11話 狂人と苦悩と窮地
再び舞台は変わり、レイアへの不在時の説明が終わったところへと戻る。
奥の部屋は広くなかったので、話を聞きながらハルアードが大剣と籠手を持ち手前の広間へと移動し、座り込んでの話となっていた。説明をする前にレイアが砕けた特級遺物を持ち出したため、ハルアードとマルスは慌てていたが、砕けて機能を失ったのか何も反応する事はなくホッとしたものであった。
ハルアードの対面にレイア、右側に大剣のマルス、左側に籠手のジュナスという位置になっている。レイアは自身の不在時の状況を聞き、情報を反芻し、頭の中で整理していた。だが、無意識に心の中の声が漏れていた。
「……なるほど、『特級遺物』に『魔封じの血晶』と、勝手に動いたジュナスね……それで気が付いた時には私がいて、特級遺物は砕けていたと……」
「これは、随分とまぁ奥までネズミが潜り込んでたものですね?」
そこに不意に聞き覚えのない声が、レイアたちの耳に届く。慌てて声のした方向へ振り向くと広間の入り口の辺りに、白銀の長髪についた埃を手で払っている黒い軍服を着た美しい女性と、使い込まれた装備を身に着けた冒険者風の赤い髪の男が立っていた。
「やばっ!? もう来たの!?」
「あの服装は帝国の魔法騎士か! それに『聖刻』だと!?」
マルスがセリナの姿を視界に捉えると、その所属が明らかとなる。大剣となったマルスであるが、生身であったなら目を見開き、驚愕と怒りに満ちた表情をしていた事であろう。
セリナは言葉を発する大剣を一瞥し、ジュナスの身体となったハルアードへと視線を移す。
「その大剣、『意思ある武具』なのですね。そちらの大柄な方の物かしら?」
「っ!? ハル坊、避けろ!」
セリナの問いかけてくるその様子と裏腹に、なんの脈絡もなくレイピア『風刃の乱舞』を抜き放ち、不可視の風の斬撃を飛ばして来ていた。その攻撃には殺意も敵意もなく、ただ自然体で放たれてハルアードは咄嗟には自身が攻撃されたと認識出来ずにいた。決して気を抜いて警戒していなかった訳ではない。それでもあまりにその攻撃が自然過ぎた為に警戒をすり抜けられていた。
ジュナスの警告でようやく攻撃を認識して回避行動に移ったが、避けきれずに僅かに不可視の風刃が腕を掠めた。そしてハルアードの背後の広間の壁に亀裂を入れていた。
警告を発した床に転がる籠手の姿のジュナスを見て、セリナは珍しい物を見たような顔をする。
「防具も『意思ある武具』ですか。一つでも煩いでしょうに物好きなのですね?」
そして言動が一致しない殺意も敵意も感じさせず、ただの些末事を処理するように確実に命を狙う不可視の風の凶刃が再びハルアードに襲いかかる。今度は先程の攻撃から警戒心を極限まで高めていたため攻撃を察知出来た。だがそれでも間一髪である。肉体がジュナスのものになっているせいか、ハルアードは間合いの違いを把握しきれていないようだ。
「くそっ!? 何なんだよ、さっきから!?」
ただでさえ混乱している事態の中で、非常に読みにくい攻撃を仕掛けてくる敵に思わずハルアードが悪態をつく。
その両者の間に、赤髪の粗野な雰囲気を纏う男、ウェルトがハルアードを庇う形で割って入る。その少し焦った様子に、帝国側でも想定外の事だったのだろう。
「おいおい、ちょっと待った! セリナさんよ、何いきなり殺しにかかってんだ!?」
「いえ、コソ泥のネズミを駆除しようとしているだけですが? 邪魔をするなら、貴方も処分すると言いましたよね?」
セリナの持つレイピアの切っ先がハルアードからウェルトの方へと向きを変え、この場で初めて軽くではあるが殺気が放たれる。そのいきなりの邪魔者認定かつ処分認定にウェルトは思わず面食らい、気圧される。
それは単純に言えば、先程攻撃されたハルアードでさえ敵としてすら認識されていなかったという事だった。その事実にレイアとハルアードは息をのみ、マルスとジュナスに言葉を発することを躊躇わせていた。
「いやいや、待てよ! 邪魔してる訳じゃねぇよ!」
殺気を向けられた張本人であるウェルトもただ気圧されている訳にもいかず、弁明を試みる。
先程のセリナの地上での暴挙を見る限り何を今更という感じではあるが、ウェルトとしてはそのまま見ているだけというのは気分が悪かった。そして、おそらくは正当な依頼によってここにいるのだろう、まだ若い二人の冒険者を理不尽なまま死なせなくないとは思っていた。
そして、セリナは聞こえていなかったのか無視しただけなのかは分からないが、聞き逃せない言葉をウェルトは耳にしていた。
「おい、そこの嬢ちゃん、さっき特級遺物が砕けていたとかなんとか言ってたろ、ありゃどういう事だ?」
「……教える訳がないでしょう! そもそも誰がコソ泥よ! ここはミーグレイス連邦の領土で、私はそこからの依頼でここに来ているわ! 盗人はあんた達の方でしょうが!」
レイアは聞かれたくない相手に聞かれてしまった事に一瞬戸惑うが、その問いを意を決して一刀両断した。たとえ何があったとしてもあの女には喋ってはならないとレイアは確信を持っていた。
そして無駄だと分かってはいてもこれだけは言わずにはいられなかった。真っ当な言い分、正論、正当な批判、レイアの主張は正しいものであり、違法性も欠片もない。
だが、それが通じるのは相手がまともであればの話。
「あーまぁそりゃそうだ。だがこっちとしても、はいそうですかと帰る訳にもいかんのでな」
ウェルトとしては、はいそうですか、それじゃ帰りますと言って帰ってしまいたいが、それを許してくれる雇主ではない。その葛藤を裏付けるようにセリナが言い捨てる。
「ウェルト殿、時間の無駄です。所詮コソ泥の戯言。そもそも、あの方の為のものが壊れるはずがありませんから」
セリナはさも当然のように身勝手な理屈を並べ立てる。自分の言う事は正しいとしか思わない狂人。だから、ウェルトは手段を変える。
「あんたは屋内は俺の担当だと言っていただろう? ここは俺にやらせてもらうぞ」
「……良いでしょう。所詮、些末な問題でしかありませんし、私だと余計なものまで壊してしまいますからね」
狂人が自ら過去に発した言葉を利用して。他人の言葉は聞かないが自身が発した言葉を示してやれば手遅れになっていない限りは内用を覆しはしない。ウェルトが数年に渡り狂人に付き合わされ、そして様々な惨劇を見せつけられた末に見つけた僅かな狂人の誘導方法だった。
思惑は上手く行き、セリナはハルアード達の始末をウェルトに委ねた。『風刃の乱舞』を鞘に戻し、腕を組みながら壁に背を預け、傍観の体勢に入る。
ウェルトに出来るのはここまでで、切り抜けて生き残れるかはハルアード達次第。これで駄目なら切り捨てる。そう覚悟を決めてウェルトは対峙する。
「おい、坊主。同じ冒険者としての温情で一対一にしてやるよ。武器と防具の用意くらいは待ってやる。そこの大剣と籠手は坊主のだろう?」
直前までのハルアード達の事情を知らないウェルトは、マルスとジュナスをハルアードの武具だと勘違いしているようだった。ジュナスの身体となったハルアードには丁度合うサイズの籠手と、特に大型な大剣ではあるが、振り回せそうな体格を見ればそう思うのは無理もないだろう。そして、本来のジュナスは武器も防具も使わない為、その手の装備をしていないのが大きな要因である。
「……マルスさん、ジュナス、どうする?」
「……乗らない手はないな。どの道、私とジュナスは自力で動く術がない」
「あの女ほど化物じゃねぇが、あのおっさんも充分強ぇがな……」
「それに、この私達の姿の変化に意味がないとは思えん。そこに賭けるしかあるまい」
そうして三人はウェルトの提案に乗る事に決め、ハルアードが、籠手となったジュナスを左手に装備していく。普段使わない装備な為か、少し装備するのに戸惑っていた。
「うわっ……妙な感覚……」
「我慢しろよ! 俺だって変な感じだっての!」
ハルアードに装備されたジュナスが嫌そうな愚痴に文句を言い返すハルアード。そんな事を気にしている場合ではないが、これがこの二人の標準仕様でもある。
そんな二人のやり取りの間にレイアとマルスが小声で何かを話し合っていた。
「……マルス、気は進まないけどアレ使うわよ」
「……それも仕方なしか。帝国の『聖刻』持ちの前で使うには不安はあるが……」
「そうも言ってられないでしょ。隙を見て、私の手の届くところへ来て。あの二人相手にそれが出来ればだけど……」
「……無理難題ではあるが、それが唯一の活路だな」
マルスとレイアの内緒話に気付いたウェルトが殺気を出しながら、視線をレイアに向ける。
「武器と防具は待ってやるとは言ったが、内緒話を許すとは言ってねぇぜ、嬢ちゃん?」
格上の冒険者の殺気に当てられて、レイアは頷くしか出来なかった。そして、籠手を装備し終えたハルアードが大剣のマルスを手に持って、ウェルトに向かい合う。その時、すれ違ったマルスが小声でレイアに約束を誓う。「準備して待っていろ」と。
その言葉を胸に刻み、密かにある遺物をいつでも発動出来るように用意して手に握り込む。そしてハルアード達の背後に距離を取ってその時が来るのを待つことにした。




