜は思うと、神峰家に向かった。
向かう途中で、春喜は、あの巌の三回忌法要で見かけた姉妹と出会った。
姉の方は長い髪をポニーテールにして、そこに真っ赤な櫛を刺し、白いセーター、黒いパンツ、薄い黄色のベルト、足袋を着け緑色の鼻緒の下駄を履いていた。
妹の方は、淡い水色のワンピースを着ていた。
姉と思われる方が、話しかけてきた。
妹の方にはやはり、「鬼を封じた」痕跡が見える。力を継承したから、よりはっきりと。
「私たちの事、既にご存知と承知しています。一度神社を尋ねようとなさいましたね」
と姉が言った。
妹の方が、扇も持たずに舞いを舞うと、姉が言った。
「玄雨神社にご案内致します」
妹の方が、春喜の手を握る。この少し異常な状況の中で、その妹の手に懐かしい感じを覚えた。
そして、妹が前に進むと。
春喜は神社の境内に立っていた。だが、以前も同じ体験をしていた春喜は驚かなかった。
二人に促されて、春喜は境内から、舞い舞台にあがる。普通の神社と作りが違う事に春喜は気がついた。
待つように言われて、用意されていた座布団に座ってしばらく待つと、姉妹は巫女装束で現れた。そして、既に敷いてあった座布団に座った。
似合っている、と春喜は思った。
姉妹は手を突くと、頭を下げた。
姉の方が口を開く。
「お父様、東雲道元、同源さんがお亡くなりになった事、お悼み致します」
春喜も頭を下げた。
春喜は理解した。父の鬼祓い師としての名を言ったと言う事は、「鬼」の事も「鬼祓い」も「鬼喰い」も知っていると。そう告げているのだと。
「さて、この度、玄雨神社にお招きしましたのは、二つのお願いをする為で御座います」
すると、妹の方が、家紋のようなものが焼き印された、木の札を春喜の前に刺し出した。
大きな円の中にサイコロの五のように配置された円が、それぞれ接している家紋のようなもの。
「これより、『鬼祓い』を行う際、『鬼喰い』を行うのでは無く、この木札に『鬼封じ』を行って頂きたい」
良く通る、まだ大人になり切れていない女性の顔からは想像も出来ない、強い言葉だった。
「訳は、心当たりがおありかと、存じます」
春喜は判った。
父、同源が亡くなる時、「鬼を喰えば、いつか鬼が溢れる。だが、どうしようもない。すまない」と言った言葉を思い出した。
親父。
春喜の頬を涙が流れ落ちた。
「もう一つは、春喜さん、あなたの身体に封じられた、『鬼』を少しずつ取り出す技を、この玄雨純にとり行わせて頂きたい」
この申し出は、春喜に二つの思いを巻き起こした。
「そうすることで、東雲、鬼祓い師の寿命の問題は、解決すると、私は考えます」
そうだ。そうなる。
だが、何故、今になって。
どうして親父にはそうしてくれなかった。
「同源さんは、手遅れでした。そして、何より、同源さんが、この神社の事を知れば、世を滅ぼす災厄を招いてしまう」
災厄。何を言ってるんだ、この人は。
「同源さんは、春喜さん、あなたの事を想って、自分の代で鬼祓い師を終らせるつもりだった。そして、もし、この神社に来れば、その方法を知ってしまう」
姉が、春喜の目を見詰めている。魂まで見透かすような目だ。
「だが、その方法は、必ず間違って行われる。そして、同源さんは鬼に食われる」
鬼に食われる。その言葉の意味を、春喜は良く知っている。
死ぬ事だ。だが、東雲の鬼祓い師が鬼に食われれば。
「同源さんは、死に、大きな鬼の固まりが生じ、世界を滅ぼす。既にそうなった未来があった。それを防ぐ為、以前神社に来られようとした時、帰って頂いた」
姉は妹の方を示すと、言った。
「この玄雨純。元の名の神峰純、がそれを成した。うすうす察しておりましたね」
春喜は、そうだと思った。と同時に、人外としての格の違いを思い知った。
鬼祓い師も、大概だけど、それ以上の人外。もはや、それは。
「私の名は、玄雨雫。不老不死の巫女にして、日の本の国の神」
やはり、神。
「別の未来の同源さんは、私と会って、不老不死になり、自分だけが鬼の呪いを受けて生きようと。春喜さん、あなたの事を想って、道を誤った」
その時初めて、春喜は妹の方が泣いているのに気がついた。
「ご承知、頂けましたでしょうか」
春喜はうなだれた。
そうか。確かに、親父ならそうする。既に手遅れだったのも事実だ。東雲の鬼祓い師は、自分の寿命が判る。鬼の力で得た、異常なまでの治癒能力が失われていく事で。
なあ、親父、普通の人として生きたかったか。俺にそうなって欲しかったか。
春喜は再び目頭が熱くなり、鼻の奥がつんとするのを感じた。だが、涙を流すまいと歯を食いしばった。
そして顔を上げ、姉の方を向くと、強い意志のこもったはっきりとした声で言った。
「東雲家、鬼祓い師、龍源。お申し出、承りました」
■そして少し後
『ねえ、雫ぅ、純くん、龍源くんと二人で神峰の家に行かせて良かったの?』
『ああ、私からの話は終りだ』
『あとは二人でよろしくってコト? 大丈夫かなぁ。純くんの初恋の人だよ』
『少し違うな。幼い頃の純にとって、春喜はカッコイイお兄さんで、それを褒める意味で、女の子が使っている「お嫁さんになる」というのを間違えて使っただけだ』
『そうだとしても、幼なじみってコトには変わりないよ〜。純くんが恋しちゃったら、どうするの〜?』
『そうは成らない。玄雨流巫術師は巫女。乙女でなくてはならない。それに、もし、純が不老不死なら、恋は辛い結果になる』
『ねえ、雫ぅ。やっぱり、雫、朝廷占い方になった時の帝のこと』
『知らぬ。忘れる事にした。私は恋が嫌いだ。哀しい事に必ず成る。それに、もし、純が龍源に恋をしたら、アリスが恐ろしい事をしでかすだろう』
『え、べ、別にさくっと暗殺とか、考えてないよ〜』
『語るに落ちたな』
『そういう雫だって、「風」で吹き飛ばしちゃうとか、考えてるでしょ?』
『さて、「風」で済めば良い方だが』
『ママも、雫師匠も、そんなコトしたら、純お姉ちゃんに嫌われちゃうよ』
アリスも雫もセリスの指摘にギョッとした。
確かにそうだ、と。
その人を想う行いが、その人を傷つけないとは限らない事を、二人は良く知っているのだから。
『だけど、ママも雫師匠も純お姉ちゃんのこと大好きなのセリス知ってる。セリスも純お姉ちゃん大好き』
神峰家を尋ねた純と春喜は、同時に訪れた偶然を装った。
純は桜と、春喜は亮と話をした。
話しの途中、春喜は、あの純が女の子、いや、女神になっている事を、何度も何度も噛みしめた。そうでもしないと、やはり、理解するのが難しかったからだ。
ふと、純の仕草を思い出した。
目が合うと、すぐに赤くなって、ちょっと、可愛い、かも、と思った途端、自分の背筋が凍りつくのを感じた。
東雲の鬼祓い師には、本能的な危機回避の能力が備わる。それが最大級の警報を鳴らした。
なんとなく、春喜はその理由を察した。純の保護者然としたあの、日の本の国の神、玄雨雫が、決して許さない事を。
いろんな意味で、厄介事に巻き込まれたと、春喜は思った。だが、気分は悪くなかった。
桜と話していて、純は幸せだった。
もう、お母さん、哀しんでない。
春お兄ちゃんも、同源さんの事、乗り越えてた。
凄く怒って、罵られるかと心配だっけど、そうならくて良かった。
同源さんは春お兄ちゃんを人のままにしたいと願った。
だから、春お兄ちゃんを人に戻す。
これが、ボク、女神、玄雨純の次の目標。
桜と料理を作りながら、純は窓から見える空を見て、良い天気だな、と思った。




