第5話 救世主の少女
誰かに連れられ入った先は下草が生えた小さな広場だった。繋いでいた手が解かれてヒロトは乱れた呼吸を整える。辺りは薄暗く、しばらくは闇が2人を隠してくれそうだった。
息が整いお礼を言おうとヒロトは顔を上げる。
瞬間、月光が差し込み広場全体が浮かび上がった。
そこにいたのは、
赤い双眸で見つめてくる、目の覚めるような可憐な少女だった。
「君はっ…」
しかし、開きかけた口は虚しく少女の手によって塞がれる。彼女は唇に人差し指を当ててヒロトを諭し、やってきた方、家屋の合間を伺った。
幸い追っ手には聞こえていなかったようだ。ヒロトは自分の置かれた状況を思い出して口をつぐみ、せめてもの贖罪として体を縮こまらせて見つからないようにする。
2人は息を潜めて事態が落ち着くのを待った。
しばらくして、追っ手が来ないことを確認してから2人は向き合った。
「ありがとうございます!」
今度こそ、先程の失態の分も含めてお礼を言う。少女は首をふるふると振って、
「ううん、それはいいの」
ヒロトを許してくれた。それより、と彼女は続ける。
「あなたはどうしてここに居るの? 見た所この辺りの住民じゃないようだけど」
「うん、この街出身じゃないしナンドラ出身でもないんだ」
隠すことはない。ヒロトは躊躇なく自分の身の上を話した。
「オロフって言う島」
「オロフ島?」
少女は知らない様子で首をかしげる。
「そう、小さいけど森も小川もあってみんな優しいんだ」
「いい所ね」
一瞬、本当に羨ましそうな顔を見せて少女は姿勢を正した。
「ともかく、外から来たのなら尚更こんな所を出歩いてちゃだめ。早く立ち去った方がいいわ」
そう言ってヒロトに着いて来るように促す。少女は慣れた様子で小道を急いだ。
もう何度目の曲がり角を曲がったか分からなくなった頃、やっと見覚えのある通りに辿り着いた。夜も更けてきたからだろうか、先程まで明かりがついていた何店かはもう店じまいをしている。
「ここからなら道がわかる?」
「うん、ありがとう」
「所でこの辺りには宿屋は無いのだけれど、君は二番街にでも宿泊してるの?」
ピンチを救ってくれた上に帰りの心配をしてくれるとはこの人の心根はつくづく優しいのだろう。
「あ、いや宿屋じゃなくて今は住み込みで働いてるんだ」
「そっか、それじゃあ心配ないわね」
そう言って少女は思案する。
「うーん、君は何となく体つきががっしりしてるから、大工のゴロウさんとこ?」
「ちがうよ」
「じゃあ、ベンツさんとこ!」
「それもちがうよ。」
「えぇ〜」
「正解は、」
少女が楽しそうに当ててこようとするのでヒロトも勿体ぶって正解発表をする。
「ネチェロ孤児院、ヒルダさんのところ!」
「えっ?」
一瞬間が空く。その答えは彼女にとって本当に予想外であったようだ。
「今日から働かせてもらえることになったんだ。ロトたちに近所を案内して貰ってたんだけどいつの間にかはぐれちゃってて」
少女はまだ驚きを隠せないようだった。
「そ、そうなんだ。そういえば院長が新しく職員が入るって言ってたような気もする」
少女はそっか、と1人納得する。そしてヒロトに付いて来るように促した。
途中、振り返って少女はヒロトの方を見る。
「名前、何ていうの?」
「ヒロト」
しばし瞑目し、
少女は一瞬言葉を噛みしめるようにすると、
「よろしくね、ヒロト。私の名前はレティシア」
そう言って。目の覚めるような可愛さで、はにかんだのだった。