29話 スタンピード
ハルアードは左右の手に持った双剣で、左右から同時に襲い掛かってきたフォレストウルフの頭を突いて仕留める。すぐに双剣を引き抜き、血を払い再び敵に向かっていく。
フォレストウルフは群れの魔物であるが、暴走状態のせいか、それとも気付かないうちにボスを仕留めていたのか、群れとしての統率力に欠けていた。だから普通より容易に倒せている。
背後から襲い掛かってきたフォレストウルフを、ハルアードは右手側の剣を逆手に持ち替え、自身の背後に向けて突き出して仕留めた。これでフォレストウルフは見える限りでは全滅させた。
レイアが足止めを行わなかった先頭集団のフォレストボアとフォレストウルフを仕留め終えたハルアードは、次の敵に意識を向ける。
「レイアさん、この辺の泥濘を戻して!」
「そっちね、分かった!」
ハルアードの要望を受け、レイアは矢を番えた。矢は黄色、弦は赤色。土属性をメインに火属性を併せ、その効果は熱された地面へと変貌させるものである。それを泥濘んだ地面に放てば、真逆の性質故に効果は打ち消され元の地面へと戻っていく。ただし、水蒸気を伴って霧のようになってではあるが。
先程までの泥濘で足を滑らせていたのは、妖精種でありながら『邪刻』に堕ちて魔物となったゴブリンと呼ばれる小振りな人型の魔物である。数は少ないながらも『邪刻』に堕ちていない無害なゴブリンもいる為、『邪刻』の確認が必須とされている。
幸いな事に妖精種であれば額に『邪刻』が現れる事が多く、判別は容易である。ハルアードはゴブリンの群れを蹴飛ばし、隙間を作りながら『邪刻』の判別をしてから仕留めていく。群がっている上に判別が必要な為、弱いが一匹ずつの処理に時間がかかる。せっかくの双剣も片方ずつしか使えない状況であった。
「マルスさん、こいつらが相手なら双剣より、短剣か片手剣の方がやりやすいから切り替えるよ」
「分かった。だが、武器を切り替える度に言うのは面倒だな。何か合図を決めるか?」
「それもそうだね、それじゃせっかくだし『万化』でいい?」
「あぁ、いいぞ。それを聞けば私は準備体制に入ろう」
「決まりだね。それじゃ早速、『万化』!」
ハルアードが早速決めたばかりの合図を叫び、マルスは『万化の魔刃』の展開を始める。双剣の姿が変わっていき、短剣としては大振りで、片手剣としては小振りなどっち付かずの大きさの剣に変化する。
「もうちょい小さいのにするつもりだったんだけど、なんで?」
「……どうも大きさの制限があるようだな。『千変の刃』もあまり大きすぎる物には変えられなかったのではないか?」
「……大型の武器には殆どしてなかったから忘れてた。って事はこれが大きさの下限サイズって事か」
そうやって話をしながらも、ハルアードは敵の『邪刻』を判別しながら大型の短剣でゴブリンを葬り去っていく。十匹ほど仕留めた所でハルアードは満足げな表情を浮かべていた。
「ちょっと重めで大型だけど、この身体だとこれくらいがちょうどいいか!」
そう言いながら、ゴブリンをもう一匹仕留めていく。身体の感覚のズレもかなり修正出来たのか、ハルアードの動きにはキレが出てきていた。
「雑魚は足止めしながら結構弱らせたけど、これ以上はホーンベアは抑えられないわよ!」
レイアもハルアードが戦っている間、泥濘を作るだけではなく奮戦していた。今も赤い矢を緑色の弦に番えて放っている。緑色の光を帯びた赤い矢は命中した途端に小規模な爆発を起こして、泥濘に足を取られている雑魚魔物にダメージを与えると同時にバランスを崩させている。ただし、威力はいまいちな為妨害以上の効果は発揮していない。
マルスが通常状態であったならここで広範囲の殲滅用の魔術を用意するのだが、今はそれは実行する事は出来ない。せめてハルアードがジュナスの身体で常識的な威力の魔術が使えたなら同じような事は出来るが、それが出来るのであれば元々こんな事態にはなっていない。
そして森の主であるホーンベアは、足を取られレイアの爆撃を受けて足止めされている雑魚達が邪魔になっていたが、気が立っているのか雑魚魔物の群れを背後から薙ぎ払い始めていた。
「レイアさん! すぐに対処した方がいい類の魔物は後どれくらい!?」
「今はひっくり返ってるけど、フォレストラージタートルが面倒かも! 他は雑魚よ!」
「フォレストラージタートルか、それなら……『万化』」
ハルアードの合図に従い、短剣だったマルスが槍斧、ハルバードとも呼ばれる大型の武器へと姿を変える。その槍の先に斧をつけた重量級の武器をハルアードは両手でしっかりと握り込む。
「これは……ハルアード、大丈夫なのか? 普通に槍ならばともかく、こんな物は使ったことがないのではないか?」
「フォレストラージタートルだと、流石に硬いからね。大剣でも良かったんだけど、多分今の力ならこれでも普通に振り回せるよ。雑魚も一掃したいしね」
「おい! ハルアード、上だ!」
「え? って、もしかしてアサシンモンキー!?」
突然のジュナスの警告に慌てて、ハルアードは防御姿勢を取り奇襲を凌ぐ。アサシンモンキーは気配を消し、鋭い爪で暗殺者の如く獲物に気付かれる事なく仕留める習性を持つ夜行性の魔物である。
『邪刻』を持つ割に知性が高く用心深い。滅多に人は襲わず、襲ったとしても生き残る者が少ない為、それが伝わる事はほぼ無いとされ、。そして、討伐推奨ランクはBとそれなりに高いが、あくまでも危険性が低い為であり特性を考えればAランクに近い魔物である。
用心深いアサシンモンキーは一度仕留めるのに失敗した相手を二度と狙うことはないという習性も持つ。
「よく気付いたな?」
「俺の勘は全然鈍ってねぇって事だ。とりあえず、もうあれはいねぇぜ。ハル坊、今のは流石に油断しすぎだろ!」
「ハル坊は止めろっての! ……まぁちょっと調子に乗ってたかもしれないけどさ」
あまりに順調過ぎた殲滅戦に初使用の武器を使おうとしたハルアードの気が緩んでいたのは事実であり、ジュナスの警告がなければかなり危なかったのも事実だった。
「三人とも反省は後にして! もうホーンベアがすぐそこまで来てるわよ!」
反省の雰囲気になっていた三人をレイアが現実へと引き戻す。その間にレイアは泥濘を元の状態へ戻して終盤に差し掛かった戦闘に適した状況に整えていく。泥濘のままで戦えば、ハルアードにとっても戦いにくい場になるからだ。
レイアに任せてハルアードは悠長に手を止めている訳にはいかない。槍斧を構え直し、雑魚とフォレストラージタートルを仕留めるために突っ込んでいく。
油断こそしていたが、決して武器の選択を誤っていた訳ではない。堅牢な甲羅を持つフォレストラージタートルを仕留めるにも、雑魚を一掃するにも威力重視の大型武器は適していた。
ハルアードは一撃の薙ぎ払いで数匹の雑魚を同時に仕留め、ひっくり返ってるフォレストラージタートルを叩き割るように上段から槍斧を振り下ろし、甲羅を砕き絶命させる。
ホーンベアによって薙ぎ払われて絶命した雑魚魔物とハルアードが殲滅した魔物を合わせれば今回のスタンピードで暴走した魔物の大半は命を失った。
生き残っているのは、先程のアサシンモンキーと、ハルアード達と、ホーンベアのみとなった。ただし、アサシンモンキーは撤退してもうここにはいない。
討伐しに来たホーンベアとの対峙の前に、余計な回り道をしまくっていたがようやく依頼の内容へと辿り着いたのだった。当然の事ではあるが、自分達が引き起こしたスタンピードである為に特別報酬など出る訳もなく、待っているのはグランとエレインからの説教であろう。




