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鬼(レギオン)

 ソレは突然発生した。

 映画や漫画等の題材にうってつけの『食人鬼(ゾンビ)』。彼らだったら人類はもっと早く対応できたのかもしれない。

 実際はそうではなかった。


 それでも判明していることがある。

① ソレは人間だった者がなる姿だ

② ソレは肌が白く、瞳が黄色く変色する

③ ソレは眠る

④ ソレは日光に当たると死ぬ

⑤ ソレには食欲はない、暴力がある


ただし、判明していなこともある。

① なぜ人間がソレになるのか不明

② ソレに人間だった頃の意識があるのか不明


 ソレの数は増え続けているが、ソレは日中行動できないこと、夜は戸締まりをしっかりとしていれば、破壊してまでも人間を襲ってこないことから、対応は後手後手に回っていた。勿論、元は人間だったモノに対して、攻撃するのは道徳的観点からもできていないのが現状だった。


―――だから、今、この様なことになっているのだ。



「すごい…数」

 校舎内からの窓越しに校庭を眺め、少女――ヒカリ――は呟く。

 校庭にはソレが溢れかえっていた。

 現在、夕火あぶりの刻。ソレが活動できるには早い時間帯ではあったが、今日は朝から曇りであった。彼らが時間を勘違いして集まってきたのかもしれない。

 そう、集まってきた。

 ただし、群集が押し寄せてきたわけではない。

 一人、また一人と増えていき、いつの間にか校庭を埋め尽くしていたのだ。校庭に出ていた者は校舎へ避難し、校舎に居た者は外に出る機会を逃したわけだ。

「どうしよう…帰れないんじゃ…」

ヒカリはまた呟き、そして廊下へ視線を戻す。同じく、不安そうな顔をした同級生と目が合い、互いに愛想笑いをした。


 ソレは捕食目的で人間がいる場所に集まっているわけではない。

 だが、人間が目的なのは確かであった。

 暴力に巻き込まれるのは決まって人間で、その行為は死ぬまで続けられる。日に日に死者も増えている。

 ヒカリはB棟の三階に居た。ここは、屋上を除けば最上階に位置する。

 この階で、教師の声が複数聞こえてくるのは異例だ。何故なら、最上階に職員室が作られることはまずない。つまり、彼らは最上階の教室に集まり、会議を行っているのだ。

 ――逃げてきたのだ。


 戸締まりをしっかりとしていれば、ソレは破壊してまで人間を襲ってはこない。

 そう、これは自宅での話。出入り口が少ない施設での話だ。

 勿論、開ける門を一つに絞り、ソレが入る前に門の施錠をしっかりと行っていれば、侵入を許すことはなかっただろう。

 だが、現状、できてはいないのだ。


 教師たちの声にやがて罵倒が混じり、憤怒が湧き上がる。誰に責任があるのかその議論に変化しているのは、二十年足らずしか生きていない生徒たちにもわかる。そして、本来はその様なことを話している場合ではないことも。


「どうやってココから出るのか…って話、してねーのかよ」

 蒼ざめているヒカリのそばに、落胆を表し声をあげた少年がやってくる。

「ヨリくん」

「ちょっと見てきたんだ。…思っていたよりまずいぞ。一階はほとんどヤツラが居る」

 ヨリの言葉にヒカリはますます狼狽した。

「校庭だけじゃないの?」

「玄関、しっかり締められないからな…渡り廊下とかもあるし。隙間から偶然入ってきたヤツラが少しずつ増えていった結果だろ。隙間から入ったせいで、出ることもできない」

 セルビンだな、と釣りが好きな彼が言う。

「カレラって…階段上れるんだっけ?」

「上れるだろ。先生たちが何もしないから、今、みんなが机で階段の踊り場にバリケード作ってるぜ。二階全部に作るのは厳しいから三階メインだけど」

 聞き耳を立ててみると、確かに机を引きずる独特の音が響いてくるのを確認できた。確か、三階へ上がる階段は二箇所だったはず。A棟への渡り廊下などは三階に無いので、そこからの侵入の心配は無い。



 ヒカリは今年高校生になったばかりの女子生徒だ。ヨリはそんなヒカリの同級生であった。仲は良いが幼馴染みでも、恋人でも恐らく友達ですらない。

 勿論、ヒカリもヨリも互いに好意を持っていた。隠しているわけではないが、主張することもなかった。

 原因はソレのせいだ。

 映画や漫画の世界ではよくある恋愛できごとは、現実に起きればただの夢物語だ。皆、自分が一番大事であるし、一番護りたいモノなのだ。そのことを偽らずに、それでも相手のそばには居ようと決めている二人は、恐らくずっと健全だろう。

 ふと、響いていた教師たちの会議という名の口論が聞こえなくなっていることにヒカリもヨリも気がついた。先程、一緒に愛想笑いをした同級生も今は居ない。

ヨリがしまった。という顔をしたあと、すぐそばの教室の扉にそっと触れる。開こうとしたその扉は召合で「(カチリ)」という音を立てた。

「やられた」

 順番に扉に触れて行くが、三階すべての教室に内側から鍵をかけられている。念のために地窓と高窓も調べたが、結果は同じであった。

 耳をすませば、まだバリケードを作る音が聞こえてくる。彼らが必死になって護ろうとしているモノたちは、こうも簡単に裏切るのだ。だからこそ、ソレの増加に一番対応が遅いのは、世界でもこの国(ニホン)くらいかもしれない。

「ヨリくん…」

「とりあえず、バリケード作ってくれてるやつらに報告してくる」

「私も行くよ」

 ヒカリの言葉にヨリは頷き、その手を差し出す。ヒカリは首を横に振ると、しまい忘れて廊下に放置されていた箒を掴み、構えた。

 勇ましいその姿にヨリは思わず笑ってしまう。自身も鞄に入れっぱなしだったフィッシュグリップを取り出して構え、一つのバリケードへ向かった。



「あ、ヨリ! バリケードなんだけど」

 目的地に苦も無く着いたヨリとヒカリを出迎えたのは、同級生の少年だった。

「ゲン、ヤツラはどうだ?」

 ヨリにゲンと呼ばれた少年は、わざとらしくため息を吐き、そして頭を掻きながら応える。

「ヤツラは今のところ一階かな。二階に数名上がってきたって話もあるけど、廊下は簡易なバリケードしたし、A棟の渡り廊下は施錠したから、三階に上がってくる場所は一ヶ所にできたと思う」

「なるほど、その一ヶ所がココなのか」

 ヒカリに会う前に確認していたヨリは、頷きながら洞察する。もう一ヶ所とは明らかに異なり、このバリケードは机の数も多く、どこからか回収してきた縄やビニール紐で固定されていた。

「そ、大量に流れ込んできたらそれこそ保たないけど、しょせん、気休めだし。それでももう少し補強したいから、机を追加で持ってきて欲しいんだ」

 その言葉に、ヒカリの顔は暗くなり、持っていた箒を握りしめる。ヒカリの様子とヨリの顔をもう一度確認して、ゲンは悟ったのか、マジか…とだけ呟く。

「ゲンくん、バリケード作ってる他の人たちは大丈夫?」

「それは心配ないよ。誰も犠牲になってない」

 しかし、参ったなと、ゲンもヨリも呟き唸る。

 ソレは日光に弱い。五分も日を浴びれば、浴びたところから焼かれて灰になり、やがては消失するのだ。

 バリケードはあくまで保険。本命は教室に鍵をかけて中で待機、廊下に溢れたソレを朝焼けで焼くのが妥当だと考えていた。

「教室に入れない以上…こうなったら、ヤツラの隙を伺って外に出るしかないかもな…」

 危険だが、無茶ではない。幸いにも二階に上がってきているソレは少ないし、誘導もできているだろう。問題は一階と玄関なのだ。

「二階とかに脱出シューター…は無いかな?」

「…たしかうちの学校で設置されてるのって三階の教室内じゃなかったか?」

「詰んだ」

「ゲン! 朗報!」

 頭を抱えたゲンだったが、突然の訪問者とその声に思わず悲鳴を上げかける。

「――!!! っなんだよっフジワラ!」

「……何怒ってんの?」

 フジワラと呼ばれた少女は首をかしげ、バリケード越しから怪訝そうな表情でゲンを覗きこんだ。

「…マホちゃん、朗報って?」

 ヒカリにマホと呼ばれたフジワラマホは、そうだった!と、バリケードを潜って三人に合流する。

「バリケード作ってたみんなでいろいろヤツラの動作を観察してたんだけど、アイツラあるルートに全く近づかないんだ。しかも外に繋がってるし、先にもいない」

「なんだそれ、罠か?」

「アイツラって全然解明されてないからな……某国なんて銃でドカンだし」

「何て言うか、避けてる感じなんだよね。普通の廊下と階段なんだけど…。あ、でも電気は点いてない」

 電気が点いていないということは、今から暗く、闇に染まるルートだ。ソレが日光に弱いのは解っているが、同時に闇に強いのは確かだった。

「罠だな」

「だな」

 ヨリとゲンは息を合わせて頷き、そしてナイナイと手を横に振る。しかし、マホが告げた言葉はもっと残酷であった。

「まじかー……。誘導ルートとは逆だし、ちょうど良いと思ったんだけどな」

「はああ?!」

 ゲンが思わず一人叫ぶ中、ヒカリはヨリを確認し、ヨリもヒカリを見る。先程三人で言っていたことから何も変わらない。そう――

「どっちにしろ、殆どの廊下と階段は電気点けて無いんだし、今のうちにさっさと逃げた方が良いかもな…罠だとしても…」

 ヨリの絶望的な案にゲンは沈黙し、ヒカリは頷いた。

「バリケード作ってた人たちって何人いるの?」

「俺とフジワラ入れて八人だな」

「全員で十人…」

 ヒカリの問に諦めがついたのか、ゲンが即座に回答する。過去の記録を鑑みても、複数のソレに襲われた時、全員が生還するに十分な人数だと思われた。

「行くしかないか…幸いに二階は道具も豊富だし」

「じゃあ、あたしみんなを呼んでくるよ。三人は三階の人たちに伝えてきて」

 マホの発言に三人が険のある顔になると、全てを悟ったのか、マジか…と彼女は呟いた。

 


 バリケードを作っていた人たちに事実を告げても、実にあっさりとした反応であった。むしろ、バリケードを作るために十人近くの生徒が教室外に出ていた方が奇異だろう。教室に閉じ籠っていれば、恐らく一番安全なのだ。それでは不安だからと、勝手な行動をとった彼らは自業自得だ。そうに決まっている。だから自分たちは悪くないと、緊急避難に則ってその道着で心を傷つけているようなら、逆に教室内の人間が哀れだとすら感じているようであった。

「それじゃ、みんな、武器になるようなモノは持ったか?」

「椅子と箒と消火器と……でかい定規」

「ちょうど、数学の授業あったからな。先生忘れて行ったんだ。さいん、こさいん、たんじぇんと。マジさぱらん」

 定規を抱えていた生徒に対し、周りの数名が頷く。さすが、教室に閉じ籠っている人々とは違い、彼らは変に度胸があり、ユーモラスであった。

 もっとも彼らがこんなに落ち着いているのには別の要因もある。


 ソレが何に惹かれて寄ってくるのか……


 先に挙げた『食人鬼』で多い設定。

① 行動原理は生きた人間の肉を食べること

② 死んでいるが、脳を破壊すれば動かなくなる

③ 音や臭いに敏感であったりする


 ソレには全く当てはまらないのだ。

 特に音や臭いには鈍感なのでは無いかと思う程だ。それは先程からバリケードを作成したり、これだけ和気あいあいと発言している中、ソレが出現しないことからも容易に分かる。

 とある国…家族を大切にするのが風習であり、強い絆がある地域で確認された事例から、ある評論家が放った一言がある。


『ソレは人間の恐怖心に惹かれるのではないだろうか』

 

 行方不明になったある男性がソレになって帰ってきた。ソレの恐ろしさを知っていた人々は遭遇した時に襲われ、殺された。だが…ただ一人、男性の帰りを待っていた男性の子供にソレは手を上げなかった。

 結果として、ソレは軍に拘束され、日光に曝され処刑される。その子供の愛読書が『鏡の国のアリス』だったこともあり、その国でソレは『Jabberwocky』と呼ばれるようになったらしい。というオチ付きだ。



「他には…あ、ヒカリ以外はみんな鞄持ってたのか」

 メンバーの中で唯一、ヒカリだけ自分の学生鞄を所持していなかった。

 その点では、皆、何かしらの予感をしていたのがわかる。各々、口には出さないが、鞄の中には簡易な非常食、武器と道具に携帯電話。予備バッテリーですら持ち合わせていた。ソレが出現してから少年少女の環境や趣向は変わったのだ。お洒落や遊戯で余計なものを持ち歩くのではない。生き抜くための必需品が彼らの日常の装飾具になっていた。

 ヒカリも勿論同じであったが、その鞄は今無い。唯一持っている箒を両手に握りしめるしかない。

 震えているヒカリの前に、ヨリは自分の鞄を差し出した。

「ヨリくん?」

「小回り利いた方が良いから、ちょっとの間預かっててくれないか? あ、もちろん、ヤツラが出たら置いてダッシュで逃げろよ? 間違っても持っていくなよ」

 フィッシュグリップを構えながら冗談を言うヨリに、ヒカリは笑いながら頷き、その鞄を受け取る。

 中身が重要なのではない。何かが確かに存在()るということが、彼女の心を軽くした。

「じゃ、罠かもしれないけど行くか」

「嫌なこと言う…」



 前後は男子三人で挟み、真ん中ニ列が必然的に男女二組となる。前をゲンとマホが歩き、その後ろをヒカリとヨリが続く。何の変哲もない、ただの薄暗い廊下だ。少し進むと直ぐに階下に続く階段が現れる。廊下よりも薄暗かったが、やはり何もない。変化はない。

 誰一人声を上げず、誰一人歩みを止めない。


 ――ふと、ヒカリは違和を覚える。


 階段が――長い。

 闇が――深い。

 時間の流れが――わからない。

 声が――出ない。


 壁に目を凝らして漸く気がついた。

 蒼然たる壁に薄ら赤い亀裂が幾つも見える。意識すればするほど、よく見えるモノで……壁、天井、足元、全てにその亀裂はあった。まるで経年劣化でひび割れているトンネルを歩いているよう。違うところとは先に挙げた『赤』。そう――亀裂は赤く光っているのだ。

 そして触覚に意識を集中させて解ったことがある。

 

 ナニかいる。

 

 ソレではない。

 見えないけれど何かいる(・・・・)のだ。

 そのナニかは、絶えずヒカリの身体に触れ、そして離れてまた触れる。始めは全身を探っているようであったが、今はヨリに預けられた彼の鞄周辺に集中している気がする。

 不明瞭なこの感覚を誰かに訴えたくなるが、ソレから逃げているこの場を乱したく無かったヒカリは、ただ小さな抵抗として、側にいたヨリの腕に片手で触れた。驚かれるかと思ったが、ヨリの反応は薄い。しかし、ヒカリの腕に気がついたのかその手を確りと握り返した。自身の煩わしい鼓動が、腕を伝ってヨリに届いてしまわないか不安になるヒカリだったが、ヨリの腕は心地が良い程静かであった。


 どれくらいそのままであっただろうか。

 状況は突然変化した。

「着いたー! どんなもんよ!」

 マホの大きな声と皆の歓声に現実に引き戻される。

 気がつくとそこは学校の外。裏門を出た道路であった。慌てて校庭を眺めるが、ソレは一人も居ない。理由は至極単純であった。

 夜が明けていた。朝日も大分登り、影が短くなりつつある。

 ヒカリが信じられない。という表情をする中、歓声を挙げた面々も同じなのだろう。腑に落ちないと露にする表情が見え隠れしていた。

 だが、そんなことはどうでも良いではないか。

 自分たちは大量のソレから無事に逃げ、無傷で生還している。学校の連中が気にはなるが、それよりも家族だろう。きっと心配しているに違いない。

「一先ず、みんな帰ろうか。ヒカリ以外は鞄持ってきてるでしょ」

 賛成と声を上げる中、誰かが突然声を張り上げた。

「あれ? 財布がない! 菓子も!」

「マジかよ。あ、俺もない!」

「私はあるけど……あー水筒がない! 買ったばかりだったのに!」

 各々の荷物から何点かモノが紛失している。一瞬、暗闇を共にした同伴者たちを疑うが、皆、鞄を広げて確認しており、誰かの私物が出てくることはなかった。日陰に立って蚊帳の外状態だったヨリにヒカリも向かい、鞄をヨリに返却する。足元で鞄を広げて確認するが「釣りの本と水筒と手帳が無い」と彼は呟いた。

 謝罪を告げようとしたヒカリの声を遮るように、マホが手を叩く。そして皆に向かって宣言した。

「私、財布にけっこうお金あるから、電車賃貸すよ! 無い人おいで!」

「あ、金なら俺もあるぜ」

「電子マネーがあるから平気」

「それより腹減った。食いもん持ってるやつ、ちょっとくんない?」

 皆が意見と要望を出しあうことで、それぞれの問題は粗方片付く。仮に誰も盗っていないなら、恐らく学校だ。うっかり忘れたか、もしかしたら三階に閉じ籠っている連中が盗ったのかもしれない。どちらにしろあのルートをもう一度通って探す気には誰もなれなかった。

 命があるのだ。物的後悔はあとで良い。

 早く帰ろう。ここから逃げよう。

 彼らの真っ当な結論であった。



 ヒカリは自分の鞄が無い。

 ヨリの鞄を抱えていた責任がある。

 だからというわけではないが、ヒカリはヨリの帰路を付いて歩いた。勿論、マホから交通費は借りていたし、ヨリも気にするなと言ってくれている。


 それでも――誰もが気づいていたのに黙認したことを…ヒカリは目の前のヨリに尋ねなくてはいけなかった。


「ヨリくん…小さい頃、道路の白線だけを辿ってお家に帰る遊び、したことある?」

「なんだよ突然。あるぜ? マンホール伝ってジャンプとか…」

 ヒカリの声を後ろで聞きながら、ヨリは足元のマンホールを蹴って見せるが、歩みを止めることはしない。

「影の上だけ歩くとか」

 しかし、続けたられたヒカリの言葉は、ヨリの動きを制止させるのに十分であった。

 気づいていた。

 皆、鞄の中身は確かに減っていたけれど、もっと重要なモノが減っていたことに。

 武器として所持していた椅子、箒、消火器、大きな定規。外に出た時に、誰もが持っていなかった。そして…

「フィッシュグリップ…」

 ヨリが学校の鞄にいれたままにするくらい、大事にしていたモノだったのをヒカリは知っている。あの場に落としたままにするとは考え辛い。ならば…

「…そ、持っていかれた」

 木陰の中でヨリが残念そうに顔を上げるが、直ぐに下を向く。相当、眩しいらしい。

「でもどっちかっていうとショックなのは日記にしてた手帳を持っていかれたことだな…思い出を忘れることはあまりないけど、でもやっぱ保険は欲しいし」

「ヨリくん…」

「良いんだ、おかげでヒカリは持っていかれなかった」

 ヨリはヒカリを見つめ、そして憶測だけど…と付け加えて話始める。

「さっきの脱出ルート。ひび割れたトンネルみたいに俺には見えた。歩いていて…気がついたらフィッシュグリップは無かったし、自分だという感覚も無かった……あのトンネルに…ひびにナニかいたんだと思う。皆もいろいろ持っていかれたみたいだけど、俺は皆より持ってるモノが少なかったから、だから俺自身も持っていかれたんだ」

 ヨリが木陰の中でそっと手をあげヒカリに差し出す。日に曝された瞬間、じゅっと音が響き、手から煙が上がった。ヒカリは慌てて走り寄り、今度はその手を確りと掴んで抱き抱える。

「……持っていかれた奴らが『ソレ』になるんだ…きっと」

 ヨリの言葉にヒカリの両眼からポロポロと涙が溢れた。

「…わたしに鞄をくれたから、ヨリくんが…」

 抱えたヨリの手は温かくも冷たくもなかった。まるで宙を掴んでいるよう。そこに確かに存在している筈なのに。

「馬鹿言うなよ。ヒカリがあの時触れてくれたから俺、戻ってこれたんだぜ?」

 だが、体は元に戻らなかった。

「ヨリくん…」

「……ヒカリ、手…離してくれよ」

「離したらヨリくんはどうするの?」

 もう普通の人間ではない。

 あのルートをソレが避けていたのは、もう一度通っても戻れないからだ。きっと何も無くなってしまう。

 元の人間に戻る方法があるとは思えない。

 日常に戻るのは無理だろう、光線過敏といった病気ではないのだ。

 逆に支援してもらおうと真実を告げて、世間に知れ渡れば、二度と外に出られず隔離される未来が待っている。

「でも…このまま死ぬ勇気はないな…今のでも結構熱くて泣きそうだった」

「泣いていいんだよ…」

「ヒカリ…」


「わたしがヨリくんの光になるから…」



 その後、一人の少年が行方不明になり失踪届けが出された。このまま何年か経つと彼は失踪宣告により死亡扱いになるだろう。


 また、一人の少女がよく夜に外出するようになった。今まで素行に問題がなかった娘に両親は頭を抱えているが、警察に補導されるような自体にならない限りは、静かに見守ってあげようと決めている。


 人々を脅かすソレは相変わらず存在するが、数は徐々に減っているという。

 特にこの国(ニホン)においては……



END

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