32話 帝国ギルドの現状
カームルド帝国、帝都に存在しているギルド支部にウェルトとセリナの姿があった。
「支部長をお願いします」
「は、はい……少々お待ち下さい……」
ギルドの受付にいる職員に向かってセリナが支部長の呼び出しを要請する。それを聞いたギルドの受付職員はまるで脅されて怯えているように声を震わせながら支部長を呼びに駆けていった。
現状の帝国のギルド支部は最低限の機能は残ってはいるが、とても正常な状況とは言い難い。支部長は帝国の所持する特級遺物『精神支配』により操られ、職員は理不尽な暴力により歯向かうことは許されていない。もちろん歯向かった者がいない訳ではないが、その命は既に失われている。
生き残っていても、低ランクの冒険者であればまだ魔物の討伐のみで済まされているが、高ランクになれば帝国の残虐行為の手伝いをさせられている者も多い。国外に出る必要がある人間の多くも支部長と同じように『精神支配』の影響下にあり、国外に実態が知れ渡る事を防いでいる。
そうでなければとっくの昔にギルド本部が支部の救出へと行動を起こしている。
そうしているうちにこの支部の支部長がやってくる。元々は、高潔な事で有名であり凄腕の商人として商業部門のSランクに到達した尊敬すべき人であるが、今は『精神支配』の効果のせいか視線が定まらず常に不気味な表情を浮かべている。ウェルトは支部長の祖変わり果てた姿を直視出来ずに顔を背ける。
「お待たせしました、セリナ様。本日はどのようなご要件でしょうか?」
「一つ、帝国の方からギルドへの依頼があります」
「それはどのような物でしょうか?」
「こちらのウェルト殿に、ある人物の捜索依頼を頼みたくてですね」
「はい、指名依頼でございますね! ウェルト、断らずにちゃんと受けろよ。セリナ様からの指名依頼だぞ」
「わかってるよ!」
支部長のその遜るような態度にウェルトは悪態をつきたくなった。なぜこんな事にと思った事は一度や二度ではない。だが、今回の依頼さえ終わらせてしまえば自分と家族たちだけはこの狂った国から解放される。罪悪感が無い訳ではないが、人の事を考えて助けられる余裕なんてものはウェルトは持ち合わせていなかった。自身の家族の命を繋ぐだけで精一杯なのだ。
そして正常に機能しなくなっているギルド支部で、表面上だけは真っ当な行方不明者の捜索依頼の書類を用意し、ウェルトはそれを受注する。内情は他の支部所属の冒険者の誘拐であったとしてもウェルトに断るという選択肢は与えられていない。
形式上の依頼の発注を終えたセリナは、ウェルトに向かって注意事項を告げていく。
「特殊な強化を施した馬を与えますので、早めに国境を越えてミーグレイス連邦へと入ってください」
「随分と急ぐんだな?」
「私達の存在は発覚してしまいましたからね。ですが個人への越境制限には多少の時間差が発生します。それまでに国境を越えてください」
「あーそう言うことか。タイミングをミスったらそのまま捕縛って事か」
「えぇ、そういう事です。あなたでも実力不足ですが、他の冒険者はもっと役立たずですからね。役に立ちそうなのは粛清してしまいましたし、人員不足で困りますよ」
頬に手を当て困ったような表情をするセリナ。それだけを見れば憂いに悩む美女であるが言っていることは酷く恐ろしい内容である。
人員不足は反抗した冒険者はSランクすら殺して処分しているからだ。簡単に実行できる事ではないが、複数の特級遺物をすでに保持しているカームルド帝国にとっては不可能というほどではない。ただしカームルド帝国にとっても楽な事ではなく、帝国兵もまた多くの者が亡くなっている。
そういう事情もあるため、現状の帝国にあるギルド支部には冒険者でAランク以上はウェルトを含めて僅かしか生き残っておらず、そしてそのほぼ全てが身内を人質とされている。
セリナの説明を受けつつ、ウェルトは強化を施したという馬の手綱を手渡される。
「あぁ、その馬は使い潰して下さって構いませんので。どうせ長くても明後日には死にますから」
「……分かったよ。休みなしで一気に国境を越えちまえばいいんだな?」
「えぇ、そうです。そこから先のやり方はあなたに一任しますよ」
「随分と自由にさせるんだな?」
「軍人と冒険者では動き方が違うのは理解していますので。ある程度は裁量を与えておかないと動きにくいでしょう?」
「……そりゃそうだがよ」
あまりのセリナの物分りの良さに不気味さを感じずにはいられないウェルトであった。言いたい事は色々とあったが、藪をつついて蛇を出しても困るのは自分なのでそれらは全て呑み込み、依頼の遂行のみに意識を傾けていく。
既にミーグレイス連邦のギルドの支部には自分達の情報が回っている可能性は高い。それを考えれば時間の猶予があまりないのも間違いはなく、軍人であるセリナがすんなりと国境を越えれない事情もあるのも理解は出来る。
正直に言うのであれば帝国の外に出たらそのままトンズラしてしまいたいが、家族を見捨てるという選択肢はウェルトにはない。だからこそ、この依頼は誰の何を踏み躙ってでも達成しなければならない。たとえ自身がギルドのブラックリスト入りして指名手配を受ける事になってもだ。
「……とにかく了解だ。俺の判断で動かせてもらう。それで、嬢ちゃんを確保した後はどうすればいい?」
「そのまま国境まで強硬突破してきてください。あぁ、秘密裏に動けるのならばそれはそれでも構いませんよ?」
「平然と無茶な事を言ってくれるな、おい……」
「場合によっては、海路から迂回しても構いませんよ? 山越えよりは楽でしょうし」
「……そっちでも充分過ぎる程、無茶だがな」
ミーグレイス連邦とカームルド帝国は完全に山脈で分断されており陸路を通るのであればどこを通っても山越えが必須となる。先の洞窟のような特殊なルートを使わない限り。そして両国共に海には面している為、海路での移動の方が楽ではある。平時であればだが。
「ともかくどんな状態でも構いませんので、必ず国境を越えて下さい。そして、これを国境を越えてから使ってください」
「……これは転移のペンダントか?」
「えぇ、そうです。あのレイアという娘もおそらくそれを使ってあの遺跡から逃げたのでしょう。国境を越えるまではあの娘の身からは転移のペンダントは外さないように注意してくださいよ?」
「なんでまたそんなことを?」
「それの発動条件は身から離すこと。ウェルト殿もレイアという娘を連れてカームルド帝国の国土に入るまでは決して外さないように」
「分かった、気を付けよう」
ウェルトはセリナから転移のペンダントを渡され、自身の首からぶら下げる。見えないように服の下へと隠してはいるが。
転移のペンダントはギルドが占有している遺物ではない。本体である像こそギルドに設置されているが、国境で影響範囲を区切っているのは悪用して他国への侵入を防ぐ為である。
ただし、帝国によって事実上支配されてしまっている帝国のギルド支部ではその機能も正常には作用しないし、転移のペンダントの配布基準すら今回のように完全に無視されていた。本来は機密保持者の身の安全確保の目的以外では保持することは禁止されているのである。
「それでは任せましたよ」
「……あぁ」
必要な物を渡され、強化されたという馬に跨がりウェルトは帝都を出発する。目的地はまずはカームルド帝国とミーグレイス連邦の国境にある関所だ。険しい山道ではあるが、異常に強化された馬は平然と山を登っていく。
それほど時間もかかることなく関所に辿り着き、ウェルトはギルドの正式な依頼として国境を越えた。行方不明の捜索という名目で行なわれる誘拐を目的とした男が、それほど時を置かずして再びミーグレイス連邦の領土へと足を踏み入れた。
国境の関所に、入国禁止の手配の情報が届いたのはその少し後のことである。




