病気
町から帰る途中で、うめき声を出している人に出会った。
体は痩せ細り、目の焦点はあってない。
声はかすれていて、髪はボサボサだ。
明らかに、正気ではない。
「見ちゃダメ。早く帰ろう」
トトは手短にそう言うと、私をせかした後に、急いでその場から離れようとした。
私達が離れきる前に、その人の様子が変わった。
急にうめき声を止めたのだ。
そして、泣き出した。泣き声は出さずに。
自分の意思とは関係なく、勝手に涙が出てきてしまうらしかった。
その人の口が微かに動いた。
『ごめんなさい』と呟いたようにみえた。
次の瞬間、その人は笑いだした。
何かを嘲け笑っているように感じた。
笑い声はだんだんと大きくなる。
壊れたような笑い方だ。
私達は足を早めた。随分と遠くに来ていた。
その人の姿はもう見えない。
笑い声だけが、私の耳に届いていた。
それは悲しい響きを保っていた。
家に着くと、トトはさっき見た人は病気なのだと言った。
「あれに具体的な病名はないの。名付けようがなくて。
原因は分からないけど、急に発病するの。
病気になったら、もう終わり。
死ぬまで苦しみ続ける不治の病。
さっきの人は約10年間苦しみ続けているの」
トトは悲しそうに目を伏せる。
あの病気は私がいた世界にはないものだ。
あの人の苦しんでいる顔が頭から離れない。
しばらくは夢に出てきそうだ。
私達は今日の町の様子について話した。
会話はとても楽しかったけれど、時折あの人の顔がちらついて、
私達はいつもよりも早く寝ることにした。