素晴らしきこの世界
これはゲームとは関係ありません。ご了承ください。
私は知っている、この世に救いなんてないと…
私は知っている、人ほど醜いものはないと…
空を見上げると、そこは暗かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(あそこのお店いいよね〜)
(まだ、やってなかったの?)
(はは、バッカじゃね、お前)
(もう、この子帰ればいいのに…)
…早く、来ないかなぁ。やっと話す決心がついたのに。
…私には心の声が聴こえる。普通の人に普通の声が聞こえるのと同じように。
最初に聴こえるようになったのは7歳くらいのころだった。
始めは人の思ったことが、聴こえるのがおもしろかった。
人が思っていることを当てて、その人の驚く顔を見るのは最高の遊びだった。
だから、私は周りの人の思ったことを当てて…
当てて…
当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて、当てて…
最初のうちは、スゴいねって誉められた。
しばらくの間は偶然だって納得された。
そして…
それを何度も繰り返すうちに私は周りから気味悪がられるようになった。
私の周りには誰もいなくなった…
最初は私を気遣っていた母さんさえ、心が私から離れていくのがわかった…
母さんは、私のことをいろいろな人に相談した。
その人たちは『ちっちゃい子供は感受性が強いから…』って言って、母さんを説得したけれど、何度も何度も人の言おうとしていることを当てているのを目の当たりにしていた母さんは納得しなかった。
私は何件も病院やら、相談所やらをたらい回しにされた。
そして…
ある日、私が部屋の隅でうずくまっている母さんに
『なかないで、お母さん』
と言ったとき、母さんは私に言った。
『誰のせいで泣いてると思ってるのよ?
どうして!?どうして私の思ってることがわかるの?
あなたなんか、生まなきゃ良かった…気持ち悪い…』
(気持ち悪いなんて言わないで…)
その言葉を私は言うことが出来なかった…
母さんの苦しみが痛いほど良くわかったから…
その時私はやっと気づいた。これは普通の人が、この世に生きている人が、持っていちゃいけない力なんだって。
それからというもの、私は人の思うことを当てるのをやめた。
けれども、周りの人は冷たかった。
そのときの私の不気味さを忘れなかった。
表向きは装って普通に振る舞っていても、心の声は言う言葉と違っていた。
『へぇー、そうなんだ。』
(あの子ってまるで人の心がわかるみたい…)
『まいちゃんて、いい子だね!』
(なんか、キモチワルイ…)
そうして、人の感情と接しているうちに、私は、7歳で人を信じることをやめた。
実の母親でさえも、信じられず、私は1人ぼっちになった。
でも、もうそれでかまわなかった。
私はもうわかってしまっていたから。
この世に人よりも醜いものなんかないってことを。
私は人と接することを出来る限り避けて、小学校、中学校を過ごした。
けれど、高校に入学して、それは変わった。
高校の最初のクラスで私に声をかけてくれた女の子がいたのだ。
それがあやだった。
最初は私はいつもどおり、彼女を無視しようとした。
何回か無視すれば、皆私から、離れていったから。でもあやは違った。
何度私が無視しても、毎日毎日話しかけてきた。
明るい彼女には友達がいっぱいいたのに。
あるとき、私は彼女に聞いた。
『どうして、私にかまうの?私はあなたのことを何度も無視してるのに』
そうすると、彼女は笑って、
『なんでって、あなたと友達になりたいから…じゃダメかな?』
と言った。
そのときの彼女の声は二重に聞こえた。彼女の思ってることと、言ってることがピッタリ同じだったのだ。
そんな人は初めてだった。誰もが言葉とは裏腹な心を抱えていたし、彼女も人間である以上、そうである…はずだった。
けれど…違った。
思った言葉を話してくれる彼女なら、友達になれるんじゃないかと私は思った。
…空が少し晴れた気がした。
私とあやは3年間同じクラスだった。あやは、自分の思ったことをなんでも私に話してくれた。
私はあやと親しくなっていく一方で、彼女に秘密を抱えたままの自分を後ろめたく感じていた。
だから、卒業式の一週間前の今日、私は彼女を呼び出したのだ。
親友の彼女に全てを打ち明けるために。
彼女なら…
『まい!遅れてごめーん!』
この彼女の笑顔なら私の苦しみさえも理解ってくれる、そんな気がしたから…
でも…
『え…』
全てを話した後、あやからもれたのはこんな声だった。
(…冗談言ってるの?でも、うそを言うような子じゃないし…あ、でも、そしたら、そしたら、あの時のあたしの気持ちも…いや!)
そんな心の声を聞いたとき、私は(しまった…)と思った。
彼女とは一番近いからこそ、話しちゃいけなかったんだ、と。
(私は彼女に話して、自分だけ、楽になろうとしてたんだ…
優しいあやなら、全部包んでくれると思って…
今ならまだ間に合う。今なら…)
『ごめーん、冗談だって!ついついから…かって…みた…く…あれ?』
あ…れ?なんで私泣いてるんだろう?
止めろ。泣き止め。
これは単なる冗談で済ませるんだ。
あやが真実を知ったら私はまた1人になる。
…もう、1人にはなりたくない!
でも、どんなに願っても、目から零れてくる水は止まらなかった。
『ちょ…ごめん』
私はそういって、二人で話していた喫茶店を出た。
あやが追いかけてくる気配がしたが、どうやら店長に呼び止められたらしい。
私はとにかく、走った。
走って、走って、走って…
そして暗い路地裏に入って、独りで泣いた。
(どうして、人の心を読めるようになっちゃったんだろう。どうして、あやに話そうと思ったんだろう。
自分の心が読めるような人間と友達になってくれる人なんているはずないのに。)
空を見上げると、空はまた暗くなっていた…
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『ちょっ…まい!』
私と話している最中、まいは泣き出し、走って出ていった。
私は急いで追いかけようとしたが、店を出たところで店長に呼び止められた。
『お客様!お勘定を払っていただかないと困ります』
(あぁ〜、もう!こんなことしてる場合じゃないのに)
私は財布から千円を引っ張り出すと
『お釣りはいらないです!』
と店長に押し付け、追いかけた。
振り向くと、まいの背中はすでにかなり遠くにあった。
必死で私は追いかける。
走りながら、私は考えた。今の話は本当だったんだろうか、と。
まい…泣いてた。
まいは入学式の日から私の憧れだった。
誰とも関わろうとせず、ひとりで凛と佇むまいは人といないと不安で仕方がない自分とは全然違って。
弱い自分が嫌で、それを変えたくて。
それで、自分から話しかけてみた。
あの日、私は少しだけ、自分の殻を破れた気がした。
私たちはだんだんと仲良くなっていった。
馴れ合いをよしとしない彼女が少しずつ自分に気を許してくれるようになるのが嬉しくて。
『まいって少し怖くない?なんか達観してるような感じだしさ』
って、友達に言われたときも私だけは否定した。
そして、今日、彼女が初めて話したいことがあると自分から打ち明けてくれたときは死ぬほど嬉しかった。
…だからこそ、どんなことを彼女が話したとしても、受け入れようと、私は最後まで聞こうと思っていたはずなのに…
(私、ひどい顔をしてしまった。傷ついた…よね、もしまいが本当に人の心が読めるなら…)
会ってもう一回話さなきゃいけないことがある。
私だけは彼女の理解者でいると誓ったから。
しばらくすると、道路の向こうの路地裏にまいは入っていった。
私はまいに追いつこうと必死で、横断歩道もない道路を横切ろうとした…
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私が路地裏から出てくると、表の道路に人だかりが出来ていた。
『あの〜なんかあったんですか?』
私は手近にいた人を捕まえて聞いてみる。
『なんか、女の子が轢かれたみたいだよ。高校生くらいのかわいい子だって聞いたな。…可哀想に…。』
それを聞いて私はなんか嫌な予感がした。私は思わず、人だかりをかき分け、轢かれた女の子をみて…
絶望した。
『…あや…』
言葉が出なかった。私はその場に突っ伏し泣いた。
(なんで?なんであやがここにいるのよ!)
…なんで?それこそ決まっている。私を追いかけてきたのだ。私を追いかけて、道路を渡ろうとして…そして轢かれたのだ。
(…私のせいだ。私がいきなり喫茶店を出たりしなければ…。轢かれるのは私であるべきだった。私が死ねば良かったのに…)
病院に運ばれたあやは間もなく息を引き取った。
…脳死らしい。体には目立った外傷もないのに、彼女は死んだのだ。
次の日のお通夜、そして葬式と私は脱け殻のようだった。
『あやからいつも話を聞いてたのよ。本当にいつもありがとね…』
あやのお母さんと話したときも私はうつむいて何も言えなかった。
(私のせいで死んだのに…なんでありがとうなんて言うんだろう?)
私には人の心が聞こえなくなっていた。なぜだかもわからない。けれど、もうそんなことはどうでもよかった。
あやがいない。
それだけで私はどうしようもなく独りだった。
葬式が終わると死体は火葬場に運ばれる。
棺桶を火葬場に入れられ、点火のスイッチが押されようとしたまさにその時、奇跡が起こった。
(ちょ…どこよ、ここ。暗いよ。いや。出して!)
それはあやの声だった。
あやは死んだはずだったし、私にはもう心の声が聴こえないはずだった。けれど、その声は私に届いた。
(助けて、まい)
私は思わず飛び出して言った。
『棺桶を燃やさないで!あやはまだ生きてます!』
まわりの人は私があやの死で気が狂ったと思ったらしかった。
『ちょっと下がってなさい。いいかい。もう、あやちゃんは戻ってこないんだよ。』
『違う!あやは生きてる。私はあやの声が聴こえたんだ!』
『声が聴こえた?馬鹿言っちゃいけない。この火葬場の分厚い防火扉を通して声が聴こえるわけないじゃないか。』
一瞬迷いが生まれた。
あの日母親に言われた言葉がフラッシュバックしたから。
(私が心が読めるって皆にバレてしまう…)
けれど、気づいた。私はあやがいなければとっくに独りじゃないか、と。
もうあやを失う以上に怖いものなんてない。何よりもあやが大切なんだ。
『違います。私が聴いたのは…心の声です。信じられないなら、試しますか?』
そういって、私はさっきまで聴こえていた心の声を頼りに、色々な人の心をあてていった。
まわりには、青ざめる人がたくさんいたが、知ったことじゃない。私はあやが一番大切なのだ。
『…棺桶をだしなさい。』
さっきまで棺桶を出すのを渋っていた人がそう言い、棺桶の蓋を開けた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
……サァッ
急に光が射し込んで、私の目を焼いた。しばらく、私は周りを見回し…ある一人を見たとき、やっと目の焦点があった。
『まい…』
私は彼女を見て謝らなきゃって思った。
そして…
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『まい、ごめんね?』
あやの言葉を聞いて、私の目からはまた涙が零れた。あやが戻ってきただけで私はこんなにも心が満たされるんだと気づいた。
だから、私は笑って言った。
『おかえり』と…
その後、私たちは抱き合い、色んなことを語った。今まで以上にたくさんのことを…
あの時以来私には、あやの心の声だけが聴こえるようになったらしい。そのことをあやに言うと、彼女は笑って言ったのだ。
『良かった』と…
私は初め聞き間違いかと思った。
『だって、それなら私だけはあなたに嘘をつかないでいられるってことじゃない。私はそれがすごく嬉しい。だから…あなたも私にだけは隠し事をしないで。すべて打ち明けて。あなたはもう苦しまなくていい。もう1人じゃないんだから』
私の目から涙がまたこぼれた。どうやら昨日、今日と私の涙腺は崩壊してしまったらしい。
これからも私にはつらいことがあるだろう。心の声が聴こえると皆に言ってしまったんだから、また昔のようなこともあるかもしれない。でも今はあやが、私をわかってくれる人がいる。
今日、私はやっと気付いた。
あやが気付かせてくれた。
あやのいるこの世界はこんなにもきれいだったんだって。こんなにもこの世界はすばらしいものだったんだって。
空を見上げると…
そこには青空が広がっていた。
Fin