第5話 唐突な選曲会議
「次にやる曲は決めたの?」
休日の昼下がり、楽器屋に並べられたギターをながめていると、背後から声をかけられた。
「店主さん!」
振り返ると、店主のセイレーンが、背中から生えた大きな鳥の翼を邪魔そうに折り畳みながら、楽器がディスプレイされた狭い通路に立っていた。
「ったく、翼ってやつは邪魔だねぇ……。商品の埃を払うくらいしか使い道がないったら。
で、どうするんだい?」
「ええと……。
何かやりたいとは思ってるんです。でも、あんまり難しい曲は、まだできないので……」
「はいはい、簡単なので……やっぱ現世の曲やんだよね?ほかに何かご希望があれば」
弔野より遥かに長く生きる店主は、現世の技術の進歩により航海で迷う船舶が激減し、生計を立てられなくなったために、狭間の世界で楽器屋を営んでいるのだという。
悠久の刻のなか、古今東西のあらゆる音楽に触れて きた店主は、弔野にあつらえ向きの曲を幾つか脳裏に浮かべる。
「あとは、女声の声域で、死神っぽい歌があったら嬉しいなって思います」
「ふーん。で、バンド形式がいいわけよね?
だったらこれじゃないのかな。こっちおいで」
弔野の前に歩み出て、通路を進む。
案内されたのは、円柱状の、見上げても天井が見えないほどに大きな部屋。
中心部に弔野の背丈の半分ほどの高さの、アンティーク調の戸棚が置かれており、戸棚の上には古びた蓄音機が据えられている。
壁面は全て棚になっており、レコード、カセット、CD、楽譜、あらゆる音楽が納められている。
「ええーっとね、あれは邦楽でバンドものだから確か……」
大きな翼をはためかせ、あっという間に米粒大の大きさになるほど高く飛び上がる店主。
数秒、空に滞在した後、1枚のCDを携えて弔野の正面に舞い戻る。
「あったあった!すぐに見つかってよかったよ。
ほら、これなんてどうだい……」
指し示される曲名は
「少女……ええと……」
えー、びー、しー、でぃー、と指を折りながら数えて。
「えす……?」
「そうそう。確か現世の、死神が出てるアニメの主題歌になってたはず。ガールズバンドだし、曲もそこまで難しくないし、ぴったりだと思うけど」
おいで、と弔野を部屋の中心部へ誘う。
戸棚の戸を開け、中からポータブルのCDプレイヤーを引っ張り出すと、先ほど棚から取ってきたCDをケースから出してセットする。
手渡されたイヤホンを耳に着けて。
流れた旋律を聴いて。
「店主さん、私、この曲やってみたいです。
CD、お借りしても良いですか?」
「ああ、気にったなら何よりだわ。
好きなだけ聴いてから返してくれればいいから、持ってきな」