第16話 巫術師 玄雨純と兆し
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫女、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。
中学2年生の神峰純は、こともあろうか雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれ、女神、玄雨純になった。
一度に三度も「空の穴」の術を使った純。その純が、災厄について話し始めた。
■純、話す
翌日、雫の言うように純は目を覚ました。
起きると、自分が裸なのに気付いて、すぐに真っ赤になった。
すぐに雫が、新しい巫女装束などを渡す。
わたわたと巫女装束を着た後、純は、それどころじゃない、という顔になると、雫に聞いた。
「ボクが消えた後、東雲道元さん、もしかしたら、同源と名乗ったかも知れない人と、東雲春喜さんが尋ねて来ませんでした?」
雫にはなんの事か判らないが、尋ねて来ていないと答えた。
とたんに純は、ほっとすると、その場に座り込んだ。
「良かった。間に合った」
雫は、何か重大な事が起こった事を察した。真剣な目で、純を見た。
「何があった。純?」
そして、純は、話し始めた。
話しの途中でアリスが、やっぱり、一度こっちに来て、調べた方が良い、と言い出して、純は「空の穴」で、米国に行った。
アリスのラボで純を検査した所、純が話したような記憶、純の記憶と言うよりも、別の世界の記憶が、純の中に見つかった。
アリスの会社の技術で、それは読み取られた。
純の話を補完する形で、その別の世界の記憶を使い構築したのが、次の物語。
物語の始まりは、はやり、純に語ってもらわなくてはなりますまい。
ボクが熱を出した日、ボクは熱を出してなくて、雫さんと二人で、現在の東雲家当主で、鬼祓い師で、鬼喰いの東雲道元さんと、ボクも良く知っている東雲春喜さん、春喜お兄ちゃんの二人が、この玄雨神社にやって来たんです。
それが、災厄の始まりでした。
■鬼祓い師、鬼喰い
「誰か、来た。結界に触れようとしている」
雫がそう言うと、目を閉じた。
「力が強い。押し入ろうとしている」
雫が玄雨神社周辺に張った巫術の結界、それを突破しようとする者がいるというのだ。
雫は、望の事を思い出した。賊を歓待し、悪心を解いた望の事を。
雫は結界を解いた。
神社の石段を二つの影が上ってくる。
境内に現れたのは、気迫のある中年、といっても、細身で引き締まった顔をしている百七十センチくらいの男性と、大学生くらいの百七十五センチくらいの青年だった。こちらは、のんびりした雰囲気を漂わせている。
青年を目にした純は驚いた。
春お兄ちゃん。どうして、ここに。
雫は二人を舞い舞台に招き入れた。純に茶を用意するように伝えると、自分の名を名乗った。
「私は、当玄雨神社の主、玄雨雫と申します」
中年の男性の方が自己紹介した。
「突然の訪問、失礼しました。お聞きしたい事がありまして、お伺いしました。私は東雲道元。表の職業は漢方薬薬局を営み、裏の職業は、鬼祓い師、鬼喰いをしております。その時の名は同源。どうぞ同源とお呼び頂ければ」
そして、と、青年の方を目で示す。
「これは、私の息子。東雲春喜。春喜が見聞きした事が元で、此方に伺いました」
そこで、同源は、一呼吸開けると言った。
「ご説明しても宜しいでしょうか」
そこに、お茶を持った純が戻ってきた。
雫はちょっと奇妙な事に気がついた。
大学生くらいの息子がいるにしては、同源は若く見える。どう見ても三十台。だが、春喜の年齢が大学生くらいとすれば、五十台であってもおかしく無い。
純は、二人の前にお茶を置く。
その様子を表情は柔らかいものの、春喜はじっ、と見ていた。
雫が頷くと、同源は春喜に目配せする。
「では、まず、父に代わり、私の方からお話しをさせて頂きます。話しは、神峰巌さんの三回忌法要に遡ります」
春喜は、また、柔らかい表情のまま、純をじっ、と見た。
「その時、私は、そちらの娘さん」
雫が純の自己紹介がまだだったと、口を挟んだ。
「この娘は、私の妹で、玄雨純と申します」
その名を聞いて、間違いない、というように、同源と春喜は頷き合った。
「なるほど。名も同じですね。あ、話しが反れました。その三回忌法要で、純さんを見ました」
少し、間を空けると、春喜は続けた。
「純さんの中に、封じられた鬼がいるのが見えました」
場の空気が凍りついた。
「鬼」
一体、この二人は何をしにここに来たのか。
春喜はふうっと息を吐くと、ほんの少しふざけた様な表情を作った。
「あ、正確に言うと、鬼を封じた痕跡が、見えた、と思いました」
そして、春喜は話し始めた。
■神峰巌三回忌法要
春喜は父同源の代わりに、神峰巌の三回忌法要に出席した。
春喜は純の両親に簡単に挨拶した後、焼香した。法要が終った後、純の両親に話しかけた。
「今日は父の具合が悪くて、代わりに来ました。父もよろしくと言っていました」
春喜は思った。
半分は本当だけど、半分は、まあ、嘘じゃないけど、本当じゃないな。
親父は最近、身体の調子が悪い。といっても、以前と比べたら、だけど。
今日、急な「鬼祓い」の仕事が入ったから、代わりに俺が来た。
そこで、春喜は、桜の様子がおかしい事に気がついた。
「あの、亮おじさん。桜おばさん、どうかした?」
声を抑えて春喜が聞くと、亮が答えた。
「ああ、参列にいらした姉妹を見て、妹さんの方が純に似てるって。それで、純の事を思い出して、ね」
春喜は思った。
確かに純は小さい頃女の子に良く間違えられてた。まあ、俺も子供の頃、初めて会った時、てっきり女の子だと思ったくらいだけど、でも、流石に中学生になった純と見間違えるのって。桜おばさん、相当まいってるな。
無理も無いか。あんなに可愛がってたものな。
その姉妹の事が、ちょっと気になった春喜は、どの姉妹ですか、と亮に尋ねた。
「あ、今ちょうど、斎場の出口から出ていこうとしてるところだよ」
春喜は後ろを振り返ると、その姉妹の妹を見た。
東雲家の血筋には、特殊な能力を持つ者が現れる。直系だとその確率は高い。
「鬼」を見る眼。東雲の眼。
春喜は、その「鬼」を見る能力を持っていた。
その春喜が、妹を見たら。
「鬼」の痕跡が見えた。
春喜は「ちょっと、外に行ってきます」と、神峰夫妻に言うと、二人の後を追った。
二人が斎場の前の道を進み、右の角に曲がるの見ると、小走りに追っていく。
春喜が、角を曲がって先を見ると、そこにはもう、二人の姿はなかった。
斎場に戻りながら、春喜は考えた。
あの妹の方に見えたのは、「鬼を封じた痕跡」みたいに見えた。
だが、「鬼封じ」はもう行われていない行。今は、「鬼封じ」せず、「鬼喰い」で「鬼祓い」を行う。
なぜ。
春喜は気がついた。
もっとも近い時期に行われた「鬼封じ」は、葵大伯母さんが、純に行ったもの。だが、その純は亡くなっている。
おかしい。
斎場に戻ると、春喜は神峰夫妻に「いやあ、綺麗な姉妹だったから、つい追いかけちゃいました」と追いかけた言い訳をした。
「春喜も、ついにゲームより、実在の女性の方が良いと思うようになったか」
と亮にからかわれると、「そりゃ無いよ、亮おじさん」とふざけて返した。
春喜は、亮が作った「舞術師シリーズ」という格闘ゲームとダンスゲームを融合させたゲームのファンで、親戚という事もあって、良く神峰家に遊びに行っては、亮と話しをする間柄だった。
亮が言うには、春喜は多分世界で一番、「舞術師シリーズ」が上手く、知っているプレイヤーだと、賞賛している。
二人のいつもの会話を聞いて、桜はちょっと気分が楽になった。
■春喜、同源に話す
それからしばらく後、春喜は、巌の三回忌法要で見た「鬼の痕跡」のある娘の事を、父、鬼祓い師である同源に話した。
「それは、お前の見間違いじゃないのか。鬼封じは、もう行われていないよ」
と、同源は反論した。
「どうもおかしい事になってるみたいだよ」
春喜は、と新しい情報を話し出した。
「亮おじさんの所に遊びに言った時、桜おばさんが、元気になってた。純が死んでから、あんなにふさぎ込んでいたのに」
ちょうど、雫と純が、純の死を悲しむ桜の心を慰めようと、舞いを舞った翌日、亮に会う為、春喜が神峰家を尋ねていたのだ。
そこで春喜は、桜が、純が亡くなる前の明るい桜に戻っているのに気がついた。
どうしてだろう。ちょっとばかり気になった春喜は亮に尋ねた。
「ああ、昨日、三回忌法要にもいらした、玄雨さんご姉妹がいらして、その神社に伝わる鎮魂の舞いを舞っていったんだ。そしたら、という訳じゃないと思うんだが、元の桜に戻った」
亮おじさん、嬉しそうだな。おじさんも、前に戻ってるよ。きっと、自分じゃ気がつかなかったんだろうな。叔父さんも純が死んでから、落ち込んでたのって。
そう、春喜は思った。
ふと気になったので、その姉妹の名前を亮に問うた。
「ああ、玄雨雫さんと、妹の純さんだ。妹さん、名前が純と同じで少し驚いたよ」
玄雨雫と、純。
「鬼の痕跡」の娘が気になった亮は、三回忌法要の受付の係の人に聞いて、さっきの美人姉妹の名前知りたいんだけど、と、ちょっと無理を言ったが、親戚という事もあり、教えてくれた。
係の人も、綺麗な姉妹だったから覚えていたのも、幸いした。
春喜は、名前と住所を覚えると、係の人に礼を言った後、すぐにスマフォに記録した。
その芳名帳に書かれていた名前も、玄雨雫、純、だった。
そこまで聞くと、同源は唸った。
「う〜ん。春喜、お前の眼も、まんざら節穴じゃないのかも知れないな」
「節穴は余計だよ。力継承してなくても、見間違わないと思っただけさ」
二人は考えた。
桜が純と見間違えた玄雨純、そして、その純には「鬼の痕跡」がある。
そして、なぜか神峰家を訪れている。
玄雨純には、何かある、と二人は考えざるを得なかった。
■雫、問う
「という訳で、私たちは、その、普通に考えたら突拍子もない質問をしたくて、ここに参りました」
と、玄雨神社の舞い舞台に座った同原は、雫に言った。
「そこにいらっしゃる玄雨純さんは、まさかと思うのですが、神峰純さんなのではありませんか? まあ、多分そうでは無いとは思いますが、もし、そうでなかったら、『鬼』に憑かれている事には変わりない。それは私が見ても、判る。となれば、祓わなければ純さんの身が危うい、と思いまして、そういう事もあって、伺いました」
そこまで、割と淡々と話した後、一口お茶を飲むと、同源は続けた。
「まあ、もし、亡くなった神峰純さんが、玄雨純さんだったとしたら、『鬼』を祓う必要はありません。神峰純さんは、私の父の妹、葵の孫。東雲家の血筋ですから、鬼が封じられても、それ程、問題ないと思います」
雫も、リンク越しで聞いているアリスも、少々驚いた。
まさか、玄雨純が、神峰純ではないかと、尋ねてくる人がいるとは。
しかもそれが、神の資質で、最近、重要な点となっている「鬼」について知っているとは。
『なに、このてんこ盛り設定。純くんって、生まれついてのスーパーヒーローだったみたいじゃない。流石のアリスお姉さんも、これにはちょっと驚きだわ〜』
『まったくだ。純と会ってから、イベント満載だ』
『あの〜、ボクを何かゲームのフラグみたいに言うの、止めてくださいよ〜』
ボクが一番驚いてるのに。
雫がこほんと咳をして、リンクの会話を止める合図をした。
「その前に、『鬼』『鬼祓い師』『鬼喰い』についてお話して頂けないでしょうか。話しが少々、見えづらくなっております故」
と言う雫の問いに、同源、いやあ、これは失礼と、頭を掻いた。
「すみません。その世界にどっぷり浸っていると、つい、初対面の人もその事を知っているものと勘違いしてしまいまして」
では、というと同源は説明を始めた。
東雲家口伝では、「鬼」とは人の思いが凝り固まったもので、人に取り憑くと、一時運気を上げるものの、取り憑いた人の寿命を大幅に短くする。
そして、その取り憑いた人が死ぬと、より大きな「鬼」となって、他の人に取り憑くもの。
東雲家は、開祖龍源の時代から、この「鬼」を祓うため、「鬼」を運気の強い子供に封じる行を行ってきた。
封じられた「鬼」は、取り憑いたものと違い、次第に力を失い、最後は消えてしまうと言う。
この「鬼封じ」を行う所から、「鬼祓い師」と言うようになったと。
空中にある「鬼」と同じく、人に取り憑いた「鬼」も、祓う事ができた。取り憑いた「鬼」を祓うと、取り憑かれた人の寿命は元の通りとは言えないが、伸びる。
このため、少しでも長生きしたいと願う「鬼」に取り憑かれた人は、「鬼祓い師」にすがる。
だが、「鬼封じ」には、運気の強い子供が必要で、そのため都合よく漂う「鬼」や、「鬼」に取り憑かれた人の「鬼」を取り出し、封じるのは、なかなか難しい。
そこで、開祖から幾代か下った時、別の方法で「鬼」を祓う技を取得した「鬼祓い師」が東雲家に現れた。
言ってしまえば、「鬼」を自分の身体に封じるのである。
だが、他の人に封じるのと、自分に封じるのは、訳が違う。
他の人に封じる場合、ある意味、封じる「鬼祓い師」と封じられる人が力を合わせて、「鬼」に対抗するのに対して、「鬼」を自分の身体に封じる場合、たった一人で「鬼」と対決しなくてはならない。
初めて自分の身体に「鬼」を封じた「鬼祓い師」は、三日三晩、生死の境を彷徨ったと言う。
そして、身体が復調した時、身体に異変が生じた。
傷の治りが異常に速くなったのだ。
「鬼」の力が「鬼祓い師」に移ったものと考えられた。
そして、次に「鬼」を自分の身体に封じた時は、それ程、命の危険に晒されなくなったと言う。
そうして、「鬼」を封じれば封じるほど、鬼を封じるのは容易になっていったと。
まるで、「鬼」を「喰う」ような事から、「鬼封じ」と呼ばず「鬼喰い」と言うようになったと。
そして、その力は、次の代の「鬼祓い師」に受け継ぐ事ができた。
「ただ、鬼祓い師は、鬼喰いは、力を得た反面、失ったものもありました」
そこまで、語り終えた同源は、少しばかり悲しそうな面持ちで言った。
「代を重ねる毎に、鬼祓い師の寿命は短くなり、力を次代に継承させると、その後、僅かな期間の後、死ぬようになりました。おそらく、代々蓄えた、鬼の力の副作用なのでしょう」
雫は、少し前に思った疑問を口にした。
「同源さんが、お若く見えるのは、やはり、その鬼の力のため、なのでしょうか?」
これには春喜が答えた。
「そうなんですよ。親父と紹介しても、すぐに信用する人が少ないんです。困ったものです」
同源はと見れば、ちょと照れたようにしている。
親父、綺麗な若いお娘さんに、若いとか言われたからって、露骨に照れるなよ!
「ええと、親父、51です」
純が咄嗟に「目合わせ」の術でアリスに視せた。
『雫以外で、ここまで年齢不詳なの、始めて見たわ〜。今日はアリスのビックリ体験新記録になりそう〜』
『おい、アリス。少々ふざけ過ぎだ』
『はいはい。それにしても、同源さんのビックリ告白、驚く事ばかりだよ〜。あたし全然知らなかった。雫知ってた?』
『まったく、知らなかった。その点では、私もアリスと同じくらい驚いているよ』
急に雫が黙り込んだので、同源と春喜は、実年齢を聞いて、思いっきり引いたんだと思った。
■雫、話す
場の空気を察して、雫は咳払いをすると、言った。
「私の問いに、お答え頂き、真にありがとうございます。私も純も、あまりの事に驚いております」
ただ、と少し間を空けて、雫は続けた。
「同源さんのお話しを疑ってはおりません」
そう言うと、雫は純に言った。
「純、アリスを連れてきてくれ」
『少しの間、こっちに来てくれるか。アリス』
『オッケー。ある意味、これも緊急事態だもんね〜。私も実際に見てみたいし〜』
二人のリンクの会話を聞いた純は、境内に降りていった。
雫は同源と春喜の方を向いた。
「今から、純が行う事を、よく見ていて頂きたい。その上で、これからお話する内容が、真かどうか、判じて頂きたい」
二人は境内の純が短い舞いを舞うのを見た。
そして、純が一歩前に歩き進むと、消えたのを目撃した。
同源、春喜ふたりとも、立上がりかけた。それ程の非日常な光景だった。
さらに、二人は驚く事になった。
消えたと思った純が、可愛い小さな金髪の女の子を連れて、現れたからだ。
鬼喰いも、大概、人外だけど、この神社、怪異の巣窟だぞ、親父。
もしかしたら、毒蛇の巣に手を突っ込んじゃったのでは、と春喜は思った。
純とアリスが座に付くのを待って、雫は口を開いた。
「まず、玄雨純が、神峰純であったか、という問いに関して、お答えします」
同源と春喜は、もう何を聞いても驚かない気分になっていた。
「玄雨純は、神峰純が、女神となった名前です」
め、女神だって!
流石にこれには、同源も春喜も驚いた。
ただ、言われただけなら、そうでも無いだろうが、人が消えて、別の人を連れて現れるのを目撃した直後なのだから。
それにしても、女神って。
亮のおじさん、ゲームだってこんなにイベント満載にしたら、バランス悪くて面白くないよ。
良く判らない感想を春喜は持った。
「あ、あのう。春お兄ちゃん。お久しぶりです。純です」
純が恐る恐る、といった感じで言ったのを聞いて、もはやこれが現実なんだと、春喜は観念した。
同源も、もしや神峰純と玄雨純は同一人物かも、と思ってはいたものの、ほとんど春喜と同じ心境だった。
「鬼」を喰う時でも、こんなに冷や汗はかかないぞ。
と同源は思った。
『は、春お兄ちゃん! なに、この展開! 純くん、後でアリスお姉さんにしっかり白状するのよ!』
『アリス、それは私も聞きたいが、今はそこじゃないだろう』
純は、セリスだけが心配してくれる気配をリンク越しに感じて、やっぱり言うんじゃなかったと思った。
アリスさんにだけは、知られちゃいけなかったんだよ。これで、アリスさんのボク弄りは通常の三倍だよ!
後悔先に立たずの純だった。
雫は咳払いをすると、場に広がった妙な空気を祓った。
「同源さんは、自分のご家系の、おそらく秘密をお話しになりました。こちらもその誠意にお答えし、話す事と致します」
そう言うと、雫は純の隣に座っている可愛らしい金髪の小さい少女の方に、開いた手を向けた。
「ここにいるのは、アリス・ゴールドスミス。世界を支配している西洋の女神。記憶を引き継ぎ、数百年生きているものです」
アリスはすっと立ち上がると、ゆっくりとお辞儀した。
「アリスです。この度は、貴重なお話しをお聞かせ頂き、ありがとうございます。雫が言った世界を支配しているとうのは、大体合っています。ちょっと証拠をお話しましょう。同源さんに『鬼祓い』の仕事の繋ぎをしてるのは、白酉礫さんですね。『鬼祓い』のスポンサーになっているのは、陰山さんのご家族。如何でしょう」
サーバントリンクから得た同源の対人関係リストの情報の一部をアリスは口にした。
対人関係リストは、純の「目合わせ」の術で同源の顔を知った専門のサーバントのチームが、監視衛星や監視カメラからの画像を顔サーチし、口座、通話記録を調べ、極僅かな時間に作成したものだ。『鬼祓い』は、裏の仕事だろうというアリスの指示のもと。
同源は目を見開いた。
鬼祓い師は、有る意味、裏の稼業。その重要な情報を、こんな小さな少女がさらりと、口にするとは。しかも、その口調は成人した女性のもの。
雫が言った事は、真実だと、飲み込むしかなかった。
そのアリスの言葉に応じた雫の言葉に、同源は更に驚く事になる。
「陰山? ああ、あの爺さんの家系か。まったく、あの爺さんが、占って欲しいと泣きついてきた時は困った。まさか、新政府の政治家がGHQ通して、私に占いを依頼してくるなど、考えても見なかった」
雫はここで、ちょっとアリスを睨んだ。
「いーじゃない、というか、私の所為じゃないよ。日本統治の方法で、いくつかGHQにプランが出て、それを占って欲しいって雫に言ったのは確かにあたしだけど、それが外に漏れちゃうなんて知らなかったのよ」
ま、まさか。
同源は、目を見開いた。
聞いた事がある。今から二代前の陰山家の家長が、古くから日本に棲む、不老不死の巫女と会って、占ってもらった事で、今の陰山家の繁栄があると。
だが、それは、箔を付ける為の法螺に過ぎないと思っていた。
だが、しかし。
「そして、私。玄雨雫は、不老不死の巫女。徳川幕府の頃までは、朝廷占い方として、政にも関わっていましたが、新政府になって辞めました。よって、日の本の国の神、と称しています」
親父が固まってる。「鬼喰い」で大概の事は驚かない親父が。
というか、俺もこの怒濤の展開は想定外だ。
もう、毒蛇の巣に手を突っ込んだどころじゃない。
ずっぽりはまってさあ大変、ってところだ。
もう、訳の判らない感想を春喜は思った。
「混乱させてしまったとしたら、申し訳ありません」
雫は、少し神妙な顔をした。
「実を言うと、同源さんと春喜さんがお話しになった『鬼』のお話し、私どもにとっても同じくらい驚いた話しでした」
同源は、相手も驚いた、と聞いて、冷静さを取り戻した。
「と言いますと」
「実は」
と雫は同源に、神の資質についての話しをした。
どうやら、われわれ三人は幼い頃、あるいは赤子の頃、何かと同化した記憶がある。
そして、最近、その何かがどうやら「鬼」である事が判った。
その事と、女性である事が重なって、女神となった。
神峰純は、わたしとアリスが神の資質を認め、純の承諾を得て、女神となった。
捕捉するなら、純のもともとの性別は女性だった。
話しを黙って聞いていた同源が、ここで質問した。
「というと、雫さんが不老不死になったのは、『鬼』の力の為かも知れないと」
雫は少し頷いた。
「その可能性はある、と考えます。同源さんの治癒力、肉体年齢と実年齢の差、近いものを感じます故」
ここで、同源は、少し下を向くと、しばらく黙り込んだ。
ぼそりと、「鬼と同化、か」と呟いた。だが、その声はとても小さく、女神でさえ聞き取れなかった。
同源は、顔をあげると雫に言った。
「玄雨純さんが、神峰純さんなら、先程話した通り、鬼祓いは不要です。おそらく、あと十年しない内に、純さんの鬼の痕跡は消えて、東雲の眼でも見えなくなるでしょう」
そう言う同源とは違い、息子の春喜の方はまだ混乱していた。
その狼狽ぶりが少々心配になった雫は、春喜に「読心の術」を使うと、思わぬ思念が飛び込んできた。
あ、あの純が女の子。小さい頃、純が「春お兄ちゃんのお嫁さんになる」って言って、桜おばさんが「この子、時々、自分の事、女の子と勘違いするみたい。他の人が勘違いするから、かもね」って言ってたけど、おばさん、純は元は女の子だったんだって。た、確かに、俺も初めて会った時、純を女の子って思ったけど、今その純が女神になってるとか、もう、訳が分からないよ。
混乱ぶりが、全部純絡みになっている。
知り合いの性別が急に逆になるというのは、相当な混乱を巻き起こすものらしい。
拙い事に、この春喜の思念が、リンクに漏れた。
アリスがその瞳に邪悪な光を宿すと、とんでもない事をリンクで言った。
『純くんの初恋の相手、みっけ~~~。今告白したら、いい感じかもよ。かもよぉ!!』
アリスの爆弾がリンクに炸裂した!
小さい頃で、自分が覚えてもいない事を知らされて、それでなくても恥ずかしくて堪らなかった純に、アリスの爆弾が直撃する。
急に立ち上がると、純はリンクに絶叫した。
『あ、アリスさんのばかぁ~~~!』
そして純は逃げ出すように舞い舞台から奥の部屋に駆け込んだ。
『アリス!』
『ごめ〜ん。あんまり面白かったから、つい。でも、リンクに漏らしちゃう、雫も悪いんだよ〜』
『うっかりしていた。今日は驚きっぱなしで、術が乱れた』
『ママも雫師匠も、あとで純お姉ちゃんにきちんと謝ってくださいね。セリス、ちょっと怒ってます。純お姉ちゃん、かわいそう』
『すみません』
セリスの怒気にあてられて、めずらしく、雫とアリスが声を揃えて言った。
奥の部屋では、えっく、えっくと子供のように泣く純に、セリスがリンクで声をかけていた。
『純お姉ちゃん、心配しないで。セリスは純お姉ちゃんの味方だよ。小さい頃のコト、あんな風に言うなんて、ママ酷い。それにそれを漏らしちゃう、雫師匠も』
自分の為に怒ってくれるセリスの気持ちがリンク越しに伝わってきて、純の気持ちも収まってきた。
『ありがとう。セリスちゃん』
純は顔を洗うと、舞い舞台に戻った。
戻っていた純を雫とアリスが心配そうに見ていた。
急に出ていった純を、やっぱり心配そうに春喜が見ていた。
純はできるだけ、春喜と目を合わせないようにした。
目が合うだけで、さっきの恥ずかしさが再燃焼しそうな気がしたから。
こんな所まで押しかけて、嫌われたかな、と春喜は思った。
それよりも、春喜は同源の様子が気になっていた。
さっきから、どうも様子がおかしい。
だが、それが何なのか、春喜には判らなかった。
■同源、春喜、去る
「用も済みましたし、帰ろうと思います」
同源の言葉で、女神たちと、鬼祓い師の邂逅は終った。
帰り際、雫は言った。
「くれぐれも、玄雨純が神峰純である事は」
意を酌んで、春喜が答えた。
「決して言いません。特に神峰のおじさん、おばさんには」
そう言った後、春喜は思い出した事を雫に、できれば純を見て伝えたかった。
だが、純が雫の後ろに隠れるので、雫に言った。
「桜おばさん、純が亡くなったと知る前と同じくらい、明るくなりました。それと、たぶん、本人は自覚してないと思いますけど、亮おじさんも、元通りになりました。どうやったか判りませんが、二人が元気になって、俺も嬉しいです」
そう言うと、春喜は雫に頭を下げた。
「ありがとうございました」
春喜が頭を上げると、同源がそろそろ帰るぞ、促した。
石段を下り去っていく春喜の後ろ姿を見ながら、純はもう少し、目を合わせるとか出来たら良かったのに、もっと上手く自分の気持ちを扱えたら良かったのに、と、ちょっと後悔した。
そうして、二人は去っていった。
こうして、災厄の種は蒔かれた。




