14話 決着と逃亡
ウェルトはその大剣の変化に狼狽えた。『意思ある武具』はそれだけで一級遺物と認定されている。珍しいものではあるが一定数は存在する『意思ある武具』は総じて特徴が決まっていた。それは名前の由来である意思を持つことと、簡易的な攻撃魔法を操ると言う事だ。違いがあるとすれば魔法の威力の違いであろうか。
だが、それが姿を変えるなんて話は聞いたことが無かった。何か思い違いをしているのではないかと、ようやくこの時点でその可能性に思い至る。だが、その具体的な内容までは思いつく事は無かった。ただひとつ、確実に分かった事はこれで膠着状態が完全に崩れたということだった。
「安心してよ、殺す気はないから」
そう言って、ハルアードはウェルトへ向かって右手の剣で大上段から頭に向けて振り下ろす。ウェルトは咄嗟に『溶断』で防御し受け止め『溶断』により右手の剣は半ばほどから溶け落ちるが、ハルアードはそれを気にも止めず右手の剣が溶けると同時に、左手の剣で右足元から上に向けて切り上げ、ウェルトの右目と右腕を切り裂いた。
ウェルトの右手を切り落とされることはなかったが、傷は深く手に上手く力が入らないのか『溶断』を取り落とす。左手一本でも戦えない事はないが、どう考えても状況は圧倒的不利に陥った。咄嗟に背後へ飛び距離を取るが、焦ったせいか剣の回収をし損ねた。
ウェルトは追撃されれば凌げないと気づき、負けを認め殺される覚悟を決めた。どちらにしてもこの状況ではもうあの狂人セリナが自分を生かして帰す訳がない。ならばこの小僧に負けて終わる方が良いと……。
だが、とどめの追撃はウェルトを襲っては来なかった。
「はっ! こんなクソガキに負けか……。殺さないとは随分と甘いな」
「そんなのはお断りだよ。もう帝国の連中みたいな殺しなんかしない」
ハルアードはウェルトの言葉を苦虫を噛み潰したような嫌な顔を浮かべながらはっきりと断った。
そこにパチパチパチパチと、その場に似つかわしくない手を叩く音が響き渡る。その音の主はセリナであった。讃えるように手を叩きながらゆったりとした歩みでウェルトとハルアードが対峙するその中間地点にやってくる。
「ただのコソ泥のネズミだと思っていましたが、これは予想外ですね。そしてなにより面白い物を持っていますね、貴方」
セリナの視線はハルアードの持つ双剣へと向けられている。
ハルアードはウェルトを倒した事で少し緩んだ気を再び締め直し、警戒度を最大にした。その間に、溶け落ちた右手側の剣を魔力を流す事で再構築する。『千変の刃』は半分以上の体積と核となる魔石さえ壊れなければ修復出来る特性がある。厳密に言えば、修復ではなく同じ形状の武器に新しく作り直しているのだが。
「少々煩いのが玉にキズですが、なにやらその『意思ある武具』は遺物についての知識もお持ちのご様子」
何やら興味深そうに双剣姿のマルスを見つめるセリナ。値踏みをするようなその視線を受け、マルスは得体の知れない恐怖を感じる。そして何か悩む様にセリナは目を閉じた。その思案顔はただ普通に見ただけならば見惚れるような姿だが、一度でもセリナの狂気に触れていればそれは不気味なものにしか見えなくなる。
無防備にしか見えない姿。だが、動く事を許さないという見えない圧力でもあるのか、誰も動けないでいた。今動けば問答無用で殺される、そんな予感をハルアードもレイアも感じていた。
セリナは考えが纏まったのか、まるで決定事項のように当然のように宣言した。
「せっかくなので、ついでとして持ち帰るとします。あの方の為となるのです、光栄でしょう?」
「随分と勝手な事を言ってくれるね」
それに異を唱えるのは当然ハルアードである。だが、その声に力強さはない。狂気に染まったセリナの視線に明らかに威圧されているが、ハルアードはそれでも黙っている訳にはいかなかった。
「あぁ、これは失礼。持ち主の貴方は不要ですよ?」
「俺に譲れって事? マルスさんもジュナスも渡すつもりはないよ!」
「俺だって、てめぇらみたいな国はお断りだ!」
無駄な事だと、違う意味だという事もハルアードも分かっている。そして、ジュナスは少し黙れともハルアードは思う。今狙われているのはどう考えてもマルスだけである。ジュナスの余計な一言は必要ない。だが、そのジュナスの馬鹿な発言で、張り詰めすぎた神経が少し緩む。気付かないうちに身体が強張りすぎていたのも若干マシになっていた。
「はて? 貴方は言葉が通じないのですか? 不要なものは処分するだけでしょう? あぁ、籠手の方も不要ですので一緒に処分しますか」
「やっぱりそうなるよね!」
「あれ!? 俺は要らないの!?」
言葉が通じていないのは馬鹿のジュナスと、狂人のセリナだけ。他の人間は正しく状況を認識している。正しい意思疎通は不可能で理不尽を体現する狂人が明確な目的を持ってハルアード達を殺そうとするという現実を。
ジュナスの発言は誰にも相手はされない。空気の読めない発言はそういう運命である。
そして、セリナはその惨劇を実行に移すべくレイピアへと手をかけ、片手間の作業ではなく明確な殺意を持ってハルアード達へと対峙する。それは曲がりなりにも狂人からの正式な敵認定ともいえた。
ハルアードもまた、双剣を手に身構え、精神を研ぎ澄ませていく。
「おい、待てよ、セリナ!」
その高まる緊迫感といつ始まってもおかしくない戦闘を遮ったのはウェルトであった。
その声を聞き、セリナが一度不思議そうな顔をするが、面倒事を思い出したように顔を歪め殺気は霧散する。
「……敗者が何の用です? あぁ、良い物を見つけるのに一応は役に立ったので、今回はちゃんと報酬は出しますよ?」
横槍を入れたウェルトへゴミを見るような不快感を隠していない表情を向け、珍しく用件を察する。ウェルトの発言があったからこそのマルスの発見したのは事実である。狂ってはいても目的の為の成果を出した者を蔑ろにはしない。それがセリナの信条でもあった。ただし、狂人の信条などまともなものである筈がないが……。
ウェルトとしては報酬である家族の命の保証を確保だけはしなくてはならなかったのである。ハルアードに負け、一度は諦めかけた。だが、この状況なら可能性があるとそれに賭け、その賭けに勝った。だからそれ以上は望まない。
「……それなら、良い。口出しはしない」
「ただし、もう一度は無いと思って下さいね。所詮、貴方は捨て駒ですので」
「そんな事、とっくの前から知ってるさ……」
何もかもを諦めたかのようなウェルトの様子にハルアード達も考える事が無いわけではないが、人の事を言っている場合ではなかった。
ウェルトにはもう用事も興味も失ったのか、セリナは再びハルアードへと向き直す。
「さて、始めましょうか」
「……セリナと言ったか? 少し提案がある」
敵の排除と貴重な代物の確保の為の戦いの出鼻を再び挫かれたセリナは、完全に予想していなかったのかマルスのその交渉の持ち掛けに少し唖然としている。
そして、それは敵のセリナだけではなく仲間のハルアード達も同じであった。
「……なんでしょう?」
「そこの男、ウェルトと言ったか? 先程、報酬の話をしていたな? それはその男を雇っているという事で合っているか?」
「……えぇ、その通りです。それが何か?」
「ならば、我らを雇う気はないか?」
セリナはその言葉を聞き面白いものを見たとでもいうようにクスリと笑みを浮かべて、マルスを見つめる。その目には先程までの値踏みをする意思と共にひどく好奇心に満ちていた。
そして、ハルアードとジュナスは一番あり得ない選択肢を提示するマルスの言葉に酷く動揺する。一番付き合いの長いレイアに至っては思考が固まったのか、呆然として言葉を出す事すら出来ていない。
「ちょっ!? マルスさん、何言ってんの!?」
「そうだぜ!? 何考えてんだよ!」
「そうは言うが、我らには逃げる手段もその準備すらない。戦った所で勝ち目がないのは明白だろう? 隙でもあれば逃げれると思うのか? そもそも隙が作れるのか? お前たちを死なせるくらいなら、お前たちと共に軍門に下るのが最善だと思うが?」
だが、マルスはハルアードとジュナスの言葉に耳を傾ける気はないのか、取り付く島もない。逆に二人に向けて今の状況を言い聞かせるように言葉を重ねていく。
仲間内で言い合いになる事はある。個々人の意見が通らない事も当然ある。だが、よほど無意味な意見でない限り、普段はこのように無視される事はない。今のマルスの発言は、普段の様子と違い過ぎた。
「随分と潔いのですね?」
「なに、単純な話だ。金はいらん。報酬として仲間の身の安全の保証を求めよう」
「なるほど、そういう事。良いですね、その話受けましょう」
マルス以外の三人の仲間の意思を置き去りにして、勝手に話は進んでいく。いつまでも固まってはいないのか、レイアの思考がようやく動き出しハルアードの元へ駆け寄り、手が傷付く可能性も厭わずに双剣のマルスに掴みかかった。
「ちょっと待ちなさい! マルス、どういうつもりよ!?」
「どういうつもりも何も、言った通りだ。形は違うがこれで我らの目的の目処が立つ。約束の時がもうすぐ来ると言うことだ」
「っ!? そういうこと。もういい、好きにすれば良いわ……」
その約束という言葉を聞きレイアは少し逡巡するが、意味を理解したのか思ったよりもどこか投げやり気味にあっさりと引き下がる。そして少し距離を離し、不満そうに腕を組みながら拳を握りしめていた。
あまりにもあっさりと引き下がったレイアの様子にハルアードが納得いかないように声を荒げる。
「マルスさんもレイアさんもどうしたのさ!?」
「ハル坊、ここはマルスと姐さんに任せとけ」
「ジュナスまで何言ってんだよ!」
そのまさかのジュナスの手の平返しに、さらに慌てるハルアード。だが、そこで明確な違和感を覚えた。あの馬鹿だけど勘だけは鋭いジュナスが手の平を返した事に、マルスを良く知るレイアが大人しく引き下がった事に、そして何よりマルスが絶対にあり得ない選択肢を示した事に。
「セリナ、一つ不躾ながら頼みがある。この双剣の姿は割と負担がかかっているのだ。大剣の姿に戻してもらっても良いか?」
「それくらいは良いでしょう。少しだけ猶予を与えますので仲間の説得は自分で行うように。改善が見られなければ処分を覚悟しておきなさい」
「と言う訳だ。ハルアード、魔力を頼む。少し多めにな」
完全にハルアードの意思を無視したマルスの発言と、もう見事なまでの身勝手さを押し出す狂人に違和感の確信を持つ。まともな人間がまともに狂人と交渉出来るはずがない。出来るとするならば、同じ価値観で狂った者同士か、その振りをした者。
であるならば、今のハルアードにすべきことは決まっている。マルスの指示に従う事、それも反発している状況を続ける事でだ。
『千変の刃』に変形時の負荷など無い。マルスの変形が同じ物だとするならば、大剣の姿に戻す必要はない。だから、今必要としているのは魔力であり、それをセリナに気付かせるなという事。
「マルスさん!」
「ハルアード、良いから言う事を聞け!」
「……分かったよ」
言われるがまま、魔力を双剣に流す。あくまでも嫌々ながらも折れた様に見せながら。双剣へと魔力が流れていき、マルスがそれを受け取り、術式を展開する。『千変の刃』が大剣の一部となったように、同時に取り込まれていた土壁の魔術の術式を。
そしてハルアードは双剣を床へと突き立て、魔術を発動する。
「『ストーンウォール』!」
「これはっ!?」
ただの『ストーンウォール』ならばセリナの足止めにもならない。だが、発動したそれは魔法の一端を垣間見たマルスが共に取り込まれていた魔術を魔法へと昇華させた物。規模も威力も硬度もまるで違った。
遺跡の床から生み出された土壁が天井に届き、そして天井すらぶち抜いて地上まで貫通し、遺跡が軋みを上げる程の威力を持っていた。ギシギシとあちらこちらから歪みが発生したのか嫌な音が聞こえてきている。
ハルアード達と、セリナとウェルトは分断する事に成功していたが、どう考えてもやり過ぎである。
「……何この威力?」
「やり過ぎじゃねぇの、ハル坊?」
予想外のとんでもない威力を目の当たりにしたハルアードはジュナスにハル坊と呼ばれても言い返す気力もなく、乾いた笑い声が出そうになっていた。
「レイアの所まで走れ!」
「ハルアード、手を!」
そんなハルアードを急かすマルスとレイア。レイアの手には淡い光を放つペンダントが握られていた。ハルアードは直ぐにそれが何かを把握し、双剣を片手だけで持ち替えレイアの伸ばた手を掴む。何故それがレイアの手にあるのかは疑問であったが、そんな事は後回しだ。
レイアはハルアードが手を握ったのを確認するとペンダントを軽く放り投げた。するとペンダントの鎖部分が伸びて、二人を縛るように巻き付いていく。
そしてハルアード達の姿が一瞬でその場から消えたのであった。




