19話 マルスの過去と機密事項
一拍おいてコホンと軽くグランが咳払いをして場の空気を整え直し、ようやく本題へと入る
「まぁ順序立てて話していくぞ。まず約五年前まではマルスはミーグレイス連邦じゃなくてグレヴィティア共和国の人間だ。確かその時はギルドは冒険者部門は未登録で学術部門でAランクだったっけか?」
グレヴィティア共和国はミーグレイス連邦の東に位置する海洋国家であり、学術最高峰の国家でもある。魔術、歴史、遺物の研究や一般向けの魔紙の製造や魔石の発掘や販売、買い取りなど様々な事で最先端の実績を誇っている。
しかし、遺物の研究は長い間停滞しており、古代の魔法の再現にはまだまだ遠いとされている。
また研究者や学問として魔術を極めたいは必ずそこに行けと言われるほど、それらを目指す者達の目標の地とされている。そして魔術を極めて魔法の仕組みを突き止めたいと願っていたマルスもその一人であった。
ただし、そんな最高峰の学術国家で軽々と研究職に着ける訳がない。
「あぁ、そうだ。グレヴィティア共和国ではAランクが国家魔術師への登録の最低基準だからな。ギルドのランク制度は国家を超えて通用するから有難いものだ」
「そりゃどうも。それがギルドの存在意義の一つだしな」
マルスの言葉にあるようにグレヴィティア共和国の国家魔術師の認定には国家の枠を超えて全世界で共通する基準となるギルドの学術部門のAランク到達が認定試験の受験資格とされている。そこに出身国、人種などの条件は含まれない。
そして他の部門であっても、同様に資格条件や採用条件にギルドの部門別ランクは採用されている。
「まぁそれはいい。大前提としてマルスがグレヴィティア共和国の高位の魔術師だったって事が分かればいい」
マルスがかつてグレヴィティア共和国の国家魔術師であり、学術部門Aランクというのはあくまで話を進める上での前提条件であり、まだ本題ではない。
グランは真剣な顔つきになり、数えるように指を一つ立てる。ここからが本題である。
「まず一つ目の事件だ。これは六年前になるか? 今回お前らが調査したのとほぼ同種の古代の遺跡が発見された事に始まる」
「やっぱり、あれと同じようなやつが……」
「見つけたのがマルスだってか?」
「いや、見つけたのは違う奴だ。マルスは後の調査隊の方の一員だ。ああいうのが見つかって、特級遺物の疑惑が出たらギルド本部から秘密裏に調査隊が組織されるんだよ。学者の方は選ばれる基準はグレヴィティア共和国の国家魔術師とグレヴィティア共和国に所属しない学術部門Aランク以上で、7対3の割合で選ばれる」
それなりに想像はついていたがやはり直接そうだと言われると驚きながらも納得したハルアード。だがジュナスの想像は外れる。
本来ならば各国でバラけない様に一律の割合で選びたいのだが、優秀な研究者はグレヴィティア共和国に集まってしまう為にこのような形になっている。そして当時グレヴィティア共和国の国家魔術師であったマルスがその一人に選ばれたということであった。
だが、グランとしてはハルアードとジュナスの反応が思いの外軽くて不満だったのか、不機嫌そうに机を指で叩き始める。
「お前らほいほいと先に進んでさくっと発動させてくれたけどな、本来なら特級遺物の所の守護者なんて三人じゃすぐには倒せんし、異常さを感じてギルドに報告しに来るのが大半だからな!?」
「あはは、そんなにヤバイんだ……?」
「マルス、無茶し過ぎだろ!?」
「……巻き込んだのは悪いとは思っているが、間違った事はしたつもりはないぞ?」
何故グランが不機嫌になったのかを理解したハルアードは苦笑いを浮かべるしか出来なかった。弱点をマルスから聞いた事といい、ジュナスの異常な頑強さと馬鹿力がなければ、初見であれを倒せたかは自信がなく、冷や汗が今更になって出てきていた。
ジュナスも流石にハルアードと同じような事を思ったようである。その剣幕に押されたマルスは申し訳なさそうに弁明をするが言葉に力が無かった。
「まぁ帝国が絡んでたなら仕方ねぇがな。今のあそこは何をするか分からんし、マルスがいなきゃ完全に持っていかれてただろうしな。ただなぁ、それで済ませて良いものか」
「おい、段々と脱線しているぞ」
「……色々言いたいとこだが、不幸中の幸いって事にしておいてやる」
わざとなのか話がマルスの今回の行動の是非に移りそうだったため、マルスは強引に話の流れを切り、元の流れに戻そうとした。
まだ何か言いたそうなグランではあったが、引き下がってくれたようである。
「まぁとにかくだ、そこで事故が起きたんだよ。特級遺物の暴発がな」
「「っ!?」」
本題に戻った直後、一つ目の爆弾が落とされる。思わず息を呑む音が聞こえた。
「その特級遺物の効果は『合成』だった。発動したときに室内にいた人間がごちゃまぜになったような化物が生まれたらしいぜ。俺は報告書を読んだだけだから現場にいたマルスほどは詳細は知らんがな」
話すだけでも嫌な気分がするという感じでグランは簡潔に事実だけを話す。そこで驚いたようにレイアが起き上がって、グランの執務机の方へ振り向いていた。。
「……ちょっと待って、私は暴発事故があった事までしか知らないわよ」
「なに? レイアには話す許可は出していた筈だが、マルスお前、言うのを躊躇ったな?」
マルスは何も答えない。その沈黙が答えを示していたが。グランはため息をつくが内容が内容なだけに話す事を躊躇うマルスの気持ちがわからない訳ではない。
「……どうしても無理なら俺が代わりに話すが?」
「……いや、今度こそ私がちゃんと全てを話そう。それが巻き込んだ私の責任でもある」
グランが気を遣うが、覚悟を決めたのかマルスは感情を押し殺すように語り始める。
「部屋の様子は、私達が行った古代の遺跡とほぼ同じだった。広間の奥にある小部屋に宝珠型の遺物があったのも同じだ」
「マルス達が倒れてたというか転がってたあの部屋の事で良いのよね?」
マルスは、「あぁ」とレイアの問いに答える。レイアだけは一緒にいた訳ではないのでその確認であろう。そしてマルスは淡々と話を続けていく。
「特級遺物には直接触るなと言うことは厳命されていたんだがな、直接発動の瞬間を見ていた訳ではないから詳細は分からんが命令を守らず誰かが触れたのだろう」
その言葉を聞いて、ジュナスの元に視線が集中した。同じ事をした馬鹿がここにもいる。
「私は広間で移送用の血晶を作っていたんだが、突然光を放ち始めて特級遺物の発動に気が付いたが何も出来なかった。その小部屋にいたのは三人だったよ」
「……それでどうなったのさ?」
語り終わるのを待つべきかもしれなかったが思わずハルアードは聞いていた。下手をすれば自分たちの身に起きたかもしれない事だ。そしてその内容は自分達よりも酷いだろうと推測出来ていたからこそ、急かすように必要もないのにマルスを急かしてしまっている。
「光が収まった後には三つの頭と六本の腕を持つ異形がそこにはいた。三つの頭は見知った三人の顔のものだったよ」
「「「っ!?」」」
予想以上の変化にハルアード、ジュナス、レイアは言葉が出なかった。話を知っていたグランとエレインは沈痛そうな面持ちで顔を伏せている。知っていてもあまり聞きたい話ではないのだろう。マルスはそんな反応をあえて無視して話を続けていく。
「初めは三人ともそれぞれにちゃんと意識はあったんだが、それが仇となったんだろうな。そのうち三人ともが発狂し、『邪刻』がそれぞれの頭に浮かび上がった。」
「……『邪刻』って事は魔物になったって事?」
「あぁ、魔物自体は元々は普通の生物だからな。『邪刻』がある事で魔物と呼称される」
「え? そんな基準あったのか!?」
「知らなかったのかよ!? あぁ、もうやだこの馬鹿……」
思わぬところで出てきた『邪刻』にハルアードが反応する。人に『邪刻』が浮かび上がるのはない訳ではないが、珍しい例ではあるからだ。
一般的には魔物に浮かび上がる紋様が『邪刻』であり、理性を失った獣や、妖精種が元になる魔物に多く見られる特徴である。理性を失い本能に忠実であるために凶暴であり、遺伝する性質もあるため魔物の被害は世界中で絶えない問題だ。だからこそ、ギルドに冒険者部門があり対応策として冒険者が生計を立てられているのが皮肉なものではある。
人に『邪刻』が現れる時、それは偏在属性が邪に振り切り、本人の精神の崩壊した事を意味している。そして多くの場合、無差別の破壊を繰り返すだけの魔物と化すのである。
「彼らは化物になったことで正気を保てなくなったのだろうな。『邪刻』が現れる寸前に聞いた言葉は殺してくれだったよ」
どこか悲しげなマルスの言葉に、ハルアード達はかける言葉が見つからなかった。見知った人間が異形に変わりに、さらに魔物へと変貌するなど想像が及ばなかった。
「そして、護衛として雇われていた冒険者と共に倒す事になったよ、この手であいつらを焼き払ってトドメを刺したのはこの私だ……」
そしてそれを自身の手で葬るしかなかったマルスの苦悩は計り知れなかった。誰も何も言えずにしばらく沈黙が支配する。
その沈黙を破ったのはグランで情報の補足を始める。気持ちは分かるがいつまでもこの空気で放置しておくわけにもいかないからだ。
「まぁギルドとしても表に出す訳にもいかない代物の、それもかなりヤバい事故だ。関係した者達には箝口令が出せれて、言い方は悪いが隠蔽されたって事になる。あー遺跡の場所と関係した人間の事は聞くなよ? それは今回教えられる範囲外だからな」
「……それはそうなるわよね。こんな情報、一般に公開したらどんな事になるか……」
思わずその様子を想像してしまったレイアは血の気が引くのを感じる。レイアは特級遺物が隠蔽されている事も、その必要性も理解していたつもりだが、まだその認識が甘かった事を痛感していた。
「……そっか、だからマルスさんはあんなに焦ってたんだ……って、下手したら俺らもそんな化物になってたのか……」
「今だって似たようなもんだろ」
「うっさい。黙ってろ、元凶!」
「っ! くそっ!」
「まぁまぁ、ハル君もジュナっちも落ち着いて、ね?」
ようやく聞いた話の内容に心の整理がついたのか、ハルアードとジュナスが再起動する。流石に、ジュナスも自分の行動と今回の話を照らし合わせて、反論する言葉が見つけられなかったようである。
状況が状況なのでいつもは放置しているエレインも二人を宥めにかかる。
「まぁ落ち着け。特級遺物だからって全部が全部そうじゃねぇ。詳細は機密事項だから言えないが他の効果も確認はされている。まぁある程度の傾向はあるがな」
「ある程度の傾向? それはどういう事?」
レイアが耳聡く、追求する。それは今後のためにも聞き逃せない情報ではある。思わず失言したと顔に出ていたグランは観念したように、話を続ける。失言ではあるが、全く不要な情報でもない為妥協していた。
「あーちょっと喋り過ぎたか? まぁ、これくらいはいいか。ミーグレイス連邦で見つかった特級遺物には一種の共通項があってな。複数のものを一つに纏め上げるって特徴がある。お前たちは少しばかり変わり種だが、武具防具一式で見れば三人でワンセットだしな」
「そう言えなくもないのかな?」
六年前の遺物と今回のジュナスが発動させた遺物には、全く同じではないが共通点と言われればそう思える内容ではあった。そしてその特徴は他にも関わりがあるようだ。
自身の重い話を終えて、気分を落ち着かせたマルスが会話に加わってくる。
「あぁ、その話か。グレヴィティア共和国にいた頃に獣人種の原点ではないかという推論一部から出ていたな。根拠が示されていなかったのが気になっていたが、元はそういう事か」
「俺みたいな獣人種にはそれなりに興味深い話だよ。そして、ここは冒険者と獣人種の国ミーグレイス連邦。それくらいは住んでるんだから知ってるよな?」
「まぁそのくらいはね」
急に変わった話題に少し戸惑いつつもハルアードは素直に答える。
ミーグレイス連邦は獣人種の複数の小国と、移民から成り立っている国であり、人種の坩堝とも呼ばれている国でもある。昔は獣人種同士の小競り合いも多く排他的な地域ではあったが、今は移民を受け入れ多くの冒険者が集まり、昔とは真逆の余所者でも受け入れられやすい国として有名となっている。
だからこそグランのように実力があれば、獣人種であってもギルドの支部長という大事な役職にも任命されることがある。
「じゃあ、この国の成り立ちは知ってるか?」
「そこら辺はあんまり………」
「いつの間にか存在していた獣人種と普通の人が争い合って、小さな国に分裂しまくってずっと戦争を繰り返してきたんだよ。そしてそれなりに大きくなった国が今の六つの自治州。今の平和な状況に落ち着きだしたのが二百年前と記録に残っている。二百年前、何があったと思う?」
「あー支部長のスイッチ入っちゃったかー」
何やらグランのテンションが上がりだし、言葉に熱が入りだしていた。エレインはその様子を見ながら呆れた表情を浮かべていた。
「二百年前? あ、竜災ね!?」
「そう、竜災だ。一国を一夜で滅ぼし、世界規模に災厄を振りまいた一匹の竜の出現だ。あれは滅んだ国が特級遺物を暴走させた可能性が高いとされている。実際に討伐されたとされている場所をーー」
「支部長、場所についてはマズいんじゃ?」
レイアが思い当たった事件を口に出すと、グランの勢いが更に増し始め、うっかりと口を滑らせかけた所をエレインに止められる。少し口を滑らせる事が多いのは素なのか意図的なのかはわからない。
「あ、やっべ。今のは聞かなかった事にしてくれ」
「……何をやっているのだ、グラン……」
「あーともかくだ、世界規模で影響を出した竜災で世界中にあった自治組織が危機感を覚えて、一致団結して竜を討伐。それで獣人種と人も手を取り合える事が分かり、その後も時間をかけつつ相互理解を深めて連邦になった。そして世界中が一国のみに特級遺物の保管を任せる危険性を理解して、相互関係を結び始めた各地の自治組織を外部監視組織として独立させたのがギルドの始まりだ。一級、二級遺物も竜災の解決に多大な貢献があったから、所有者の登録とランクによる使用条件を必須として使えるようにもしている訳だ。今は年月をかけて色んな役割を持つようになって、影響力や各国の依存度も凄いことになってるけどな」
誤魔化すように、グランは早口でまくしたてる。内容自体は大事な内容ではあるが完全に本題からは逸れている。
そのグランの様子にレイアとエレインが白い目を向けていた。
「……グランさん、完全に話が脱線してるわよ?」
「支部長、この国の歴史と竜災の討伐話は好きですからねぇ……口の滑りが良くなりますから、良くも悪くも……」
女性二人の白い視線に続き、言葉の追撃も入り、グランは項垂れる。
「あーすまん。ついついな。えーと、どこまで話したっけ?」
「マルスさんの過去その一までです」
「あれ? 獣人種の原点って話は?」
「脱線した内容なのだがな、簡単に言えば獣人種は『合成』系統の特級遺物で獣と人間を混ぜて、人工的に作られた種族ではないかという推論だ。普通の人間は名の残っていない古代の文明以前にも存在していた形跡はあるが、獣人種にはそれがないのだ」
ハルアードは話の続きが気になったのか尋ねていたため、マルスが簡潔に答えていた。ただし、あくまで推論であり、事実としては判明していない。ギルドの機密事項の中にそのヒントは隠されている可能性はあるが。
「脱線ばっかになってるから、次行くぞ」
「脱線させているのはグラン、お前だろう!」
「そう怒るなよ、これでも気を遣ってやってんだからよ?」
「ぐっ、お前というやつは……」
マルスに気を遣ったと言う事にして、グランは誤魔化した。ただ口が滑っただけなのか、本当にマルスに気を遣って道化を演じたのかは本人のみが知っている。
「さて、事件その二と行きますか。次はレイアも出てくるぞ」
そして、脱線を繰り返しながらも過去話は後半へと差し掛かる。




