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トリニティ・クライシス 〜三つの意思が世界を変える〜  作者: 加部川ツトシ
第一章 解き放たれたもの

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16話 脱出後の後始末


 巻き付いていたペンダントはいつの間にか元の長さに戻り、コトリと音を立てて床に落ちる。その音をきっかけにハルアードは周囲を見渡した。


「……あれ? ここは?」

「なんか見たことあるぞ、ここ」


 突然目の前の景色が変わった事に、ハルアードは戸惑った。

 薄暗いが薄っすらとテーブルやソファ、執務用に使われるような作業用の机、鑑賞用の植物や女性の彫像等が見て取れる。雰囲気としては誰かの執務室といった風情である。先程まで遺跡の地下にいたはずで、ハルアードは事態が飲み込めない。だが、ジュナスの言うとおりハルアードにもどことなく見覚えがあった。

 手を握っていたレイアを見ると、大きく息を乱していて、今にも倒れそうになっている。


「ちょっと、レイアさん!? 大丈夫!?」

「レイアはただの魔力切れだ。問題ないから、そこのソファに寝かせてやれ」


 マルスの言葉に従い、意識が朦朧としてすぐにでも倒れてしまいそうなレイアをソファに寝かせる。しばらく息が乱れていたが、次第に落ち着き休息求めるように眠りについた。安定した呼吸で眠るレイアを見てハルアードはホッと安心する。そして、落ち着いた所で疑問が湧き出てきた。何が起こったのかは理解出来ているが、何故出来たのかが分からなかった。


「なんか逃げる手段があるって勘がしてたけど、こりゃたまげたな!」

「レイアさんが使ったのって転移のペンダントだよね? あれって、国のお偉い人とか、ギルドの上層部以外って所持も使用も禁止されてなかったっけ? なんでレイアさんが?」

「あぁ、それはレイアが起きてから詳しく話すが、特例措置としてレイアの親父さんが」


 マルスがハルアードの疑問に答えようとしていたところで部屋の扉が開き、灯りが点く。そこに見えたのは長身で引き締まった身体とだらしない服装の三十代後半ぐらいの銀髪に獣の耳と尻尾の生えた狼の特徴を持つ獣人種の男と、長い金髪が目を引く美人でレイアと同じくらいの年頃の人間の女の二人の姿である。


「グランか、邪魔しているぞ」

「あ! どっかで見たことある部屋だと思ったらグランさんの執務室か!」


「あーやっぱり、レイちゃんだ! あとジュナっちか。あれ? マルスさんとハル君は? 声してましたよね、支部長?」

「随分と、妙な事になっているな、マルス……」

「あぁ、色々と報告しなければならない事が大量にある。それも重要度が高いものがな」


 部屋を開けて入り口に立っていた二人の人物は、ハルアード達が拠点としているミーグレイス連邦エイアル自治区のギルド・エイアル支部、支部長のグラン・エイネストと、ハルアード達の担当でありギルドの職員であるエレイン・カルティスであった。

 この場所はミーグレイス連邦エイアル自治区の主要都市であるカルエイアに建てられた、エイアル自治区のギルド支部の支部長室の中であった。



 支部長の執務室には一人掛けのソファが二つと三人掛けのソファが対面になるように置かれており、その間にテーブルが置かれている。

 レイアが三人掛けのソファで寝かされ、ハルアードとエレインが一つずつ座っていた。支部長であるグランは執務用の机に置かれている椅子へと腰掛けて眉間に皺を寄せながら険しい顔をしていた。

 双剣姿であったマルスは本人の要望により、大剣の姿へと戻されテーブルの上へと置かれている。変形の負荷自体はないが何か落ち着かないとの事である。籠手のジュナスも取り外され、マルスと並べて置かれている。

 そしてグランの頭にある狼の耳が警戒するように動いているのが目につく。


「さてまず何から聞けばいいんだ? その姿の理由か? 転移のペンダントを使った理由か? それとも調査内容の報告か?」

「……レイアが起きるのを待ちたいところだが、そういう訳にはいかないのだろうな」


 既に目の前に広がっている光景、つまり喋る武器になっている知人や明らかに同一人物とは思えない口調に変わった馬鹿などがこの場に転移してくる意味を考えただけでグランは胃が痛くなってきている。どう考えても厄介事にしか思えない。


「当たり前だ! 一体何をやらかしてくればこんな変な状況になる!?」

「支部長、落ち着いて下さいよ。レイちゃんがあれを使ったって事は相当マズかったってことじゃないですか? ですよね、マルスさん?」


 グランとしては全員が意識を失っていたり、重症で早期の治療が必須等の事情もないのであれば全く話を聞かずに休ませる訳にもいかない。一名程、少しばかり火傷をしているようではあるがそこまで今は長時間かけるつもりもない。

 だが、規則上では転移のペンダントの使用だけは即座に問いただす必要がある。使用どころか所持にさえも制限の厳しい遺物であり、使用条件は酷く限定されている。


「あぁ、転移のペンダント無しでは全滅していた可能性が高い。特に危険で重要な要点を纏めて言うぞ?」

「その前振りで既に嫌な予感しかしないんだが……」


 マルスの全くオブラートで隠す気のない言い方に、グランは冷や汗が流れ落ちるのを感じる。


「まず調査依頼のあった古代の遺跡に、カームルド帝国の兵がいた」

「はぁ!? あそこミーグレイス連邦の領土だぞ!?」


 一撃目からとんでもない情報であった。カームルド帝国の新皇帝の即位後、急激な政情悪化は有名ではあるがまだ他国に手を出したという情報はなかったのだ。そこに明確な領土侵犯の情報である。

 だが、その程度はまだまだ軽く準備運動にすらなっていない。


「一先ずその兵士を無力化し遺跡の調査を始めたが、遺跡自体は特級遺物のある遺跡だった」

「おい、ちょっと待て、なんの冗談だ!?」


 勝手に無力化したと言うのも問題が無い訳ではないが、こちらについては正当な手順に則り処理すれば帝国の出方次第ではあるがギルドとしては問題はない。問題は後半部分。マルスが特級遺物について知っている事はグランも知っている事なので問題ないが、新たに発見されたとあると話が変わってくる。

 一流の学者を揃えた調査隊を秘密裏に準備しなくてはならず、支部ではなく本部で処理する案件である。


「そして、申し訳無いんだがウチの馬鹿が発動させた……」

「……ジュナスか? その姿はそのせいなのか!?」

「おい、なんでそれだけで俺だって分かるんだよ!?」

「……あぁ、そうだ。大体察しているだろうが、ジュナスの身体の精神がハルアードに、ジュナスは籠手に、私が大剣へと変わってしまった」


 三人が珍妙な姿に変わった理由が判明した。馬鹿という呼び方だけで誰が原因か即座に理解されるところから普段のジュナスの様子が分かるというものだ。

 見つけただけならまだしも、発動させたとかどう本部に報告しろと言うのか。グランは次々と襲いかかるトラブルに頭を抱えたくなっていた。


「そして『聖刻』持ちの帝国の近衛騎士とギルド帝国支部の冒険者の男が現れてな」

「やめろ! もう聞きたくない!」

「支部長、そういう訳にはいかないでしょう。ちゃんと聞きましょうよ」


 更に続くトラブルの追撃にグランは狼の耳を塞いで机に突っ伏していた。だが、ソファから立ち上がってグランのすぐ側までやってきたエレインにより、強制的に耳を塞ぐ手を退かされる。慈悲は無いようだ。


「Aランクと言っていた男は倒したが、『聖刻』持ちから逃げる為に転移のペンダントを使わざるを得なかった」

「冗談だよな!? 冗談だと言ってくれ!?」


 ギルドとしては同業者の私闘はご法度である。詳細を聞かなければ判断はしきれないが、正規の依頼とも思えないので相手方の問題ではあるのだろう。だが放置という訳にもいかないのもまた事実であり、その調査や調整を行うのは支部長であるグランの仕事であった。


 そして一番聞かなくてはならなかった転移のペンダントの使用理由。ここまで聞く限りまさしく緊急事態であり、使用は的確と判断されるだろう。そこは問題ない。


 問題はその相手であり、『聖刻』持ちの軍所属の人間を他国へ侵攻させ、あまつさえギルドの加盟者へと危害を加えたという状況。ギルドは内政干渉を避けるため、政治には口出しはしない事が決められている。ギルド所属のAランクの男だけならギルド内部だけで処理出来るが、カームルド帝国の軍が直接関わっているのであれば下手すれば戦争を起こしかねない。


「支部長、ちゃんと現実見てくださいね? でも、みんなよく生きて帰ってこれたね。『聖刻』相手に転移のペンダントとかよく使う隙があったね?」

「あぁ、その件だが隙を作るために使った魔術で少しばかり威力を見誤り遺跡を壊してしまった。すまん」

「何してくれてんの!? 怒られるの俺なんだぞ!?」

「事情が事情ですし、仕方ないんじゃないですかね? それに責任取るのが上司の仕事ですよね?」


 おそらくこれで最後だろう。そういうタイミングで言われた報告はグランの支部に所属する人間のミスであった。これは他に責任転嫁というか後始末を押し付けることも出来ない。確実にこれだけのトラブルを一気に報告すれば、嫌味としてここが突付かれる。グランがもし他の支部や本部の人間であったなら間違いなくそうする。容易に想像出来る光景に嫌気がしてくるがエレインの言う事は間違いではない。


 終わった事は終わった事とグランは頭を切り替える。重要なのはここからどう迅速に適切に動くかだ。色々と問題はあるとはいえ、間違いなくかなり重要な情報を持ち帰ってくれた事には違いない。

 ここからは自分とギルド本部の仕事であり、彼ら冒険者の仕事は終わっている。


「はぁ、しゃーねぇか。とりあえず、放置も出来ないが支部じゃ手に余る件がいくつかあるな。詳細な報告書は後で上げるとして、先触れの報告だけでも本部に上げておくか」


 グランは普段はあまり働かせない頭を総動員させながら、情報を頭の中で整理し、行動指針を決めていく。


「お! 支部長の真面目スイッチ入りましたね!」

「うっせぇよ、エレイン! お前は上司を何だと思ってんだ?」

「えーと、普段は役立たず?」

「普段は役立たずで悪かったな! とりあえず、一旦解散だ。あとで詳細な事情を聞くけどな」


 あんまりなエレインの評価にグランは憤慨するが、普段は任せっぱなしでだらけているのが実情な為、反論する事も難しい。


「解散って言われても、俺は動けんし」

「私もだな。ふむ、自力で身動き取れないのはなんとかならないものか?」

「あーそういやそうなるのか。処置する前に他の冒険者に見られるのも不味いか……。しゃーない、ちょっと俺は本部に連絡取るけど、その間だけ黙ってればいいから、お前ら二人はここで待ってろ」


 ジュナスとマルスは支部長室に居残りが決定した。動けない以上は仕方がない処置だろう。そしてグランはハルアードに目を向け、傷の様子を伺う。軽症ではあるものの、治療はしたほうが良いくらいにはあちこちに火傷を負っている。


「ジュナス、じゃねぇかハルアードか。お前は傷の手当してこい。中身入れ替わってるのに職員以外に気付かれるなよ?」

「気付かれずにか……ここから治療室は人少なかったよね」

「ハル君は治療室行きねー。レイちゃんはこのまま寝かせとく?」

「そうだな、そのままにしといてやれ」

「了解でーす! じゃあ私はハル君を治療室に連れてってきますね。二人が動けないからってレイちゃんにセクハラしたら駄目ですよ、支部長?」

「誰がするか! 余計な事言ってないでさっさと行け!」

「はーい」「それじゃ、行ってくるよ」


 グランに促されるままに、治療室へと向かうハルアード。一応、エレインが先導し共に来てくれていた。特に誰とも出会う事なく、支部に設置されている簡易的な治療室へと辿り着く。

 あくまで簡易的な施設であり、本来は金銭的余裕のない駆け出し向けの場所であるためそれほど利用者は多くない。自分で治療する前提となっており、本格的な治療だとギルド外の治療院を使うのが一般的である。

 ハルアードは火傷用の薬を取り出し、手慣れた動きで処置を施していく。 


「なんか変な感じだね。ジュナっちの姿でハル君の口調ってのもさ」

「エレインさんは動揺しないんだ?」

「生きて帰って来てくれたら私はそれで良いんだよ。それに大変だったんでしょ? 傷自体はすぐ治りそうなものばっかりだけど、これ苦戦してたでしょ」


 治療の様子を眺めながらエレインが話しかけてくる。彼女はギルドの受付員であるため、直接戦う事はないが一般人よりも遥かに怪我人や死人を見てきている。だからこそ、ハルアードが苦戦していた事も見て分かった。

 ハルアードの戦法では本来は傷を負わない事を重視している。身体がジュナスのものになった影響もあるが、傷を受けること自体が苦戦の証になる。


「完全に格上相手だったしね。こんな変な体の状況になってなきゃ死んでたと思う」

「そこまでかー。それでも生きて帰って来たことをお姉さんは嬉しく思うよ!」


 実際、ハルアード本来の肉体であればウェルト相手に最初こそ同じように回避し続けられるが、すぐにスタミナが尽きて長期戦は無理だった。短期決戦で『千変の刃』を使っても力不足から決定打を入れれたかどうかは怪しい。そう簡単に急所に一撃を入れさせてくれる筈もないだろう。ウェルトに決定打を入れたのはジュナスの馬鹿力で速度を補い、無理矢理押し切ったに過ぎないからだ。


「でも、元に戻らないのは困る! 身長はもっと欲しかったし、体格も良くなりたかったけど、ジュナスの身体ってのだけは許容出来ない!」


 ウェルトとの戦いを思い出してよく勝てたものだと実感し、ハルアード自身が強くなる為に求めていた物を他人の肉体を借りただけとはいえ、精度は甘すぎるが理想に近いバランスで動けた事を喜びたい反面、それがジュナスの物だと思い出し悶絶する。現実とはやはり慈悲はないのであろう。


「ハル君、しー! バレるなって言われてるんだからそんな事、大声で言っちゃ駄目」

「はっ!? そうだった、気をつけないと……」


 思わず声に出たハルアードの心の叫びが意外と大きな声であり、エレインに注意される。

 レイアの幼馴染であるエレインにとっては、出会ってから随分と変わったハルアードだけれども、まだまだ手のかかる弟分だと改めて思う一幕であった。


「ねぇ、ハル君」

「なに、エレナさん?」

「レイちゃん、ちゃんと連れて帰ってきてくれてありがとね。あの子、昔から無茶な事ばかりするからさ」

「俺の方こそ、レイアさん居なかったら多分帰って来れなかったけどね」

「あはは、そういう事にしといてあげる。治療も終わったみたいだし、戻ろうか?」

「そうだね」


 そして、ハルアードは治療を終えて二人は支部長室へと戻っていく。


 数々の問題を残したままではあるが、一先ず彼らの騒動は一段落ついたと言えるだろう。



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