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  作者: つまようじ
触手の少女
2/2

01


耳をつんざくような声で目を覚ます。

朝から鳴り響く目覚まし時計の音を遠かの方で聞き、もう朝かと思うあの感じに似ていた。


弘人ひろと!良かった目を覚ました!」


弘人、それは自分の名前だ。

体を起こし辺りを見渡すと友人たちと共に救急隊員と思われる人たちの姿も確認できる。


「弘人君、今日が何日か分かるかい?ここの地名は?」


救急隊員が僕に質問を投げかけるがなぜこんな状況になっていのか分からず言葉に詰まる。

それについさっきまでの記憶が酷く曖昧だ。

それに…


「なんで僕は上半身裸なんだ?」


友人とキャンプついでに山登りを計画して実際に登り始めたところまでは思い出せる。

しかしそれ以降のことが全く思い出せなかった。


「ほ、ほら弘人、眼鏡あったぞちょっとフレーム曲がってるけど…」

「おぉ、サンキュー」


友人のひとりから手渡された眼鏡を受け取りかけてみるが、そこでまたひとつ自らの異変に気付く。


(あ?なんで眼鏡かけたら視界がぼやけるんだ?)


外してレンズを確認しても細かい傷はあっても割れてしまっているということはない。


(しかしなんで眼鏡もこんなにボロボロなんだ。)


試しにもう一度かけてみるがやはりボヤける。

そしてまた気づく。

自分は眼鏡をかけないと近くの人の顔すらボヤける上に乱視だというのに、さきほどまでは眼鏡をかけていなかったのに他の人の顔や風景がよく見えたのだ。


「なんでだ?」


「あ、あのこれって…」

「あぁ、相当頭を強く打ったんだろう…担架を!」

「え、ちょっとなにを!?」


大人達に囲まれて手際よく担架に乗せられた弘人はそのまま運ばれていく。

どうやら自分の様子を見てただ事ではないと判断したようだ。


「な、なあここにもうひとり誰か居なかったか?」


意識を失う前、誰かの声が聞こえたような気がした。しかし友人に聞いてもそんな人物はいなかったと言うので、多分自分の聞き間違いだろうと結論付ける。

山の麓、広い駐車場に着き救急車へと乗せられる。

これまでの人生でこういった車に乗ったことはほぼ無かった弘人は、多少の興奮と元気なのに申し訳ないといった罪悪感に苛まれながら付近では比較的大きめの病院へと運ばれた。

病院に着いてからは早かった。

弘人の身体に異常が見られなかったためだ。

それどころか健康すぎるとまで言われた。

友人の証言などから、高さ30mほどの高さから転げ落ちたことを聞いた医者に嘘はついていないかなどと疑われた時は流石にまいった。


「弘人!心配したんだから!」

「本当だぞまったく…」

「ごめん、母さん、父さん」


様子見で2日間ほど入院することになり、病室に案内させれて少し立った頃に両親が来てくれた。

もしかするとふたりとはもう会えなかったかもしれないと思うと、自然と涙が溢れた。

病院に着いたのがすでに陽が沈み始めた頃だったこともあり、すぐに面会終了時間が来て両親は帰宅した。


(暇だな……)


弘人は入院ということに特段良いイメージは持っていなかったが、これはいくらなんでもやることがなさ過ぎるのではないかと思うほどだった。


(というか、今すぐにでも退院したいぐらいだ)


自分でも驚くほど体が軽い。

多分今なら空も飛べると思わせるほどに。

それから数時間、テレビを見るなり窓からの眺めを楽しむなりで時間を潰したが、ここで弘人はまたひとつ自らに起きている異変に気がついた。


「おかしい……今日は朝早くに起きたのに全然眠くならない…」


それどころか目はどんどん冴えている気さえする。

掛け布団を目一杯被り、目を瞑る。

きっと慣れない環境に戸惑っているだけだと自分を騙して。

目を瞑ると、誰かの囁き声や足跡など意識していなかった生活音がガンガンと響いてくるようだ。


(いや、これって……)


聞こえている。

意識しなければ分からなかったが、確かにこの部屋の外、それも離れたナースステーションや病室の会話、外からは風に揺れる植物の音などが聞こえてくるのだ。


(どうなってるんだよ…)


弘人が自らの異変に困惑していると、病室のドアがガラガラと開かれる音が響いた。

その瞬間、周囲の音が一気に止み扉を開けたものの足音のみに集中する。

ぺたぺたと、それはまるで裸足のような足音。

ゆっくりこちらに近づいて、そして止まる。

布団を被った弘人の横、すぐ側に誰かが立っている。


「目、覚ました?」


若い女の声。

どこかで聞いた気がするが、思い出せない。


「まだ、起きてない?」


やはり、これは自分に問いかけていると弘人は確信する。

まあ、この部屋にはそもそも弘人しかいないので当たり前ではあるが。

しかし、口調から看護師さんではないと判断してこのまま寝たふりを続行する。


「やはり、適合しなかった、仕方がないので、食べる」


その瞬間、背中が凍りつくような感覚を覚えた弘人は飛び跳ねるように身を起こした。


「なんだ、起きてる」


ベッドに膝をついて構える弘人の前には、ひとりの少女……年齢は自分と同じくらい。

恐らくは16歳ほどか、白みがかった髪に三白眼気味なパッチリとした目、そして最も特徴的な桜色の肌。

が、弘人が言葉を失った理由はそれだけではなかった。


「ちょっとなんで裸なの!?」


女は服を着ていなかった。

慌てて目を逸らそうとした弘人はすんでのところであることに気がつく。


(あれ?男?いや、それよりも……)


女の声で喋る目の前の存在の体は妙にのっぺりしている。

というか、女性特有の起伏はほとんどなく、哺乳類特有の乳首や動物の性器にあたる器官が無かったのだ。


「私は、それを持ってない」


それとは恐らく衣服のことだろう。


「き、君は誰?」


この質問が、果たして適切かどうかは弘人には判断できなかったけれど、目の前の存在がなんであるかはすぐにでも知りたい情報だった。


「私に、名は無い」


別に名前を知りたかったわけでないのだが、どうやらすぐに危害を加えてくる気は無さそうだ。


「ど、どうしてここに?」

「私は、キミ助けた。だから、迎えに来た」

「迎え?」

「キミはもう、人としては、生きていけない。だから、一緒に生きる。」

「え、ええ?」


(どういうことなんだ?)


急にそんなことを言われても困るのだがと弘人は困惑する。

助けた…ということはやはりあの時聞いたと思った声は本当の出来事でその主が目の前の彼女?ということなのだろうか。

それにしても、人として生きていけないとはどういうことだろうかと思い弘人は質問を続ける。


「ひ、人としてってどういうこと?君は人じゃないの?」

「違う」


その一言の後、彼女の口は裂けた。

いや、変形したと言った方が正しい。

分かりやすく言えばいく層にも重なったタコの口。

鼻から下、耳の付け根から下顎までが形を変え、ウネウネと別の生き物ように動き始めたのだ。

吸盤の代わりに、無数の突起がついた触手の奥にはさらに小さな触手が生えているのが見えた。


「私は、こういうヤツだ。」

「え……」


こういうヤツとか言われても困るのだが、多分人間じゃないよってことを教えてくれたんだと思いたい。

しかし、どうやって喋っているんだ?と不思議に思うことは山ほどあるが、さきほどの質問を続行する。


「き、君が人間じゃない…ことはわかったけど、僕が人として生きれないってのは…」

「助けた時、キミの体ボロボロだった。だから私のカラダを分けた。キミの体の半分は私と同じ細胞。そろそろ馴染んだ頃だ」

「い、いや!ちょっと待って!体を分けたってどういうこと?」


彼女の表情は動かないが、何がわからないのかわからない…そういった表情に見える。


「仕方がない、ちょっと見てる」


そう言って、彼女が右手を弘人に向けて伸ばすと、その腕は肉の糸を引くようにして…3本ほどの太い触手へと枝分かれした。


「手、伸ばして」


恐ろしい気持ちもあるにはあったが、何もせずに機嫌を損ねるわけにはいかなかったので恐る恐る左手を伸ばす。

すると、伸ばされた3本の触手が弘人の手のひらを撫で、そして繋がった。


「えっ!?」


ただ触れているのではないと直感でわかった。

確かに自らの左腕と彼女の触手がひとつになっているのだ。

手に通う血管すらも同化していると思えるほど、彼女の体温が伝わってくる。


「終わり」

「あっ……」


触手が桜色の糸を引いて手から離れると、なぜだか少し寂しく感じた。

見るとすでに彼女の右腕はものに戻っている。

弘人は自らの左手を見る。

触手と繋がっていた部分だけ色が変色しており、気持ち悪い胎動を繰り返していた。


「キミも、慣れればこうなれる。」

「それって君がやってたみたいに腕を触手にってこと?」

「そう、キミと私は家族だから」

「家族?他にも同じようなのが?」

「昔はいた、でもみんな死んだ」

「な、なんで…?」

「寿命」


それを聞いて、少し安堵する。

どうやら人間に襲われるとかそういったことでないようだ。

それに……


「良かった。変な体になっても寿命通り死ねるのか」


この体のせいなのか、妙に頭がスッキリしていると思っていた弘人は、すでにこの状況を少しずつだが受け入れ始めていた。


「キミの名前は?」

「え?あ、あぁ弘人だよ。吉崎 弘人」

「ヒロト…わかった。でも、ヒロトが人間と同じ寿命でし寝るかはわからない」

「え?」

「今、まで私のカラダを分けた人間は、殆どがほんの一部分だけだった。ヒロトのように、半分以上が私の細胞と同化した者は、今まで1人もいない」


その言葉を聞き、焦りが生じる。


「き、君はいつから生きているの?」

「わからない。でも何人もの人間が、生まれては老いて死んでいった」


彼女が……

彼女がなんらかの生物の…それも純正だとして、その細胞が半分以上だという自分はどれほどの時間を生きるのか…そんな考えが弘人を支配する。

思えば全く眠くならないことや、異常とも思える視覚や聴覚の発達も自らが人間ではなくなったことに繋がる。


「き、君と一緒に生きるってのは…どうやって?」

「山で狩をして暮らす。が、私には目的がある、できれば人を食いたい」

「ひ、人が主食なのか?」

「違う、食えればなんでもいい。人を食うのは別の目的」

「そ、それはどういう…」

「私は」


彼女の……

彼女の口と言っていいのかわからないその触手の奥から放たれた言葉は、弘人には到底理解できないものだった。

しかし、何かにすがりつくような寂しさを帯びた声は、弘人の心を揺さぶるにたるなにかを秘めているようにも感じた。

彼女は言ったのだ。


某妖怪人間よろしく異形のその姿で。



「私は人になりたい」

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