3話 古代の遺物と帝国兵
時間はレイアとその他三人が別行動に映る前まで少し巻き戻る。
ミーグレイス連邦エイアル自治区の山脈沿い、カームルド帝国との国境近くの深い森の奥に少し森が開けた小高い丘があった。そこから僅かに見え隠れする古びた建物が見てとれる。本来の役目を終え、今も尚そこにある遺跡が完全には朽ちる事なくそこにあった。
丘の上には四人分の人影があり、そこから遺跡の方を眺めている。
「あれが今回の調査依頼にあった古代の遺跡ね。それで……」
「なんで帝国兵がいるんだよ……」
急に吹いた風に乱された長い茶色の髪を整えながら、レイア・アルステインは丘から見えた遺跡の現状を確認するように告げ、その途中で言葉を継ぐように、腰に短剣を差した軽装で小柄な黒髪の少年ハルアード・ジェイル(元の姿)がうんざりしたように呟いた。
「何処にでも湧きやがるな……あんな連中、適当にぶっ飛ばせばいいんだよ!」
あまりにも乱暴な発言をするのは、大柄で筋肉質なチンピラ的なくすんだ金髪の男、ジュナス・アジュール(元の姿)だ。鋭く威嚇するような怒りの籠もった声で今にも飛び出して先の言葉を実行しようという雰囲気を醸し出している。心なしかレイアもハルアードも少々苛立ちが混ざっているようで、殺伐とした雰囲気へと変わってきていた。
「ジュナス、落ち着け。レイア、ハルアードもだ」
冷静さを感じさせる声が仲間達の冷静さを取り戻すように促す。その声の主、マルス・レイナードは使い込まれたローブを着込み、四種類の石が埋め込まれた杖を持った貫禄を感じさせる風貌であった。年齢はレイアやジュナス達とは倍以上はあるだろう。黒い髪の所々に白髪が混ざり始めているのが歳を感じさせている。
彼らがいるのはカームルド帝国の領土ではなくミーグレイス連邦の領土であり、居るはずのない帝国兵との遭遇に気が立つのも仕方ない話ではある。
カームルド帝国はかつては平穏な国であった。五年前、現皇帝のガストンが即位するまでは……。前皇帝は息子のガストンが企てたクーデターにより暗殺され、粛清の名の元に異を唱えた貴族が平民が次々と殺され、今や完全な独裁国家として近隣国家に悪名を轟かせている。
そして、悪名と共に広がっている情報があり、カームルド帝国は古代の遺跡の遺物を狙っているという物があった。無断で他国に侵攻する程までとは聞いてはいなかったが……
「奴らが遺物を狙っているというのはよく知っているだろう? ……私たちは特にな」
「……あいつらが手段を選ぶ訳がねぇ」
「ま、黙って見過ごす訳にも行かないわよね〜?」
マルスの言葉に怒りを押し隠しながらつぶやくジュナスと、何処か冷めた目をして不敵な笑みを浮かべるレイア。ハルアードは何も言わず、強く拳を握りながら俯いていた。四人が四人とも帝国とは浅からぬ因縁がある為それぞれが複雑な心境でいた。
「予定変更よ。ただの事前調査依頼だったけど、そうも言ってられないわ」
「レイアさん、まさか……?」
「そのまさかよ」
「よっ、さすが姐さん!」
「この状況では仕方ないか。ギルドに報告に戻ってからでは手遅れになりかねん。それに私としても流石に腹に据えかねるものもあるしな」
「ってことで、あいつらぶっ飛ばして一つも渡さずに掻っ攫うわよ!」
「ま、そうなるよね……」
若干ノリ切れていないハルアード以外は帝国兵への強襲と強奪という方針に決定した。強硬手段をとっているのは元々帝国の方なのでギルドの規定上では問題行為とはならないのが救いではあった。
彼ら四人の所属する『ギルド』とは国家の枠組みを超えた連合組織として二百年程前に設立された組織である。
どこの国家にも属する事なく、人々の生活の安全を確保する事を目的としている。魔物や猛獣や犯罪組織等、そういった脅威の排除を初めとして、冒険者登録制度による身分の保証。ランク制度による一般職への採用基準の制定、ランクによる国家間の移動条件の緩和、一般職への職業斡旋、国家の枠組みを超えた依頼の受注等、多くの人々の生活に無くてはならないものとなっている。
非常に重要な組織である為、禁止行為は厳密に規定されておりペナルティは非常に厳しい物となっている。
今回のように相手側に重大な問題行為があり、依頼の障害物の排除に責任を問われることはない
「ねぇハルアード、あの帝国兵の行動をどう見る?」
「……そうだね、軽く見た感じでは先行偵察部隊かな? 荷物の少なさと人数から見て、本隊自体もそう遠くはなさそうだね。あんまり時間はないかも」
「なるほど、先行偵察部隊ね。見えてるのは三人だけど、部隊自体は五人前後ってとこかしら? 遺物の所持者は?」
「そんなとこだと思うよ。一人指揮官っぽいのが見えるけど、あの装備と動きなら多分下っ端。あのレベルで遺物持ちだとは思えないかな。でも、本隊へ異常を知らせる警笛くらいはあるはず」
「そう。それなら……」
ハルアードの見立てを聞き、レイアが少し考え込む。
基本的にろくに考えずに動くジュナスと、元々研究肌であり戦闘向きではないマルスにはこういった役割は向いていない。そのため戦闘行為の基本形はレイアとハルアードで決める事が多い。状況次第ではジュナスとマルスも重要な役割を担う場合もあるが、今回は口を挟むことは特になかった。
「よし。私がまず目を潰すから、その間にジュナスとハルアードは接敵して無力化。真っ先に部隊長を潰してちょうだい。細かい所は二人に任すわ。マルスは警笛の対策をお願い。あと、念の為に足止め用の土壁の魔術もね」
しばらくして考えが纏まったのか、レイアが指示を出す。
「いつもの事だけど大雑把な指示だよね。まぁやるけどさ」
「んだよ? 姐さんの指示に文句でもあんのか!?」
「大雑把になってるのはどこかの馬鹿のせいだろ」
「んだと!! ハル坊、今日こそ決着つけてやろうか!?」
「ハル坊は止めろって言ってるだろっ! 望むところだ、今日こそ負かす!」
「やめんか、二人共!」
「「っ!」」
指示のはずが喧嘩に発展したジュナスとハルアード。その二人の頭に振り下ろされたマルスの杖による打撃。
レイアの大雑把な指示はそれで十分という側面もあるが、それ以上にジュナスが細かい指示を忘れるというのが大きな理由であった。単純にジュナスという男は馬鹿なのである。
そして普段は比較的大人しいハルアードもジュナスにだけは当たりが厳しく、言動に毒が混ざっている。このように所構わずに喧嘩になるのがジュナスとハルアードの二人に共通する大きな欠点だった。
「……その喧嘩はどうにかならないの?」
「「無理!」」
「……はぁ。ともかく時間がないから、すぐ動くわよ」
「レイア、術式の用意は整った。いつでもいけるぞ」
「貴方も貴方でいつの間に用意が終わってるのよ……」
息の合った拒絶の即答を返す二人の様子に、呆れたようにため息をつくレイア。そしていつの間にか魔術発動用の術式を書く為の二本の魔石付きの筆を片付けながら、構築済みの術式の書かれた二枚の魔紙を手して既に魔術の発動用意を整えていたマルスに対してもなんとも言えない複雑な気分のレイアであった。




