大1
1551年 蝦夷・アイヌの集落
先日の地揺れから、おかしなことが続いている……。
くっそ、また新しい穴を掘らにゃならんのか。
「おい、アシンル(便所穴)がもう一杯になっちまったぞ。若い衆にちゃんと深く掘らせとけ!」
おいおい、またかよ? なにがどうなってやがる。数日前に深く掘らせた穴がもう一杯じゃあねえか。
「てめぇら! 誰かがアシンルに土入れて埋めてんじゃねぇだろうな?! 見つけたらただじゃおかねえぞ! まったく穴掘るのだって……」
ぽちゃっ。そんな音がすぐ後ろから聞こえた。
「な、なんだってんだ?」
振り返っても何もない。いや、糞が一杯に詰まったアシンルがあるだけだ。
「なにか見えたか?!」
村のやつらに尋ねたが、数人が目をそらした。やっぱり何かいやがったのか?! 俺の後ろに近づいた上に気付かれないうちに消えただと……? しかも村の連中が目をそらすとは一体なぜだ?
「とにかく、これじゃあ埒があかねぇ。次に掘る穴は人一人が入るくらいにでかくしとけ! 明日の朝にちゃんと掘れてるか確認するからな!!」
なんだか嫌な気分になって、そそくさとチセ(家)に帰ってから気付いた。アットゥシ(服)のふくらはぎ部分が、一目で分かるほど茶色に染まっている。糞だった。
翌日早朝、アイヌ刀をぶら下げて掘りたてのアシンルを覗きにいった。昨日は糞をひっかけた(記憶には無かったが事実、付いていた)姿を見られてしまったから、派手な装飾の刀をぶら下げて首長としての威厳を見せ付けてやろうと思ったのだ。我ながら情けないとは思うが。
うむ、たしかに人が丸々入れるくらいにでかい穴だ。これを目の前の二人だけで作るのには、何刻もかかっただろう。
「よくやった。これで当面は穴掘りをせずに済むだろう。でかい穴だから落ちないようにな」
と言ったとき、ぺちゃっ。と嫌な音が後ろから聞こえてきた。
とっさに自分のふくらはぎを確認したがなんともない。なんだったんだ? 不思議に思って穴を覗くと、大の方が一つあった。
「お前たち! ルコロカムイ(新品の便所穴)は首長が使う決まりだろうが!! そんなことも忘れたか!」
「へ? いえ、使ってなどおりませんよ! 寒い中、夜通し二人でルコロカムイを守っておったんですから。一体、何を言ってるんで?」
穴掘りをした二人が穴を覗くが、やはり大の方がある。
「え、そんな馬鹿な! 確かに二人でずうっと守ってましたのに! 先ほど首長様が来られるまで、小便も我慢してたくらいでさぁ」
うぅむ、こいつらがつまらぬ嘘をつくとも思えぬが……。鳥の糞が降ってきたにしては見慣れた形であるし、なにやらおかしなことばかりだ。
「仕方ねぇ、このままでは安心して用も足せぬし、俺が調べる」
「し、調べるとは……?」
そんなの決まっておるだろうが。
「ルコロカムイ……いや、アシンルに俺が入る」
「「えぇっ?!」」
「うるせぇ! てめぇらは何か近くに潜んでねぇか調べて来い!」
二人を追い払ってから息を大きく吸い込む。ようし、覚悟は決まったぜ。
「いよっと」
軽やかに跳んで一気に穴の底へ落ちる。もちろん着地で何者かの糞を踏まねぇように避けてっと。
お?
「おぉぉぉぉぉおお?!?!?!」
確かに土を踏んだと思った瞬間、俺の脚は地に吸い込まれ、続いて胴が、首が。
叫びを聞いて戻ってきた二人が見たのは、穴の底にぽつんと佇む大一つだけであった。
アシンル=便所・新しい路
ルコロカムイ=新品便所・神の路
本日中に全4話を投稿します。