prologue
大きく、そして硬く冷たい岩の上。そのある程度平になった場所に、少年は仰向けで寝ている。
寝ている…という表現はやや語弊があるかもしれない。少年は小刻みに息をし、必死に酸素を体に取り込もうとしていた。しかしその鼓動は小さい。目は虚ろで額には大粒の汗を浮かべている。
それもそのはずで、少年の横たわる岩にはいくつもの筋を作って赤い液体が垂れていた。左腕はまるで関節が増えたかのように折れ、白い骨すら見えている有様だ。
「あ……ぃ…。」
薄れていく意識を無理やり覚醒させて声を出そうとするも、うまく声が出せない。
目を動かすものの景色は一定を保つことなく揺れ続け、余計に気持ち悪さが襲ってくる。
身体中から異様な音が…骨や肉が軋むような音がしている気がするが少年の耳には遠く…詳しく言えば頭上から人の声がいくつか聞こえていた。鬱蒼と生い茂る木々、そのさらに上から聞こえる声は小さい。それは自らが生き絶えるまでの残された時間内に助けは来ないという確信と絶望を少年へ与えるに十分なものだった。
少年は落ちたのだ。友人数名と山登りを楽しんでいた途中、前日に降った雨によりただでさえ不安定な足場から足を滑らせ
少年は先ほどまで自分を襲っていた痛みが少し弱くなったことに気づく。決して怪我の具合が良くなったわけではないことなどわかっている。自分は死ぬのだと嫌でも分かる。
「ねぇ」
もうほとんど意識を手放そうと…生きることを諦めようと思い始めた時だった。声がしたのだ。
首は動かないので目だけで声のした方向を見ると誰かが立っている。相変わらず視界が安定しないというよりも、強い光に包まれそれが常に点灯している感じであるため声の主の姿をはっきりとらえることはできない。
しかし、いる。そこには確かに誰かがいる。それほど高くはないとはいえ登山道からは明らかに外れた場所であるにも関わらず。
「ねえ、キミ、食べていい?」
声だけで判断するのなら、声の主は女性、いや少女と言った方が良いだろうか
(もう…なにも考えれないや……)
少年は自らの意識が沈んでいく感覚を感じて目を瞑る。これが死というものだろうかと考える暇もなく、少年の意識は途切れた。