エピソードブラス・アマテラス神皇国・戦国無双・萌将伝 尾張の大虚けと岡ヶ狭間の戦いっ!!11
マギアンティア世界・中央世界第一文明圏・ユーラシアン大陸東側・アマテラス列島地方・アマテラス神皇国・尾張国・稲生村・稲村街道付近にて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
清州城での戦いが終わり、和紗は内乱状態に陥って居る尾張国の統一平定を殆んど完了させて居るが、まだまだ抵抗の激しい地域も少なくない。
和紗は斉藤道三からの援軍を率いて居た明智光安と明智・十華・光秀の二人に命じて、美濃国に近い丹羽地方の中心地たる岩倉城と岩倉市を攻めさせた。
斎藤軍は道三に命じられた援軍としての役目を終えては居るが、帰り掛けの序でにと、和紗に命じられての事であった。
丹羽地方には、岩倉城の領主である織田信安と織田信賢親子を含めた織田一族が治める土地。
今川家の策略で嗾けられた織田伊那が後見人とする織田信勝勢力派閥の一軍として兵を挙げた為の挙兵であった。
明智光安と明智・十華・光秀の二人は、美濃三人衆らと供に、岩倉織田家軍と浮野原で対峙する。
斎藤軍の軍勢は凡そ4000人。
対する岩倉織田家軍は2200人と言った所。
最早、織田信勝勢力派閥が瓦解して居る時点で、この戦いは無意味な物に成りつつあるが、一旦は振り上げた拳を下ろす事は適わず、滅亡すると分かって居てもこのまま進むしかないのが岩倉織田家であった。
「最早、この戦の負けは決まったな。」と呟くのは岩倉織田家の家老である山内盛豊。
彼はこそ、山内独立自治支藩王国を建国する事に成る山内・伊右衛門・一豊の父である。
息子である一豊とその妹である山内・千草・康豊の二人は、妻である山内良夏に預けられ、岩倉領の東外れに在るブッタ教寺院で内乱が収まるまで大人しくして居る様に言い付けてあった。
岩倉織田家は、織田信秀の葬儀の席で、和紗の蛮行を目の当たりした事で、これでは織田本家はもうダメだと思い至り、織田伊那が後見人とする織田信勝勢力派閥の一軍として味方に付いた経緯があった。
だがしかし、その結果は思いも由らない方向へと転がり、目算が大外れとなってしまう。
斎藤軍の軍勢は凡そ4000人と岩倉織田家軍は2200人の両軍は浮野原にて、その日の午前11時を少し回った時刻に激突をした。
ズダダダダダーーーーンッ!!ズダダダダダーーーンッ!!ズダダダダダーーーーンッ!!
ズダダダダダーーーーンッ!!ズダダダダダーーーンッ!!ズダダダダダーーーーンッ!!
ズダダダダダーーーーンッ!!ズダダダダダーーーンッ!!ズダダダダダーーーーンッ!!
ズダダダダダーーーーンッ!!ズダダダダダーーーンッ!!ズダダダダダーーーーンッ!!
ズダダダダダーーーーンッ!!ズダダダダダーーーンッ!!ズダダダダダーーーーンッ!!
斎藤軍は道三が搔き集めて居た鉄砲500人らに由る銃撃で開戦の合図と成り、両軍の足軽歩兵隊は、南北に別れて槍をかち合う。
「「「「「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」」」」
これが後の世に言う浮野の戦いである。
斎藤軍は、美濃三人衆と謳われる稲葉一徹・氏家卜全・安藤守就らが全面に押し出る形で大攻勢を掛けて居た。
稲葉一徹が中央で前線全軍を統率しつつ、氏家卜全・安藤守就の二人ががっちりと支える態勢を敷いて居る。
一方の明智隊は、それら3部隊を指揮をしつつ、遊撃隊に徹して居た。
「くっ!何故だっ!!大義名分は我らに在る筈なのにっ!!何故こうもアッサリと負けるのだっ!!」
「父上の仰って居られる通りです。彼の斉藤道三が信長に味方をしたとは言え、兵数は此方が上だったのに、勢いは信長方の方が上で、更には何処から現れたのか分からぬ兵達が敵方に現れるとは・・・・・・・・・・・・」
織田信安と織田信賢親子は、比較的安定を好む統治スタイルを持った領主一族である。
従って急激な変化や変革を好まない。
況してやイレギュラーな人物による全体統治等と言った事は論外であった。
その代表格とも言うべき織田・和紗・信長は、桐谷勇治の出身地たる地球世界の日本国正史に登場する織田信長と似たような存在であり、このマギアンティア世界に措けるイレギュラー人物の一人で在ると言うべき存在・・・・・ぶっちゃけて言えば非常識と言う服を着て歩いて居ると評するべき人物。
常人には理解を越えた存在なので、恐れでは無く。
畏怖と言う意味の畏れで、畏れてしまう存在。
(・・・・・これが時代変革と言うのだろう)と岩倉織田家の家老である山内盛豊。
(信秀公が織田総本家の跡目に、信長を押したのも今と成っては、理解が出来るし、斉藤道三も味方する程に入れ込んで居る。)
(彼の御仁の敵側に回って初めて知り得る畏怖と言う名の間違いに、今さらながら後悔するのは因果な物と言うものだな)
(願わくば一豊と千草が、このわしと同じ過ちを犯さぬ事を願うばかりだ・・・・・・・・)
山内盛豊は、主たちが狼狽える中で、懸命に自軍の指揮を執り続けた。
「「「「「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」」」」
戦場には、両軍の将兵達の怒号の声が飛び交い。
ズダダダダダーーーーンッ!!ズダダダダダーーーンッ!!ズダダダダダーーーーンッ!!
ズダダダダダーーーーンッ!!ズダダダダダーーーンッ!!ズダダダダダーーーーンッ!!
ズダダダダダーーーーンッ!!ズダダダダダーーーンッ!!ズダダダダダーーーーンッ!!
ズダダダダダーーーーンッ!!ズダダダダダーーーンッ!!ズダダダダダーーーーンッ!!
ズダダダダダーーーーンッ!!ズダダダダダーーーンッ!!ズダダダダダーーーーンッ!!
銃声の音が木霊し・・・・・・・・・・・・・・・
キンキンっ!!カンキンっ!!キンキンっ!!カンキンっ!!キンキンっ!!カンキンっ!!
キンキンっ!!カンキンっ!!キンキンっ!!カンキンっ!!キンキンっ!!カンキンっ!!
キンキンっ!!カンキンっ!!キンキンっ!!カンキンっ!!キンキンっ!!カンキンっ!!
刃先がぶつかり鍔迫り合いの金属が奏でられて居た。
その日の午後3時のこと。
岩倉織田家の居城である岩倉城は落城する。
織田信安と織田信賢親子の二人は、尾張国を脱出し、何処かへと落ち延びて行ったと言う。
生真面目で忠義心を重んじる気質である山内盛豊は、愚かな主に成り代わり岩倉城で懸命に抗戦し、最後は切腹して果てた。
岩倉領の東外れに在るブッタ教寺院、岩倉寺では、岩倉織田家家老である山内盛豊の家族三人が、残り少ない家臣達に守られて内乱が収まるのを待って居た。
山内一家の護衛を任された五藤吉兵衛は、戦況が如何転び、主である山内盛豊が如何なってしまうのかを案じて落ち着きが無かった。
その風貌はフォークソンググループ・海○隊のボーカル・リーダーで、「このバカチンがっ!!」とか言うセリフが有名な芸能人と瓜二つに見えてしまう様な顔だちをして居た。
「殿はご無事であろうか・・・・・・・・・・・・・」と呟く吉兵衛。
「吉兵衛っ!その様な事を言うても、詮無きことであろう?」
「戦の勝敗は兵家の常。武家の生き死に一々気を揉んで居たら切りが無いわいっ!!」と斬り捨てる言葉を言うのは、祖父江新右衛門と言う人物。
その風貌は数々の映画やドラマでコミカルな登場人物を演じる事で有名な前○吟と良く似て居たりする。
この二人は山内家に代々使えて来た武士で、山内盛豊に山内一家の護衛を頼むと言われ、戦火から離れた土地で事が終るのを静かに待って居た。
「はぁはぁはぁはぁ、はぁーっ!只今戻りました。」
其処へ慌てて入って来たのは、チョッと小太りで小柄な男が入って来たのは、五藤吉蔵である。
その風貌は美女と野獣の様な結婚式を挙げたと言われる著名な俳優さんに似て居たりする。
吉蔵は五藤吉兵衛の弟に当たる人物で、この場に居る二人と共に、護衛を任されて居るが、同時に戦の成り行きを探って居た。
「おおっ!!吉蔵かっ!?」と弟の帰りを待ってましたと言わんばかりに出迎える五藤吉兵衛。
「それで吉蔵、戦は如何なった?」と聞く祖父江新右衛門。
「はい。岩倉織田家は、明智光安を総大将とする斎藤軍に敗走させられ、岩倉城は落城したとの事です。」
「殿は如何致したのだ?」と更に問いただす吉兵衛。
「それが・・・・・・伝え聞く話によれば、落城の際にお腹を召されて遭えない御最後を遂げたとの由に御座いまする。」
「おおっ!!殿おおおおぉぉぉぉーーーっ!!」と嘆く吉兵衛。
その表情は悲しみに満ちて居た。
「吉蔵、直ぐに殿の事をお方様と若君、それにお嬢様にもお報せせねば・・・・・・・・・・・」
「辛く酷な事を言わねばならぬ事は、断腸の思いだが・・・・これも何れは分かる事。」と言いつつ吉蔵は、山内盛豊の妻である山内良夏、その子供達である伊右衛門・一豊と千草・康豊達に一家の主たる山内盛豊の訃報を報せる。
「そうですか、旦那様は・・・・・」と訃報を聞いた事で、言葉を詰まらせた良夏は覚悟をして居たと言わんばかりの態度で居た様子を伺わせる。
「お方様に措かれましては、さぞかしお悲しみに事でしょうが・・・・・・・」
「それは良いのです。戦国の世の習いと・・・・・覚悟を決めて居ましたからね。」
「ではお方様はこれから如何なさるお積りでしょうか?」
「旦那様からは、好きにせよと言われ居るので、このブッタ教寺院・岩倉寺で出家して、旦那様の菩提を弔うと思います。」
「一豊と千草達は、親戚関係を・・・・・」
「いいえっ!母上、俺は父上の敵討ちに行こうと考えて居ります。」と言うのは、この度の勝敗の結果に納得が行かないと怒りを露わにして居た一豊であった。
「何を言って居るのですか、父上は岩倉織田家のお役目上、致し方無く自決をしたのです。」
「何も貴方まで好き好んで死に急ごうとするのはお止めなさいっ!」と一括する良夏。
「いいえ止めませぬ。この度の戦は織田家一族の後継者を決める戦。」
「しかも正統なる後継者は信勝さまであるとの宣下にを意を唱える者は多く立ち上がり、打倒信長を掲げる者も多いのです。」
「それを斉藤道三や金銭で買収された者達は卑怯にも徒党を組んで信勝様達を罠にかけたのです。」
「時として戦に卑怯も正道も在りません。有るのは実力者であると言う結果だけ、更に言えば天に生かされて居る者である点が、生き残ると言う世の理とも言うべき真理なのでしょう。」
「それでは納得が行きません。何でアマテラス随一の虚け姫と言われる信長が勝ち、信勝様を始めとする一派が負けなければ為らないのですか?」
「そのせいで父上は・・・・・・・・・・・・・・・」と言い掛けた所で言葉を詰まらせる一豊。
一豊は母親の静止を振り切り、打倒信長を掲げた旅に手で行くのであった。
これが後に一豊と和紗と引き合わせる事に成ろうとは、一豊自身も夢にも思わないのであった。