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第13話 巫術師 玄雨雫と時

 齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫女、玄雨雫。自称、日の本の国の神。

 そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。

 中学2年生の神峰純は、こともあろうか雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれ、女神、玄雨純になった。

 「空の門」の実験が始まった時、そこに一人の老女が現れる。老女は自分の名を「玄雨朔」と語る。朔は雫の線先代の玄雨家当主の名。その当主が、数百年の時を超え、現れた。

■純、自己紹介する


 それにしても、と、突然現れた玄雨(くろさめ)(さく)は言った。

「社殿の様子が、ちと違うのは何故だ。それに、どうして『さき』が大人になっておる。気脈で『さき』と判じたが。面妖な事」

 と呟いた。

 数百年の時を経れば、同じ神社でも、細かな点で様相は変わる。

 それに、朔のいる近くには、アリスが設置した「空の門」を形成する為の装置群が置いてある。

 手に持っていた皿のようなものを懐に仕舞うと、腕を組んで考え込む。

 一人思案する朔とは対照的に、雫、アリスは動かない。

 純は、その朔の様子が、雫が思案する様に何となく似ているな、と思った。

 そう思ったら、老女朔の事が、怖くなくなってきた。

「あ、あの」

 と朔に声をかけた。ぺこりと、だがきちんとお辞儀をする。

「ボク、玄雨純と言います。雫さんの弟子です」

 ぬ、と朔が純の方を見た。

「名を名乗るとは、怪異にしては礼儀正しい」

 朔、少し考えると、純に尋ねた。

「お前の師、その雫とは、誰の事じゃ」

 その、と純が言おうとした時、雫が口を開いた。

「私にございます、お祖母様。私、『さき』が玄雨家を継いだ時、付けた名にございます」

 お祖母様、という呼び方は、玄雨家特有のものだ。

 巫術玄雨流は、乙女のみが為せる技。その当主もまた、乙女のみとなる。つまり玄雨家代々の当主には、血のつながりは無い。

 だが、血縁の呼び方で、前の当主を呼ぶしきたり。

 だから、雫にとって二代前の朔は、お祖母様、となる。

 朔は雫を見ると、目を見開いた。

 今度は朔が驚く番だった。

 朔から見れば、突然、同じ玄雨神社の舞い舞台に、正確には、上手控えの間近くの舞い舞台に、突然、見慣れぬ三人が現れたように見えたと思ったら、代替わりしたなどと言うのだから、驚くのも無理は無い。

 朔は、見慣れぬ三人が現れたのでは無く、自分の方がどこかに移ろったのだと、判断した。

 朔は一息吐き出すと、言った。

「ここは、黄泉の国か」

 はてさて、わしは死んだのか、と朔は考えた。

「朔お祖母様。お祖母様は死んではおりませぬ。ここは玄雨神社」

 ただ、と雫は、続けた。

「『時』、が違います。お祖母様のいらした『時』よりも、数百年のちの玄雨神社にございます」

 ぬう、と朔は口を一文字に引き結ぶと、考え込む様子。

「お祖母様は『神隠し』にあった、と思われます」

「時を超える、『神隠し』、か」

「左様に」

 そう言うと、雫は静かに頭を下げた。

 アリスはこの様子を、しっかりと視て、首の後ろに付けている視床下部情報送信装置「見送りくん」で、アリスの会社のサーバに中継していた。

 と同時に、多種多様な指示を素早く高速にサーバントリンクに伝達し続けていた。

 純には、アリスとサーバントリンクとの会話は聞こえない。仮に聞けたとしても、早口に聞こえて、判らない、というよりも、全く違う情報通信帯域で行われていて、話している事は感じ取れてもその内容は聞き取れない、という事になっていただろう。

 その高速通信を取りやめると、アリスは口を開いた。

「朔曾お祖母様、私は、アリス・ゴールドスミスと申します。曾お祖母様のお見立ての通り、外つ国のものでございます。雫様の友で、今は弟子となっております」

 そう、自己紹介をすると、深々と頭を下げた。

 純は驚いた。

 ア、アリスさんのキャラが変わった!

 いつものアリスを見慣れている純にとっては見慣れぬアリスだった。

 はっ、と純は気がついた。

 そうか、雫さんが初めてアリスさんと会った時、丁寧に挨拶したと言ったのは、こういう事だったんだ。

 純の女神化のための「昇格の儀」の前に、雫が言った言葉を純は思い出していた。

 純がそう思索している時、朔はアリスを見て、そして見抜くように見詰めていた。

「お主、ただの子供では無いな。その物言い、態度、うわべは童子でも、その内は、そう、相当永く生きておると見た」

 それに、と言うと、雫の方を向く。

「『さき』、いや雫。数百年ののち、と言ったが、お主が生きておると言う事は、お主も、その永き時を生きてきた、という事になる」

 むう。と唸ると、朔は口を閉じた。何か考え込んだ様子だ。

「『神隠し』にも驚かされるが、この事にもまた、驚かされる」

 雫は朔の目を見て、良く通る声で言った。

「私、玄雨雫は、不老不死にございます」

 そして、と言って、アリスの方に開いた手を向けると、続けた。

「このアリスもまた、永き時を、代替わりしながら、生まれ変わりながら、生き続けているものにございます」

 雫は、アリスを示していた手を、純に向けた。

「そして、この純も、永き時を生きる定めにございます」

 す、と手を下ろすと、少し言葉に力を込めた。

「我ら三人、世の安寧のために働くもの、そのため、女神と称しております」

 じっ、と雫を視詰めていた朔は、ふっとその身体から力を抜いた。

「雫。お主が嘘を言っておらぬ事は、気脈を視て、判った。だが驚く事ばかりじゃ」

 というと、すとん、と腰を下ろした。

「ちと疲れた」

 というと、右手で左肩をぽんぽんと叩く。

 場の緊張が、一気に解けた。

 純が座布団を持って、朔の所に近づく。

「朔、曾お祖母様」

「おお、気が利くな」

 朔は座布団に座り直した。


■神隠し


「して、朔お祖母様。お祖母様は如何にして、『神隠し』に遭われたのでしょう」

 今度は、雫が質問をする番だった。

 三人は、朔の近くに座布団強いて座っていた。

「どうして、『神隠し』に遭ったか、それは判らぬ。ただ」

 というと、懐から、二つに割れた皿のようなものを取り出した。

「このご神体の汚れを祓っておった時、急に目の前が暗くなったと思うたら、ここにおった、という事じゃ」

 と割れた皿のようなもの。いや、鏡を見詰めた。

「いつの間にやら、ご神体が割れておる。困ったものじゃ」

 鏡、と言っても現代の鏡では無く、銅鏡である。そうそう割れるものでは無い。それが割れている。

「お祖母様。私共の方は、『(くう)の穴』の術で現した『空の穴』を、『空の門』と成す技を執り行っている最中にございました」

 と雫は言った。

 この時、アリスと純は気がついた。思い出した。

 「空の穴」の巫術書に書かれていた名前を。

 雫が巫術書を探す心象を視せてくれた時、視た巫術書に書かれていた内容を。


 「空の穴」の術。

 黒き穴にて場所と場所を繋ぐ、極めて会得難しい巫術。我成しえず。

 玄雨朔、記す。


 この玄雨朔が、「空の穴」の術の事を書いた人物だった。

 だが、雫の話に、朔は意外な反応をする。

「『空の穴』? 雫、それはどのような術の事じゃ」

 雫は少しも表情を変えず、こう聞き返した。

「ご存知、ない?」

「知らぬ」

「暫し、御免」

 そう言うと、雫は立ち上がり、舞い舞台を去った。

 立ち去る雫が視界から消えると、朔は、純の方を見た。

「それにしても、純とやら。お主、見かけによらず、肝の太い娘よのう」

 と、朔は、たいしたものだ、というように言った。

「え?」

 どういうこと? 純はぽかんとしてしまう。

「判らぬか。儂も『神隠し』に遭って驚いたが、お主らも儂が現れて驚いたじゃろう」

 と、言うと、優しい目をした。

「わしが名乗ったのは、神社に現れたお主らを咎めるため。当然の事」

 じゃが、と朔は続ける。

「お主は、すぐに名乗った。怪異に会えば、人はなかなか己の名を名乗れぬ。名を知られれば、後々の禍となるやも知れぬからな」

「そ、そんなコトまで、考えていませんでした。ただ、その」

 褒められていると判って、純は照れた。

「朔曾お祖母様も、ボクたちと同じに、この『神隠し』で不安になっていたんだろうな、って思って」

 それを聞くと、朔は呵呵高笑。かかかと笑う。

「それを、肝が太い、というのじゃよ」

 場の空気がすっかり和んだものに変わった。

「そうなのよ〜。純くんは、すっごく頼りがいのある子なのよ〜」

 アリスの地が出た。

「あ、アリスさん」

 アリスがいけね、という顔をする。

 これを見聞きし、朔、再び呵呵高笑。

「構わぬ、構わぬ。言い安い言い様で話すが良い。分かりにくい所は、聞き直す」

 それにしても、と朔は言うと、

「ご神体が。この有り様は、不味い。困った」

 と朔は手に持った割れた銅鏡を見る。

 それを見て、アリスがサーバントリンクに何か指示すると、純に言った。

「純くん、度々で悪いんだけど、そのご神体、ウチのラボに持っていって、直してもらってきて。すぐに直せるらしいから、直ったら戻ってきて」

 純はちょっと、またか、という思いが湧いて来そうになった。

 今日これで四度目ですよ。便利道具扱いも、という思いの泡が表層意識に湧き上がりそうになる。

 だが、朔の困った様子を見て、というよりも、何とかしてあげたいという気持ちの方が勝り、「はい」と返事をした。

 返事をした後で、純はちょっと考えた。

 出口の「空の穴」を開ける目印が無い。アリスさんはこっちに来てるから、雫さんに「無しの扇」を作ってもらえると簡単なんだけど。

 あ、今、分社に『空の門』がある、それを目印にすれば、大丈夫。

 と、純が思案していると、「直せるのか?」と朔がアリスに問うた。

「もちろん。ウチのラボ、ん〜と、鍛冶屋さんなら、ささっと、元通りに直せます」

「真か」

「は〜い。どーんとお任せくださ〜い」

「では、頼む」

 と朔は純に割れた銅鏡を手渡す。

「アリスさん、分社の方に出ますけど、それでいいですか?」

 アリス、サーバントリンクに指示を出す。

「オッケー。それで大丈夫よ〜。そっちにもラボのサーバンがいるから」

 純は銅鏡を巫女装束の懐に仕舞うと、境内に降り、「無しの扇」を作り出すと、「空の穴」の舞いを舞う。

「ほう。気脈で扇の形を成すとは」

「そう〜。純くんは優秀なのよ〜」

 アリスの純くん弄りに、舞っている純の心に何か言い返したい気持ちが、ちょこっと湧く。

 元のアリスさんに戻ったら、ボク弄りまで復活しちゃったよ〜。あ、いけない。集中。集中。

 と純は舞う方に集中し直す。

 純が舞い終ると、「空の穴」が現れた。

 直径二メートル位の、漆黒の球体。

 初めて見る「空の穴」を、朔は目を見開いて見詰めた。

「行ってきます」

 と、純は「空の穴」に消えた。

 朔は、むう、と声を上げた。

「今のが『空の穴』の術です〜。純くんにしか出来ないの」

「驚いた。まるで『神隠し』のようじゃ」

 そこに、雫が戻ってきた。

 純がいない事に気付く。

「純はどうした?」

 アリスが事の次第を説明すると、雫は暫く思案する顔をしたが、すぐに自分の座布団に座ると、手に持つ巫術書を朔の前に差し出した。

「ここに」

 と「空の穴」の術の書かれた箇所を広げ朔の前に示した。

 朔はその「空の穴」の術の箇所を見詰めると、言った。

「む。確かにわしの字じゃ」

 朔は腕を組む。

「じゃが、書いた覚えは、無い」

 それを聞いて、雫、何か判ったように小さく頷いた。

「雫ぅ、何か判ったんでしょ? ねえ、教えてよ〜」

 すっかり元のアリスに戻っているのに気がついて、雫がそれを咎める。

「アリス、お祖母様の前だぞ。礼儀正しくしろ!」

 かかか、という朔の笑い声が響くと、雫とアリス、朔の方を向く。

「構わぬ、構わぬ。それに、雫、お主も普段の言葉で話すが良い。わしの事はあまり気にするな」

 あまり気を使われると、こちらが疲れる。と結んだ。

「ほっらね〜〜」

「図に乗りすぎだ、アリス」

 朔はまた、かかか、と笑う。

「二人の仲が良い事は、よう判った。良い友を持ったな。雫」

 朔の雫を見る目は優しい。だが、優しさだけでなく、何か後悔の色が滲んでいる。

「雫、わしを恨んでおろう?」

 雫はすぐには何の事か判らなかった。が、思い至ると、こう応えた。

「いえ。恨んでなどおりません。朔お祖母様がご懸念の呪いは、もう解けました」

 雫の声は優しい。

「純が『あと』の亡骸を見つけ、『呪い』の事を知り、呪いはすぐに解きました故」

 二人で何の話をしてるの〜。アリスのけ者〜?

 そう思っていたアリスは思い出した。

 呪い。雫の双子の弟「あと」の亡骸を使って、雫を日本に縛った呪い。

 アリスは、「あ!」と声を上げると、失礼にも朔を指さした。

「あ、あなたが、雫に呪いをかけて、私が雫に会うのを邪魔した張本人なのね!」

 酷く怒っている。指さした指が震えている。

 朔は気がついた。

 そうか。わしの呪いは、これほど仲の良い友の間を裂いておったのか。

 朔は今度はアリスの方に向くと、アリスに頭を下げた。

「すまぬ。『さき』に呪いをかけたのは私だ。アリス殿にもご迷惑をかけた」

 すまぬ、と再び朔は言った。

 朔の謝罪に、アリスの怒りの矛先が鈍った。だが、まだ頬を膨らませている。怒りは収まっていない。

「ほんっとに、大変だったんだから。特に二度目の飛行機の時なんか!」

 雫は、アリスが朔を傷つけようとしていない事を見て取ると、アリスに言わせるだけ言わせた方が良いと思った。

 確かに、純には簡単に説明したが、本当はとても大変な事になったのだから。

 と、雫も思い返した。


■アリスの二度目の試み


 太平洋戦争が終った後、アリスは雫を米国に連れて行こうと、再び企てた。

 前回の船では、雫が急に消えてしまい、玄雨神社に戻ってしまったため、今度は航空機を使おうとしたのだ。

 速度が速ければ、呪いを破れるかも知れない、そう考えたのだ。

 だが、雫の事前の占いで、良い結果が出ない。

 もちろん、術者が術者自身の事を占えない事は、雫も百も承知。だから、乗る飛行機の事を占ったのだ。

 すると、結果は、「墜落する」と出た。

 だが、アリスは諦めなかった。なんとしても、そう、なんとしても、雫を米国に連れていきたかったのだ。

 数百年、探し求め、手がかりを見つけ、日本を開国させてまで、会いたかった同胞の雫。

 呪いで日本を離れられないと知った時の落胆。

 太平洋戦争で雫に会えない間、アリスの雫に会いたいという想いは、アリスの瞳に宿す深い哀しみと同じ程に、大きくなっていたのだ。

 雫は飛行機で、日本を出る事にした。

 念のため、パイロットには、パラシュートを装着させ、他の乗員はいない飛行機で。

 飛行機は離陸して、暫く、安定した飛行が続いた後、それが起こった。

 やはり雫が消えようとしたのだ。

 だが、今度は雫も消えまいと、玄雨神社に戻されまいと、霊脈を操り、自分の周りに結界を張っていた。

 戻そうとする力と、戻るまいとする力、その二つが飛ぶ飛行機の中で渦巻いた。

 呪いの力と、消えまいとする雫の操る霊脈の力がぶつかり合った。

 結果、飛行機は後ろ半分が千切れ、千切れた飛行機の破片もろとも、雫は海に落ちる。いや、落ちていく途中で、諦めた雫が結界を解いた途端、雫は玄雨神社に戻っていたのだった。

 雫は、玄雨神社に戻された後、その事を、リンクを通じアリスに伝えると、パイロットの安否をしつこく問いただした。

 自分のために、人が死ぬなど、許せないと。

 飛行機は墜落した。だが、パラシュートを事前に装着していたため、パイロットは無事だった。

 パイロットの無事を知り、雫は安堵した。

 そして、アリスは絶望した。

 この呪いには、対抗出来ないと。

 その呪いをかけた張本人を目の前にしたアリスの怒りは、本来凄まじいものだったに違いない。

 だが、代替わりし、巫術師となり、相手の気脈を視て取れるようになったアリスの目には、朔が本当にすまないと、悪い事をしたと、謝っているのが、判った。

 だから、怒りの矛先が鈍ったのだ。


「もう許してあげる。呪いも解けたしね」

 いきさつを一気に喋り切ったアリスは、憑き物が落ちたように元の表情に戻った。

 朔はアリスが事の次第を喋る間、手を畳につけ、ずっと頭を下げたままだった。

 アリスが、許してあげると言った後も、そのままだった。

「お顔を上げてください。朔曾お祖母様。あんまりお辞儀されたままだと、アリス困っちゃう」

 と言うと、朔の手を取った。

 「ありがとう」

 と言うと、ようやく朔は頭を上げた。

「それにしても、わしの呪いがそれ程とは」

 呪いをかけた本人が驚いている。

「おそらく、その呪いの力の根源は『あと』の遺体じゃな。わし自身には、それ程の力は無い」

 この時、雫は気がついた。

 雫を日本に縛っていたのは、本当は、「あと」の思いでは無かったかと。

「あと」は雫の双子の弟。姉から離れたくない、その思いが、朔の呪いで力を得たのだと。

「『あと』は、私から離れたくなかったのですね」

 静かな声で、雫が言った。

「ならば、わしは『あと』にも悪い事をした」

 雫は朔の意を察した。

「『あと』の遺体は弔いました。お祖母様は、もうお気になさりませぬよう」

 そう話している時、境内に「空の穴」が現れ、純が戻ってきた。


■時


 純は舞い舞台に戻った。

 出かけた時と少し雰囲気が違う事に気がついたが、特に聞く事はせず、懐から、元通りになった銅鏡を取り出すと、朔に差し出した。

 朔は銅鏡を手に取ると、しけじけと眺めた。

「おお、元通りじゃ。継ぎ目も見えぬ。礼を言う。アリス殿。お主お抱えの鍛冶屋、恐ろしい腕前じゃ」

「いや〜」と、アリスが謙遜もせず、右の手を頭の後ろに持っていったものだから、少し固くなった場の空気はすっかり柔らかくなった。

「雫ぅ、純くんも戻ったんだし、さっき気がついた事、教えてよ〜」

 うむ、と頷くと、雫は言った。

「朔お祖母様。お祖母様は、元の『時』に戻れると、雫は考えます」

 おお、と朔は悦んだ。

「して、どうやって」

 と先を急ぐ。

 だが、雫は「その前に」というと、説明を続けた。

「お戻りになった後、朔お祖母様の「行う事」が、特に重要なのです。事の次第では、戻れなくなるやも知れませぬ」

 戻ったのに、戻れなくなる、皆、雫の言う意味が判らない。

 ご説明致します、と雫は説明を始めた。

「まず、朔お祖母様のいらした『時』と、今のこの『時』は、繋がっているものと思います」

 そう言うと、雫は気脈を扇の先に集めると、扇を動かし、空間に気脈の線を引いた。

 話をする雫も、聞く者も全員巫術師。空間に引かれた線を視詰める。

「戻れる、という証拠が、この巫術書。ここに、朔お祖母様の字で書かれた『空の穴』の術の記載」

 しかし、と雫は言う。

「雫お祖母様は、『空の穴』の事を、ご存知無かった。ですが、その後、純が『空の穴』の術を成すのをご覧になった」

 そうで御座いましょう?

 と雫は問うた。純が朔の前で「空の穴」の術を使ったのは、雫が座を離れていた時だった。

「左様じゃ。今のわしは、『空の穴』の術が、どのようなものか、知っておる」

 雫は、空間に引かれた気脈の線の端の方を扇で指し示した。

「ここが、『今』、朔お祖母様が、『空の穴』の事をご存知になった『時』」

 というと、雫は気脈の線の反対側の端を扇で示す。

「そして、ここが、朔お祖母様が、こちらに来る前にいたした『時』」

 そう言うと、ほんの少し、扇の先の位置を先に進めた。

「ここが、朔お祖母様が、『空の穴』の事を巫術書に認めた『時』」

 と言うと、そこが少し明るくなる。そして、雫は前に空間に引いた気脈の線の下に、同じ長さの線を引いた。

「もし、朔お祖母様が、戻られた後、『空の穴』の事を巫術書に書かなかったとすると」

 と言うと、上の線の明るい点の真下に扇で示し、次に、その下の線を扇で示す。

「ここの『時の線』では、巫術書に『空の穴』の事は記されてはおりません。故に」

 と一呼吸区切ると、雫は続けた。

 「別の『時の線』にお戻りになる事になります。似てはいるが、別の『時』に」

 なるほど、と朔は呟いた。

「とすると、わしがこの今の『時の線』に戻るには、巫術書を書き、『あと』の呪いも解かず、ここに来て知った事を誰にも告げずにしておかなくてはならぬ、という事じゃな」

 雫は頷く。

「ご明察でございます。朔お祖母様」

 仮に、と言うと、朔は雫に尋ねた。

「わしが巫術書に書かなかったとすると、どうなる?」

 雫は僅かに思案の後、答えた。

「今、私たちのいる『時の線』が消え、下の新しい『時の線』に書き変わるか、この『時の線』はそのままに、新しい下の『時の線』が生まれるか、そのいずれかかと」

 朔は腕を組むと、言った。

「試して見なくては判らない。だが、試した所で、どうなったか判らない、か」

 「時の線」が書き変わっても、別の「時の線」が生まれても、「時の線」の中にいる者には、その変化は知りようが無い。

 もし、知りえるとすれば、「運命の分岐点」を視る事の出来る、純だけだろう。

 朔は腕組を解いた。

「今の『時の線』が消えてしまうのは、嫌じゃな。お前達の有り様が変わる。それはわしも嫌じゃ」

 朔の目が優しく、純、雫、アリスの目を見た。

「もう一つ、お願いがございます。朔お祖母様」

「なんじゃ」

「そのご神体です。それはアリスのラボ、いや、恐ろしい腕前の鍛冶屋が直したもの。朔お祖母様の時代どころか、今の世でも、おいそれとある技で直されたものではございません」

 朔は頷いた。

「判った。宝物殿の奥に仕舞い、決して人には見せぬように致そう」

 そう言うと、純の方を向き、「無駄骨を折らせて済まなかったな」と詫びた。

 純は「とんでもないです」と謙遜した。

 朔と純がそういうやり取りをしている時、雫は、だからか、と納得した。

 それにアリスが気がついた。

「どうしたの?雫ぅ。何、一人で納得してるの〜」

「鋭いなアリス。実は」

 と言うと、雫、純と朔が此方を見ているのに気がついた。

 こほんと、咳払いすると、後を続けた。

「実は、私は自分自身が不老不死であると、人ではないものと判った時、己が八百万の神の一つであると判じ、一つの神社に二つのご神体は不要と、ご神体を探した所」

 後を朔が引き継いだ。

「見つからなかった、と」

「左様にございます」

 そこで、朔は暫し目を閉じた。何かを思い出しているようだった。

 そして目を開けると、こう独り言ちた。

「八百万の神の一つ、確かにそうかも知れぬ。龍源(りゅうげん)御坊の言った『鬼』とは、この事かも知れぬ」

 鬼、その言葉に、雫の記憶の何かが反応した。

 雫は少し目を細めると、何かを思い出そうとするように、朔に問うた。

「もしや、これは『鬼』だ、この子に封じる、というのは」

 朔が驚いた。

「お主、それを覚えておるのか! 赤子の『さき』に言った御坊の言葉じゃ」

 雫の顔が強ばっている。

「その時、どのような事が行われたのか、お教えください。朔お祖母様」

 お願いという文脈の言葉だが、口調は懇願、なかば命令に近い色を帯びていた。

 朔もそれに気がついた。


 朔は言った。

「教えよう。雫。その事もあり、わしは『あと』の亡骸を使い、お主を縛ったのじゃから」

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