23話 カームルド帝国への帰還
カームルド帝国とミーグレイス連邦は大山脈により隔てられている。
切り立つ崖がその険しさを物語っているこの山脈は、交易用に切り拓かれたごく僅かな山道を除けば道と言える道はない。それ故に山道以外から山を超えることは自殺志願だと言われている。
そしてそんな地形から、この山脈はカームルド帝国とミーグレイス連邦の自然の国境線として機能していた。しかしその山脈の麓に一度帝国に戻ると決めたセリナとウェルトの姿があった。
「それにしても、よくこんなもんがあったよな」
「こんな物でもなければ、今はまだ山脈越えでの遺物の回収など出来ませんよ」
「……今はまだ?」
「次の依頼で用済みになるウェルト殿に教える事は出来ません」
「あーそうかい……」
崖の途中にポカンと開けられた穴を覗きながら、引き連れて来ていた部隊が奥へと入っていくのを眺めている。
その人工的に切り取られたような入り口は、ミーグレイス連邦へと密入国する際にウェルトが『溶断』を使い、まさしく切り取ったものである。切り取った距離はおよそ100メートルほど。その先には天然の洞窟がカームルド帝国側へと繋がっている。
カームルド帝国側の入り口は山道から少し外れた所にあり、数年前にあった原因不明の爆発によって崩れた場所から発見された。その爆発があるまでは入り口が埋もれていたようだが、かなり昔には使われていたようで魔灯が洞窟の内部を照らすように設置されて残っている。かなり古いものではあるが、機能自体は生きていた為、本来なら真っ暗な洞窟も薄暗い程度で済む明るさにはなっていた。
「さて、後はウェルト殿と私だけですね」
「どうすんだ、この穴? このままだとその内バレるぜ?」
一応そう言うものの、自身と家族が逃げるのに使えないかと行きの最中の『溶断』で穴掘りをさせられていた時にウェルトは考えていた。だが帝国にとっての裏ルートであり、ミーグレイス連邦からすれば危険なルートである。おそらくは今頃、侵入ルートの割り出しを行っているだろう。
険しいとはいえ一般道である山道を使って山を越えるよりも、存在そのものが遥かに危険なルートだ。そして、もう次の依頼が終われば家族と共に解放されると言われている。危険を侵すのは自分一人で充分だとウェルトは結論付けた。
「勿体無いですが、この穴は塞ぎますよ。『聖刻:テンペスト』!」
「おい、ちょっと待てって!?」
古代の遺跡の深部まで掘削した魔法でセリナは切り立つ崖を穿つ。その強大な威力に岩盤は耐えきれずに崩落を始めるが、まだセリナとウェルトは洞窟の外である。セリナは崖が崩れ始めるのを確認すると一気に駆け出し、洞窟の中へと向かっていく。
事前になにも説明も受けていないウェルトは一瞬惚けてしまうが、慌ててセリナの後を追いかけた。
「ちょ、ちょ!? 崩れ過ぎだろ!?」
「少し威力が強すぎましたか」
思っていた以上に勢いよく崩れ過ぎて、走っているウェルトとセリナの背後が次々と崩れた岩盤で埋まっていく。少しでも足を止めれば生き埋めになりそうで、全力疾走をすることになっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
流石にハルアードに腕を切られて血を少し失っている状態での全力疾走はキツかったのかウェルトの息は乱れている。それとは対照的にセリナはほとんど息を切らしていない。先行させていた部隊は崩れた範囲はとっくに通り過ぎていたようで被害はない。
「ってか、行きで俺が空けた穴、全部埋まったのかよ……」
ウェルトが丸一日かけて『溶断』で掘らされた穴は跡形もなく完全に埋まっていた。剣なのに掘削用に使われるという変な使い方をされる『溶断』であった。
本人には知らされていないが、ウェルトが今回の件に連れて来られた理由の半分は『溶断』でこの洞窟をミーグレイス連邦まで開通させる事である。掘削すること自体はどうとでも手段はあったがどうしても騒音が発生すつ為、『溶断』の溶かして切るという性質で破壊音がしないというところが最重要であった。
もう半分は守護者対策である。戦力としてはセリナ一人で充分であったが周囲に被害が出る為、天敵とも言える『溶断』を持つウェルトが選ばれていた。つまり、必要とされたのはウェルトではなく『溶断』のみだったと言える。
「休んでないでさっさと戻りますよ?」
「ちょっとくらい休ませろよ、こっちは怪我人なんだよ!」
「負けておいて何を偉そうに言っているのですか?」
「ぐっ!」
ウェルトはその言葉に何も言い返す事が出来なかった。負けるどころか少し失敗しただけで即座に部下でも切り捨てるセリナが、負けたウェルトを生かしたままにしておく事が最早奇跡に近い。
戦力としてはセリナから数段劣るとはいえ、ウェルトは決して多いとは言えないAランクの実力がある冒険者だ。軍として表立って動くにはまだ早い今の段階ではまだ使える駒である。だからこそ『溶断』だけを奪って始末される事はなくまだ生かされている。
「……仕方ありませんね。この後の依頼にも差し支えがあるかもしれませんし特別ですよ」
「あ? ってこれ、外傷用の魔法薬か!?」
「稀少なのですから、無駄にはしないでくださいよ」
「……こんなもん使う許可が下りるとかゾッとするな、おい……」
セリナが軍服のポケットから取り出した小さな木の実のような形の薄っすらと赤い粒がウェルトに手渡された。その稀少な薬に不気味さを覚えながらもウェルトはそれを飲み込む。
魔法薬と呼ばれるそれは、古代の遺産の一つであるが使い切りであるため遺物とは区別されている。何種類か存在しているが、これも現代では失われた魔法技術の一つであり、その効果は現代の薬を遥かに凌駕している。
そして薬という性質の為か、極めて保存状態の良い古代の遺物で運が良ければ使える状態の物が少量見つかる程度であり、希少価値は一級遺物を超えている。特に所持規制はないが希少価値が高い上に使い切りの為、入手難度は極めて高い。
今回渡された物の効果は外傷の即時治癒。腕や足が切り落とされたとしても、切り落とされた側も揃っていればちゃんと繋がる程に強力な薬である。
薬を飲んだウェルトの腕と目の傷があっという間に治っていく。だが、傷跡だけは残っていた。
「話には聞いたことはあるが、すげぇ効き目だな」
「これ以上無駄話はしないで、さっさと戻りますよ」
それ以上はセリナは口を開くことはなく、一行は魔灯に照らされている天然の洞窟を進んでいく。一行が目指すのは本拠地であるカームルド帝国の帝都にある城である。
雑魚の魔物の群れと遭遇したものの、ただの魔物に遅れを取る筈もなく難なく殲滅。それ以降は自国内であるため、これといった障害もなく帝都へと辿り着いたセリナとウェルトだった。
部隊は邪魔でしかないため、さっさと解散させセリナとウェルトは城へと向かう。
「ただいま戻りました」
「思ったより時間がかかりましたね、セリナ殿。例の物はどちらに?」
「少し遅かったようで、回収し損ねました。ですがーー」
城に入るとセリナと同じ軍服を着た、白髪が目立ち始めた黒髪の初老の男が悠然と佇んでいた。紳士然としたその立ち振舞いでセリナに問いかける。だが、セリナの言葉は最後まで発する事は出来なかった。
セリナの言葉を聞き、その初老の男フィルマ・リーゼニアが即座に剣を引き抜いた。フィルマが振るう白刃がセリナの首筋に向けて襲いかかるが、セリナも大人しく殺られる筈もなくレイピア『風刃の乱舞』でその一撃を受け止めた。
その刹那の攻防にウェルトは冷や汗が流れる。城へ入ってすぐにこの有様であり、ウェルトにはどちらの動きもまるで見えなかったからだ。
「はて、では何故貴女はここに居るのですか? 無能、無能とすぐ下の者を切り捨てる貴女が、何故失敗した自分を切り捨てていないので?」
「……話くらい最後まで聞いてはどうですか?」
「ほっほっほ、それを貴女が言いますか? それでは、聞くだけは聞いて差し上げましょう。貴女とは違いますからな」
「まったく、物騒な人ですね」
鍔迫り合いをしながら、敵意を向け合い会話をするフィルマとセリナ。互いに剣を向け合いながら少し距離を離し、話を聞く体勢に入る。だが、どちらもお互いの間合いの中であり即座に攻撃に移れるように警戒をしている。
「無価値と判断すれば切り捨てますので、セリナ殿ご覚悟を」
「その必要はないですよ、本当に無価値ならば落ち度がある時点で自ら切り捨てます。ウェルト、報告を」
「え!? 俺がするのかよ!?」
蚊帳の外に置かれていた筈なのに急に話を振られてウェルトは慌てる。そもそもろくに話を聞かされていない上に何が重要な情報だったのかを理解していないのに、報告しろというのが無理がある。
だが、そんなウェルトの心境は考慮されずフィルマとセリナの目が『早くしろ』と訴えてくる。このままではウェルトが二人から切られかねない。
「あーわかったよ、やればいいんだろ! つっても何を報告しろって? あんたが興味を示していた事って言うと、あの馬鹿みたいな威力の魔法を使った上になんか妙に遺物に詳しそうな『意思ある武具』と……あぁ、あのレイアとかいう嬢ちゃんか。多分、特級遺物は『意思ある武具』の持ち主の大柄なガキと、レイアって嬢ちゃんの二人組が持っていったんじゃねぇかと」
「……なるほど、そういう事ですか。一つ一つでは失態を補うには足りませんが、それらが全て一箇所にあるのであれば状況次第では価値はありますかな」
「ご理解いただき何よりです。それで、そのレイアという娘の捕縛にウェルト殿を向かわせたいのですが?」
ウェルトの曖昧な報告とも言えない報告を断片的に聞き、何かを納得したのかフィルマは剣を鞘に戻す。その様子を見てセリナもレイピアを片付けつつ、セリナの上司に当たるフィルマに許可を願う。
「何故その男がここに居るのかとは思いましたが、そういう事ですか。確かに我らがその程度で直接動くのは時期尚早ですね。いいでしょう、許可しましょう」
「ありがとうございます。それでは早速手続きをしますので失礼します」
「え、あれ、そんなんでいいのか!?」
先程までの味方同士の命のやり取りをあっさりと終わらせて、フィルマもセリナも通常に戻っている。ウェルトとしてはフィルマが一体何に納得したのかさえ分からずに混乱しながらも、城を出ていくセリナの後を追いかけるしかなかった。




