第11話 巫術師 玄雨雫の宴
齢数百年にして政に関わり強大な巫術を使う不老不死の巫女、玄雨雫。自称、日の本の国の神。
そして、欧米諸国を支配する多国籍企業ファイブラインズのCEO、アリス・ゴールドスミス。彼女もまた自称、西洋の女神。
中学2年生の神峰純は、こともあろうか雫が趣味で営む骨董屋一六堂に入って行った事から、二人に神の資質を見抜かれ、女神、玄雨純になった。
アリスが死に、純と中の世肩妹弟子のセリスが次のアリスになり、セリスの人格は消えるかと思った純。だが、セリスの人格は消えず、アリスの記憶と人格を持つ、新しいアリスとなっていた。
■宴
「無事、『迷宮脱出大作戦』も成功したし、ちょっとここでお祝いよう! 良いでしょ雫ぅ〜」
時間は大丈夫なのか、と雫が問うと、アリスはちょっと考えているようなポーズを作った。
多分、サーバントリンクに、無理言ってるんだと、純は想った。
あたふたしている、調整役のサーバントの姿が純の目に浮かぶ。
「大丈夫! 都合付いた。 というか、対外的な執務は、セリスが大きくなるまで出来ないから、実は少しは時間が作れるんだ〜。えへへへへ」
アリスは嬉しそうにそう言った。
「セリスにも、大好きな純お姉ちゃんと会わせてあげられるしね〜。お祝いしよう! 地球の平和とセリスが消えなかったお祝い!」
そう、アリスが言うと、雫も同意した。純も頷く。
くるりとセリスに変わると、「わーい! セリスお祝い、嬉しい!」と元気な声で言った。
セリスの人格が消えなかった事を、純は心の底から喜んでいた。
ブログに、こんなに嬉しい事って、もしかしたら、生まれて初めてかも知れない!と書いたほど。
急な宴の開催に、雫と純は準備を始めようと台所に向かう。セリスが手伝おうとすると、純が言った。
「セリスちゃんが消えなくて、ボク、本当に嬉しいの。セリスちゃんのお祝いなんだから、ここで待ってて」
純がそう言うと、セリスはちょっとすねたような顔をした。
すっとアリスが出てきて、純に言った。
「この子ね〜。純お姉ちゃんの手伝いがしたくて、しょうがないのよ〜。純くん、手伝わせてあげて〜」
あ、そうか。
「じゃ、一緒に準備しよ。セリスちゃん!」
くるりとセリスに代わると、セリスは「うん!」と元気に返事をした。
そこにお膳を持って、雫が戻ってきた。
「純、台所に膳を用意した。二つある。取ってきてくれ」
セリスがまた元気に「はーい」と返事をすると、奥に走っていく。その後を純が追いかける。
すぐに二人はお膳を持って戻ってきた。
三人は、稽古場の床に座布団を敷いて座った。
すっとアリスに代わると、アリスは雫のお膳を見て言った。ちょっと不機嫌そうだ。
「なんで、雫だけ、お酒があるのよ〜」
と不満を漏らす。
「セリスは未成年だ。純もだ。だから酒は私が飲む」
アリスの抗議をさらっと裁いて、雫は杯に徳利から酒を注ぐ。
「え〜。アリスは大人です〜〜」
アリスは素早く雫の杯を取ると、口を付けた。途端に動きが固まる。
「え゛、変な味。美味しくない!」
アリスは、舌を出して、不味そうな顔をした。
「だから、言っただろう。セリスは未成年だ、と」
雫がそう言うと、ささっと、杯を雫に返すアリス。そして、がっくりと肩を落とした。
「あ〜、そうだった〜。思い出した〜。子供は味覚が違うから、お酒、美味しくないんだよね〜。セリスが大きくなるまで、お酒は呑めないな〜。アリス残念〜」
アリスの落胆ぶりを面白そうに見ていた雫は、アリスのお膳にあるジュースを手に取ると、片方の手ですっと扇を開き、扇でジュースに風を送る所作をした。
「アリス、これを飲むといい」
ジュースを差し出されて、アリスはちょっと頬を膨らませた。
あ、こういう顔のセリスちゃんも可愛い。これは純の感想。
「雫ぅ、子供扱いは止めてよ〜」
と言いつつ、ジュースをコップに注ぐと、ちょっと飲む。
アリスの目が輝いた。まるで純の舞いを見た時のセリスのように。
「こ、これ、お酒の味がする〜!」
何が起こったのかと、純が問うと、雫が答えた。
「気脈を送り、ジュースの味をアリスが酒と感じるように変えた。少し酔うが、アルコールのような化学作用は起さない。未成年のアリス用だ」
純は感心、というか、巫術にそんな使い方があるとは、と感嘆した。
コップのジュースをぐーっと飲むと、アリスはぷは〜〜と、実に親父くさいそぶり。
アリスさん、セリスちゃんにそんなコトさせないでよ〜。ボク、オヤジなセリスちゃんなんて、見たくないよ〜。
当惑してる純の顔を見て、アリスの中の何かのスイッチが入った。
「ねぇ、純く〜ん。お酌してよ〜」
と絡んできた。
わっ、アリスさん、酒癖わるっ!
仕方なく純がジュースをアリスが持つコップに注ぐ。
「うわ〜い、美少女にお酌されて、アリス感激〜! どう、純くん、美少女とか言われて嬉しい?」
と言うと、アリスは気持ちとろんとした目で、純を見る。
う〜嬉しくない。というか、悪のりアリスさんのボク弄り、開始ですか!
「悪ノリしすぎだ。アリス」
雫はそう言うと、扇でアリスの頭を軽くコンと叩いた。すると、アリスの様子が変わった。
「あれ? 酔いが消えたよ〜」
雫は自分の杯にちょっと口を付けると、ぼそっと言う。
「まったく。嬉しいからと、悪ノリしすぎだぞ、アリス。酔いは巫術の効果。解いただけだ」
えへへへへへ〜、と手を頭の後ろ回し、いたずら見つかった子供のように、アリスは笑った。
「雫には、お見通しかぁ〜」
そう言うと、ちょっと顔を赤らめた。
「地球も無事だし、それに、セリスが消えなくて、嬉しかったんだよ〜」
嬉しさを感じるアリスの心とは別の、分析担当の心が動く。
それにしても、と考える。
新しいアリスになると、いつもは、前の人格は消えて、アリスになる。だが、今回は違う。嬉しい結果だけど、気になる。
「雫ぅ、どうして今回は、セリスは消えなかったんだと思う?」
雫は杯を置くと、言った。
「確証は無いが、セリスの人格が残った要因の一つは、セリスが巫術師だったから、という事では無いかと思う」
それと、と言うと、雫は一度純の方を見てから、言葉を続けた。
「純がセリスを指導した時、純と気脈を合わせた。セリスの気脈が強くなり人格保持の力が強くなった、という事かも知れぬ」
それを聞くと、アリスは純の方に向かって、お膳を飛び越える大ジャンプ!
「純くん、やっぱり純くんは、あたしの女神様だよ〜〜!」
と、空中で言うと、純の首に抱きついた。反動で、純はアリスもろとも後ろにひっくり返る。
ゴン。稽古場の床で頭を少し撃った純は、こう思った。
わたしの女神さまって言うんだったら、ボク弄りはしないでよ〜。
「ぷ。はははははは」
雫はしばらく黙ってその様子を見ていたが、ついに我慢出来なくなり笑い出していた。
アリスは純から離れると、雫の方をキッと睨む。
「雫ぅ、笑うなんて、失礼よ〜」
雫は何とか笑いを抑えると、ちょっと苦しそうにアリスに返事をした。
「すまん、すまん。『あたしの女神さまよ〜』という台詞が、つ、ツボに」
雫はそう言うと、くっくっ、と思い出し笑いを漏らした。
「もう」
アリスはまた、頬を膨らませた。
こんな二人を見るのって、初めてだな、珍しいな〜。
と純が思っていると、アリスが何か思いついたような顔になった。
「あ! そう言えばさ〜。前に純くんに宇宙に行ってもらって、地球の霊脈、見てもらったけど、アレ、アフリカの霊脈で、中断しちゃったじゃない。残りの調査って、できないかな〜」
そうだった。途中だった。
純の日本の霊脈を雫と、そして雫と一緒にアリスにも見せたいという純の作戦は、地球の霊脈を調べる、という使命もあったのだ。
雫が少し思案したような顔をした後、残念そうに言った。
「アフリカの太鼓のような呪物が、他にあるかも知れぬ。また、『運命の分岐点』が起これば、私の占いは外れる。純を危険にはさらせない」
アリスはちょっと考え込むような顔をした。
「そうなのよね〜。でも、何で『運命の分岐点』が起こるのかしら〜」
雫が腕を組むと、少し目を閉じた後、口を開いた。
■運命の分岐点の仮説
「今回の作戦で、二度『運命の分岐点』を視た。一度目のアフリカの霊脈、今回のもの、両方に共通する事がある」
ちょっと考えたアリスが、あ!という顔をした。
純も気がついた。
「そうだ。両方とも、大量の霊脈が絡んでいる」
アフリカの太鼓は、純に会いたさに、そのため込んだ霊脈を放出した。
ダイダロスの軌道を変えようと、大量の霊脈を「風」に変えて、ぶつけようとした。
アリスが、ん? という顔をする。
「でも、大量の霊脈だったら、龍脈にいつも流れてるじゃない。そっちは何も起こらないよ〜」
雫は腕組を解くと言った。
「おそらく、いつもと異なる流れが、大量の霊脈に生じると、『運命の分岐点』が起こる、のでは無いかと思う」
純の顔が、あ、そうか、という表情に変わった。
アリスは、う〜ん、と言うと、ちょっと困った顔をした。
「そうすると、話しが元に戻っちゃうんだけど、アフリカの太鼓みたいな呪物があると、やっぱり『運命の分岐点』が起こるかも知れなくて、そしたら、雫の占いが外れるかも知れない。それだと、危機回避できないよね〜」
アリスはコップのジュースをちょっと飲んだ。
「あ〜あ、純くんの代わりに呪物の地雷踏んでくれる何かがあったら良いのに〜」
とアリスが言った途端、アリスがくるりとセリスに代わった。
「純お姉ちゃんの気脈だけのせて、試せたら良いのにね」
セリスが言った言葉に、雫が一瞬、その手があったか、という表情をした。
「木札だ」
突然の雫の言葉に、純もセリスも、そしてセリスの中のアリスも、え?という顔をした。いや、中のアリスの表情は見えないが、多分、表に出ていたら、そういう表情をしている事だろう。
「説明する」
と言うと雫は話し始めた。
木札といのは、昔、玄雨神社に来るために必要な通行手形のようなもので、それを朝廷から賜ったものだけが、雫に会う事ができるというもの。
「木札には、私の気脈が封じて有り、私がその気脈を読んで、玄雨神社の周りに巡らした結界を解く仕組みだ」
木札を持たない者は、結界で玄雨神社に入れない、という事のようだ。
つまり、と雫は続けた。
「神脈の状態の純の気脈を木札に封じ、宇宙船で周回させれば、アリスの言う所の、純の代わりに地雷を踏ませる事ができる」
すっとアリスに代わると、アリスは言った。
「わあ。それ良いアイディア! さすが雫ぅ」
アリスが抱きつこうとするのを、雫は手で制すると、優しく言った。
「手がかりを与えてくれたのは、セリスだ。礼はセリスに言うべきだ。アリス」
そうか〜と、セリスの頭を撫でてやろうと考えて、アリスはちょっと困った。
自分で自分の頭を撫でるのは、何かおかしい。それに嬉しくない。
あ、こうしたらセリスは喜ぶよ。
アリスは気がつくと、純の方を向いた。
「純くん、セリスに代わるから、あたしの代わりにセリスの頭、撫でてあげて〜」
くるりとセリスに代わると、セリスがはにかんでいる。
かわいい!
純は少し頬を赤らめながら、セリスの頭をなでなでした。セリスも嬉しそうだ。
「純お姉ちゃん、ありがとう。ありがとう、ママ」
セリスが消えなくて、ほんとうに良かった。ありがとう、純くん。
セリスの中で、アリスは、そう思った。
あ。
すっとアリスに代わるとアリスは雫に聞いた。
「木札を持ってないと、ここに来られないんだったら、手紙とかどうしてたの? 前に慶喜公と文のやり取りとかって言ってたじゃない?」
確かにそうだ。どうやってたの。
純も興味を覚えた。
「神社の石段の下の先に、小屋がある。文や荷はそこに届けられる。すると、『知らせ』が私に届く。自動発動する巫術だ」
あらかじめ発動条件を設定して気脈を錬って、小屋に封じたと言う。
小屋に文や荷が届くと、それが発動条件で、雫の心に、声が届く。それが知らせ、という仕掛けらしい。
純は思い出した。
初めて雫と骨董店一六堂で会った時、雫の言った言葉。
「防犯システムは無いぞ。私自身が防犯装置みたいなものだから不要だ」
というその言葉の意味。
そういう事なんだ。一六堂にも、そういう巫術が施されてたんだ。
だが、と雫は言うと続けた。
「自動で発動する巫術はあまり好きでは無い。そこには『想い』が無い。気安く使うと怪我の元だ。少々例えは違うが、『アフリカの太鼓』のように」
純に会いたさに、自分が壊れるとも、純を傷つけてしまうとも知らずに、判らずに、霊脈を放出したアフリカの太鼓。
もし、自動的に攻撃するような巫術を編んで、何かに封じたら、誤って傷つけたくない人を傷つけるかも知れない。
なぜか純は、父の事を思い出した。純の父は、中堅のゲーム会社でチーフプログラマをやっている。
「その時は、ちゃんと動いても、入力空間が変化したら、バグが起こるんだよ。ここまで作ってからの仕様変更は正直きついんだけどな」
純は、家でビールを飲みながら、面倒くさそうに、そのくせ少し楽しそうに言う父の言葉を思い出した。
入力空間、つまり、環境が、条件を設定した時と変わってしまったら、何が起こるか判らない、そういう事。
「想い」が無いから、環境の変化に対応出来ない。
雫はそういう事を言っているんだと、純は理解した。
「慶喜公とは少し違う遣りようだったが、基本は同じだ」
そう雫は結んだ。
「ねえ、雫ぅ。このジュースをお酒みたいにする技、セリス、覚えられる?」
純が少し思索に沈んでいる間に、アリスが実に明確な欲求を雫に言っていた。目的が分かりやす過ぎる。
「教えられる。割とかんたんな技だ」
だがアリスと、雫はアリスを睨んだ。
「これも、自動発動する巫術だ。目の届かない所で使うと、怪我の元だ」
アリスの酔った気分になる、ノンアルコール飲料、というナイスなアイディアは、たちまち崩れ、萎れるアリス。
「判りました〜。自分で飲む時だけ、使いま〜す」
無論だ、という顔で雫が頷く。
「あ、後、酔いの消し方もヨロシク、雫ぅ」
雫が判った、と言うと、アリスは雫の側に行き、ぎゅっと雫の首に抱きついた。
「雫お姉ちゃん、ありがとう、アリス嬉しい〜」
セリスのように目を輝かせてアリスが言った。
ん?
純は気がついた。
雫の手が何かを我慢しているみたいに、ぷるぷるしてるのを。少し上に上がると、また、元の位置に戻る、それを繰り返しているのを。
あ、雫さん、アリスさんの頭、なでなでしたいんだ。それを我慢してる。
その気配を察して、アリスがちらり、と純の方を見る。
その顔は純の目には、小悪魔みたいに、見えた。
遂にこらえ切れず、雫はアリスの頭をなでなでする。
「雫に頭なでなでされて、アリス幸せ〜!」
はあ。
純は溜息をついた。
セリスちゃんの身体になってから、アリスさんの弄り能力、格段にアップしてるよ。
弄られキャラを自認する純は、この先の自分のキャラ立てに、少々不安を覚えてしまった。
「あ!」
なでなでされていたアリスが急に声を出した。
「お祝いなのに、まだ、乾杯してない!」
雫もしまった、という顔をする。
「では、仕切り直しだ」
アリスをなでなでするのを止めて、雫がそう言うと、アリスも自分のお膳の前に戻った。
「では、…「迷宮脱出大作戦」の成功と、セリスが消えなかった事の乾杯をしよう」
作戦名で雫が言いよどんだのは、ダイダロス撃退作戦の作戦名がアリスの趣味の少々アレなものだから、そのまま言うのも、ちょっとと、逡巡したためだ。
準備が整うと、雫が杯を上げる。雫、アリス、純の三人、いや、三柱は、声を揃えて言った。
「乾杯!」
女神たちの祝福の宴が始まった。
■アリス、気脈の舞いを視る
乾杯の後、セリスの人格が残ったお祝いと言う事で、雫と純が舞いを披露した。
舞いを舞う二人。自然と気脈の流れが生まれ、舞いと共に様々に形を変える。
舞いの優美さ、気脈の動き、流れが生み出す躍動する美しさに、アリスは目を奪われた。
龍脈を視た時も、驚いたけど、これは、それとは違う種類の感動だわ。
巫術師となったセリス、そのセリスに引き継がれたアリスの人格は、もう、純の「目合わせの術」が無くとも気脈霊脈が視える。
初めて視る気脈をまとった舞いに、アリスは驚き、感動すると共に、心が穏やかになっていくのを感じた。
ああ、これが、雫の編んだ世界秩序の霊脈に流れる、「安寧」なんだ。
心が安らかになれば、争いは起こらない。
雫が戦を起こらないようにするにはどうしたら良いかと、思案に思案を重ねた結果の巫術。
その効果を数値としては、アリスは熟知していた。株価の変動、犯罪数の増減。だが、それを体感し、体験して感じたのは、これが初めてだ。
心の内側を覗くと、セリスがうっとりと二人の舞いを視ているのが感じ取れた。
セリスが、純お姉ちゃんって慕うのも、判るな〜。
アリスがそう思っていると、「ありがとう、ママ」というセリスの声が聞こえた。
本当にセリスが消えなくて、良かった。ありがとう、純くん。
何度目かの感謝の言葉をアリスが心の中で言っている内に、二人の舞いが終った。
アリスからくるりとセリスに代わると、セリスは目を輝かせて、小さい手を叩いて元気に拍手を繰り返した。
雫と純がお膳の前に戻ると、雫がセリスに促した。
「次は、セリスが舞って、中のアリスに視せてあげると良い」
はいっ、と元気に言うと、セリスは立ち上がり、舞い始めた。
セリスの舞いは、二人とは、少し趣が異なるものだった。
足運びの途中、ときどき、小さなジャンプをする。
修業の始め、足運びの時、雫はそれを抑えるように指導したが、型を覚え、気脈を操る段階になると、舞いを極める事が目的では無い、舞い易い遣りようで舞って良いと、それを許した。
雫の舞いと、セリスがごく小さい頃から学んだバレエの経験が融合しつつある、それがセリスの舞いだった。
巫術玄雨流セリス式演舞、という所か。
二人が穏やかにセリスの舞いを視ているのとは打って変わって、セリスの中のアリスは目を回すほどの驚きと、高揚に包まれていた。
セリスの身体の中を霊脈、気脈が流れる。アリスはその流れの中にいた。
巨大な河の滝つぼできりもみにされるようで、それでいて、やさしく、暖い気脈の流れ。
時にそれが、雪の降り積もった夜の草原で音がしないように、す、と静まりかえったかと想うと、ごう、と荒ぶるが優しい流れに翻弄される。
アリスは巫術について雫が言っていた事の真意が、判ったような気がした。
すべては、何処にでもあって、どこにでも無いもの。
ここも、宇宙なんだ。
優しい風のような気脈の流れが周りをゆっくりと通り過ぎるのを、アリスは感じた。
その流れが途絶えると、セリスの舞いが終っていた。
拍手の音が聞こえてくる。
「セリスちゃん、凄い!ボク、感動しちゃった!」
さっきのセリスと同じくらい、拍手し続ける純。
照れるセリス。
『アリス、視えたか?』
雫がリンクでアリスに聞いた。
『宇宙の中心に、独りでいるの、でも、独りじゃない、というのを感じた』
『それが、私が永年、アリスに視せたかったものだ』
しんとした稽古場の空気。
二人のリンクの会話を聞きながら、純は感慨に浸っていた。
「あ!」
その静寂を破ったのは、やっぱりアリスだった。
セリスからすっとアリスに代わった後、アリスは思い出したように声を出したのだ。
「ねえ、雫ぅ。雫ときどき、目を閉じて、何か探すような感じする時があるじゃない? 前は説明が難しい、って教えてくれなかったけど、今なら、私にも視えるんじゃない?」
あ、と純も思った。
巫術書の内容を、書庫にも行かずに探しだす時の雫のしぐさの事だ。
■雫の書庫
「確かに。純の『目合わせ』の術を応用すれば、私の心象を視せられる、と思う」
雫は純の方を向くと、頷いた。
純は、霊脈を目に吸い込むと、視野を雫のものに切り替えた。
次に、霊脈を吸い込むと、それの一部をセリスの目へと繋ぐ。
これで、雫の心象、つまり、心のイメージが純を経由して、セリスとアリスに流れる経路が出来上がった。
「では、始める」
雫はそう言うと、す、と目を閉じた。
純、セリス、アリスの視る世界が一変した。
巨大な書庫。無数の本だなが日の光浴びる草原にある。その中央に雫は立っていた。
『探す』
本棚の本が、一つ一つ鳥のように羽ばたいて飛び立っていく。
雫を中心にして、大きな渦ができる。
さながら竜巻に巻き込まれた図書館の本の群れのようだ。違うのは、荒々しさはまるでなく、穏やかな風に乗って飛ぶ鳥のように舞う本の群れ。
飛ぶ本の群れの本は、やがて分解して、1頁ごとの紙となり、それが蝶のように羽ばたき、渦を巻く姿に変わる。
蝶はやがて飛び去っていくと、右手を上に挙げ、人さし指と中指の間に、一枚の紙を挟んだ雫だけが、残された。
いつの間にか昼の草原が、深夜南中した満月を背景に、雫が立っている情景に変わっていた。
『こうして、書の探し物をする』
指に挟んだ紙を視ると、こう書かれていた。
「空の穴」の術。
黒き穴にて場所と場所を繋ぐ、極めて会得難しい巫術。我成しえず。
玄雨朔、記す。
『これが、純の技を調べた時のものだ』
そう、リンクの声で言うと、雫は目を開けた。
純、セリス、アリスの視る世界が、玄雨神社の稽古場に戻った。
純が雫の心象を繋いでいた経路を解く。
アリスがぽかんとしていた。
純も雫の心象に心を奪われていた。
舞いとは違う感動が、二人を包んでいる。
「雫は、本に書いてある事を探す時、ああいうことをやると、探し物が見つかるんだ」
ぽかんとしていたアリスが元に戻って、雫にこう聞いた。
「左様。読んだ本には、霊脈を編んで、私の気脈と結んである。その気脈を辿って、目的の書物、記されたものをたぐり寄せる」
「一種のデータベースね〜」
それにしても。
アリスは言った後、思った。
きれいなイメージだったなあ。雫は固いしゃべり方するけど、やっぱりロマンチストなんだな。これがその証拠。
うふふ、とアリスが思い出し笑いをすると、雫の機嫌が少し悪くなった。
「アリス、妙な思い出し笑いをするな」
アリスは、雫の首に抱きつくと、目を輝かせてこう言った。
「ありがとう。雫お姉ちゃん! 綺麗なもの視せてくれて、アリス嬉しい〜」
アリスの可愛いもの好きへの攻撃に、不機嫌を維持出来なくなった雫が言った。
「ア、アリス。その遣りようは、卑怯だぞ」
「持ってるものは、余す所無く使う。それが女の武器よ〜」
雫は、はあ、と溜息を突くと、負けを認めて、アリスの頭をなでなでした。
「アリス、雫に頭なでなでされて幸せ〜」
ぽつんとその様子を見ている純。
アリスさんって、本物の人たらしだ。もう、セリスちゃんの可愛さを自分の武器にして、その効果まで把握してるよ。
代替わりしたアリスが手に入れたのは、巫術だけでなく、可愛い物好きを虜にする、核兵器並の破壊力だった。
無敵じゃん!
と純は思った。
女神達の宴が終った後、アリスは純に送られて米国に戻った。
■祖父の三回忌
純の神脈を封じた木札が乗った「コバンザメくん2号」が地球を周回し、無事帰還すると、純は再び宇宙から地球の霊脈を視るため、衛星軌道に上った。
純の目を通して、雫とアリスに、つまりセリスにも、地球の霊脈の様子が伝わった。
「わあ! すごい!」
始めて見る宇宙の気脈、そして、日本を格子状に流れる、雫が編んだ秩序の為の霊脈を視ると、セリスは歓声を上げた。
事前に木札での露払いもあり、純を載せた「コバンザメくん2号」は、無事、帰還する。
アリス個人所有のクルーザーに「コバンザメくん2号」もろとも回収された純に、リンクでアリスの声が届いた。
『今、自分の葬儀に立ち会っている所〜。何度もやってるけど、毎回、妙なものって思うわね〜』
でも、と言った後、腹黒アリスが顔を出した。
『死んだ後だから、みんな、本音を漏らしやすいのよね。それを聞きだす良いチャ〜ンス! ぐふふふふ』
セリスの顔で、アリスのそういう顔を想像し、純は、セリスちゃんにそんな顔して欲しくない! と強く思った。
純が、「空の穴」で、玄雨神社に戻ると、待っていた雫が純に意外な事を言った。
「純、純の祖父、神峰巌殿の三回忌法要が行われるそうだ。共に参ろう」
雫の話に因ると、純の祖父の生前の地域活動の功績もあり、三回忌は割と盛大に行われる事になったのだそうだ。
「ならば、弔問客に紛れて焼香するのも、良いだろう」
純の祖父に私は感謝している、と雫は続けた。
もちろん、純にも法要に行くのに異論は無い。
だけど。
純は、両親に会う事に少し躊躇があった。
雫はそれを察した。
有る意味、両親を捨てて、人である事を捨てて、女神になったのだから。
合わせる顔が無い、という程では無いにしても、会い難い、という純の気持ち。
「無理にとは、言わない。考えておいて欲しい」
雫はそう締めくくった。
純は一晩考えた。
きちんと区切りをつける意味でも、行っておく方が良いと、純は決めた。
三回忌法要の前日、二人は雫が骨董店をやっていた一六堂に一泊し、翌日、礼服に着替えると、三回忌法要に出かけた。




