10話 Aランク冒険者と聖刻保持者
今回は別視点からの話になります。
舞台は少し場所を変え、ほんの少しだけ時間を遡る。
ここは遺跡から少し離れたカームルド帝国の遺物捜索隊の本陣となっている天幕の一つ。その中に置かれた簡易テーブルに前に向かい合うように座っている二人の人影があった。
一人は炎のように赤い髪をした大柄で粗野な雰囲気の男。その身には使い込まれて傷だらけではあるが持ち主の雰囲気に似合わずきちんと整備された軽鎧を着込んでいる。その腰には赤い魔石が埋め込まれたシンプルな長剣が下げられている。
もう一人は、白銀の長髪で、一目で多くの人間の目を集めそうな美貌を持つ女性だ。黒を基調とした軍服を身に纏い、目の前のテーブルの上に緑の魔石が埋め込まれた派手過ぎない程度の拵えのレイピアを置いている。
赤い髪の男は乱雑に椅子に腰掛け、イライラとしながら貧乏ゆすりを続けていたが、我慢しきれなくなったのか乱暴に立ち上がる。
「おい、一体いつまで待たせてやがるんだ!」
その男の乱暴な怒鳴り声に、天幕の外で見張り番をしている兵士が竦み上がる様子が透けて見えていた。その様子がまた男の苛立ちを増やす原因となっていた。
遺跡の調査が目的とはいえ、無断で他国の領土へと踏み入ってる状況で必要以上に待たされるのは非常に神経を擦り減らしていく。先遣隊が帰って来るまで待てと言われてどれだけ待たされるのか、男はその時間を体感的に非常に長く感じていた。
その様子を窘めるように、白銀の女性が語りかける。その姿は男の苛立ちに気圧された気配はまるでなく、優美なものであった。
「少しは落ちついてはどうなのですか、ウェルト殿? 雇われの身とはいえ、今のあなたはあの方の駒ですよ」
「駒とは好き勝手言ってくれるもんだな、セリナさんよ! おたくら、今どういう状況か分かってんのか?」
男の名はウェルト・アーガスト。女の名はセリナ・マルテリア。
ウェルトはギルドのカームルド帝国支部所属のAランク冒険者であり、セリナはカームルド帝国、近衛騎士団所属の魔法騎士である。
古代遺跡の調査の護衛いう名目の元に、半ば無理矢理に雇われたウェルトにとっては駒と呼ばれるのは気に入らないものであった。そもそもギルドの依頼は国を越えるとは言っても、国境を越えるのにはそれなりに手順が必要である。たとえ、Aランクの冒険者で大半の手順を省略出来るとはいえ、全く無いわけではない。
ましてや、今回は完全な無断かつ軍と共に他国へと来ている。完全に侵攻であり、ウェルトとしては気が気でなかった。
「えぇ、分かっていますとも。あのお方の為に、相応しき物を回収しに来ているのではありませんか」
「ちっ、全然分かってねぇじゃねぇか……」
全くと言っていいほど的外れのセリナの物言いに、思わず舌打ちをしてしまう。
五年前のあの時からカームルド帝国は変わってしまった。ウェルト自身だけならどうとでも逃げられた。だが、家族と共にとなると途端に難しくなってしまった。家族を守る為に帝国に残ると決めたあの時から、感情を殺す事を意識していたが軍の人間と居るとそれも難しい。
そんな不満を見抜いたのか、セリナがウェルトの顔を覗き込んでくる。
「……何か不満でもあるというのですか? あの方の手足となって働けるというのに!」
「いや、その話はもういい。ともかくだ、一体いつまで待機してりゃ良いかって聞いてるんだ! もうとっくに先遣隊が戻ってくる予定時間過ぎてんだろ!」
そのどこか狂気に満ちたセリナの言葉から逃れる為にウェルトは話をすり替える。実際の所、予定が過ぎている事も事実なのだ。
「あぁ、その事ですか。確かに遅いです。あの方の為の行動に遅れを生じさせるとは、そのような無能は万死に値しますね」
「おいおい、遅いって言ったのは俺だがよ、万死に値するってのは行き過ぎじゃねぇのか?」
話題逸しの為の言葉で死人が出るなんてことは、ウェルトには耐えられない。例え気に入らない軍の兵士だとしても、自分のように家族を守る為に残っている奴だっているかもしれない。今の帝国の何処までが狂っているのか、ウェルトには判別は出来なかった。
だから庇う台詞を言う。たとえそれが自己満足に過ぎなかったとしても。
「何を仰いますか!? あの方の駒に無能は不要なのですよ! ですが、そうですね。いつまで待っていても埒があきません。出陣するとしましょうか」
だが、ウェルトの言葉はセリナには届かなかった。おそらくは今、無能と判断された者の命は無いだろうとウェルトは察した。迂闊なことを言うのではなかったと後悔を胸に抱えながら……
「これだから聖刻持ちの狂信者って奴は……」
それでも、ウェルトは小声でしかなかったが悪態をつくのは止められなかった。分かっていたはずだ、『聖刻』を持つ人間は自分の意見以外は一切耳を傾けない。いや、傾けなくなった奴こそが『聖刻』を持つのだから。
「何か仰いましたか?」
頬に手を当て、首を傾げるように尋ねてくるセリナ。その手の甲に浮かび上がる『聖刻』を見て改めてウェルトは実感する。
「いや、なんでもねぇよ。出陣するならさっさと行こうぜ。さっさと依頼を終わらせたい」
「そうですね。貴方達はここで待機していて下さい。二人で向いますので」
「で、ですがそれでは我らはなんの為に!」
「簡潔に言いますよ? 邪魔なのですよ、貴方達は」
「……はい、了解致しました」
共に行こうとする部下達に一方的な命令をし、反論を許さぬ理不尽さを示す。任務で来ている兵士達向かって殺気を放ち威圧するセリナ。少なくとも味方にするような行為ではない。
ウェルトは改めて思う。この国はもう手遅れなほどに狂っていると……。
だが、どう思った所で拒否権はない。ウェルトは陰鬱な心境になりながらも、自身に課せられた依頼の遂行へと向かうのであった。
本陣を出て歩き始めてすぐの頃、セリナが不意に足を止める。
「何かあったか?」
「……いえ、どうもネズミが居たようで……」
「……ネズミね」
そんなやり取りがありつつも遺跡の方へと向かうが、もう少しで遺跡という場所で先遣隊がロープで縛られた状態で発見された。息はあるようだが、これで一つ確定した事がある。
「おいおい、先遣隊が帰ってこないと思ったら伸されてんじゃねぇかよ! おい、起きろお前ら!」
「そのくらいの事も出来ないのですか……無能など必要ありません」
セリナがその言葉と共にレイピアを抜き、縛られた兵士の元へと歩みを進める。
「おい、ちょっと待……て……ょ……」
ウェルトが止める間もなく、先遣隊の五名の首が切り落とされていた。直前まで生きていた事の証の様に五名の首からは大量の血が噴き出て、辺りを血の海へと変えていく。
その凶行に、ウェルトが思わず呟く。言ったところで無駄だと分かっているはずなのに。
「……なんで殺した」
「はて? 無能は要らないと言ったではありませんか。あのような無能はあの方の邪魔でしかありませんから」
心の底からウェルトが何を言っているのか理解出来ないようで、淡々とレイピアを鞘に収めながらセリナは自身の正しいと思った事を口にしていた。それがウェルトの神経を逆撫でする。
「だからって!!」
「邪魔をするのなら、貴方も処分しますよ。ウェルト殿?」
だが、やはりウェルトの言葉は通じないどころか、ウェルト自身に矛先が向きかける。半端な者であれば意識をすぐに手放すほどの殺気がセリナから放たれる。
納得は出来ないし許せないとウェルトは思う。だが、家族を守るためにはここで意地を張れば全てが終わる。ウェルトがどれだけAランク冒険者として称賛を得ていても、強力な一級遺物を持っていたとしても、この女には敵わない。
『聖刻』持ちだけならなんとか五分には持ち込める、一級遺物だけであれば相性次第ではあるが勝ち目が無いわけではない。だが、一級遺物を持つ『聖刻』持ちには届かない。ウェルトは長年の冒険者としての経験からセリナが自分より遙か格上であることを痛感する。
「……わかったよ! 大人しく従ってりゃ良いんだろ!」
「理解して頂き、なによりです」
そのウェルトの言葉を聞き、セリナは何事もなかったように殺気を引っ込めて笑顔を浮かべる。その笑顔は見た目だけは美しいものだったが、内情を知れば狂気の沙汰としか思えない。
家族を守る為とはいえ、何も出来ない自身の無力さに打ちひしがれていた。
そして遺跡の地上部分、見た目はただの廃墟に辿り着く。
「それではネズミ駆除と参りましょうか」
「どういう事だ」
廃墟に辿り着くと同時にレイピアを抜き放ったセリナの行動に疑問を感じ、ウェルトは問いかけるが当然のように言い放つ。
「どういう事も何も、あの方の物を奪おうとしているコソ泥の始末ですよ。まどろっこしいのも面倒ですね。要らないものは一気に排除しましょうか」
そう言いながら、セレナの持つ遺物であるレイピアに風が纏わりついていく。『風刃の乱舞』と呼ばれるそのレイピアは風を操る事に特化したものであり、『聖刻』の特性と組み合わされることにより、凶悪さが跳ね上がる。
ただの偏在属性では起こせないほどの桁違いの変化をもたらすのが『聖刻』と『邪刻』に共通する特性。そして偏在属性・聖の特性は増幅である。
「ウェルト殿、巻き込みかねないので少し離れて頂けますか? そう、そのくらいです。では『聖刻:テンペスト』」
セレナのその言葉と共に、『聖刻』により増幅された特級遺物の魔法が発動した。巨大な竜巻が発生し、地上部の廃墟を跡形もなく粉々に吹き飛ばす。それだけに飽き足らず、盛大に地面を抉りながら地下への穴を掘り進む。断続的に周囲へ振動を伝えながら、異常な風の猛威が破壊を撒き散らしていく。
「なんつー無茶苦茶な事をしやがる!?」
あまりに常識外れ過ぎるその光景にウェルトは口ではそう言うが心が折れかけていた。
そして、しばらく異常な光景が続き、やがてそれも終わりがやってきた。目的の場所までの破壊が済んだ為である。
「さて、入り口は見えました。屋内向けに貴方を雇ってきたのですから、依頼料分は働いて貰いますよ」
「そういうことかよ!? あーもう、やればいいんだろうが!」
ウェルトはそこで初めて知らされた自分の役割を聞き、納得すると同時に何もかも投げ出したい気持ちも湧き上がってきていた。勿論、家族の為にもそんな事をする訳にはいかないが。最早、自暴自棄に近い。
「それで良いのです。全てはあの方の為に」
そして狂気に満ちた強大な力を持つ女と、家族の為にも半ば自暴自棄の冒険者の男が遺跡深部へと足を踏み入れたのだった。




