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キリヤ公国英雄戦記物語  作者: 伊達教宗
第10章 アマテラス神皇国・戦国無双・萌将伝・新納院・高城の戦いっ!!
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エピソードブラス・アマテラス神皇国・戦国無双・萌将伝・新納院・高城の戦いっ!!孤高忠義臣っ!!山田・理安・有信の戦いっ!!2 

マギアンティア世界統一暦・1555年・11月12日・午後14時17分頃・マギアンティア世界・中央世界第一文明圏・ユーラシアン大陸東側・アマテラス列島地方・九州島地方・島津家領・南九州地方・木城地方・木城南部地方・木城高山・島津軍・日向国支城・山田・理安・有信守将拠点城・新納院・高城にて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 小丸川の戦いで、島津・衣恵与・家久軍5千人を打ち破り、日向国・日向市・日向港及び日向城を掌握したキリヤ公国連合国軍は、更に南下して九州統一平定征伐連合国軍の東部地方制圧軍と南部地方制圧軍・遊撃戦部隊である遊撃戦連合国軍らと合流して居た。



 その名称を九州統一平定南東方面征伐連合国軍と変え、最終到達目標地点である島津家の東本領地、大隅国の国境線へと進軍して行く。


 アマテラス北九州地方での島津軍とキリヤ公国連合国軍との決着が付きつつある中で、島津家は徐々に追い詰められ始めて居た。


 そんな中で、九州統一平定南東方面征伐連合国軍・司令官・竹中・半那・治重の3000人を中心とした連合国軍は、島津・衣恵与・家久が前線拠点城として居た、新納院・高城を包囲。


 味方を逃すべく、新納院・高城に籠城を決めた、島津家の姫武将である山田・理安・有信は、10万人以上もの軍勢を誇る九州統一平定南東方面征伐連合国軍を山田軍だけの手勢、たった1400人で迎え撃つ態勢を整えていた。


 山田・理安は、北九州地方へと攻め入った時に出てしまった負傷者を島津大名王家本土領へと逃がす為だけに、捨て石と成る覚悟で、新納院・高城に居残って居たのであった。


 島津・衣恵与が立ち去ってから1日が経過した、マギアンティア世界統一暦・1555年・11月12日・午後14時17分頃のこと。


 九州統一平定南東方面征伐連合国軍・司令官・竹中・半那・治重の3000人を中心とした連合国軍は、島津・衣恵与・家久が前線拠点城として居た、新納院・高城を包囲し、アリが這い出て行く隙間が無いほどに完全に包囲網完成させて居た。


 これは彼の豊臣秀吉が取って居た包囲作戦と同じく、この世界の羽柴家も得意として居た包囲作戦戦術の完成形とも言うべき物であった。


「・・・・流石は、キリヤ公国連合国。この新納院・高城を陸海空の全てを見渡す限り、完全に包囲を仕掛けて来ましたか・・・・・・」


(弘美様。貴久様。お別れです。私は島津家の血肉と成って、彼の少年王と連合国軍に島津家の武威を示し、島津家の助命の一助と成り、黄泉国とへ向かいますっ!!)


「さぁっ!!連合国軍の強者っ!!智将っ!!烏合の者達よっ!!」


「貴様らが如何に強くっ!!強大な軍勢と兵器を揃えて居ようともっ!!この島津家重臣が一人っ!!山田・理安・有信が立ち塞がる限りっ!!一兵も島津家本国領へは向かわせないっ!!」と、新納院・高城本丸御殿の近くに建てられた、3層式天守台の最上階から、鬼の形相で新納院・高城を全包囲する連合国軍を睨み付けたっ!!




 マギアンティア世界統一暦・1555年・11月12日・午前10時13分頃・マギアンティア世界・中央世界第一文明圏・ユーラシアン大陸東側・アマテラス列島地方・九州島地方・島津家領・南九州地方・木城地方・木城南部地方・木城高山・島津軍・日向国支城・山田・理安・有信守将拠点城・新納院・高城・九州統一平定南東方面征伐連合国軍・九州統一平定南東方面征伐連合国軍先鋒軍・越前国・越前大野朝倉家当主・大野地方・大野町・大野城主・朝倉・育美・景鏡隊にて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 小丸川の戦いで、島津・衣恵与・家久軍5千人を打ち破り、日向国・日向市・日向港及び日向城を掌握したキリヤ公国連合国軍は、更に南下して九州統一平定征伐連合国軍の東部地方制圧軍と南部地方制圧軍・遊撃戦部隊である遊撃戦連合国軍らと合流する。




 その名称を九州統一平定南東方面征伐連合国軍と変え、最終到達目標地点である島津家の東本領地、大隅国の国境線へと進軍して行く。


 アマテラス北九州地方での島津軍とキリヤ公国連合国軍との決着が付きつつある中で、島津家は徐々に追い詰められ始めて居た。


 そんな中で、九州統一平定南東方面征伐連合国軍・司令官・竹中・半那・治重の3000人を中心とした連合国軍は、島津・衣恵与・家久が前線拠点城として居た、新納院・高城を包囲。


 味方を逃すべく、新納院・高城に籠城を決めた、島津家の姫武将である山田・理安・有信は、10万人以上もの軍勢を誇る九州統一平定南東方面征伐連合国軍を山田軍だけの手勢、山田家のベテラン将兵達・・・・それも、たった1400人で迎え撃つ態勢を整えていた。




 マギアンティア世界統一暦・1555年・11月12日・午前10時13分頃のこと。




 九州統一平定南東方面征伐連合国軍の先鋒軍は、越前国・越前大野朝倉家当主・大野地方・大野町・大野城主・朝倉・育美・景鏡・1500人の軍勢を先鋒軍大将として、浅井勢を副将とする軍勢が前進を開始。


その概要は以下の通りと成って居る。


織田家・近江国・佐和山領・佐和山城主・浅井・真心・長政・1500人。


織田家・美濃国・揖斐郡地方・揖斐川町・曽根城主・稲葉・福・貞通・1000人。


織田家・美濃国・揖斐郡地方・揖斐川町・稲葉家先代当主・稲葉・一徹・良道・200人らを併せて4200人。


 キリヤ公国連合国軍・キリヤ公国本国軍・キリヤ公国陸軍・第一機甲機械化軍団・小田・春奈・冶氏団長(大佐) 歩兵3000人・機械科車両300両(KRY74式戦車を含めた各種戦闘車両と輸送トラック・燃料タンクローリーなど・・・・・)3000人が小田・春奈・冶氏団長の第一機甲機械化軍団を先頭に押し立てて、新納院・高城の真東を南方向へと真っ直ぐに突き進み、城から22キロ地点に布陣し、橋頭堡を構えた。



「此方は先鋒軍大将の朝倉・育美です。我が先鋒軍は、予定通りに、新納院・高城包囲作戦の橋頭堡候補地へと到達。」


「了解しました。現地での異常は在りませんか?」


「はい。今の所は無い様に思われます。」


「了解しました。それで第二陣であるキリヤ公国連合国・アマテラス九州平定征伐連合国軍第九連合国軍を進発させます。」


「後続が到着するまでは、決して無茶はしないで下さいね。」と九州統一平定南東方面征伐連合国軍・司令官の竹中・半那が言い終えると、育美は朝倉軍の陣所や連合国軍の本陣所を造り始めた。





 マギアンティア世界統一暦・1555年・11月12日・午後13時13分頃・マギアンティア世界・中央世界第一文明圏・ユーラシアン大陸東側・アマテラス列島地方・九州島地方・島津家領・南九州地方・木城地方・木城南部地方・木城高山・島津軍・日向国支城・山田・理安・有信守将拠点城・新納院・高城・九州統一平定南東方面征伐連合国軍・羽柴家家臣・長浜領・長浜城代家老職・松下・佳代・之綱隊・松下隊本陣所にて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 九州統一平定南東方面征伐連合国軍・司令官の竹中・半那が率いる九州統一平定南東方面征伐連合国軍は、9万4400人もの軍勢を持ってして、山田・理安・有信が守り立て籠もる新納院・高城を包囲してしまう。


 ほぼ10万人の軍勢での包囲戦は、流石の新納院・高城に立て籠もる島津家重臣一家である山田・理安・有信と重臣たちを驚嘆させてしまうが、其処は島津家重臣一家であるので、逆にこの戦いを楽しもうと言うワクワク感が止まらないと言った感じで、眼下を囲む連合国軍の様相を眺め見て居た。



 そんなキリヤ公国連合国軍の一角を担う羽柴軍・羽柴家家臣・長浜領・長浜城代家老職・松下・佳代・之綱が率いる3000人と長浜領軍は、竹中・半那の本陣所と定めている北東部から南へと下って、大野朝倉軍と浅井軍の本陣所を通り過ぎた先の南東方面に本陣所を構え、山内勢を敵城への先鋒隊としながら、左に中村勢。右に堀尾勢を配置している。


羽柴家・長浜領軍の陣容は以下の通りと成って居る。


羽柴家家臣・長浜領・長浜城代家老職・松下・佳代・之綱・3000人。


 近江国・羽柴家長浜領与力・横山城主・城代与力大将・山内・伊右衛門・一豊・ 3000人。


 五藤吉兵衛・五藤吉蔵・祖父江新右衛門らは、山内軍の3000人の内で、半分の1500人の内の中に措いて、それぞれ500人隊を率いて居る。 


 山内家・長女・山内・伊右衛門・一豊の妹・山内・千草・康豊(一豊補佐武将)護衛隊・200人は、一豊の直ぐ右脇にて待機。


 近江国・羽柴家長浜領与力・虎御前郷・虎御前町・虎御前山城主・城代与力大将・中村・孫平次・一氏・1800人。


 近江国・羽柴家長浜領与力・小谷町・小谷城主・城代与力大将・美濃攻略戦・堀尾・茂助・吉晴・2500人。 



 

 羽柴家・長浜領軍を率いる松下・佳代は、松下隊の本陣所と与力侍大将たちの配置の指示を終えると、九州統一平定南東方面征伐連合国軍・司令官・竹中・半那・治重との打ち合わせをするべく、竹中軍本陣所へと向かおうとして居た。


「それじゃ、勝代。半那殿の所に行ってくるから、此処の留守の間の指揮は、任せたわね?」


「はい。佳代様。後はお任せください。」と言う近習である松上勝代は、陣幕の最奥を整えながら応えていた。



 そんな所に長浜城・3与力城代衆と呼ばれて居る三人の与力侍大将たちが現れた。


「これは松下さま。」と一豊は、お辞儀をすると、やや遅れて一氏と吉晴もお辞儀をして行く。


「三人とも、私にご用かしら?」


「はい。他に仕事が無いものかと、お伺いに参りました。」


「そう。でも御免なさい。今は特に有りません。」


「伊右衛門。それならば松下様の護衛をして来たらどうだ?」


「しかし・・・・・」


「どうせお主の事だ。要らぬお節介を焼きに来たのだろう?」と言うのは、中村・孫平次・一氏。


 出世と功名の為ならばと他人の事を悪く言う事も有るが、根が良い人柄のせいで、何時もそんな役回りと成ってしまうのが玉に瑕。


「わしらは今は暇じゃ、この戦は勝ち戦で、尚且つ味方も多い上に、不意打ちされる心配も低いと来て居る。」


「とは言え、戦場最中での最前線と各陣所との移動の合間は、何が起こるとも限らん。だからこうして御用聞きにやって来たのだろうが?」


「孫平次・・・・・」


「と言う訳です。悪いですが、コイツの気遣いを受けては貰えませんか?」と締め括るのは、堀尾・茂助・吉晴だった。



「あなた達・・・・相変わらず、仲が良いですね。それでは伊右衛門殿。護衛をお願い致します。」


「はっ!!」と言うと、一豊は愛用の長槍を片手に、山内家の足軽兵5名らと供に、竹中軍本陣所へと出掛けて行った。



それを見送る一氏と吉晴の二人。



「何だかんだで、お前って奴は、良く気が利くな。」


「うるさいっ!!あの真面目バカが、堅物過ぎるんだよっ!!」と悪態を付くと、それぞれの陣所へと立ち帰って行く。



「男の友情ですか?実に良い物ですね~」と、にこやかな笑顔で微笑ましく、二人のやり取りを見て見ぬふりをする勝代であった。


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