2話 異常事態の把握
思い切り叫んだレイアは乱れた呼吸を整える為に何度か深呼吸をしている。
「レイアさんがここまで取り乱したの初めて見た……」
「姐さんもこういうところあるんだな……」
そしてジュナスの声とハルアードの声がその普段見ることのないレイアの姿に戸惑っていた。やがて深呼吸が収まった頃を見計らい、大剣(多分マルス)から声が発せられる。
「落ち着いたか? 落ち着いたなら、すぐに情報を纏めるぞ」
「これぞマルスって感じで動じてねぇな……」
「さっきまでと違って随分冷静なんだ、マルスさん……」
言葉を発する籠手とジュナス(?)はレイアとはまるで違う、普段通りの冷静な大剣(推定マルス)の様子に呆れていた。少し前の狼狽っぷりは欠片も見当たらず、いつも通りの冷静さに少し不自然さを感じるくらいである。
大剣(推定マルス)はおそらく動揺や混乱が一周回って逆に冷静になっているのだろう。他の三人の狼狽っぷりを見て自身は冷静になったという可能性も否めない。
そのやりとりの間に、レイアは多少の冷静さは取り戻していた。
「……私だって取り乱すことくらいあるわよ。一体何があったの?」
「何があったかは分かるが、具体的に何が起きたかまでは分からんがな。今は検証している時間がない」
「……そうね、細かな話は後にしましょう。色々聞きたいけれど、いつの間にか振動は止まっているし、そんな時間は取れそうにないわね」
「先程の振動は敵のもので間違いないか? 一体何が目的だ?」
「直接見た訳じゃないけどタイミングからしておそらくね。目的までは分からないけど……迂闊に大声を上げた自分を殴り飛ばしてやりたい……」
悩まし気に手で目を覆い、ハァと溜息をつくレイア。混乱していたとはいえ、らしくないミスに自虐的な気持ちになっていた。大声を上げた事だけではなく今回はミスが目立つ。敵戦力を見誤り、思わぬ事態に混乱してばかりである。
差し迫った問題さえなければ大反省会を行いたいくらい凹んでいるレイアだが、現実は厳しい。ミスを嘆く時間も反省をしている猶予も存在しないのが現状だ。
「……よし、過ぎた事は過ぎた事。すぐに撤退をって言いたいけど……無理よね、これ?」
「あー俺は動けんわ。てかなんで動けねぇの?」
「私もだな。身体が普段とは全く別物であるのは分かるが、客観的にはどうなっている?」
「俺は動けるけど、違和感が酷い……」
カタカタと微妙に動けそうで動けていない籠手と、動く気配が微塵もない大剣と、中身が異なる大柄な男がそれぞれに己の状況を申告していく。鏡も何もない状況では他者の異常は分かっても自身の見た目の変化が分からないのは仕方ないであろう。
すぐにでも撤退しなければならない状況だが、仲間達の状態も尋常なものではない。
異常事態の時ほど冷静さを欠くと危険だとレイアは自分に言い聞かせて、意図的に敵の事を意識から排除する。同時に処理しきれる内容ではないため、仲間達の現状把握を優先する。
「まずはそこからね。えーと、まずはジュナスの体は、中身はハルアードで間違いない?」
「……ジュナスの体ってのが、非常に不本意だけど、そうみたい」
「はぁ!? ハル坊が俺の体の中身とかふざけんな! あ、いやなんでも……」
籠手からそんな不満の声が届くが、レイアの苛立ちの篭った鋭い目線が籠手を射抜く。言外の『話が進まないから黙っていろ』という意味ははっきりと伝わった。喧嘩に構っている余裕がない為か今のレイアの沸点は非常に低かった。
そしてジュナス(籠手)が姐さんなどと慕う相手に逆らえる訳がなかった。ハルアードも言い返そうとしていたのをその様子を見て踏みとどまっていた。
「……で、そっちの喋ってる籠手がジュナスってことでいいかしら?」
「あー俺、籠手なのか。そりゃ動けんわ。てか生き物ですらねぇのかよ……」
動けない理由が予想外にも程があったのか、ジュナスの言葉は次第に元気がなくなっていく。いきなり籠手になっていると言われれば当然の反応ではあるかもしれない。目が覚めたら籠手だったなんていう経験が豊富であっては堪らないだろう。
「その様子だと私もジュナスのように何らかの無機物か。何になっている?」
「マルスは黒い大剣ね。私の身長くらいあるからかなり大きいわよ」
「大剣か、折角ならば杖が良かったが……」
「「「そういう問題!?」」」
どこかズレたマルスの発言に、思わず他の三人の声が重なった。
気を取り直すようにレイアがコホンと咳払いをする。最低限の現状の確認は終わった。次は迫ってきている敵に備えなければならない。
「現段階はそれで十分ね。……ハルアード、籠手と大剣は持てそう?」
「馬鹿ジュナスの馬鹿力がそのままだったら多分大丈夫だと思うけど……」
「馬鹿は余計だ、ハル坊!」
「ハル坊は止めろって何度も言ってるだろ!」
「二人とも喧嘩は止めておけ。そろそろレイアの堪忍袋の緒が切れそうだ」
「「っ!?」」
マルスの忠告も遅く、慌ててレイアの方に目を向けたハルアードとジュナスは冷や汗が流れていくの感じる。ジュナスはあくまで比喩表現ではあるが。
そしてレイアの目は冷たい鋭さはなく微笑みを浮かべていた。額に青筋を浮かべながら……。
「そういえば二人とも、私がくる直前に喧嘩してたでしょう? 帰ったらお仕置き決定だから」
厳罰宣告に言葉を失くすハルアードとジュナス。いつもの事で何度も怒られているのにいつまで経っても改善の兆しが見えないため、自業自得としか言いようがないが……。
ちょっとした八つ当たりも含めた苛立ちを抑え、レイアは意識を切り替えて真剣な声で宣言する。
「……さてと、それじゃ撤退戦の作戦会議を始めましょうか」
「その前にいくつか確認したい。あれはどうなった?」
「……あぁ!? マルスさん、なんか砕けてる……」
「なんだと!? ジュナス、本当に何をした!? 壊そうとしても壊れない物だぞ!?」
「知らねぇよ!? ただ持っただけだっての!」
作戦会議をしようにも三人の中でまたもや何か異常があったようで、それどころではなさそうだった。レイアの察する限りではここにきた目的にも関わるようであり、無視という訳にもいきそうにない。
「……これは、私のいない間に何があったか聞いておかなきゃどうにもなりそうにないわね……」
時間が無いのにも関わらず、事態が分からなさ過ぎて聞かざるを得なくなった状況にうんざりしながら、レイア不在時に起きた出来事が語られる事となった。




